第20話 ワルツは三人の王子と
「ウアオオ――これが噂に聞く聖剣なのか!」
「素晴らしい!」 「始めて拝見した!」 「感激だ!」
口々に溜息と歓声が上がった。何かの儀式の折にしか見ることができないルコンテ王国に伝わる聖剣を一目見ようと、皆の視線が王の手元に集中した。それは、深紅の袋に収められていた。取り出した短剣は黒い鞘に納められ、歴史を感じさせた。披露した後は、再び袋に大切にしまわれた。
「今日は娘の大切なお客様をお迎えした。王国に伝わる聖剣を是非ご披露しましょう。じっくりとご覧ください。いつも災いや戦火から我が国の民を守ってくれました」
王は、思い出話をするような眼をして説明した。アステリア王国の年若い王子も感心して聞いていた。
「この聖剣が、国を守ってくれていたのですね。どうりで、平和な日々が続いているわけです」
王子たちは次々に近寄り手に取ってみた。ハロルドもアルバート王のそばへやってきた。王は安心してその手に渡した。
「おお、これはこれは、大切な娘が大変お世話になりました」
「素晴らしいものを見せてくださり、ありがとうございました」
「では、皆様ご覧になったようですから、持っていかせます」
王はそういうと、従者に聖剣を手渡した。彼は恭しく受け取ると、すぐに食堂を出て行った。
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舞踏室を取り仕切る召使が、そろそろ皆が食べ終わっている頃合いだろうと、客人たちを呼びに来た。
「さあ、お食事が終わったら、舞踏室へ移動してください。ダンスパーティーが始まります!」
エレーヌのそばには、リズが付き添った。まだ一人で歩くのは不安がある。一歩一歩踏みしめながら、歩いていると、トーマス王子がそばに寄ってきた。先ほど婚約解消の件でからかわれたので、何を言われるのかと気が重かったが、軽く会釈をした。
「先ほどはどうも。エレーヌ様は、暫く病気で療養中だったとか。もうお体のほうは大丈夫なのですか」
「ええ、もうだいぶ良くなってまいりました」
「あれ、あれ、歩くのが大変そうですが、お怪我をされていたのですか?」
「ちょっと、足をくじいてしまって、大したことないんですけど」
「こちらの国は山坂が多い地形ですから、気を付けてください。ではまた舞踏室で」
後ろで睨んでいたハロルドが、すぐにエレーヌの隣にやってきた。
「全く嫌な奴だな」
「病気で休んでいたという噂は、トーマス王子の耳にも入ってしまったようだ。気にしないほうがいい」
エレーヌとハロルドの後ろには、ヴィクトルと侍女のリズが歩いていた。ヴィクトルが、いつもエレーヌのそばに仕えているリズに訊いてみた。
「私はエレーヌ様の元婚約者のヴィクトルです。エレーヌ様は、なぜ山の道で大怪我をされて倒れていたのでしょう。私には理由をお話ししてくれないのですが、何か深いわけがあったのでしょうか?」
「ああ、あなた様がかつて婚約者だったヴィクトル様でしたか。エレーヌ様は健気な方で、好きな方の御心を手に入れることができる奇跡の石を探しに山へ入られたのです。そこで斜面を滑り落ちて、怪我をされたのです。それを、あなた様は婚約解消されるなんて……ひどいですわ……ああ、すみません。侍女の分際で。言葉が過ぎました。忘れてください」
「そうだったのですか。私の心をつかむために、命がけで……ひどい仕打ちをしてしまった!」
「考え直しましたか?」
「そんなことなら、手放すのではなかった」
後ろを向いてハロルドが心配そうな顔をしている。
「二人で何の話をしているのですか。ひそひそと……」
「今、いい話を聞いてな」
ヴィクトルの顔にはほんのり赤みがさしていたのを、ハロルドは見逃さなかった。
「兄さんのいい話とは、なんなんでしょう? 人の噂とか……そんなことですか」
リズは決まりが悪くなり、一歩後ろへ下がった。
ホールではすでに楽団が待機していた。移動が終わると、ヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノなどで室内楽の曲が奏でられた。
ワルツが始まると、男性たちはそれぞれ女性をエスコートして、ホールの中央に集まってきた。
レザール王国のトーマス王子が、エレーヌのそばにやってきて、ダンスに誘った。
「私は、歩くのもまだ本調子ではないのですが……」
「大丈夫、僕がエスコートしますよ。ゆっくり踊りましょう。久しぶりでしょうから」
「そうですか」
断るのも失礼に当たると、エレーヌは、ゆっくりとトーマスの手に自分の手を載せ、一歩一歩踏み出した。ダンスの練習は、お稽古ごとの一つとして行ってはいたが、上手な先生がいつもリードしてくれてやっと踊っているような有様だった。このような公式の場で男性と踊るのは初めてだ。リズとアルバート王は、どうなることかと不安な気持ちで見守っていた。
三拍子のリズムに合わせて、ワルツの曲が奏でられた。トーマス王子は、運動神経がよく、軽やかに体でリズムを取り、くるくると回って踊りだす。エレーヌの方は、自分で足を動かすのも危うく、時折脚が浮いてしまって、トーマス王子が抱えて振り回している格好だ。
