第30話 ハロルド王子のライバル
―――クローバーの花ことばは、「私を思って・幸運・約束」だったなんて!
なんと私は愚かだったのだろう! ハロルド様の気持ちを受け入れることもできず、一体私は何をしているのだろう。
花言葉の意味を知らなかったばっかりに、野に咲く花のようだと言われ、自分が軽く見られていると勘違いしていた。エレーヌは自己嫌悪に陥った。
トーマスからせっかく奇跡の石(愛の石)をもらったのだ。それに願いを掛けてみようか。しかし待てよ! もうハロルド様の気持ちはわかっているではないか。私を愛してくださいますように、と願う必要は無い。
―――二人の仲がうまくいきますように。それにしよう。
ヴィクトルと伯爵令嬢のコーデリアの婚約が正式に決まってから、ハロルドは身分を隠して会いに来てくれた。国境では、王子としてではなく誰に成りすましてこちらの国へ来ているのだろうか。ルコンテ王国に入ってからは、執事や侍女のリズが知恵を絞って会えるように画策してくれている。ハロルドには、ボルブドール王のジャンの眼を盗んでここまで来るのは本当に大変なことだ。危険を冒してまで来てくれている。それほど彼の思いが強いのだ。
トーマスから教えてもらったクローバの花言葉の意味を思い出し、ハロルドに訊いてみた。
「ハロルド様。クローバーの花言葉をご存知でしたか?」
「知らないと……思いましたか?」
「やはり、知っていたのですね?」
「口に出して言うと恥ずかしいような花言葉でしょう。――だから黙っていました。えへへ」
「やはりそうでしたか。私、何も知らないで自分を野原に咲く、どこにでもあるような花にたとえられたと勘違いしていました。軽くあしらわれていたのかと……」
ハロルドは照れくさそうに言った。
「では、口に出して言ってみます。……私のことを思ってくださいね!」
「素敵な花言葉です」
「本当にあなたは野に咲くクローバーの様だなと思ったんです。可憐で、飾り気がなくて、かわいらしくて、明るくて、まっすぐで、それからたくましいです」
「わ―――すごい! そんなにいいところがあったんですか?」
「まだあるかもしれませんよ? 僕がまだ気が付いていないだけなのかも?」
「あとどこでしょうね?」
「そんなに言わせたいんですか! もう!」
「言ってほしいです! もっともっと言って欲しいです! あるのでしたら……ハロルド様の良いところは数えきれないほどありますよ!」
「聞きたいです!」
「えっ、本当に聞きたいですか? 当ててみてください」
「う~ん、顔とスタイルと頭脳明晰な所と、勇気と、それから……」
「もう、分かってらっしゃるじゃないですか! これだけは私に言わせてください」
「何ですか?」
「……私を見つけてくれたことです。真っ暗な深い森の中で、ちっぽけな私を見つけたことです」
「またその事ですか? まあ、あなたは確かに僕が拾ってきたんだけど……もうやめておきましょう」
「わたしね、最近分かったことがあります。背伸びする必要がないって」
「その通りです。だって、君の場合背伸びすると失敗しちゃうもんなあ」
「まあっ! 確かにその通りですね。もう、その話も終わりにしませんか」
力を抜いて普通に生きている方が、いろいろなことがよい方向へ行くようだ。
「ボルブドール王国にいた頃、レザールとの国境沿いでいざこざがありましたね。今はもう落ち着いているのですか?」
「警備の兵を増やして巡回していますが、隙あらば入ってこようとしている若者がいます。気を付けていますよ」
「トーマス王子も気にかけておいて欲しいですよね」
「今度トーマス王子にお会いしたらあなたからもお願いしておいてください。それから、この間言ったように彼にはくれぐれも油断なさらないように。何か裏がありそうですからね」
「ええ、ええ、心に留めておきます。それから、彼はあくまで友達だと思っていますので!」
トーマスとあまり親しくされるのも悔しいのだろう。
奇跡の石のことを、ハロルド様に言っておいた方がいいだろうか。でも、貴重なものをもらったと知ってやきもちを焼いてしまうといけない。やめておこう。
国境でのいざこざについては、直接トーマスと話しておいた方がいいと思ったのか、ハロルドはレザールへ向かった。エレーヌとのことも釘を刺しておきたいのだ。
レザール王国は、ルコンテ王国の北側にある国で、ボルブドール王国と同様高い山はあまりない。草原では牛や羊の群れがのんびりと歩き、草を食んでいる。
⋆
突然の意外な来客に、トーマスは面食らった。
「ボルブドール王国のハロルド王子ではありませんか。僕に何の御用でしょう?」
「最近、よくエレーヌ様にお会いしているようだな。あまり、エレーヌ様にちょっかいを出すなよ」
「ちょっかいとは、言葉が悪いですね。僕は、ボルブドール王国の皆さんに冷たい扱いを受けているあの方に同情しているんです。本当にお気の毒なことです」
「同情とはなんだ!」
「婚約を破棄され、せっかく親しくなった弟王子とも結婚できないなんてひどすぎるじゃないですか」
「お前、バカにしているのか」
「いやいや、バカになんかしていません。僕にもチャンスが回ってきたかなと思って期待していました」
「何だと。お前にチャンスなんかない! エレーヌは、僕のことが好きなんだ」
「好きでもしょうがないですよねえ。駆け落ちでもしますか?」
全く嫌な奴だ。かっとなって、思わずパンチを出した。トーマスはそれを素早く止めた。
「喧嘩しに来たわけじゃないんでしょう?」
「そうだ。しかし、ルコンテ城で聖剣を盗んで本来ならば罪に問われるところを、俺が機転を利かせて救ってあげたことを忘れるなよ!」
「その事か。ハロルドさんには借りがあったっけな。借りはいつか返す」
「エレーヌ様はお前のことは友達としか思っていないようだ。わかったな!」
しかし、もうエレーヌをだれが誘っても自分は文句を言える立場にはないのだ。言われてみれば、その通りだと、ハロルドは情けなくなった。今の自分は弱い立場にいる。
「エレーヌ様は、レザール王国の祭りに来てたいそう喜んでくれました。我が国の豊富な果物を使ったタルトが大層お気に入りでした。今度作ってくださるそうです。楽しみだなあ」
全く嫌な奴だなあと思いながら、ハロルドは嫌味を言った。
「僕にも作ってくれるようです。よっぽどおいしかったんでしょう。楽しみだなあ」
これでは全く子供の喧嘩のようだと思いながら、ハロルドはトーマス王子の城をお暇した。
帰り際、ハロルドは考えた。すでに兄のヴィクトルはコーデリアと婚約したのだから、もう考え直してエレーヌとの婚約を認めてくれてもいいのではないかと。父王にお願いして、絶対に自分との交際を認めてもらおう。こんな中途半端なことをしていて、苦しくなるばかりだ。
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