第19話 江藤は本当に謀反したのであろうか

「江藤は本当に謀反したのであろうか。無理に国事犯にして殺したのではないか」


 これは第三十五代総理大臣・平沼騏一郎ひらぬまきいちろうの言葉である。


 麹町平河町の機外会館で、平沼が談話したものが口述筆記され、後に『平沼騏一郎回顧録』に収められた話だ。


 昭和17年2月24日のものであり、この頃、平沼はもう75歳なので、かなりの記憶違いがあるのかもしれない。


 江藤新平の話が出てきたのは、司法省に任官したときの頃の回顧の時である。


「私が入った時、漢学先生が上の方を占めていた。江藤が司法卿で、佐賀人及び土佐人が多くいた。大木喬任は佐賀人であり、岩村通俊は土佐人である。江藤の頃は役人のいいのは司法部に入った」


 こう言っているが、平沼は慶応三年(1867年)の生まれで、江藤新平が亡くなったのは明治七年(1874年)である。

 

 まだ7歳の平沼が江藤が司法省にいる頃に、任官するのはあり得ない。


 実際、平沼が東京大学法学部に入ったのは明治17年のことであり、卒業して司法省参事官試補となるのは明治21年のことである。

 

 入ったというのは東京に入ったとか、どこかの塾に入ったいう意味で口述筆記なのでそこが漏れているのかも知れない。


 いずれにしろ、当時の平沼は現役で明治政府にいた人ではない。


 ならば、なぜこんな話を書き留めておくかというと、『平沼騏一郎回顧録』を返す前に書き留めておきたいと思ったからである。

 

 先ほどの話の続きとして「江藤は薩長を牽制するつもりであった。そこで生かしておけば困ることが出来るから、大久保が之を殺した」とあり、タイトルに続く。


 さて、「真偽は知らぬが、こう聞いている」という平沼の話を『平沼騏一郎回顧録』から引用させてもらおう。なお、文章は出来るだけそのまま持ってきているが「もらひたい」を「もらいたい」など現代仮名遣いに直したり、漢字を開いたり、読みやすいように読点を加えていることを、先にお伝えしておく。


「江藤の為に命乞いをして、特赦してもらいたいという言う人があった。大木喬任である。岩倉右大臣に之を話し、陛下まで伺い、特赦することに定ったらしい。時に大久保は佐賀に行っていた。留守のことは伊藤公に命じてあった。伊藤公は大久保の秘書であった。大木等の心配で死刑を免ぜられることになり、岩倉公が手紙を書いて使いに持たせて大久保の所へ遣った。之を伊藤公が聞き、使の行く前に殺してしまえと大久保に知らした。そこで大久保はこれは大変だと、使者の来る前に殺すことを河野に云いつけ、口供完結せぬのに梟首を申付けると言渡して直ちに殺した。その前夜に使者が手紙を持って行ったが、大久保は伊藤公からの手紙があったので会わぬ。翌日会おうと言う。使者もまさか今日は殺すまいと思い、宿に帰った。その間に江藤は処刑されたのである。明治七年四月十三日の事である」(『平沼騏一郎回顧録』)


 この後、翌日になって使者が手紙を渡すと、大久保は使者を叱り、なぜ昨夜出さなかった江藤の助命ではないかと言い、使者は宿で腹を切ったと言い、平沼は「真偽はとにかく使者が行ったこと、口供完結前に殺したことは実際である」と続けている。


 先ほど書いたように、平沼は江藤新平が死んだときは7歳である。

 そうなると、平沼は誰から聞いたのであろうか。


 平沼は明治8年に箕作秋坪の三叉学舎に入っている。

 その時に箕作家関連で聞いたのだろうか。


 あるいは明治21年に司法省に入ったときに、司法省の先輩たちからこの話を聞いたのだろうか。


 この話についてちらっと、平沼は実際であると言っているが、使者が行ったという事実はないという話も見たことがある。


 ただ、言えるのは明治20年代になっても、司法省の中では江藤新平という存在は語り継がれるほど、大きかったのであろうということである。


「実は江藤さんは本当は特赦される予定だったんだ」という司法省の噂話があったのだとしたら、それだけ司法省の人間は後々も江藤という存在を失ったのを残念に思っていたのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る