第23話 ハロルドの機転

 城へ戻ったハロルドは、玄関の入り口のソファに腰かけて帰りを待っていたエレーヌのそばへ寄った。


「お待たせしました。心配したでしょう。さて、舞踏室へ行ってみましょう」


「舞踏室ですか。何かあるのですか?」


「後でご説明します」


 二人は、舞踏室へ歩いていった。もう廊下には、誰もいなくなっていた。部屋の前でハロルドが言った。


「あなたは、入り口で待っていてください」


「ここですね。わかりました」


 エレーヌが先頭になり舞踏室へ入り、ハロルドだけがホールの中央を進んでいった。もうすでに、客人たちは帰路に着いたり、部屋で休んだりしていているのだろう。しんと静まり返り、先ほどまでのにぎやかさが嘘のようだった。シャンデリアの明かりが消え、暗がりの中でハロルドの姿がホールの向こうへ消えていった。


「そこで、何をしているのですか、ハロルド様?」


 エレーヌは、ハロルドが暗闇の中で何をしているのかわからず、不安になっていた。

 ハロルドは、先ほどまでレザール王国の一行が座っていたソファのところまで行き、隙間を見た。そこには、思った通り白い粉砂糖が付着していた。


「やっぱりな、思ったとおりだ」


 ここに隠していたのだなと思い、そっと聖剣をエレーヌに見えないように再び埋め込んだ。


「エレーヌ様! こちらへおいで下さい」


 エレーヌは、不思議そうな顔をして、ゆっくりとホールを歩き、ソファの前まで進んだ。


「これをご覧ください」


 そういって、ソファの隙間から聖剣を引っ張り出した。


「わーっ! こんなところに、大切な聖剣が……だれが隠したのでしょう」


 エレーヌは飛び上がらんばかりに喜んだ。


「おそらくレザール王国の従者。そこに座っていましたからね。残念ながら、確証はありません。城外に持ち出されないでよかった」


「お父様にお知らせしましょう」


 彼女は、すぐにでも知らせて、父の不安を取り除いてあげたかった。


「でも、なぜここにあるとわかったのですか?」


「勘ですよ。隠し場所はここぐらいしかないでしょうから。それと、ここを見てください」


 ソファの割れ目を指さすと、赤い光沢のある布の上に白い粉砂糖がついていて、一目瞭然だった。

 エレーヌは感心して、なるほどとうなずいた。


「本当ですね。ここに粉がついていたのですね」


「それでは、アルバート王に至急お知らせしましょう」


 二人は、アルバート王の居室へ向かい、発見したいきさつを説明した。


 エレーヌの感嘆ぶりを見て、父王は悦に入っていた。


「ハロルド様が発見されたのですね」


「そうなのです。レザール王国の一行が座っているあたりが怪しいと思い、彼らの座っていたソファの隙間から取りだしたのです」


「ふ~む、持っていかれないでよかった。奴らの計画は失敗に終わったということなのだな。本当によかった!」


「でも、ハロルド様。もしや、彼らは窃盗に成功して、あなたが取り返してきてくださったのでは?」


「エレーヌ様、それ以上言わないでください。見つかったのですから、この件は一件落着です」


 ハロルドは、エレーヌに目配せして、口元に指先をそっと付けた。


「うん? エレーヌ、今の話はどういうことだ?」


 王が、今の言葉の意味を知りたがった。


「いえいえ、なんでもありません。本当に、ハロルド様の感は素晴らしい。大切な聖剣が見つかって私もほっとしています」


 ハロルドは、エレーヌがしきりに褒めるのを聞いて、照れている。


「はい、衣服と鞄だけを検めたので、ひょっとして、案外身近なところに隠したのではないかとお思いまして」


「後で、こっそり取りに来るつもりだったのだろうな?」


「そのようですね」


「未然に防ぐことができてよかった。しかし、このままレザール王国の一行を返してしまっていいのだろうか? 連れ戻して問いただした方がいいのではないか?」


「いえいえ、レザール王国の人たちが座っていたあたりですが、確証はありませんので問い詰めることはできないでしょう。しらを切られたら、追い詰めたこちらが悪者にされてしまいます」


