第31話 ボルブドール王の提案
ボルブドール王国ヘ戻り、ハロルドは真剣な表情で父王の前に進み出た。
女性に対するトラウマを消してくれた人。出会ったことが運命とも思え、決して離れてはいけない人についての話をするつもりだ。
「お父様、お話があります。一生に関わることで、いままで考え続けていたことです。私の願いを聞いてください!」
ジャン王は、どうせエレーヌとのことだろうと思っていた。
「話してみなさい」
「エレーヌ様の事です。ヴィクトルとの婚約を解消した今、僕と彼女の交際を認めてください!」
「またその話か。もう結論は出ているではないか! しつこいぞ!」
「そこを何とか、撤回してほしいのです。今後このようなお願いをすることはありません。僕は、エレーヌ様と一緒にいなければならないのです」
「ほう、一緒にいなければならないとは?」
「彼女は僕にとって、無くてはならない人です」
「エレーヌさんくらいの女性なら、ボルブドール王国にも大勢いる。もっと身近なところに目を向けてみろ。お前は今まで女性を毛嫌いして、付き合ったこともないからわからないだけなのだ。目を覚ましなさい」
「考えてもはもらえないのですね……」
「考えておる! 彼女がこの城へ来たら、ヴィクトルとコーデリアと毎日のように顔を合わせることになる。そんなことになったら、皆気が休まる暇がないだろう」
「そんなことはさせません。僕がそんなことにならないように努力しますから」
「いくら話しても無駄だ! もうよい! 下がりなさい!」
ジャン王は考えを変える気は無かった。エレーヌがこの城へ来ても、ヴィクトルやコーデリアと毎日顔を合わせ、気まずい思いをするだけだと思っていた。その心配はもっともだし、父王の気持ちも分からないではない。しかし、自分の妃はエレーヌ以外に考えられない。今のエレーヌは城へ来た頃と違い、ヴィクトルを慕う気持ちはなくなっている。その事をいくら説明しても、以前婚約していたことがいまだに引っかかっている。いつかまた心変わりするのではないか、そうなったらさらにややこしいことになってしまうだろうと。
ハロルドはため息を吐いた。以前は、女性が苦手で傍にいるのも落ち着かない状態だった。ようやく自然に話のできる相手が見つかった……そしてほかに代えられない人が……それなのに……
その話以降王から快い返事が聞かれることはなかった。
良い返事は何もないのかと思っていた矢先、今度は王がハロルドを呼び出した。
「良いことを思いついたハロルド、舞踏会をやろう。国中から若い娘を集めて、その中から、お前が一番自然に話ができる女性を妃候補にするのだ」
何と、これがよい思いつきなのか?
父王の思いつきもひどいものだ。内心では、そう舌打ちしたハロルドだったが、どうにかこれを辞めさせる方法があるのではないかと、思いを巡らせた。しかしすぐには方法は思いつかない。
「嫌です! やめてください! 相手が誰でもいいわけではないのですよ、お父様。僕には心に決めた人がいるのです。それは……」
「エレーヌさんだろうがっ! もう、あの娘とは終わったのだ!」
「終わっていません、僕とは! 終わったのはヴィクトルです!」
「世の中には素晴らしい女性が大勢いるのだ。お前の出会ったことのないような素晴らしい娘が。とにかく試しにそんな機会を作ってみようではないか」
「何ということだ! でも、そこで会った方の中から必ず見つけなければならないわけではありませんよね?」
「いや、とにかく会ってみろ! 妃候補は必ず選ばなければならん。わかったな!」
「妃候補ですか……」
そんな馬鹿なことがあってたまるものか。妃なんか選ばないからな、と心の中で誓った。
―――どうにか逃げ出す方法はないものか?
