第25話 普通が一番素敵
なぜこんなことになったのだろう
もう私はハロルド様を愛し始めているのに
いや、そうではない
お会いした時から、特別な人として意識してきたのだ
それを愛と呼ぶならば
愛とは突然やってくるもの
もう一度、ハロルド様にお会いする機会が与えられるだろうか
ハロルド様は私を選んで下さるだろうか
暫く、ハロルドからは何の音沙汰もなく、空しい日々が過ぎていった。
侍女のリズとは、もう森へ行くことは禁止され、城壁の中の庭園ぐらいしか散歩することができない。外へ出る時には必ず監視の者がついている。しかし、歩けるようになったエレーヌは、以前と比べれば外へ出て自分の足で歩き回れるだけでもうれしい。日の光を直接浴びることは、心の安らぎと命を与えてくれる。
「こんなに歩けるようになったのよ、リズ!」
すでに骨折した右足の骨は完全に繋がったようで、体重をかけても痛みを感じなくなった。動きにもぎこちなさはほとんどない。
「素晴らしいですわ! こちらへお戻りになった時よりも、ずっとずっと御上手に歩けるようになってきました。毎日歩行訓練を続けてこられた成果でございます」
「歩けるようになれると思うと、練習が嫌ではなくなったの」
自由に歩けるようになってくると、生来持っている好奇心や、外へ出ていきたい気持ちが湧き上がってくるのが不思議だ。
「無茶をなさらないでください! 付いていくのが大変ですから」
リズも、いつもの調子が戻ってきて、喜んでいる。
⋆
楽しい雰囲気で二人で話しているところへ、アルバート王が、悲痛な面持ちでやってきた。
―――何の話だろう。父王がこのような顔をするのはよほど悪い知らせだ
エレーヌの前に座り、腕組みをした。
「なあ、エレーヌ。心して聞いてほしい。ボルブドール王より、ご連絡を頂いた。ヴィクトル様が婚約解消を取り消したいと言い出し、弟ハロルド王子はお前と交際したいと言い出したらしい」
―――ああ、お別れしてからもヴィクトル様の気持ちは変わらないのか。
話はややこしいままだ。エレーヌは次の話に耳を傾けた。
「兄弟で言い争いになっているらしい。それで、兄弟で一人の女性を取り合うのは良くないので、この結婚はいっそのことなかったことにしてほしいと告げられた。二人ともお前とは結婚させないということだ」
エレーヌにとって最悪の知らせだった。
「なかったことにって、ヴィクトル様との婚約が解消されたからといって、ハロルド様ともお付き合いできない理由はないでしょう。もうハロルド様と会うことはできないのですか?」
王は非常に言いにくそうに、視線を落とした。
「そうなんだ。二人とも家のエレーヌとは結婚させない、会うことももうやめにしよう、ということだ。二人の意向ではなく、ジャン王の決定だ。なんとも身勝手なことだ」
「ハロルド様のお考えを無視して、一方的に決めてしまうなんて! 酷いわ! そんなことって、そんなことって……本当に勝手すぎます! ひどすぎます! 私の気持ちも考えてください。ひっく、あ―――ん、ハロルドさま――! 会いたいで~す!」
エレーヌの瞳から大粒の涙がこぼれて落ちた。その後はもう声を上げて泣きじゃくり、涙が止まらなくなった。
「本当に申し訳ないとおっしゃっていた」
「申し訳ないって、それだけですか! 私のせいで! みんな私のせいで――!うっ、うっ、うわ―――ん」
エレーヌは子供のように、泣きじゃくっている。
王は、黙って彼女の肩を抱き、静かに背中をさすり続けた。王も我が娘の姿を見て、なんと可哀そうなことになったのかと、がっくりと肩を落とした。
「本当にお会いする方法はないのですか? お父様、何かよい方法は思いつきませんか?」
涙ながらに、父にすがりついても、首を横に振るだけだった。
⋆
そんな折、父王からある提案があった。
「お前も、だいぶ歩けるようになってきた。馬車に乗れば、少し遠出することもできるだろう」
「そうですね、お父様」
何やら、にやにやとしてご機嫌を取るような物言いだ。
「隣のレザール王国で、秋の収穫祭が行われるということで、招待されているのだ。是非ともお前を同伴してくれないかと、申し出があった」
何か嫌な予感がする。レザール王国には、エレーヌの誕生パーティーの時にダンスに誘ってきたトーマス王子がいる。父の聖剣を盗み出そうとした不届きな連中だ。何か企みがあるのではないか。
「レザール王国ですか。以前にも何度か行ったことがありましたね」
「そうだな、お前が子供のころにも、祭りを見たことがあった。気晴らしに賑やかなところへ行くのもいいだろう。お伺いすると答えておいた」
「レザール王国にはトーマス王子がいらっしゃいますよねえ。あの方にはお気を付けください。お父様の聖剣が盗まれた事件に一枚絡んでいるかもしれないのです」
「そうなのか?」
「レザール王国のご招待をお受けするのは構いませんが、十分気を付けて行動しましょう」
「よし、わかった。大切なものは持たないで行こう。一癖ありそうな王子だが、お前のことが気に入っていたようだからな」
「そうでしょうか。女性と見れば、誰にでも声を掛ける方なのかもしれません」
「そうだろうか? 私は、トーマス王子は感情をすぐ行動に移す、単純な男だと思ったが。まあ、今回はお祭り見物だ、あまり警戒しないで大丈夫だろう。では、一緒に行くことにしよう。いいな?」
「はい、お父様」
侍女のリズは、ボルブドール王国の王子たちとはもう結婚できないことがわかり、意気消沈していたが、新たな出会いがあるのではと、今回のレザール王国の祭りに期待している。
「エレーヌお嬢様、新たな恋が始まるかもしれません!」
「リズったら。気持ちの切り替えが早いのね。私は、もう自信を無くして……ハロルド様にも会えなくなってしまって、希望もなくしてしまったのに」
「そんなことを言わないでください。エレーヌ様は御自分の魅力に気が付かないだけなのです」
「私の魅力って? あるのかしら? 一生懸命練習しても上手にならない、何かやろうとすれば失敗ばかり、礼儀作法に、お稽古事何をやっても、ダメ、ダメ、ダメダメダメ!」
「スト――――ップ! おやめくださいっ! リハビリを頑張ったじゃありませんか。それに、エレーヌ様は、普通にしている時が一番素敵なんです」
「それはいったいどういうこと? 普通が一番素敵とは?」
「そうでございます。普通にしているのが一番魅力的、こんなにいいことはないじゃありませんか」
「ふ~~ん、普通にしていればいいのですね。だったら、簡単。リズの言葉を全面的に信用することにする。これからは、う~ん……そうしてみるわっ! ありがとうリズ。あなたはいつも私の味方なのね」
「当たり前でございます」
二人は目を合わせて、にっこりとうなずき合った。
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