第34話 ハロルドとエレーヌの誓い
ハロルドとエレーヌは、舞踏会が終わり来客が帰路に就くと、二人だけで居間に座った。皆名残惜しそうに引き上げていった。ハロルドの家族もそれぞれの居室に戻っていた。トーマス王子とリズは客間で寛いでいる。
広い居間のソファに座り、しみじみと今日の出来事を思った。まだ興奮は冷めやらない。
ハロルド王子は真っ赤なジャケットと黒のスラックスに身を包み、普段よりも大人っぽい雰囲気を醸し出している。胸元の真っ白のスカーフがお洒落だ。ハロルドはこんな素晴らしいサプライズを与えられて、胸がいっぱいになっている。ただ二人で座っているだけで、こんなにも幸せな気持ちになれるのだと、ようやく気がついたような気がする。
エレーヌも、国中の女性たちの中から自分を見つけ選んでくれたということだけで、ハロルドと同じように胸がいっぱいになっていた。暫く、二人でじっと言葉もなく座っていた。隣りから伝わるお互いの体温が限りなく暖かい。ランプの中の炎がゆらゆらと揺れ、お互いの表情を照らし出した。
「さて、エレーヌ様。やっと二人きりになれましたね」
「ここまで来るのに……ものすごい回り道をしました」
「本当に長かった……」
ハロルドは、エレーヌの細く白い指先を握り、済んだ瞳で見つめている。エレーヌはさらりとした前髪の下から覗くハロルドの深緑色の瞳に引き付けられ肩を寄せた。
「はい、思いがけずハロルド様を見つけたのに、すぐ離れ離れになってしまいましたから」
「何度も離れ離れになりましたね。そのたびに、寂しくて胸の中に穴が開いたような気持でした」
「私も、クローバーの花を見るたびに思い出していました」
「僕たちは皆の前で婚約を宣言することが出来ました。これからは、堂々と誰にも邪魔されずにお会いすることができます」
ハロルドは、エレーヌの肩を抱き、前髪をそっと上にあげた。
「あっ、額を見ないでください。醜い傷跡が出来てしまいました……」
「可哀そうに……痛かったでしょう」
そう言うと、人差し指で優しくなで傷跡に唇を寄せた。
「僕に愛されているのですから、これからは無茶をしないで」
「はい、もう二回も無茶をしました。これからは無茶をしないで済むことを願っています。天に誓って危険な真似はしないことにします。ハロルド様のためにも」
「そうですよ。それから、自信を持ってください。ところで、あなたがここへ参加したのは、トーマス王子の差し金なんですよね」
「まあ、差し金というか、彼は、国境沿いの街で今日の舞踏会の事を知ったそうです。時々私に会いに来てくれていましたから、すぐに教えてくれ、二人で秘密裏に準備をしました。身内にも知られるわけにいきませんでしたので、誰かに知られたらどうしようかと、毎日緊張して過ごしました」
「彼の事だから、これをネタに、何か取引を持ち掛けてこなければいいのですが。いつも何か企んでいるような奴ですから」
「あら、私ったら、そんな裏があるなんて考えませんでした。ご迷惑が掛からなければいいのですが」
「まあ、その時は僕が何とか対策を考えますから。そうそう先ほどの続きを」
「続きというと、何のことでしたっけ?」
再びハロルドは、肩を抱き寄せた。続きとは、このことだったのか。たくましい肩とは裏腹に、優しい目とそこにはらりとかかる前髪が美しい。すっきりとした鼻筋やその下にあるほんのり赤い唇を見ていると、心臓の鼓動が早くなるのがわかる。そういえば、こんなに近くで見たことはなかった。
「誰にも邪魔されないうちに」
ハロルドの顔がすぐ目の前にある。きっと顔が真っ赤になっていることだろう。それほどまでに近くで見てほれぼれしてしまった。
と、その瞬間唇に暖かいものが触れた。それはハロルドの唇だった……
うっとりとして、時間の感覚がなくなってしまった。ほんの一瞬だったのか、数秒経ったのかもわからない。口元に甘い感触が残った。
そして気が付くと、再び顔が少しだけ離れて、エレーヌの眼を見つめていた。
「あっ、今」
感動で、ぼーっとしてしまった。ぼうっとしなければよかった。頭の上にちょこんと乗ったクローバーの髪飾りがはらりと下に落ちた。
「クローバーの花ことば、私を思って、でしたっけ」
「あなたはなかなか気づいてくれませんでした」
「早く気づけばよかった」
エレーヌは花束を拾い、ハロルドのさらさらとした前髪にさした。
「今度は私からです。花言葉の通りです」
ハロルドはしっかりと、エレーヌを抱きしめた。肩までおろした髪からは、良い香りがして鼻腔をくすぐった。
「エレーヌさん、これからは、絶対に僕のそばをはなれないでください」
「ええ、ええ、絶対にはなれません! ハロルド様も私を絶対に放さないでください」
「何があっても放しません! 天地が裂けても!」
「私もお誓いします」
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