第22話 犯人

 ハロルドは、そのあとを馬で追った。相手は馬車なので、追いつくのは容易なことだ。馬に鞭を当てスピードを上げると、すぐ前に回りこむことができた。


 御者は何事かと馬車を止めた。


「トーマス様にご用があります。ちょっと止まってください」


 御者は、馬車に向けて合図すると、窓を開けてトーマスが顔を見せた。


「お忘れになっている物がありませんか?」


「何事ですか、ハロルド様? 私たちは遠方より来ています、急がねば夜じゅうに着きません。そこをお退きください」


「お手間は取らせません。止まっていただかないことには」


「くどいですね、何の用ですか。あなたは、ボルブドール王国のハロルド王子ですね」


 言葉は丁重だが、いら立ちを隠せない。

―――なんだこいつ、俺に何の用だ?


「もう一度その荷物を検めさせてもらいたいのです。失礼は承知です」


 ハロルドも、ひるんではいなかった。

 トーマス王子は、鞄を持って馬車から降りた。


「見せてくださいますよね。何も出てこなければ構わないでしょう!」


「しつこいぞ! そんなに、言うなら見せてやる!」


 鞄を開けようと手を掛けた瞬間、その手には短剣が握られていた。


「俺と勝負して、勝ったら見せてやる!」


 ハロルドば、見えた瞬間、さっと飛びのき身構えた。


「やめろ、怪我をするぞ! 無駄な血は流したくない」


「何だと。生意気な! 自信がないのか」


 トーマスの挑発的な言葉に、引き下がるわけにはいかなくなった、ハロルドも短剣を抜いた。


「このまま、鞄の中身を渡してくれれば、何も言わず穏便に済ませてやる。そうしなければ、俺も手加減はしない!」


「何だと! 俺は潔白だ! これでもくらえ!」


 トーマス王子は、ハロルドに向かって短剣を振りかざした。短剣は、ハロルドの右の肩先に向けて振り下ろされたが、肩に触れる直前に身をかわした。前のめりになった時に、右腕にけりを入れた。短剣はその手から弾き飛ばされ、数メートル先に投げ出された。トーマスは急いで拾おうと走ったが、姿勢が低くなった背中にハロルドは肘で痛烈な一撃をかました。トーマスは、その衝撃で地面にたたきつけられた。ハロルドは、背中に体重をかけて右腕を押さえつけた。


「俺を殺すのか? お前の命を狙ったんだぞ」


「いや、これ以上はもうやめておく。鞄の中身さえ無事に帰ってくれば俺はそれでいい」


 トーマス王子は、地面に臥したままう~んと唸った。


「分かった。中身は渡す」


「そうか、念のためお前の短剣はこちらで預かっておく」


 ハロルドは、先ほど蹴り飛ばした短剣を取りにいった。


 トーマスは、しぶしぶ鞄を開けた。すると……中からは、聖剣が現れたのだ。


「やはり思ったとおりだ」


 トーマスは、ばつが悪そうに下を向き、再び目を上げハロルドに訊いた。


「なぜわかった?」


「聖剣の入っている袋には、白い粉砂糖がついているはずだ。急にお前が見せてくれと言いだしたので、変だなと思った。後で何かあったら手がかりになるかと思い、その場で、お菓子に着いていた粉砂糖を手に付けて袋を触っておいた。そのまま何事もなければ、アルバート王に事情を話して、はたいておけばすぐにとれるはずだと思ったからだ」


―――粉砂糖で一体何がわかったんだ。全く意味が分からない。


「粉砂糖に何か意味があったのか?」


「ああ、お前が聖剣を隠したソファについていたんだ。剣は厚みがないので、ソファの隙間に滑り込ませることができる。その後でお前は、みんなの気を逸らせ、自分から進んで身体検査をするよう提案した」


 まだ、トーマスは何のことかわからないで、呆けた表情でハロルドを見下している。


「ここのソファは、クッションに厚みがあり、間に入れてしまえば、外からは見えない。聖剣を自分の鞄や、服の中に隠しておく必要もない」


―――ふん、それでどうしたんだ!


「身体検査が終わった後、みんなが帰り支度をして動き始めた時に、先ほどのソファの隙間から取り出し、鞄に入れた。検査をした後で、他の人の動きに注目している人はいなかったからな」


「粉砂糖の説明は、まだ終わってないが」


「まだわからないのか。粉砂糖は、クッションの隙間に一緒にもぐりこみ、そのままそこに残された。お前たちが座っていたクッションを見れば一目瞭然だった。赤いクッションにそこだけ粉砂糖の白い粉が残されていた」


「その場で言わなかったのは、なぜだ!」


―――すべてわかっていたのか! なんて奴だ!


「全員の前で、断罪したらお前はその場で捕らえられ、この国で裁かれることになる。その後、ルコンテ王国とレザール王国は、敵対関係になってしまう。そんなことは俺はしたくなかった」


 トーマス王子は、嫌みな笑顔をハロルドに向けた。


「ルコンテ王国に、ずいぶん味方しているんだな。何か魂胆があるのか。両国の関係はお前には関係ないはずだが」


「関係ないことはない。近隣諸国が戦争を始めれば、我が国も政情不安定になるからな。それでなくてもレザール王国との国境付近では、トラブルが多い」


 既に、トーマス王子は、観念して俯きながら彼の話に耳を傾けていた。


「俺も、そんな話は聞いた。血の気の多い若者が暴れたようだ」


「ここは、事を荒げないほうがいいと思い、城を出てからお前の後を追ったんだ。今後は、気を付けることだ。しかし何で、王の聖剣を盗もうとしたんだ?」


―――もうすべてを話してしまうしかないか?


 話そうかどうかしばし逡巡してから、意を決して話し始めた。


「レザール王国は、周りに比べると新しい国だ。先祖代々伝わるものはあまりない。何か、国を守ってくれるものが必要だった」


「愚かなことを考えたものだ。そんなことで、国の安泰は守れないだろ」

トーマス王子は、唇をきつく噛みしめ、上目遣いにハロルドを見た。自分の力のなさを、暗にほのめかされたような気がした。


「国を守るのは……人間の英知なんだ。そんなことはわかっている。今回はとんでもないことをした。俺が浅はかだった」


「二度とこんなことをしないと約束してくれれば、お前の名前は出さない」

今度は、ハロルドの眼を真正面から見つめて、すがすがしい気持ちで言った。


「お前には参ったよ。知恵と言い勇気と言い、お前はいい領主になるだろうな。エレーヌ様も、お前の方がいいに決まってるよな」


―――こいつもエレーヌ様のことが好きなのか? 恋敵が現れた……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る