第28話 ハロルド王子との密会

 それ以来、トーマス王子は頻繁にエレーヌを訪問するようになった。かといって、交際を迫るわけでもなく、いつも友達として接してくれている。彼の真意は測りかねるが、特に悪いことが起こるわけではないし、来てくれるのは楽しみにもなった。そして、来るたびに何かしらお土産を持ってきてくれるのが嬉しい。大好物の果物がたっぷり乗ったタルトは必ず持参する。来てくれた時は、こちらで軽食を用意して、外で食べながらピクニックをした。そんな時には、王子はいつもお伴を連れてくるし、エレーヌも常に侍女と一緒だ。領内の森を散歩したり、湖を眺めたりした。人目に着くところは噂の的になってはいけないからと、父王からは禁止されていた。外を歩く時は、エレーヌは軽装で動きやすい靴を履いて、足に負担がかからないようにしている。


 領地の中の広々とした草原を歩いたり、日の光を浴びて輝く湖や、ゆったりと泳ぐ水鳥などを眺めながら軽食を頂くと、心や体の傷が癒される気がする。


「エレーヌ様は、この間十七歳になられたんですよね。僕は、二十二歳です。ご存知でしたか?」


「はい、お年ぐらいは」


「そういえば、ハロルド様は、二十一歳でしたね。年が近いです」


「そうですね……」


 心の中に封じ込めていた、ボルブドール城での記憶が鮮やかによみがえる。


「あまり思い出したくなかったですね」


「いいえ、思い出したくないわけではないですが……」


「すいません、無神経で。せっかく天気の良い日にのんびり外を散歩できるんですから、笑ってくださいね。こんなに一緒に歩けて、良かった」


 エレーヌも自分でも信じられないぐらい、歩くのが苦痛ではなくなっている。


「ええ、おおよそ二か月以上たちましたので、歩くことは問題はありません。走ったり、坂道や階段を昇るのはまだちょっと抵抗があります」


「ピクニックできるだけでもすごいですよ。なぜあのような大怪我をされたのか、あなたの誕生日にヴィクトル様と侍女のリズさんが話をしていたのを聞いてしまいました。奇跡の石を採りに山へ入っていったとか?」


「え―――っ、トーマス様もお聞きになったんですか? そうでしたか……びっくりして、あきれてしまったでしょう?」


「いえいえ、あなたらしいなと思いました。何で知ったのですか?」


「図鑑に描かれていたのです。我が国の学者が記録した本なので、きっと山のどこかにあるのではないかと思い探しに行きました。しかし、私などではとても見つけることができませんでした。大勢で、もっときちんとした装備をして探すべきだったのでしょうね」


「今度その絵を見せてください。どのような石なのかが知りたいですね。石の種類がわかれば、見つけることができるかもしれませんよ。そうすれば、あなたのお役に立てるでしょう」


「ありがとうございます。もう無いものだと思い諦めておりましたが、見つけられるものでしたら、見つけてみたい気はしますが……無理はなさらないでくださいね」


「どのようなものか知りたいだけなので、ちょっと見せてください」


 何を企んでいるのかわからないが、いたずらっぽい目で遠くを見ていた。


「僕のことは、友達だと思って気軽に声を掛けてください。呼んでくださればまた会いに来ますから」


「はい、有難いお言葉です。友達になってくださって嬉しいです」


「さあさあ、大好物のタルトを食べて、元気にならなくちゃ」


 こうして、トーマス王子は友達としてエレーヌに、会いに来ていた。

 奇跡の石が見つけられるとしたら、今の自分は誰かのために使うだろうか。エレーヌはボルブドール王から、もう今後結婚することは叶わないと言われたハロルドのことを思い出していた。

 トーマス王子は、気さくな好男子だ。エキゾチックな雰囲気が漂い、楽しい気分にさせてくれる。しかし、道端でクロバーの花を見つけるたびに、心が痛くなりハロルドのことを思い出した。


               ⋆


 そのころ、ハロルドはどうにかしてエレーヌに会えないだろうかと、画策していた。


 そして妙案を思いついた。密書をルコンテ王国へ送り、落ち合う時間と場所を決めて会う約束をするというものだ。

 さっそく偽名を使い手紙を送り、約束の場所を指定してきた。指定した場所は、二人が街道沿いで前を通ったことのある教会だった。そこだったら、目印になり分かりやすい。宛名は、エレーヌ本人ではなく侍女のリズにした。リズも手紙を開けてみて、エレーヌと共に喜びあった。


