第39話 ルコンテ王国の街で

 翌日ハロルド、エレーヌ、トーマス、ナタリーの四人が外へ出てみると、地面にはうっすらと雪が積もっていた。四人を乗せた馬車は白くなった草地の間をぬうように門へ向かった。

 門の外へ出て街路樹の並ぶ大通りを過ぎると、すぐそこには王都があり木組みの家々が連なる美しい街並みが見える。


「夏の緑に映えた景色も美しいけど、うっすらと雪化粧した景色も違った趣があって美しいです」

 

 エレーヌが街の自慢をすると、


「お店の前には趣向を凝らした看板が下がっていて、見ているだけでも楽しいわ」


 ナタリーは様々な形の看板を指さしている。パン屋はパンを模した形、道具屋は工具の形の看板を下げている。ブーツの看板は靴屋だ。


「それに家の壁もかわいらしい色に塗られていて、絵の中の世界にいるみたい」


「絵の中の世界か。僕は何度かここは訪れたことがあるけど、そんなふうに考えたことはなかったな。カラフルで、可愛い色だなとは思ったけど」


 トーマスも、ナタリーの感想を聞き目をきょろきょろさせている。


 街の中心には、からくり時計があり、決まった時刻になると塔の中から人形が出てきて、時計の音に合わせて回転しその姿を披露する。ドレスを着た少女、兵隊、背広を着た紳士などの木の人形が回転する様は、なかなか愛嬌がある。街行く人々もしばし足を止めて見入っている。小川には、ボートが浮かび人が乗っていて川の中から見える街並みを楽しんでいる人たちもいる。


 ひときわ目を引く大きな建物がある。町長の家で、お茶をご馳走になることになっていた。王国特産のリンゴを使ったアップルパイと熱い紅茶でもてなしてくれた。サクサクのアップルパイをかじると、歯に心地よい触感と甘いリンゴの果肉が口いっぱいに広がった。


「美味しい―――!」 「美味しいです!」


 エレーヌとナタリーは感嘆の声を上げた。


「あのう、すいません! このアップルパイのレシピ教えてくださいな。私作ってみます」


 エレーヌは、運んできてくれた、この家のメイドに訊いた。後ろで控えていた町長が、にこにこと答えた。


「はい、厨房で聞いて、書いてまいりますので少々お待ちください」


「わあ、やったわ! レザール王国のタルトのほかに、ここのアップルパイも作れたら、鬼に金棒ね!」


「是非作って、みんなに振る舞ってください。期待していますよ」


 トーマスが、嬉しそうに答えた。


 町長はレシピの書かれた紙を持ってきて、丁寧に礼をするとエレーヌに手渡した。


「エレーヌ様、こちらに詳しく書いておきましたので、この通りにお作りください。そうすれば、失敗はないでしょう。でも、少しぐらいご自分のお好きなやり方をしても、それはそれでお嬢様の味になります。人生と同じでございます。何事も知識だけではうまくいきません。自分の直観と真実を見極める知恵が大切なのでございます」


 エレーヌははっとして、町長の眼を見つめた。


「真実を見極める知恵が大切なのですね。大切なことを教わりました」


「いえいえ、私のような爺さんが、生意気なことを申し上げました」


「ありがとうございます」


「若い方々には、一度きりの人生、自分の進むべき道を誤らないで欲しいと思っています。こちらの皆様も、街の若者たちも、皆でございます」


 エレーヌは町長に礼を言った。


「町長様がいてくだされば、この街は安心です。これからも見守っていてください」


「有難いお言葉です。こんなおいぼれですが、みんなの行く末を見守っています。お話はこのくらいにして、さあさあ、たくさん召し上がってください。まだまだございますよ」


 暖かい暖炉の火のぬくもりに包まれて、お茶の香りとアップルパイの優しい甘さを味わいながら、四人の話は続いていた。


「ご馳走様でした」 「温かいおもてなしをありがとうございました」


 四人は、外へ出てもう一度街並みをゆっくりと見た。街行く人々は忙しげに歩いていく。外の空気は冷たかったが、心は温かい気持ちに包まれていた。


 ハロルドが、遠い目をしていった。


「いろいろなことがありました。エレーヌ様が大怪我をしたり、婚約が破談になったり、ルコンテ城で聖剣が無くなったり、森の向こうの廃城で大昔の宝物が出てきたり、トーマス王子が命を狙われたこともあった。でも何とか切り抜けることが出来ました」


「本当ですね。エレーヌ様の誕生パーティーへ行ってから、いろいろなことがあった。そのたびにハラハラしたけど、僕は最高に楽しかった。一番楽しかったのは、ハロルド様の妃を決める舞踏会でした」


「全く、どうなることかと思いました。すべてが、エレーヌ様から始まっているんです」


 エレーヌが二人の会話を聞き、笑顔で答えた。


「私が何かしようとするといろいろなことが変な方向に行ってしまうんです。でも、悪くはなかったでしょう。こんな私だけど、これからも友達でいてください」


「トーマスと、ナタリー様とはね。でも僕は特別です!」


 ハロルドはエレーヌの手を取ってはにかんだ。



 街行く若い娘たちが囁き合っている。


「エレーヌ様とご一緒にいる方、素敵ね! お似合いのカップル」


 お転婆で、破天荒な姫がはにかんでいる姿を見るとついつい噂してしまうのだろう。見ているほうも恥ずかしくなってしまうほど仲が良い。どうやってあんな素敵な人を見つけたのだろうか、とか見つけるすべを知りたいだとか、何か秘訣があるのだろうかとか興味は尽きない。


 そんな眼差しを見て、エレーヌは心の中でつぶやく。秘訣があったわけじゃない。これからも秘訣なんてないんでしょうねと。


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