第17話 帰郷
ハロルドとエレーヌはルコンテ王国の城に着いた。
秋風の吹く穏やかな日だった。門を開けてくれた門番も驚きを隠せなかった。城に入り、真っ先に飛びついて抱きしめてくれたのが侍女のリズだった。助かったという知らせを聞いてはいたが、実際にエレーヌの顔を見るまでは心休まる暇はなかった。アルバート王とカトリーヌ妃ともしっかりと抱きあい再会を喜び合った。側近のオズワルドや兄のデイビッドも次々に抱きしめてきた。松葉杖をついて立っているエレーヌは手を出すことが出来ず、待っていた人々に次から次へと抱擁攻めにあった。
感動の再会を果たした後は、一転暗い気持ちになったエレーヌだったが、気を取り直して父アルバートに頭(こうべ)を垂れた。
「お父様、ごめんなさい。私……心配ばかりかけています。大怪我をしたことも、婚約を解消されたことも……みんな私のせいで」
すかさずハロルドが弁明した。
「婚約解消は、兄のヴィクトルが悪いのです。エレーヌ様のせいではありません。こんな魅力的な方をお断りするなんて、兄もどうかしている」
「仕方ありません。お兄様には心に決めた方がいらっしゃったのですから……」
言いたくなかったが、言わざる負えない事態だと思い口に出した。
「ああ全く……大怪我をして、婚約者の家で面倒を見てもらい……婚約解消されてしまうなんて……我が娘ながら情けない」
「まああなた、そんなにエレーヌを責めないで。一番つらいのはエレーヌのはず。久しぶりに会えたのですから、今はここでゆっくり休養させてあげましょう」
再開を喜び合ったが、その後の報告を聞いた王と王妃の失望ぶりは大きかった。こんな体になってしまい、この先結婚の話はないのではないか。森で行方不明になったことは家族だけの秘密にされていた。
「しかしお前が帰ってきたのが何よりうれしい。これからは娘が病気だと嘘をつく必要もなくなったしな」
アルバート王は、エレーヌに付き添っていハロルドの方を見た。
「ご紹介が遅れました。僕は、第二王子のハロルドです。僕が森で倒れている王女殿下を見つけ、城にお連れしました」
「おお! あなたが娘の命を救い、手紙で知らせてくださった方なのですね。しかも、娘を連れてここまで来てくださった。馬車での長旅は大変だったでしょう。見つけたいきさつや、その後の様子などもお聞かせください。今日はお泊まりください。さあさあ、こちらでお寛ぎください」
「御心遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、そうさせていただきます」
皆が怪我をしてから今までの話を聞きたがり、エレーヌは質問攻めにあった。その後それぞれの部屋へ引き上げてゆき、客間にはエレーヌと、ハロルドだけになった。
エレーヌは、立ち上がり窓の外を見た。ハロルドも一緒に窓辺に立った。
窓からは、懐かしい光景が広がっていた。山がちなルコンテの城は、丘陵地の上に建てられているため、はるかかなたまでが見渡せた。窓のすぐ下は、頑丈な城壁がめぐらされていて、ボルブドールのような広い庭園はない。
―――ここが生まれ故郷なら、ボルブドールは第二の故郷だ。
「もう、ここでハロルド様とお別れなのですね……」
精悍で優しい顔を見ていると、名残惜しさで言葉が続かない。
「ここまで来られるようになったのは良かったのですが、離れ離れになりますね……一つだけ約束してください」
エレーヌは、不思議そうな顔をした。
「約束とは……何ですか?」
「まだ……どこへも行かないと」
「それは…」
「まだ……どなたとも結婚なさらないと」
「それは……」
「僕と再び会う日を、待っていてください」
「それは……あのう、私のことが……」
―――これはもしやプロポーズの言葉。それしか考えられない。
「――あなたは僕が森で拾った人、いいえ見つけた人」
「その通りです。私は森で拾われて命拾いしました」
「そして、僕の一番大切な人なんです」
―――ハロルドは、言ってしまってから自分の言葉に照れて焦っていた。
「私のことを、そんなふうに……こんな姿になってしまったのに、ちゃんと歩けるようになるかもわからないのに、思ってくれているの?」
「ここまで、歩けるようになりました。それで十分ですよ」
