第5話 人の死を晒す明治人、見たがる明治人~三浦梧楼

 明治42年(1909年)10月26日。

 伊藤博文が哈爾浜ハルピン駅で撃たれた。


 伊藤の腹心であり、共に大日本帝国憲法を作った金子堅太郎かねこけんたろうはそのほうをいち早く電信技師でんしんぎしから受け、伊藤の妻である梅子夫人うめこふじんのいる大磯おおいその別荘に走った。


「伊藤はかねてから自分は畳の上では満足な死にかたはできぬ。敷居しきいをまたいだときから、これが永久とわの別れになると思ってくれと言っておりました」


 梅子は涙を見せず、毅然きぜんとその死を受け止め、11月4日には日比谷公園で伊藤の国葬こくそうが行われた。


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 その冬。熱海に行こうとしていた長州の元軍人・三浦梧楼みうらごろうは信じられない新聞広告を目にした。


 『伊藤博文が撃たれたときの写真を、両国の国技館こくぎかんで公開!』


 「はぁ!?」


 思わず声から怒りがれてしまう。


 三浦は急いで同じ長州出身であり、元老である山縣有朋やまがたありともの所に行った。


「おい、山縣、これはなんだ!」


 持ってきた新聞広告を突きつけ、三浦は山縣にまくし立てた。


「伊藤さんは国家の功臣こうしんとして国葬したばかりだろう。それなのに、悲惨な最期さいごを見世物として公衆の面前にさらすのを許す気か。梅子夫人や伊藤さんの娘さんたち遺族の人に対しても、こんなことを許していたら、如何いかにも気の毒じゃないか」


 三浦の剣幕けんまく圧倒あっとうされながら、山縣は弁解した。 


「いや、私はちっとも知らなかった」 


 山縣は三浦が苦手だった。


 三浦が長州出身でありながら藩閥政治はんばつせいじに反発していたということや、 陸軍で反主流派はんしゅりゅうはを作り、山縣や薩摩さつま大山巌おおやまいわおと対立していたからだけではない。


 元々、奇兵隊時代きへいたいじだいから三浦と山縣はそりが合わなかったのだ。


 隠然いんぜんとした裏工作で自分の地位を築くのは得意な山縣だったが、こういう言い合いに強いわけではなかった。


「今日の新聞にこういう広告があったんだ。僕は明日熱海に行こうと思うから、どうかかつらに言って、政府が止めるように計って貰いたい」


 総理大臣の桂太郎かつらたろうは長州の人間であり、山縣派やまがたはの人間である。


如何いかにもそうだ。やらせてはならぬ」


 山縣がそう承諾したので、三浦はこれで大丈夫だろうと安心して熱海に向かった。


 だが、一月になると、伊藤博文の写真がさらされる興行こうぎょうが両国で行われているのが新聞にっていた。


 三浦は怒りを込めて手紙を書いた。


『伊藤の遭難写真そうなんしゃしん興行差止こうぎょうさしとめを頼んだのに、両国で興行をしているじゃないか。彼らはただ金儲けのために興行をしている。貴君きくんと井上とが出金して、買取っても済むではないか』


 井上とは伊藤の五十年来の親友である井上馨である。


『こういうことを捨て置いて、何が友人だ。それが出来ないなら政府に買い取らせてもいいだろう。とにかくあんな写真を公衆の面前にさらすのをやめさせればそれでいい。これが自分として故旧こきゅうむくいる道だと思う』


 政治や戦争などで立場をことにしたことがあったとしても、それとこれとは違う。

 三浦は即刻辞めさせろと山縣に手紙を出した。


 山縣は慌てて謝罪の返事を送り、年末年始の忙しさで忘れていたこと、至急しきゅう、対策をするから容赦ようしゃしてくれと平謝りに謝った。


 しかし、山縣は一度忘れているので、三浦は平田東助内務大臣ひらたとうすけないむだいじんから警視総監にも働きかけ、警視総監からこんな弁解が来た。


「実は写真といっても、真っまっくろのもので、何が何やらほとんど分らぬようなものであるから、差支えはないと思って許した」


 だが、写真が黒かろうがどうだろうか三浦にとって問題ではない。


 国家の功臣たる伊藤が撃たれた話を、写真をさかなにラッパや太鼓たいこはやし立てて、実況して見世物みせものにするのが許せなかったのである。


 最終的には政府がこの写真を買い取り、興行は終わった。

 今も昔も人間のこういった気質は変わらないのかもしれない。

 

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