第18話 突然の訪問
ハロルドが帰ってしまうと、エレーヌは心にぽっかりと穴が開いてしまったような気持になった。ボルブドールでの献身的なふるまいや、かけてくれた言葉の全てが心の中によみがえってきた。
故郷へ戻ってからは、以前の様に侍女のリズがつききりで世話をするようになった。リズは森ではぐれてから、エレーヌが戻ってくるまで生きた心地がしなかったと涙を流していった。森へ行った理由は他の人たちに言うわけにいかなかったので、ごく親しい人たちだけで秘密を抱え悶々としていた。生きて帰ってきた姫を見た時の歓びは格別だった。
「エレーヌ様、この一か月余りの生活を詳しくお話しして下さいますか。大変気になっています」
「ハロルド様が私を見つけ、お城でも毎日様子を見に来てくださり、大変よく心配りをしてくださいました。婚約者のヴィクトル様は……私には興味がなかったようであまりお話をなさいませんでした。パーティーの時に好きなお嬢様がいらっしゃることがわかりました」
「……まあ、そうでしたか。酷いですわ。こんな素敵な方がいらっしゃったのに。今にもっと素晴らしい方と結婚して、その方に後悔させちゃいましょう!」
リズは、いつもエレーヌの一番の味方になってくれる。
「復讐するってこと? まあリズったら怖いわ……仕方ないのよ。こんな私ですから」
エレーヌとしては、自分に魅力がないせいだと諦めている。
「また、エレーヌ様ったら、そんな言い方をなさちゃだめですよ!」
リズの献身的な看病で、エレーヌは日を追って元気になっていった。もう松葉杖なしでも、歩けるようになってきた。しかし、左膝には、傷跡が痛々しく残り、右足はそれほど自由には動かせない。額の傷は、前髪を垂らして隠していた。
「もう二度と、奇跡の石などを採ろうなんて考えないでください」
「分かってるわ、物に頼っても仕方がないってことが、身に沁みて分かった。自分が魅力的にならなければいけないんだっていうこともね」
「流石、エレーヌ様気持ちを切り替えるのがお早いです。ボルブドール城で、大切にしていただいて、心境が変化したんでしょうかね。それともいいことがあったのでしょうか?」
エレーヌがあまり落ち込んでいなかったので、リズは何とはなしに訊いてみた。
「いいこと? ふ~ん、そうかもしれないわ」
リズは、エレーヌの顔をじっと覗き込む。
「それはね……ヒ・ミ・ツ」
「秘密でございますか。いつか私にも教えてくださいね」
「もちろん」
エレーヌは、はにかんで、リズの顔を見つめた。しかし、彼女はいつも通りの忠実な侍女として仕事をしていた。
⋆
ルコンテ城へ戻ってからの一か月間は、忙しく過ぎていった。エレーヌが松葉杖を使わずに歩けるようになってからは、以前の様に礼儀作法や、勉強、ピアノの練習をするために、家庭教師が呼び戻された。以前は気乗りがしなかったそれらの勉強に、楽しみながらできるようになった。目的が出来たからだ。
「エレーヌ様、何だか楽しそうに勉強するようになりましたね」
進歩は相変わらずゆっくりだったが、昨日より今日の自分が進歩していることだけでうれしくなっていた。
射すような日差しは、いつしか暖かいぬくもりの感じさせるようなものに変わっていた。
十月になると、エレーヌの17回目の誕生日がやってくる。
王は娘の気持ちが少しでも晴れるならと、薄いピンク色の晴れ着を注文してくれた。北隣のボルブドール王国、レザール王国、アステリア王国の王子たちを招待して、パーティーをしようと画策していた。その中で、一人でもエレーヌに関心を持ってくれるものがいるかもしれない。と期待していた。中でもあのハロルド王子は有望だ。そうすれば、傷心の娘が、立ち直れるのではないかと思ったのだ。
「エレーヌ、お前の誕生会には、近隣の国の王子たちを呼んで、賑やかにやろうと思う。
お前も楽しみにしているがいい」
「近隣というと、ボルブドール王国の王子様達も含まれるのね?」
「そうだ。それと、ボルブドールの東のレザールと、西隣のアステリアからも招待しようと思う」
「まあ、そんなに大勢。私、失礼のないようにしなきゃね」
