第21話 盗まれた聖剣

 アルバート王が企画し、エレーヌを慰めようと近隣の王子たちを呼んで開かれた誕生パーティーはまだ続いていた。3曲続けて踊ったエレーヌの足は、悲鳴を上げ始めていた。ホールの隅に置かれたソファに座ると、ふーっと深いため息を吐いた。


 カップルで招かれた客たちは、踊り続けている。若い男性客は、若い令嬢を誘いダンスの輪に加わり、楽しそうに踊っている。彼らのピンと伸びた背筋や、女性たちのドレスや髪が音楽に合わせて揺れる様は、シャンデリアの光に照らされて美しい。それを輪の外側からうっとりして見つめていた。


「疲れたでしょう。飲み物を持ってきますね」


 ハロルドが、ホールの隅に置かれている飲み物に視線を移して言った。エレーヌの手にそっと自分の手を重ねると、座っている人たちの前を通り、そちらへ歩いていった。

 エレーヌは、彼の姿を視界にとらえながら、ホールにいる人々を見回した。周りでおしゃべりに講じる者、この時とばかりにダンスの腕を披露する若者、人それぞれだ。足の怪我さえなければ、ダンスはもうすこし上手に踊れたし、足がすぐに痛くなることもなかっただろう。


 ハロルドが飲み物を取りに行っているほんの少しの間に、ヴィクトルがどこからともなく現れた。


「あなたがボルブドールにいた頃が懐かしい。エレーヌ様もそうではありませんか?」


「ええ、私にとっては病院のような場所でした。親切にしていただき、心も体も癒されました。今の私がいるのも、あちらでお世話になったおかげです」


「また、是非いらしてください。いつでもお待ちしていますよ! もともとあなたは僕の婚約者ですから」


 僕のというところを強調して言った。


 そこへ、ハロルドがワイングラスを二つ手に持って、戻ってきた。


「兄さん、珍しいな、エレーヌさんのそばに来るなんて。一体何を話していたんですか?」


 兄の不穏な動きに、ハロルドは嫌な予感がする。


「それは? まあお前には関係のないことだ。これからエレーヌさんと親しくさせてもらうから」


 ハロルドは、エレーヌに何を言ったのかと、不安になった。


「いまさら何を言っているんだか。酷い仕打ちをしておきながら……」


―――ハロルド様が本気で怒っている


 エレーヌは、いさかいになりそうな雰囲気に一瞬焦った。


「おいおい、すごい剣幕だな。じゃあ僕はこれで、失礼」


 エレーヌも不安な気持ちになっていた。せっかくハロルドと親しくなれると思っていた矢先のことだ。


「問題が起きなければいいのですが」


 ハロルドが呟(つぶや)いた。



             ⋆


 ダンスや談笑で盛り上がっていたその時、ホールに突然従者が入ってきて、大きな声が響いた。


「大変だ! 大様の聖剣がっ! ―――盗まれた!」


 人々は一斉に彼の方を向いた。王は、何事かと問いただした。


「何だって! もう一度言ってみろ!」


「聖剣がっ! 無くなっているのです!」


「何だと! 聖剣が! なぜだ!」


「―――先ほど、しまいに行った侍従が、王様の部屋の前で倒れて……気を失っていたのです。なかなか戻らないので、心配になって見に行ってみて、分かりました……」


 王は怒りで顔を真っ赤にし、震えている。


「そっ、そんな曲者がこの中にいるなんて! 信頼のおける方々ばかりを招待しているはずなのにっ!」


「誰が、盗んだの?」 「この城の中に泥棒がいるなんて、恐ろしい!」


「早く捕まえろ――!」


 あちらこちらから、叫び声がしている。


 侍従が、ホールの人々に向かって重々しい声で言った。


「皆さん、こちらにお集まりください」


 ホールにいる人々は、話を聞こうと彼のそばに集まった。


「王様の聖剣がたった今……盗まれました。―――あってはならないことですが事実です。おめでたいエレーヌ様の誕生日の席でこのようなことが起こるとは。王様も皆様方からのご要望で、滅多に人目に触れることのない聖剣を出してお見せしたのに……しかし、犯人を絶対に捕まえて、取り戻します。皆様ご協力ください!」


 侍従は、深々と礼をした。



 レザール王国のトーマス王子が、前に進み提言した。


「簡単なことです。皆さんの荷物と、衣服を検査すればいいのです。さあ、見て頂きましょう。自分が盗んだのでなければ見せられるはず。そうすれば、はっきりしますよ。皆さんさえそれでよろしければ」


 ホール内は一瞬ざわついたが、アステリア王国からの招待客の一人が言った。


「いいでしょう。そうしませんか? 僕もそれがいいと思います」


 その言葉を期待していた侍従が、丁寧に皆にお願いした。


「そのようなご意見もありますので、お荷物と上着を検(あらた)めさせていただきたいと思います。皆様ご不快でしょうが、これも捜査のため。よろしくお願いいたします」


 彼は、もう一度深々と礼をした。


 そして従者に目配せすると、一列に並ぶよう客人たちにお願いした。手荷物や男性の上着などの検めが行われた。検めと言っても、大切な客人たちだ。荷物を一つ一つ開き、上着も大切に扱いながら、丁寧に見ていった。


 列は次第に短くなっていったが、聖剣はいまだ出てこない。


「次の御方、お願いします」


 荷物を開ける客人も、丁寧に荷をほどき、自分に疑いが掛けられぬよう協力していた。最後の一人が終わり、その荷物からも……出てこなかった。


 王は、落胆する気持ちをこらえて、皆にお詫びの言葉を述べた。


「皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。この度は、こちらの不手際で、不愉快な思いをさせてしまいました。すべてこちらに落ち度があったからのこと、私がこらえれば済むこと」


 アルバート王は苦悩の表情を見せた。

 その時、エレーヌと一緒にいたハロルドが、つぶやいた。


「どこにもないはずがないじゃないか。ついさっき目の前で見たものが」


 もう夜も更けて、そろそろ、帰路に就く時間になった。近くの客人たちは馬車で帰るが、遠方から来た者たちは泊まることになっている。


「アステリア王国の皆さまはお泊りになるのですね。皆様のお部屋をご用意してありますので」


 侍従がレザール王国の一行に声を掛けた。


「レザール王国の皆さまは?」


「僕たちは、もう失礼します。明日、大事な用が控えておりますので。お招きいただきましてありがとうございます。エレーヌ様にお会いできてよかった」


 そう挨拶をして、トーマス王子とおつきの従者2名が出口へ向かっていった。


 ハロルドは、エレーヌに目配せして、険しい表情でささやいた。


「ちょっと僕は、外へ出てきますが、あなたは心配しないでここにいてください。いいですか、絶対に外へは出ないでください。今日の主賓ですから」


「どうしたんですか? 何か……あったのですか?」


「後で説明します。とにかくここにいてください」


 それだけ言うと、トーマス王子一行が出た後、素早く彼らの後をついて行った。


 三人は待たせていた馬車の御者に合図して走り出した。馬車が場内の通路を通り過ぎ、門番のいる城門を出た。


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