第32話 エレーヌの決意
―――さあ、舞踏会の準備をしなければ!
でも普通にしているのが一番良いのだ、という私は何をしたらいいのだろう。ダンスの練習をしておこうか? 選ばれた時に、精いっぱい踊れるようにはしておきたい……
考えに考えた挙句、自然のままに振る舞うのが一番良いという結論に達した。
しかし、行くまでに支度しなければならないことはある。
ドレスは何を着たらいいだろうか? 今回はリズに協力してもらえないので、トーマスに頼み村娘の衣装を作ってもらうことにした。村娘の衣装とはいえ、普段着ではなく祭りの時に着る色鮮やかな民族衣装だ。素朴な味わいの中にも華やかさがあり、白地に赤や緑などの刺繍がしてある。すぐに自分だとわかってしまうとまずい。
頭には薄いベールをかぶろう。それから、髪にはクローバーの花で作った髪飾りを忘れずに。これは直前に用意すればいい。
奇跡の石も念のため持っていこう。効力を発揮してくれるかもしれない。こうして秘密裏に準備は着々と整っていった。
⋆
いよいよ舞踏会の日がやってきた。かねてから父王にお願いしていたのだが、前日にトーマスとピクニックに行くことにしてある。さりげなくサンドイッチを用意してもらい、いつもの外出の様に馬車で出て行く。そのまま、街道へ入りどんどんボルブドールへの道を一直線に進む。
翌日になって開けるように釘を刺し、執事には手紙を渡した。明日手紙を読んだ時には、既にボルブドール王国へ入ってしまっている頃だ。
一緒に馬車に乗っているリズは、なかなか目的地にたどり着かないので、だんだん不審に思っているようだ。しかも、途中から目的地とは違う方向に進路を取った。
「お嬢様、どうなっているのですか。この道を進んだら目的地に着きません。それどころか、馬車はボルブドール王国の方へ向かってしまいます」
「その通りなのよ、リズ。あなたに黙っていてごめんなさい。ボルブドール王国へ向かっているの」
「えっ、何ということですか! お父様に内緒で! どういうことですか?」
「それは……とにかくもう引き返せないの! 私覚悟を決めてきました」
「覚悟というと?」
「だから、それは……とにかく、トーマス様と一緒だから危険はないわ」
「トーマス様も、ご存じなのですか?」
「御免ね、リズさん。僕とエレーヌ様の二人で計画したことなんだ。前もってリズさんに話したら、王様に話さざるをえないでしょう?」
「当たり前ですっ! 知っていたら、話さなければなりません」
「だから、黙っていたんです。危険なことはありませんし、明日になれば、僕たちがどこへ向かったのか王様にも伝わりますので。執事に手紙を渡してあるので、明日開けてみればわかるはずです」
隣に座っているトーマスが、リズに説明した。
「今日は、本当にごめんなさい。でも、行かなければならないの。一生に一度のわがままを聞いてね、リズ」
「一生に一度って、もう、二度目じゃありませんか。お嬢様ったら、無茶ばかりなさるんだから。それで、何をしに行かれるんですかっ?」
「舞踏会に参加するの。お妃候補を決める舞踏会よ」
「そんな馬鹿な! 他の方々と一緒の場で選んでいただくなんて、お嬢様のなさることじゃありません。やめましょう。今からでも遅くありません、引き返しましょう」
「リズさん、大丈夫ですよ。この方なら何とかやってのけますよ」
「そんなあ、全く、いつも気が気じゃありません。でも、わかりました! もう、ついていくしかありません」
「それにね、選ばれなかったら黙って帰ってくればいいだけだから。私が来たことは誰にも知られないし。もし選ばれたらすごいじゃない?」
トーマスはそれを聞いて大笑いした。
「その意気です。エレーヌさんらしい」
「そ、そ、そうですか?」
自信はなかったが、勇気だけは湧いてきた。
一行は、ひたすら馬車で街道を進んだ。途中の宿屋で一泊して、翌朝再び馬車で目的地を目指した。馬車は山肌を縫い、ボルブドール王国に入った。視界が開け、羊や牛の群れが見えてきた。
「わあ、懐かしいわ」
「お嬢様、思い出しますか?」
「ええ、懐かしい! ルコンテ王国への戻り道で見た風景。また見られるとは思わなかった」
「さあさあ、景色に見とれてないで。この辺で、民族衣装に着替えてください。もうあと少しでお城に到着しますよ」
トーマスは、暫く止まって休憩するよう御者に行った。
「僕は馬車から出て外にいますから、お二人で支度をしてください」
「トーマス様よく気が付きますね」
侍女のリズが言ったが、一緒に中にいられたら困る。
「よいしょっと、こう着るのかしら?」
「まあ、そんな感じでしょうか」
「あら、本当。このリボンは?」
「ここに結ぶといいでしょう。ぴったりです」
ドレスの着付けが済むと次は化粧だ。持ち出せるものはそう多くはなく、ほんの質素なものだが、肌はそのままでも十分美しい。
「これで準備万端。ああ、それから、このクローバーで編んだ花輪を頭に載せて、ベールをかぶれば出来上がり!」
「お見事ですわ! どう見てもこちらの街のお嬢さんです」
「一目見ただけじゃわからないかしら?」
「外見はいつもと全く違いますが、見る人が見ればわかるはずです。トーマス様支
度が整いました。是非ご覧になってください」
リズが窓から外へ向かって大きな声で言った。
「ハロルド様に初めてお会いしたときはもっと質素な服装でしたが、今日のはお祭り用ですのでだいぶ華やかになっています」
「お――、なかなか似合っていますよ。いいじゃないですか。しかしハロルドさんの趣味も面白いなあ」
「まあ、そんなことで感心していないで、出発しましょう」
「さあ、馬車を進めてください」
御者も何のお祭りなのかと不思議そうな顔をしている。
「あと一か所最終関門がありますよ。気を張っていきましょう」
「どこですか?」
「お城の入り口です。門番をごまかさなきゃね」
「さあ、そろそろ準備はいいですか。僕の言った通りに頷いてくださいね。お二人ともボルブドール王国のお嬢様たちということになっていますから」
⋆
門の前には、女性たちとその付き添いの列が来ている。馬車を下りるとトーマスは二人を連れて、最前列に割り込んだ。
「あら並んでいるのよ!」 「後ろに着いてください!」 「どちらの方、横入りはだめよ!」
女性たちが口々に叫んでいる。トーマスは彼女たちを追い越し、一番前に出て門番に伝えた。
「僕はレザール王国のトーマス王子です。ハロルド様から舞踏会へお招きいただきました。どうかお通しください!」
「ハロルド様が? ちょっと確認してまいります」
「あなたもお忙しいでしょう。そんな心配には及びません」
「そうですか?」
「ああ、ちょっとそちらの君? 僕を覚えていますよね。トーマスですよ。知らないなんて言ったら、ハロルド様に怒られますよ」
「ああ……トーマス様ね。どうぞお通りください」
「じゃあ、お言葉に甘えて、それから、このお嬢様たちはレザールの国境近くの街の市場で働いている娘さんです。れっきとしたボルブドール王国のお嬢さんですから。一緒に入りますよ」
「こんにちは、どうぞよろしく」
二人は笑顔で会釈した。
「では皆様、お通りください」
―――凄いトーマス。こういうことには本当に知恵が働く!
こうして、エレーヌたちは無事に城内に入ることができた。
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