第26話 レザール王国の収穫祭
レザール王国の収穫祭の日がやってきた。それは秋の収穫を祝う祭りで、年に一度国中の人々がその年の収穫を盛大に祝う。市場では農産物やその加工品などを持ってきて売り、その場で買ったものを食べながら屋外で酒盛りをする人々もいて賑やかだ。
その日は、早朝から出かける準備をした。市場も見学させてくれるということで、あまり華美にならないような支度にした。シンプルなドレスに、かかとが高くない歩きやすい靴を履いた。侍女のリズも一緒に行けるとあって、レザール行きが決まった時からうきうきしている。
馬車の用意ができると、レザール王国への道を軽快に進んだ。ルコンテ王国の坂道の多い街道を通り、次第に平坦な道が多くなっていく。山を後にし、牧場が多くなると、もうレザール王国に近づいている。久しぶりの遠出とあって、馬車の中ではエレーヌとリズは会話が弾んでとどまるところを知らない。レザール王国の城までは馬車で丸一日はかかる。話疲れて、二人は馬車の揺れに身を任せて次第に眠ってしまった。うとうととして目を覚ますともう夕方になろうとしていた。
城へ向かう沿道には、様々な店が立ち並び活気を呈している。
「わあ、素敵なお店、美味しそうなタルトがたくさん!」
「エレーヌ様、身を乗り出さないでください。後で、たくさん食べられますから」
侍女のリズが、大騒ぎしているエレーヌをたしなめる。
「だって、店先にあんなにたくさん並んでるんですもの」
様々な果物をたっぷり乗せて焼き上げたタルトや、木の実を練り込んだクッキーなど、どれを見てもおいしそうだ。
「もうすぐお城に着きますから、落ち着いてください、エレーヌ様!」
「分かってるって! まあ、ソーセージもおいしそうに焼けている! 本当にここのお祭りは賑やかね。歩けるようになって良かった」
馬車の中ではしゃぎながら、市場を覗いているエレーヌのことが、心配でならない。また、何か失敗をしなければいいけれど……
⋆
長い馬車の旅が終わり、ようやく城が見えた。
城の前で門番が一行の姿を見てにこやかに開けてくれた。今日はみなが楽しそうだ。普通にしている時が一番いいとリズに言われたエレーヌは、気持ちが大きくなっている。
馬車から降り、控えの間に案内されそこで荷物を置き支度をした。そこから王同士が会うための謁見の間に案内され、エレーヌとリズは後ろからついていった。謁見の間には、美しい絵画や調度品が飾られている。
アルバート王は、祝辞と道中で目にした市場の感想などを述べた。レザール王の隣には、エレーヌの誕生日のパーティーに来ていたトーマス王子が控えていた。初めて会ったときは、わざとらしい態度に良い印象がなかった。彼は濃い茶色の髪の毛に、彫りの深い目鼻立ちのエキゾチックな雰囲気の漂う好男子だ。話をするときはいつも距離が近いのでエレーヌが少し引き気味になる。
正式な挨拶が終わると、トーマスは、すかさずエレーヌのそばへ寄ってきた。
「今日は僕が市場へご案内します。ここへ来る途中でご覧になったでしょう。地方の特産品もたくさん並んでいて賑やかですよ。美味しい食べ物も色々ありますので、楽しみにしていてください」
エレーヌは、美味しい食べ物という言葉にめっぽう弱い。トーマス王子はエレーヌの眼から見ても一癖ありそうな人物だったが、食べ物につられてうきうきした気分でトーマスの後に着いていった。
再び馬車に乗り、市場のそばまで行った。兵士が数名とこちらの侍女も付き添った。
「何がお目当てですか、エレーヌ様?」
「あのう、果物が乗ったタルトをお願いします。それとソーセージを。ケチャップをたっぷりつけてくださいね」
「ケチャップをたっぷりですね。では、ここでお待ちください」
「ああ、いえいえ。私も降りて、選んではだめですか」
トーマス王子は、エレーヌのそんな反応を見て面白そうな顔をした。
「お好きなものを食べたいですよね。一緒に行きましょう」
市場の中には、テーブルと椅子も用意されていて、そこでに買ったものを食べながら、ワインやビールなどを片手におしゃべりに講じている人々の姿があった。
「私も、ここで食べたいわ」
「まあ、そんなエレーヌ様、トーマス様にわがままを言わないでください」
たしなめるのはいつもリズの仕事だ。
「警護の兵もいますから、大丈夫ですよ。僕もついていますから」
本当にそうだろうか、と思いつつもエレーヌはすたすたと歩いていった。
店先で見ると、さらにおいしそうで、二つ三つと次から次へと注文した。
「あれもこれもおいしそう」
「エレーヌ様は面白い方ですね。王家のご令嬢とは思えない気さくで……」
普通にしていいと言われた言葉をまた思い出す。
「そうですか。わたくし、いつもこんな風ですの」
「では、こちらのテーブルで食べましょう。う~ん美味しそうだ。ソーセージもおいしそうですよ。あなたはケチャップたっぷりですね」
「はっ、はい。たっぷりで」
「う~~む、うまい。やはり我が国の農場で採れる肉は最高だ!」
エレーヌも、フォークを片手にテーブルの上に並べられた料理をパクパクと口に入れていく。
「ん~ん、おいし~~、うん―――はふはふ、 もぐもぐ」
「エレーヌ様、周りの皆さまが見ておいでですよ」
リズが注意しても、食べ始めたものは止められない。
「ふ―――っ、美味し―――」
「あなたもこちらへ来れば、こんなおいしいものが毎日食べられますよ」
何やら意味深な言葉に、食べていた口が一瞬止まり、その時ケチャップがたっぷりついたソーセージがエレーヌのスカートの上に、ポトリ、と―――落ちた。
その結果は見るまでもない。スカートには大きな丸いケチャップのシミがついてしまったのだ。
「ア――――っ! スカートに――――! ケチャップが付いてしまったわ~!」
それを見ていたトーマス王子は、大笑いしながら自分の持っていたハンカチーフをさりげなく渡した。その光景を見ていた若い女性から、わーっと歓声が上がる。この国ではトーマス王子は若い女性たちにの憧れの的なのだ。
ひそひそと女性たちの話声が聞こえる。
「隣にいる若いレディは誰? トーマス様のなに?」
涼しい顔をして、トーマスはエスコートしていく。
「スカートにハンカチを置いて、何もなかったかのような顔をして、馬車にお乗りください。なに、みんな夢中で食べてますから、分かりませんよ」
「そ、そうでしょうか? でも私、着替えも用意せずに来てしまいました」
エレーヌは言われた通り、ハンカチーフでスカートを押さえ、馬車の方へ向かった。リズも大急ぎで、隣へぴたりとくっついて目立たないように陰になって歩く。
「あのう、よろしかったら、お城へ行く前に私のところで着替えをしてください。私のドレスを着てくだされば、お帰りも困らないはず」
トーマスは、意外な申し出にその女性の顔を見た。
「伯爵家のご令嬢ナタリー様! お久しぶりですね」
「こんにちは、お祭りにいらっしゃるとお伺いしたもので……」
「そうでしたか。こんな所でお会いするとは奇遇です」
「もしそちらのお嬢様がお嫌でなければ、家で着替えをなさってください。トーマス様のところは、若いお嬢様がいらっしゃらないので、私のドレスをお貸しします」
「そうですか。では、お言葉に甘えて。エレーヌ様、ちょっと伯爵家にお寄りして着替えをしてから戻りませんか?」
「はい、私は、お言葉通りにします」
「さあ、それでは参りましょう」
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