第27話 伯爵家の屋敷へ

 伯爵家の屋敷は大層大きく立派なものだった。敷地に入ってからも馬車は領内の敷地をしばらく走った。城と言っても全く遜色がないくらいの荘厳な造りで、遠くの方に凛として建っているのが見えた。家具や調度品も時代を感じさせるものが多く大層美しかった。


 建物の前に馬車が付いた。扉を開けると侍女が出てきて、心配そうにエレーヌの服装を見ている。スカートに真っ赤なしみがついている。


「あらあらどうなさったのですか?」


「わたくしのお友達をお連れしました」


「素敵なお召し物が、汚れてしまったのですか?」


「ちょっとお祭りで……私の部屋へご案内して、着替えをなさいますので」


「まあ、そうでございますか。何かお手伝いできることがあれば、すぐに呼んで下さい」


侍女は、二人にそう言うと、後ろへ下がった。


「さあ、さあ、私の部屋へご案内します。こちらでございます。男性は、下のソファでお待ちくださいね」


 ナタリーは階段を昇り自分の居室へ案内し、ドレッサーを開けドレスを何着か見繕ってくれた。


「試着してサイズや色がお似合いになるよいものをお選びください。ルコンテ王国からいらしたのですね。お名前は何とおっしゃいましたっけ?」


 ここまで来て自己紹介もしていないことを思い出した。


「はい、私はルコンテ王国のエレーヌと申します」


「わたくしは、ナタリーと申します」


「トーマス王子とはお知り合いだったんですね?」


 エレーヌが質問すると、ナタリーの耳がほんのり赤くなった。


「ええ、そうです」


「もしや、トーマス様のことが、お好きなのでは?」


 エレーヌは、ナタリーの様子をみてつい質問してしまった。


「嫌ですわ。好きだなんて?」


 今度は、顔が真っ赤になってしまった。


「トーマス様がお祭りにいらっしゃると聞いて、あなたもいらっしゃっていたのでしょう?」


「そうではありません! 私お祭りが大好きなので……トーマス様をお待ちしていたわけではありません!」


「まあ、そうですか? お店がたくさん出て、盛大なお祭りですね。私も父に連れられて何度か拝見したことがありました」


 トーマス王子のことが心から好きなのだろう。こんなに素直に気持ちを表せることが羨ましい。言葉では否定しているが、態度を見ればすぐにわかる。あまり深く追求するのはやめておいて、ここは着替えに集中しようと思う。

 何着か着て比較的サイズの合うものがあったので、薄紫色の花の刺繍のあしらってあるドレスを借りることにした。


「こんなに素敵なドレス、お借りするのが申し訳ないです」


「いいえ、かまわないのですよ。どうぞそれをお召しください」


「では、お言葉に甘えて……後ろを向いていてくださいね」


「はい、ごゆっくり御着替えください」


 エレーヌは、早速そのドレスを着てみた。サイズは少し自分にはゆったりしていた。


「もう着てみました、ナタリー様、こちらを向いてください」


「私よりほっそりしていらっしゃるのですね。でもよくお似合いです! 何を着てもお似合いになるのですね」


「そんなことはありません。ナタリー様が着た方が可愛いに決まっていますよ」


「まあ、ありがとうございます」


 彼女の様子を見ていると、トーマスとうまくいくといいなと思う、応援することにしよう。


「トーマス様とあなたはお似合いですね」


「もう! 知りません、エレーヌ様ったら!」


 そう言われるとナタリーは、心から嬉しそうな表情を見せた。


               ⋆

 支度が終わり、トーマスの元に戻った。


「ナタリー様のドレスをお借りしました。こんなにかわいらしいドレス。ナタリー様がお召しになったらさぞかし素敵でしょうね。本当に申し訳ないです」


「ふ~ん、可愛いドレスですね」


「でしょう? お返ししたら、ぜひナタリー様がお召しになったところをご覧くださいね」


 ナタリーは、頬を赤らめた。


「まあ、お恥ずかしいです」


「それでは、僕たちはそろそろお暇します。このお礼はいつかまた致します」


「わたくしからも、国へ帰ってから必ず」



 再び馬車に乗りレザール城へ向かった。馬車に乗ってからもリズが焦っている。エレーヌの失態は、街の人に知られてしまったのではないだろうか。アルバート王も、お祭りの時の一部始終を聞き、がっかりしている。でも、それは本心からあきれているわけではないことをエレーヌは知っている。失敗をしても、父王はいつも温かい目で見守ってくれているのだ。


 トーマスとエレーヌはソファに座り話をした。


「ボルブドール王国の王子たちとは、婚約解消になったそうですね。しかもお二人とも」


 要点をずばりという人だ。


「はい。色々ありまして、そういうことになりました」


「それではあなたは今はどなたもお相手はいらっしゃらないということですね。では、僕が立候補しても構いませんよね」


 トーマスの強引な誘いに、身を固くした。


「わたくとお付き合いするということですか?」


「いえいえ、そんな堅苦しいものではありません。あなたも今はそんなお気持ちにはなれないでしょう。時々お会いして、お友達として今日のように過ごせればいいですよ。それならあなたも気晴らしになっていいでしょう」


「お友達としてなら、気晴らしにもなりますし……いいと思います。励ましてくださっているのですね。ありがとうございます」


 先ほどの侯爵家の令嬢ナタリーの事も気にかかっているので、友達してという言葉を聞き同意した。


「では一応、お父様に許可をもらっておきましょう」


 この友達、本当に大丈夫なのだろうか。予想外の人から、意外な申し出をされた。やはり自分は、リズの言った通り普通にしている方がいいのだろうか。

 トーマスの強引さや気さくさは今の自分にはありがたかった。ここへ来て久しぶりに笑顔になることができた。

 しかし、先ほどのナタリーの姿を見て、エレーヌはハロルドのことを思い出した。お祭りへ招待してくれたことは嬉しかった。しかし、本当に好きな人でなければ、心から楽しむことはできないことを痛感していた。一緒にいたらどれほど楽しいだろうと、無償にハロルドに会いたくなった。



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