「そうか、悔しいが仕方あるまい。こちらの警備の甘さもあったしな。しかし、外へ持ち出されなくてよかった。ハロルド様、あなたは本当に素晴らしい方だ」


 王は、犯人を捜すことよりも、持ち出されなかったことで安堵していた。

 ハロルドは、父王に認められたことがこの上なく嬉しかった。


「王様に喜んでいただけて光栄です。エレーヌ様のお役に立てたこともこの上なく嬉しい!」


 エレーヌはそんな彼の横顔をほれぼれとして見ていた。


「今日は……色々なことがあった。でも、良い一日でした」


 エレーヌにとっては17歳の誕生日は、今までの誕生日で最も刺激的だが幸せな一日だった。


 ハロルドはこの一件で帰りが遅くなってしまい、待っていたヴィクトルとともに、城に泊まることになった。


「帰るつもりでしたが、こんなに遅くなってしまいました。一晩泊めていただいて、明日帰ります」


「是非そうなさってください。世話係に客間を案内させますので」


 ハロルドはいたずらっぽく言った。


「ありがとうございます。僕が泊まるのは召使の部屋じゃないんですね」


「まあ、そんな失礼なことは致しません。それとも、私の召使になって泊まりますか?」


 大胆な発言をした後で、エレーヌは顔が真っ赤になってしまった。しかし、ハロルドは真面目な顔をして答えた。


「それも悪くないですね。あなたが、僕の城で召使の部屋にいたのですから、こちらでも交代してみますか?」


 エレーヌはこれ以上話すのは、恥ずかしくて耐えられなくなってきた。


「もう、部屋へ戻って休みましょうか?」


「そうですね。じゃあ、おやすみなさい」


世話係の案内で、ハロルドとヴィクトル、伴のものが部屋へと案内された。


            ⋆


その晩エレーヌは、部屋で侍女のリズに打ち明けた。


「ヴィクトル様からは婚約を解消されたけど、今は私を救い出し、世話をしてくださったハロルド様を心から信頼しています。この先どうなるのかしら」


「あのう、奇跡の石を探しに行ったことは王様と王妃様以外秘密にしておきました。でも婚約解消なんてひどすぎます。私、今日ヴィクトル様に言ったんです。お嬢様は、ヴィクトル様の御心をつかむために、命がけで奇跡の石を取りに行ったのだと」


 それを聞いて、エレーヌは慌(あわ)てふためいた。今となっては、もうヴィクトルと婚約する気は無くなっていたからだ。


「まあ、なんてことをしたの! もうその話は……ヴィクトル様には黙っていてほしかった。いまさらそのことをお伝えしても、私の気持ちはヴィクトル様の元には戻れません」


 エレーヌの真剣な表情に、リズは取り返しのつかないことをしたと後悔した。


「申し訳ございませんでした。わたくしが余計なことをしてしまいました」


――――だから、先ほど私をダンスに誘ったんだわ


――――今まで、全く関心がなかったのに、そんなことを聞いて、舞い上がってしまったヴィクトルもヴィクトルだわ


「まさかの三角関係でしょうか?」


「もうリズったら、嫌なことを言わないで。私に限ってそんなことがあるわけないわ」


「それとも、もう一人現れましたか?」


「誰の事?」


「今日いらっしゃった、レザール王国のトーマス王子様が三人目です!」


「もう、止めて! どうなってしまうの!」


「でも、奇跡の石を取りに森へ行った話をしたとき、ヴィクトル様は、にやにや嬉しそうな顔をなさっていました。まんざらでもない、というような」


「全く、本当に困ったことになったわ。これからどうなるのかしら」


「私は、エレーヌ様が幸せになってくだされば、これ以上嬉しいことはありません」


――――リズの言葉が災いを招かなければいいのだが


 一抹の不安はあったが、とりあえず眠ることにした。ハロルドが同じ城の中にいることで、幸せな気持ちがエレーヌを包んでいた。



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