第38話 トーマス王子ルコンテ城へ
森の木々が色付き、次第にその葉も一枚また一枚と北風と共に散っていった。いつの間にか、短い秋が終わろうとしていた。あと少しで木枯らしの吹く冬になる。エレーヌは、しみじみと窓の外を見てハロルドに言った。
「森でハロルド様にお会いしたのが夏のこと。季節が過ぎるのは早いですね」
「もうすぐクリスマスの季節になります」
ルコンテ王国の都ではクリスマスの季節が近づくと出窓に花を飾る。昼間の風情も素晴らしいが、外が暗くなり灯りの中に浮かび上がる花々も大層美しい。
「冬の美しい街並みをトーマス様に見て頂きたいですね。怪我が快復したらきていただきましょう?」
ハロルドは、窓から家々の灯りを見てうっとりとして言った。
「そうですね、お祭りの折にドレスを貸してくださったナタリ-様もお呼びしませんか?」
「それはいいですね。きっと喜ぶでしょう」
「はい、トーマス様とご一緒だと絶対喜にびますよ。都合をお伺いして、ここでお会いしましょう」
二人をいつか招きたいと思いながら、冬になってしまった。
「本格的に雪が降りだしたら、ここへ来るのは大変ですから」
「そんな季節も、あなたと一緒に暖炉に当たれば暖かいでしょう。ボルブドール王国はあまり雪が降りませんので、雪を見るのも楽しみです」
二人は、トーマスに手紙を出した。雪の季節の前には来られることになり、心待ちにしていた。
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トーマス王子が訪問する日が来た。前日からパラパラと雪が舞い始めていた。積もらなければいいが、と心配していた。朝起きて窓から外の光景を見ると、うっすらとではあるが地面に雪が積もっているのが見える。木の幹が白くこんもりしている。
「到着なさいました、エレーヌ様!」
執事が、居間へやってきて、エレーヌとハロルドに伝えた。アルバート王とカトリーヌ王妃も他国からの来賓を迎えるとあって、晴れ着を着て準備していた。今回は侍従のほかに兵士も数人連れてきた。
玄関にそろって、トーマス王子と、ナタリー、お付きの者たちを迎えた。
「こんなに大勢でお邪魔してすいません。そうしないと父が許してくれませんでしたので……美しい雪の歓迎ですね」
トーマス王子が、うっすらと積もった通り道を見ながら言った。真っ白に雪化粧した庭園に、馬車の通った轍の後だけが黒くくっきりと残っている。
「今年は雪が降り始めるのが早いようです。ここへ来るまでの道にも雪が積もっていて大変だったでしょう?」
カトリーヌ王妃が言った。
「そうでもありませんでした。まだほんの少しだけなので、車輪が雪に取られることもありませんでした」
「それは良かった。さあさあ、中へお入りください。お待ちしていたのよ。そちらのお嬢様もどうぞ」
「わたくし、ベルメア侯爵の娘ナタリーと申します。お招きいただきありがとうございます」
「収穫祭の時ドレスをお借りして、大変お世話になりました。今まで何のお礼もできず心苦しい思いをしていました。今日はこんな遠くまで来て頂けて大変うれしいです」
エレーヌが手を差し伸べ、二人はしっかりと手を握り合った。召使が二人の荷物を馬車から降ろし、中へ入れた。
王と王妃を先頭に、暖炉に火を入れてあらかじめ温めてある居室へ移動した。
「レザール王国の皆様方は、お元気でいらっしゃいますか」
アルバート王が、トーマス王子に訊いた。
「お陰様で、家族皆元気です」
「遠方からいらっしゃったのですから、今日はお泊りくださいね」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
エレーヌは、先ほどからナタリーのドレスが懐かしく、口に出してみた。
「ナタリー様、紫色のドレスがよくお似合いです」
「ありがとうございます。私には少し大人っぽいと思うのですが、エレーヌ様が勧めてくださいましたので、今日は着てまいりました」
「落ち着いた色が、かえって若々しさを引き立てています」