「逃げたりしたら失礼だぞ! わかったな!」
父の怒鳴り声が後ろでした。
その知らせは国中を巡り、若い娘たち皆が自薦他薦問わず候補になっていた。身分には関わらない。彼女たちは、腕に寄りをかけて自分磨きをし、身のこなしやダンスの練習に励んでいた。
国の隅々までその情報が知れ渡り、国境沿いの地域にまで知らないものがいないほどになった。妃選びの話は時間とともに、商人や、国境沿いで商売をする若者たちからレザール王国にも伝わってきた。そしてそんな話をトーマス王子が聞き逃すはずがない。
⋆
これは一大事だ。トーマス王子は、エレーヌの元へいち早くその情報を持ってやってきた。
「大変です! 大変です! 全くジャン王は何を考えているのか!」
「大変って、何が大変なのですか?」
「ボルブドール王国で舞踏会が行われるのです!」
「それのどこが大変なのですか?」
「ただの舞踏会じゃありません!」
「ただの舞踏会ではない? どんな舞踏会なのです?」
「どうか驚かないでください! ハロルド王子のお妃候補を決める舞踏会です」
「何ですって? そんな……なぜそんなことをするんですか! 私はどうなってしまうのですか!」
「やはりそう思いますよね。王はひどいことを考えるものだ。エレーヌ様、そのままお妃を決められてしまっていいと思いますか? あなたのお考えは?」
「決まっています、嫌です! 絶対に、他の方をお妃にするなんて、耐えられません! もう、ハロルド様は逃げられないのでしょうか?」
「逃げ出すわけにはいかないでしょう。あなたの決意が固いのなら、僕に妙案があります。ハロルド様を心から愛する気持ちがおありなら、提案いたしますが、どうですか?」
「決意は固いです。私の気持ちは決まっています」
「そうですか……僕は、ちょっと残念ですが、それなら仕方ないでしょう」
「それで……妙案とは?」
「ちょっとお耳を拝借……、……、それでね……どうですか?」
「エ――――っ、そんなことをするのですか? うまくいくのでしょうか?」
「大丈夫です。僕に任せてください。それともやめておきますか」
「ウ―――ン、心配ですが」
「じゃあやめますか? もう二度とあなたにチャンスは巡ってこないかもしれませんよ」
「大丈夫かしら―――、ウ―――ン」
「崖から飛び降りたエレーヌ様なら怖いものはないでしょう?」
「いえ、飛び降りたんじゃありません!」
「奇跡の石を採りに行ったんでしたっけ」
「そうですよっ!」
「どちらにするんですか? 決めてください!」
「分かりました! やってみます!」
ということで、話はまとまった。
トーマス王子の提案はエレーヌがボルブドール王国の村娘に変装して、舞踏会に参加したらどうかということだった。
王国中の娘が集まる中で、選ばれるかどうかなどは、もう考えている場合ではなかった。他にチャンスがないならやってみるしかない。衣装や、そこまでの馬車の手配などはすべてトーマス王子がやってくれることになった。うまい口実を付けてボルブドール王国に入ることも彼がやってくれるそうだ。下心があるのかもしれないのだが、そんなことを考えている余裕もなかった。
⋆
一方ハロルド王子の方は、舞踏会の日が近づいてくるにしたがって、憂鬱になっていった。エレーヌに何とか連絡して、逃げる方法はないだろうかと探っては見たが、普段よりもハロルドの周りには多くの兵士が控えていて、全く自由が利かなくなっていた。
―――王の命令で、見張っているのだな
彼らの動きは見え見えだった。少しでもハロルドが出かけようとすると、兵士があとからついてきていた。手紙を出そうとしても、誰も協力してくれるものはいなかった。エレーヌとの連絡の手段が経たれてしまった。
エレーヌの方も森で怪我をして以来、遠出することはできなかった。近くを散歩するにも侍女や執事が必ずそばにいたし、馬車で出かけるときは、父王の許可を取らなければならなかった。そんな時にトーマス王子が力になってくれると申し出たのは、天からの贈り物のようだった。
―――私は、普通にしている方が魅力的だと言われた
そうだ! 努めて自然に……それでいい……舞踏会はまくいくかどうかはわからないが……
崖から落ちた時以来の困難が待ち受けているかもしれないが……
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