「トーマス様。目が回ります」
「大丈夫。僕にお任せください。あなたは、自分の足で踏み込まなくても、僕が抱えていますから」
強引な足さばきに、エレーヌはくらくらとめまいがしてくる。脚に負担はかかっていないものの、ダンスをしているとはとても思えない。天井のシャンデリアが、頭の上でくるくると回って、周囲の人たちも左右にぐるぐると動いている。最後に、楽団が音を一斉に合わせ一曲目が終わった。
「ありがとうございました。エレーヌ様と踊れてよかったです」
「わたくしも。目が回ってしまいましたが、素晴らしいダンスでした」
トーマスが手を離した途端、エレーヌは、よろけて、尻餅をついてしまった。
「あっ、御見苦しいところを……」
そこで、すかさずハロルドが横から手を出した。
「こんな、強引なダンス。目が回ってしまったでしょう。暫く僕が支えてます」
ハロルドが、手をしっかりと握り、転ばないように掴んだ。
トーマスが離れていくと、ハロルドはエレーヌの耳元で、囁いた。
「あいつは、女と見ると誰かれ構わず声を掛ける。相手が夢中になると、さっと何食わぬ顔をして知らん顔をする。悪い奴だ!」
「そんな方なのですか? あ、ああ、私夢中にはなっていません。お誘いを受けたので踊らないと失礼に当たると思ったので……」
エレーヌは、体を動かすのに必死で、相手の顔を見る余裕もなかった。
「そうでしたか。では、次は僕と踊りましょう。僕はあんな強引なやり方はしませんよ」
「ハロルド様は、そうだと思います。よろしくお願いします」
ハロルドは、そっとエレーヌの手を取り、腰に手を回す。
「右足は、僕の足の上に載せてください。そうすれば、体重を掛けなくて済みますから」
「そんなことができるのですか?」
「僕に任せて……あなたは一緒に動いているだけで踊っているように見えますから」
楽団が音楽を奏で始めると、ハロルドは、にっこりとほほ笑みエレーヌをリードして踊り始めた。彼の動きはあくまでも軽やかで無駄がない。しかも、エレーヌはほとんど右足には体重を掛けなくても踊っているように見える。ダンスの先生と踊った時よりも、上手になったような気がする。すべてハロルドの、身のこなしの巧みさからだ。
「僕が拾った村娘が、こんなに素敵になった」
「えっ、今なんて言ったの?」
「なんでもないです。聞こえなければいいんです」
「僕が……拾った? あら、思い出した。助けてくれた時に言った言葉」
「う~ん、そうだったかな?」
―――自然にパーティーの場で話ができている
エレーヌは、これはハロルドの起こした奇跡のような気がした。
―――奇跡の石はなかったけど、ハロルド様に会えたことが奇跡だった
ダンスと会話で盛り上がり、二曲目が終わった。
すると今度は、ヴィクトルがハロルドを押しのけるようにやってきた。
「次は、僕と踊ってくれますか?」
「えっ、私の事嫌いじゃありませんか?」
「そんなことはありません。気が変わりました」
「はあ、何をおっしゃっているのかわかりませんが……」
「まあ、いいから、いいから、まずは踊りましょう」
「ええ、ええ、では……」
―――三曲続けてダンスの申し込みをされるとは今日は夢でも見ているのではないかしら
これは何か悪いことが起こる前兆なのでは、という不吉な予感までしていたが、にっこりとほほ笑み、ヴィクトルに手を差し出した。
―――ヴィクトル様には、婚約を破棄されたはずなのに、これは彼の心境の変化によるもの、それともからかっているのか全く分からない
ヴィクトルは、今までと全く違いエレーヌをじっと見つめている。今までは空気の様にいてもいなくても表情一つ変えなかったのに、急に熱い視線が向けられた。ぞくりとして、ダンスを始めた。ハロルドのように、足を自分の足に載せてもらえるような配慮さえしなかったが、ゆっくりとした動きで、脚をいたわっている彼の心遣いが伝わってくる。
ダンスが始まると体が密着する寸前まで近寄ってきた。耳元で何やら話しかけてきた。
「あなたは、見た目以上に情熱的な方なのですね?」
―――何を急に言い出したのかしら?
「何をおっしゃるのです。突然」
「いえいえ、なんでもありません」
―――僕のために命がけで奇跡の石を採りに行ったのか……これは二人だけの秘密にしておこう
「あのう? この間お会いした、仲のよろしい伯爵令嬢の」
「ああ、コーデリアです。彼女とはただの昔からの友人ですよ」
「へっ、熱烈なキスまでしたのに? あの方がお好きだったのでは?」
「でも、あなたの今日の姿を見たら考え直そうかな、と思いました」
「そっ、そっ、そうなんですか?」
―――衝撃的な発言、何が起こったの?
初対面から、やたら声を掛けてくるトーマス王子には、ただからかわれているだけだとやり過ごしていたのだが、ヴィクトルは真剣な目でこちらを見つめてくる。内心の動揺を悟られまいと、エレーヌはできるだけ目を逸らせていた。
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