「エレーヌ様、ハロルド様はまだお嬢様のことを思っていらっしゃるのですね」


「私もいつもハロルド様の事を考えていました。あの方の代わりになる男性はいません。約束の場所へついていってくれるわね」


「もちろんですとも。私はいつもお嬢様の味方ですから。ここは執事も味方につけるしかありませんね。任せておいてください」


 リズの力を借りて、約束の場所で会えることになった。


「何を着て行こうかしら。ほら、あのクリーム色のドレスに合うかしら?」


「あまり着飾っていくと周囲の人たちから、何処へ行くのかと勘繰られていいことはありません。ちょっと地味な方がいいのです」


「流石リズね。私はあまり背伸びしないほうがいいのよね。久しぶりにあの方にお会いできてうれしい。ハロルド様はお元気にしているかしら。私がこんなに快復したのも見てほしいわね……」


 執事がやってきて、ウィンクした。


「本日は、布地を扱う商人宅を押さえております。約束の場所からそちらへハロルド様と共に向かいましょう。ベッド周りの布地を見に行くということになっておりますので」


「ふ~ん。それだったら、商人のお宅へお邪魔しても不自然じゃないわね」


「実際に布地を取り扱っているようですので、嘘ではありませんので、ご心配なく」


「さあさあ、行きましょう。お急ぎください」


「みんなの配慮は素晴らしいわ。もう支度はできているわ」


 馬車は軽やかに目的地に向かっていたが、エレーヌにはちっとも早く感じられない。ハロルドが既に到着していた。会った瞬間に、普段は涼やかな顔が、ほんのり赤みを帯びたのがわかった。エレーヌも浮き浮きして、声のトーンが高くなっている。


「ハロルド様! もうお会いできないかと……」


「離れていたのはほんの少しの時間なのに、ものすごく長く感じます」


「私も……ボルブドール城が懐かしいです」


「毎日傍にいた頃が忘れられません。そちらはお変わりありませんか?」


「あのう……もう、ボルブドールの王子様達との結婚が無くなったのを知り、トーマス様がよく遊びにいらっしゃいます。私の気持ちが沈んでいると思いお友達になってくださいました」


「何だって! トーマス王子が」


「わたくしも、あの方を結婚相手としてではなくお友達としてお会いしていますので」


「友達としてか。あなたも気晴らしになるし、それならいいのですが、あいつには、気を付けてくださいね!」


「ああ、あの聖剣が盗まれそうになった事件の事ですか。しかし、そんなに気を付けなければなりませんか?」


「あなたの誕生パーティーの時に彼らは聖剣を盗もうとしただけではないのです」


「何ですって!」


「大事になると思って黙っていましたが、実際に彼らは聖剣を盗んだのです!」


「そうだったのですか!」


 その話は、声を潜めてしたのだが、最後の一言は、叫び声をあげて言ってしまった。


「大声を出さないでください。公衆の面前で、断罪したら大問題になると穏便に対処したのです。ですからあなたは、十分ご注意なさって下さい。このことも秘密にしておいてください。態度にも出さないでくださいね」


「わかりました。父にも言わないほうがいいのでしょうか?」


「今のところは、特に問題は起きていないようなので黙っていてください。ただし聖剣はもうあいつには見せないでください。それから、大切なものが置いてある部屋は、鍵をかけておくか、入らせないようにしてください」


「分かりました。一癖ある方だとは思っていましたが、今後はくれぐれも用心します」


「せっかく久しぶりにお会いしたのに、こんな話を聞かせてしまいました。会えなくなるとあなたが誰かに奪われてしまいそうで、気がかりでなりません」


「私のことをいつも気にかけてくださってるのですね。私もハロルド様に会えないのが、悲しくて仕方ありません」


「心配しないでください! 僕が何もかもうまくいくように考えますから。あなたはこうして会いに来てくれるだけでいいです。ですから、僕の事を信じてくれますね!」


「はい、こんな素敵な言葉が聞けるなんて、今日は本当に素晴らしい日です。景色も最高に美しく見えます」


「最高に美しい、か。面白いことを言いますね」


「私、あまり気の利いたことが言えないんです。しょうがないですね……」


 ハロルドはその言葉を聞いて楽しそうに笑った。


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