第41話 エレーヌの夢  

 久しぶりにボルブドール城の着て、以前使っていた部屋へ入った。客間は城を去った時のままだった。一人でベッドに横たわり、心細かった日々を思い出しながら、いつの間にか眠っていた。


「エレーヌさん、エレーヌさん」と名前を呼ぶ声がする。あら誰かが起こしに来たのかしらと、目を開けた。


  小さな声がする方を見ると、キラキラ光る羽をゆすりながら手招きしている。手招きした方を見ると、テーブルの上に図鑑が乗っていて、あるページが開かれている。布団を取りそっとベッドから降りて立ち上がり、図鑑を覗き込んだ。それは、ルコンテ城の自分の部屋で何度も見た奇跡の石が出ているページだった。奇跡の石は輝きを増し、本の中から飛び出してゆらゆらと揺れている。


「奇跡の石が……」


「エレーヌさん、私は妖精。あなたがあんまり自信がない、私は愛される資格がないだなんて嘆いているもんだから、私が本に細工をしてあげたのよ」


「どういうこと?」


「奇跡の石のページがきらきら光って、目立つようにしておいたの。案の定、好奇心旺盛のあなたはその石を取りに行ったわね。私がちゃんと石を森の中に隠しておいたのに、取り損なっちゃった」


「ええ、そのせいで私は大変な目に会ったのよ!」


「どこまでドジなのかしら。あの石が採れていればよかったのに……」


「あなたが失敗するように仕組んだんじゃなかったの?」


「いいえ、私はうまく石を持って帰ってほしかったわ」


「でも、取りそこなったおかげで私はハロルド様と親しくなれたの」


「それは私の計算外だったわ」


「何でも計算通りに行くわけじゃないから、それでよかったのよ」


「あら、そうだったの。見つけられなくてよかったのね。でもあんな谷底へ落ちても、命が助かってよかったわ。私のせいであなたが死んでしまったら、どうしようかと思った」


「まあ、本当に死んでしまったらどうするつもりだったのかしら。助かってよかった……」


「それじゃあ、またね」


「あらあら、もう行ってしまうの?」


「ええ、私の役割は終わったから帰るわ」


「ちょっと待って、あなたの役割って……」


 妖精は魔法使いの棒のようなものを本に向けて振ると、奇跡の石のページだけが消えてしまった。


「じゃあ、またね」


 もう一度棒を振り回すと、キラキラした光の滴を振りまいたと思うと次の瞬間消えてしまった。


「あれ、あれ、妖精さん。どこへ行ってしまったの? 消えてしまった……」


 それからはどんなに目を凝らしても、部屋は真っ暗闇のままで、何も現れなかった。エレーヌは再びベッドにもぐりこみ眠り込んだ。


                 ⋆

「エレーヌ様! 朝ですよ!」


 ハロルドの顔が、エレーヌの顔のすぐそばにあった。じっとエレーヌの顔を見ている。


「どうしたんだ、食事の時間になっても降りてこないから、心配になって見に来たんだよ」


「う~ん、もうそんな時間。私夢を見ていたのかしら」


 周りを見回しても、部屋は来た時のまま何も変わらず、テーブルに図鑑はなかった。


「テーブルの上に図鑑が乗っていない?」


「テーブルの上になんか何もないよ。寝ぼけているんじゃないのか。それとも夢でも見たのか?」


「夢だったのかしら? それにしては、はっきり覚えている」


「何が出てきたんだ?」


「うん、妖精が私に話しかけてきたの」


「妖精? おとぎ話の世界にはいるけど、ここにはいないよ」


「いいえ、絶対にいるはず。見たんだもの」


「ふーん、不思議なことがあるもんだな」


 ハロルドは、それ以上は言わなかった。エレーヌの事だから、本当に妖精が見えたのかもしれない。それ以上追及するのはやめておこう。


「さあ、早く着替えて朝食にしよう」


「ええ、そうね。お待たせしちゃって申し訳なかったわ」


 エレーヌは慌てて、ベッドから飛び起き着替えを取り出した。


「すぐ着替えますから、外で待っていてくださいね」


 それにしても、不思議な体験だった。夢にしてはいやにはっきりと、言葉の一つ一つが頭の中に残っている。現実に現れたような気さえする。現実と夢の世界がどこかでつながっているような気がした。


 朝のきらきらした光の中で食べる朝食は美味しかった。


「エレーヌ様、よく食べますね」


「ええ、お腹がすいちゃったわ。懐かしい食卓! またここで食事が出来て良かった!」


「ええ、どんどん召し上がってください」


「あらあら、大きい口で、失礼しました」


「いいですよ、エレーヌ様らしい!」


 ハロルド様は相変わらず、こんな調子だ。だから私には女性に対するトラウマも感じないで済んでいるのだ。

 こうしてボルブドール城での生活が再び始まるのかとしみじみ思いながら、エレーヌはもう一口パンを頬張った。


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