第19話 トーマス王子

―――誕生日には、またハロルド様と合うことができる


―――ヴィクトル様も来るのかしら、複雑な気持ちだわ


 それまでに、できるだけ自分の力で歩けるように、毎日歩行訓練を受け必死で頑張った。図鑑にあった石を採ることはあきらめたが、その本はいまだにすぐそばに置き、いつでも見られるようになっている。



              ⋆

 十月になり、誕生日がやってきた。前日から料理の仕込みが行われていて、厨房はいつになく忙しそうだ。朝早くから、来賓に振る舞われる料理が準備され、美味しそうな匂いが漂っている。


 エレーヌは、薄ピンク色の晴れ着を身にまとい、髪の毛を結い化粧を施されていた。ハロルドがやってきた日以上に磨きをかけられている。アルバート王からの命令だったからだ。


「お父様ったら、そんなにむきにならなくてもいいのに。ドレスや化粧で、ごまかすことはできないわ」


 侍女たちは使命感に燃えていて、口々に言った。


「そんなことはございません。ドレスや、宝飾品、化粧で見違えるように美しくなりますから!」


「そうかしら?」


 エレーヌは、鏡の中の自分を見て、侍女の言葉がお世辞に思えてくる。


「まあ、いいわ。自分のことは自分が一番よくわかっているから」


 アルバート王とカトリーヌ妃も気をもんでいる。


「支度はもうできたの? お客様をお待たせしてはいけませんよ。みんな急いで頂戴!」


 カトリーヌ妃は、エレーヌの部屋を覗き込んで急かす。



「もうすぐでございます。腕に寄りを書けて美しく磨いています」


「よろしく頼むわね。貴方たちの腕にかかっているのですから」


 それを聞くとエレーヌはまたもや情けなくなる。


「これ私なの、別人のようだわ」


「いいのよ、あなたは黙っていなさい」


 もはや戦場のような騒ぎになっている。


「さあ、一緒に行きましょう、エレーヌ。上出来だわ」


「まあ、ウエストを締め付けすぎて苦しいわ」


「あまり食べないように気を付けなさい」


「ご馳走を前に、地獄の苦しみだわ」


 大騒ぎをしながら二人は、ホールを歩いていった。だいぶ歩けるようになったとはいえ、一人で歩くのは心配だ。侍女のリズがいつもそばで見守っている。


 アルバート王の誕生日ほど盛大なものではないが、ようやく歩けるようになったエレーヌの気持ちを少しでも明るくしようという趣旨で、明るく賑やかな会が企画された。


 招待されたのは、いとこのエミリーとトニー、近隣諸国の王子や王女たち、侯爵家や伯爵家などの貴族の子息や令嬢だった。それぞれの従者たちも含めるとその数倍の数にはなるが、王のパーティーに比べると人数は少ない。来賓用の食堂での晩餐会と、食後はホールでのダンスパーティーが行われることになっていた。


 食事の席では、正面にボルブドール王国の王子たち、左右には、レザール王国と、アステリア王国の王子や令嬢が座っていた。初対面の人もいて、自己紹介をしたりそれぞれの国の様子などを話していた。


―――婚約破棄された相手のヴィクトル様と、大好きなハロルド様が並んで目の前にいる


「いつもと別人のようです。僕はどうしたらいいかわからなくなってしまいますよ、エレーヌ様」


 ハロルドの眼がエレーヌの顔や、髪型を見つめトロリと潤んでいる。


「今日の私、上から下まで凄いでしょう? お化粧も髪型も侍女にお任せしたら……自分でもびっくりするような出来なのです」


「面白いことを言いますね。素敵ですよ、着飾ったあなたも美しい」


 そこでヴィクトルが、言った。


「ハロルドにとっては、エレーヌさんはどんな格好をしても素敵なんだよな」


「まあ、それじゃあ、この格好も悪くはないんですね」


 エレーヌの緊張がようやくほぐれてきた。


―――しかし、誰がこの座席を決めたのだろう? 


―――兄弟二人が目の前に並んでいるなんて


 しばし会話が途切れた。こんな時こそ気の利いた会話が必要なんだわ。思い切って私から話してみよう。


「あの、皆さん遠くから来てくださって光栄です。私ももう十七歳、ちょっと大人に近づいた気分です」


 全く気の利いた会話などではないと思う。


 レザール王国のトーマス王子が興味津々の顔をしてエレーヌを値踏みするような目つきで見ている。


「最近婚約解消なさったとか? ボルブドール王国の王子様だそうですが、どちらの王子様でしょうか?」


 開口一番、聞かれたくない質問をぶつけてきた。


「あっ、ああ、ヴィクトル様です。お互い相性が悪かったようで……仕方ありませんね」


「ふ~ん、どちらが断られたのですか。もちろん、エレーヌ様がですかね?」


「あ~、いえいえ。あちらから……」


 そこへ、ハロルドが割って入った。


「失礼なことを聞きますねえ。当人同士の問題です。口を出すのは失礼ですよ」


「僕は、エレーヌ様に興味があったので聞いてみただけです。婚約解消したんじゃ、僕も候補に名乗りを上げてもいいでしょうか?」


「ああ、そういうことでしたら、いいのではないでしょうか」


 ハロルドがむきになって口を挟む。


「軽はずみな返事をしないほうがいい。あなたのことをからかっているんですよ」


「そうなのですか……」


 トーマス王子も負けてはいない。


「本気だったら……構いませんよね。僕の事も気にかけておいてください、エレーヌ様」


「ああ、優しいお言葉ありがとうございます」


 エレーヌは、嫌われないように気の利いた言葉遣いをしなければと意識する。


 ハロルドと楽しく食事をしようと楽しみにしていたエレーヌだったが、間に割って入ってきた王子に声を掛けられ、返答に困っている。


「ああ、そうそう、ルコンテ王国には代々王様に伝わる聖剣があるそうですね」


「はい、現在はアルバート王、私のお父様が持っています」


「ほう、どのような素晴らしいものか一度見せてはいただけませんか?」


「それは、大変貴重なものですし、父王の宝ですので私には持ち出すことはできません」


「そうでしょうねえ」


 それを上座で聞いていた王は、トーマス王子に言った。


「今日は娘のために、このような素晴らしいお客様をお迎えしているのだ。お見せしましょうか。準備をしますので、しばらくお待ちください」


「お父様いいのですか? 私のために無理をしないでください」


「なあに、可愛い娘のためだ、若い王子様がご覧になりたいというのであれば……」


 そう言って王は従者とともに、いったん中座した。

 暫くすると、従者は聖剣を携えて戻ってきた。


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