「あまり、難しく考えないことだ。お前の場合、自然な姿の方がいいかもしれない」
⋆
誕生会の計画が持ち上がった後、ふらりと突然の来客があった。
「エレーヌ様、お客様ですよ」
リザが部屋へ来て呼んだ。
「あら、どなたかしら。ここのところ滅多に来客などないのに」
「どなたか当ててみてください」
「なあに、意地悪して。いとこのエミリー、それともトニーかしら」
「もっと素敵な方」
「う~~ん、おばあ様が、わざわざ来てくれたのかしら?」
「みんなはずれです」
「どなたなの?」
「ハロルド様です!」
「――えーーっ、ハロルド様がわざわざいらっしゃったの? お見舞いに? もうだいぶ良くなってきたんだけど……ちょっとからかってみようかな」
「さあ、さあ、急いで着替えをして! ――居間でお待ちだそうです」
「う~ん、何を着ようかしら……迷うわねえ」
エレーヌは、久しぶりに来客用のドレスを取り出した。額はおしろいの粉で傷を隠して前髪を上げた。滅多にしないお化粧をし侍女とともに広間に行った。ハロルドはすぐに気が付くだろうか。
「お待ちかねでしょうね」
「待ちくたびれて帰ってしまわないといいけど」
エレーヌは急ぎ足で居間に向かっていったが、ハロルドの姿が見えた途端歩みを遅くし、右足を引きずるようにしてゆっくりと傍へ寄っていった。
「ようやく表れたね。待ちぼうけをくうかと思った」
「久しぶりにお会いするから、ちょっと雰囲気を変えてみようかと思って……」
「ほんとだね。村娘の時とは、だいぶ違う」
ハロルドは、エレーヌの美しい立ち姿を見て、吐息を漏らした。すらりとした体に、晴れた青空のような透き通るようなドレスを身にまとっている。肌は透けるシルクの布の様になめらかだ。目鼻立ちが整い、その表情は可憐な少女のようだった。自分でも心臓の鼓動が早まっているのがわかった。村娘の姿をかわいらしいと思い、その性格の良さゆえに、外見が気にならなかった。ハロルドはこの時初めて、彼女の美しさにくぎ付けになり息をのんだ。この女性(ひと)は、自分の魅力に気が付いていないんだ。
ハロルドは、エレーヌのそばに近寄った。
「久しぶりだね。元気だった」
そんな言葉しか出なかったが、両腕はしっかりエレーヌの肩に回していた。エレーヌは、松葉杖を持ち、まだ一人では立てないふりをしていた。しかし、ハロルドの腰に両手を回した時、杖はばたりと倒れた。ハロルドは驚き、嬉しそうにエレーヌをもう一度抱きしめた。
「あれ、もう一人で立てるようになった」
「ほら、こんなにしっかり立てるようになったんです。もう杖もいりません」
エレーヌは、ちょっと気取ってバレリーナのようなポーズを取ろうとしたが、バランスを崩して、転びそうになった。慌てて手を差し伸べたハロルドが、しっかり彼女の腰に手を回し、抱き留めた。
「もうすぐ誕生パーティー。十七歳になるんですね」
「いつの間にか十七歳になりました。子供のころは、十七歳というとものすごくしっかりしたお姉さんだと思っていたけど、私は全然違います」
「あなたは、自分でそう思っているだけです。まあしっかりは……していないかもしれませんが。あなたは自分の魅力に気が付いていないのです。エレーヌさんには、不思議な魅力があり、謎めいたところがあります。自分でもいつの間にかいろいろなことを考えていませんか?」
「まあ、言われてみれば、そんなところがあります。だから、森の中へ紛れ込んでしまったのかのかも」
「自分に劣等感を持つのは、良くないですよ。思っているほど……悪くない」
「ハロルド様がそうおっしゃってくれるなら、これからは気にしないことにします」
「それがいい。またお会いできますね。その日までに、僕はさらに剣術の腕を磨いておくことにします」
「では、私も。歩く訓練をして、ワルツが踊れるようにしておきます。それを目標に頑張ってみます」
「おお! その意気です。そうしたら僕と踊ってくれますね」
「はい!」
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