「僕も同感です。ナタリー様は、紫色がよく似合うようです」
先ほどから皆の会話を聞いていたトーマスが、口をはさんだ。
「あら、トーマス様も。本心ですか?」
「本心ですよ。今日は、泊めてくださるそうで良かったですね。馬車に長い時間乗って疲れたでしょう?」
「はい、正直言って疲れました」
王と王妃は二人で目配せして、皆に声を掛けた。
「さて、私たちは引き揚げますね。後はお若い方々で気兼ねなくお過ごしください」
気を聞かせて、二人は中座した。
「ところで、なぜ僕とナタリー様をここへ一緒に呼びしたのですか」
ハロルドが答えた。
「お二人一緒の方が、楽しいのではないかと思いまして。別々にお呼びするのも面倒ですから」
「面倒だからですか? なんか僕たち二人が引き合わされているみたいですが?」
エレーヌが、咳払いをした。
「それは、考えすぎです。お友達が増えた方がいいでしょう。ドレスをお借りしたのも何かのご縁ですし」
「そうですね。そんなことがあったから、僕もナタリー様と親しくなれた」
ナタリーの頬がほんのりばら色に染まった。
「あらっ、そうだったのですか。私たち何も存じ上げないで、余計なことをしていました」
トーマスが、大笑いしている。
「なんか変だなと思いましたよ。でも僕たちは騙されたふりをして、素知らぬ顔で来ました。最初僕たちを見た時はわからなかったでしょ?」
「全く気が付きませんでした」
エレーヌは、ナタリーの顔をそっと覗き込んだ。あなたの願いも叶いそうね。私が思ったとおり、トーマス様にはナタリー様がお似合い。そっとナタリーの手を握った。
「いつから親しくなられたのですか?」
ハロルドが興味津々にトーマスに訊いた。
「感謝祭の後のパーティーでお会いして、あの日のエレーヌ様の事で盛り上がりました。その時のご様子はもうお聞きになっているでしょう?」
「いいえ、何があったのですか?」
「ご存じなかったのですか。じゃあ話しちゃまずいかなあ?」
「是非聞きたいです。話してください」
「もうトーマス様ったら」
間からエレーヌが不服そうな顔で見ている。
「エレーヌ様は、あんまりソーセージがおいしそうだったんで、ケチャップを大盛にして食べていたんです。そうしたら、それがぼとっとドレスに落ちて……真っ赤なしみがついてしまったんです」
「そりゃあ焦ったでしょう」
「すぐに城へ戻ろうと思っていた矢先、ナタリー様が声を掛けてくださいました。お宅へお伺いして着替えが出来ました」
「すぐに声を掛けてくださって、助かりました」
エレーヌが礼を言った。
「ああ、その時から意識されていたのですね」
「ええ、ああいう場で同じ若い女性に助けの手を差し伸べてくれる方はめったにいませんからね」
「周りでトーマス王子を見ていた女性たちは、私のことを冷笑してどこのだれかと遠巻きに噂しているだけでしたから」
「そんな彼女の優しい心が気に入って、パーティーの時にお声を掛けました。僕のことを憎からず思ってくださっていたようで……」
「トーマス様は、本当に正直でまっすぐな方。お父様が言ったとおりだわ」
エレーヌが父王の言ったことを思い出していた。
「へえ、何とおっしゃったのか気になりますねえ」
単純で、分かりやすい人だというようなことを言っていたと思い出したが、それはさすがに言えない。
「とても純粋で、単刀直入な方だ、と言っていました」
「ふーん、そうでしたか」
「さて、明日は皆さんで、街の景色をご覧ください」
「はい、楽しみにしています」
トーマスと、ナタリーが部屋へ引き上げるとハロルドは父王のアルバートにこっそり耳打ちしていた。
「一応念のため、お部屋のそばにはこっそりと見張りをお付けください。それから大切なもののあるお部屋には鍵をかけることをお忘れなく。執事にお伝えください」
トーマスも悪い人ではないのだが、念のために気を付けることにした。
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