第40話 ボルブドールの森へ再び

 舞踏会でハロルドはエレーヌを妃候補として選び、王と王妃はハロルドの熱意に負けて認めることとなった。しかし、それ以来エレーヌはまだボルブドール城へ一度も足を運んだことがなかった。


「王様と王妃様は、心から私を受け入れてくださるのでしょうか?」


「心配しているのですね」


「ええ、私が強引に押しかけたようなものですから」


「そんなことはありません。父王が、舞踏会で僕が選んでいいと言ったのですから」


「そうでしたね」


「僕が戻るとき、一緒にボルブドールに行きましょう」


「突然ですね!」


「いいでしょう? あなたの父母に許可を頂ければ」


「もう、許してもらえると思います」


「見せたいものがあるのです」


「何でしょうか?」


「行ってからのお楽しみです」


 ルコンテ王国の都から、ボルブドール城までは馬車で一日で着くことは難しい。街道の途中にある宿屋で一泊して、再び馬車を走らせた。


「この道を通ってボルブドール王国へ行くのは二度目です」


「そうですね! 一度目は舞踏会の時だった」


「トーマス王子と一緒でした」


「彼も奇想天外な男ですね」


「そのお陰で色々なことがうまくいきました」


「三国ともみな隣合った小さな国です。戦などしないで平和に暮らせるといいのですが。トーマス王子と親しくなれてよかったのだと思いますよ」


「ええ、私もそう思います」


「ねえ、このあたりですよ」


「何でしょうか」


「もう、草は枯れてしまっていますが、クローバーの花を摘んだのは!」


「懐かしいです。あの花をもらったのは、まだ歩くこともできずベッドに横たわっていた時でした。こんな素敵な方が、なぜ雑草などを採ってくるのかしらと思いました。あの時私が何を考えていたかわかりますか」


「なぞなぞですか? わかりませんが」


「お花にはまったく目がいかないで、ハロルド様のお顔ばかりを見ていたんです」


「何だ、僕に見とれていたんですね!」


「実はそうでした」


「なんだ、ずっとお互いのことが好きだったんですね」


「全く、しょうがないですね、私たち」


  それからしばらく、冬枯れの草原をしみじみとした心持で、眺めていた。

 手を繋いで馬車に乗っていられることも嬉しい。


「ちょっと寄り道していきますね」


「どちらへ?」


「見せたいものがあると言ったでしょ。そこへご案内します」


 馬車は街道から、やっと通れるぐらいのわき道へ曲がり進んだ。森の中の道で、時々ぐらりと揺れる。そこをどれくらい走っただろうか。何かがエレーヌの頭の中でひらめいた。


―――この道も一度通ったことがある。あっ、あの時の道!


 そこは、ハロルド王子に助けられて、お城へと向かった道だった


「ハロルド様! この道は!」


「そうです! あなたを見つけて救助した場所へ向かっているんです」


「なぜまた?」


「いいから、もう少しでつきますよ」


 自分が助けられた時に見た光景とそっくりの場所にたどり着いた。あの時は夏で、森の木々も青々と生い茂っていた。木々の葉はだいぶ落ちてしまい、その時とは様変わりしていた。


「ここです、馬車を降りましょう。足元に気を付けてください」


「忘れることはできません。もう私はこれで終わりなのかと思っていた時に、手を差し伸べてくださったのが、この場所でした」


「僕は、あなたに会えない時、よくここへ来て思い出していたんです。エレーヌさんの姿が見えるようで……ちょっと歩いてみましょうか」


「私は、あの時の辛かったことを思い出してしまいました」


「そうですよね。無神経だったかな……」


「あら、あんなところにベンチが!」


「不思議でしょう。僕はあなたの事を思い出したくて、ここに座っていました。そのためのベンチです」


「まあ、ベンチまで持ってきたんですね。可笑しい、ふふふ……」


「子供みたいですね。僕はそういうところがあるんです」


「ここが、あなたが見せたかったところなのですね。一緒に座りませんか」


「うん。そのつもりだった」


 素朴な木製のベンチは木の幹の前にあった。どうしてもということで、ハロルドが馬車で運んできたのだ。


「こうやって座っていると、あの時の事を思い出します」


「やっぱりエレーヌさんを見つけたのは奇跡だった」


「本当に可笑しな人」


「僕の気持ちは、あなたが村娘であっても王家のご令嬢であっても、変わりません。それを言うために、ここへお連れしました」


「もう、そんなことを言われたら、また村娘のドレスに変装しますよ」


「あなたも僕と同じぐらい可笑しな人です。僕たちお似合いですね」


「ええ」


 エレーヌは、なんだか嬉しくて、ハロルドの腕にそっと手を回した。


冬の森の静けさの中で

ベンチは二人を包み込む

輝く星は悠久の

時を運んで闇夜を照らす

地上に息づく生き物たちに

ほんの少しの安息と

羽を休める寝床をくれる

宇宙は一つにつながって

人も物もどこかでつながる

どこにでもある場所

でもそこはたった一つしかない場所

二人が出会った奇跡の場所

奇跡の一瞬


「あっ、流れ星が!」


「願い事をしましょう」


 輝く星屑たちが、海よりも深い蒼い空のかなたから彼方へ流れていった。


「何をお願いしたのですか?」


「ハロルド様こそ何をお願いしたのですか?」


「決まっています」


「たぶん二人とも同じことでしょう」


「そうですね、願い事が叶うように黙っていましょう」


 二人は、静かに立ち上がり、手を繋いで馬車に乗った。馬車は木々の間を縫ってゆっくりと城への道を進んでいった。いつまでも一緒にいられますように、という願いとともに。



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