傷ついた心に、その言葉は優しく沁み込んで、潤していった。
これは私と結婚したいということだ、とエレーヌは解釈した。でもその返事を今言うわけにいかない。兄ヴィクトルに婚約解消されたばかりなのだから。
「城の中をご案内します。お客様にお見せできるところだけですけど」
客人に案内するときに、いつも見せてよい場所を案内することにした。
「歩けるのでしたら、案内してください。あなたが生活しているところを見ておきたい」
「ではご案内します。私に着いてきてください」
ルコンテ城は石造りの荘厳な城で、飾り気はあまりない。堅牢な造りになっていて、下から見上げると空に向かってそびえるように建っている。遠くから見るとその凛とした姿が美しい。
天井の高い廊下を歩いて進む。王の執務室や、王と王妃の間は、他の部分とは隔絶していて、みだりに人は近付けない。それ以外の食事室や、舞踏会用のホール、自分用の居室へ案内した。久しぶりに入る部屋はきれいに整頓されていて、いつ戻ってもいいように整えられていた。部屋は、薄いピンクや赤を基調とした色使いでアレンジされていて、手作りの刺繍や、子供のころから親しんだ人形やぬいぐるみなどもそのまま置かれていた。
「可愛いお部屋ですね。女の子の部屋のようです……」
「そうですね、女の子の部屋ですね」
「僕は、ボルブドールにいても、ここにあなたがいらっしゃるんだ、と思って過ごすことにします」
では、私は何を思ってここで過ごせばいいのだろうか、とエレーヌは考える。
「私は、ハロルド様にもらったクローバーの花を見て思い出しますね」
「はい、牧場へ行けばいくらでも咲いていますから、見つけるのには困りませんよ。さて、あまり女性の部屋に長居すると、どうかと思われますので行きましょうか」
「そうですね、私ったらうっかりしていました。男の方が入ったのは初めてですよ」
「これからは、お気を付けください」
「まあ」
「必ず……会えますよ……その時まで」
エレーヌは名残惜しい気持ちでハロルドの顔を見つめた。手を出すことが出来たら、そっと手を伸ばしただろうが、その気持ちを察してハロルドは、額に優しくキスをした。
その晩は、食堂でハロルドを含めて皆で晩餐をした。疲れているだろうと、あまり大袈裟な会ではなかったが、エレーヌの無事を祝う暖かい会だった。
「エレーヌ、なぜあんな無茶なことをしたの? 深い森の中へ入っていくなんて」
カトリーヌ王妃が訊いた。奇跡の石を採りに行ったことは家族だけの秘密になっているのだがついうっかり口が滑った。秘密だったはずなのに、とエレーヌは焦った。
「綺麗な花が咲いていたので、目を奪われて、周りが見えなくなってしまいました。今思うと、なんて不注意だったのかと反省しています」
ハロルドが興味深そうに訊いた。
「綺麗な花? 森の奥に咲いているの? 今初めて聞きました。エレーヌさんは、山登りの好きなたくましい女性(ひと)なんですね……」
「そんな……恥ずかしいです」
「恥ずかしいことはありません。元気で楽しい方じゃありませんか。ここであなたがどんなお嬢さんだったのか知りたいです」
カトリーヌ王妃が、恥ずかしそうに答えた。
「どのような娘かと聞かれましても……明るくて、元気な娘です」
ハロルドの言葉に合わせていっている。しかし、その通りだ。取り繕っても仕方がないので自分で言ってしまった。
「礼儀作法や、習い事、あまり得意ではありませんでした。でも、外へ出て歩くのが好きでしたので……」
ハロルドの反応が気になる。
「思った通りの人でした」
そして、いつもハロルドの言葉に救われれる。こんな自分だから出会うことができたのだ。
「また、お会いしたいです。それまでにもっと元気になっていてください」
「今までのご親切ありがとうございました」
アルバート王と、カトリーヌ王妃は、微笑みながら二人の会話を聞いている。
「またこちらへ、お嬢様のお見舞いにお伺いしてよろしいですか」
「娘も喜びますよ、ぜひお願いします」
アルバート王はこの男性(ひと)だったらよかったのにと思いながら、微笑み返した。
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