第12話 暗雲
ルコンテ王国の王女だということがわかり、エレーヌは地下にある厨房の近くの使用人の部屋から、外の景色が見渡せる大きな窓のある階上の部屋へ移された。部屋の広さも十分あり、ベッドも以前に比べてかなり大きなものだった。
窓から見える景色は、素晴らしかった。庭の花々が見え、日が昇ると遠くに見える丘は、日差しを浴びて黄金色に輝いていた。朝が来て、いつものように起きベッドに座り窓の外を眺めていた。
今日は暗雲が立ち込め、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきているようだ。窓にも水滴が落ち、今にも土砂降りになりそうだった。来客があったようで、何頭か騎馬が城の敷地内に入り、こちらへ向かって走ってくる。急ぎの用があるようで、門番に挨拶すると、すぐ入ってきたようだった。
たちまち屋敷内が、騒がしくなった。部屋の中にいても、ドアが開け閉めする音、人の話し声がここまで聞こえてきた。エレーヌは気になり、すぐにでも何があったのか知りたかった。
兵隊たちは、国境の警備にあたる兵士だった。
ボルブドール王国は、南側はルコンテ王国、西側アステリア王国、東側はレザール王国と接していた。北側には海が広がっている。ルコンテ王国とアステリア王国とは、ほとんど戦争がなかったのだが、東側のレザール王国とは、あまりよい関係とは言えなかった。
国境付近の村では、両国の若者たちが入り乱れ、市場では勝手に物売りなどをしたり、若い娘にちょっかいを出したりして、小競り合いが絶えなかった。双方の警備の兵がそのたびに出て行くのだが、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまい、根本的な解決にはならなかった。
城にもその様子は、逐一知らされてはいたが、今日は随分慌てた様子で入ってきた。小競り合いが、ケンかになりレザール王国の若者が刃物で、市場で商売をしていた老人を切りつけ、死んでしまったということだった。死人が出るまでやり合うことは最近はほとんどなかったので、これは一大事と報告に来たのだった。
このまま放置したら、必ずレザール王国へ行き仕返しをするものが出てくるだろう。それが次第に大きくなり、暴動になることもある。つい数年前にもそんなことが起こった。
「また、こんなことが起こったのか。国境付近の村は落ち着いて生活できない。俺たちで何とかしよう」
「兄さん、何とかするって?」
「まあ行ってみなければ、様子がわからない。街の人々に聞きに行ってみよう」
「はい、わかりました。すぐ支度をします」
エレーヌは、ベッドサイドから窓を開けて外を見ていた。
兵士たちが城内に入ってからほんの少しの間に、ヴィクトルとハロルドが外へ出てきた。二人を心配そうに見つめるエレーヌとハロルドの目が合った。
「そのお支度は……何かあったのですね?」
「国境沿いで問題があって、これから出かけてきます」
「お気をつけて……どうか絶対に御無事で帰ってきてください。お二人とも怪我も
なさいませぬよう」
「大丈夫ですよ! 日ごろから鍛えていますからね。ヴィクトル兄さんも」
「あ、ああ。エレーヌさん、ご心配なく」
「雨が降ってきましたから、窓を閉めてください。それから無事を祈っていてください」
ハロルドが、手を振った。
二人は、馬に乗り兵士を連れて、急いでいさかいがあった村に向かった。
「両国は父の若い頃に戦争があったと聞きます。いまだにそのわだかまりが消えてないのでしょう。憎しみに対して憎しみで対抗しては、いつまでたっても収まりません」
ハロルドが、兄ヴィクトルに行った。
「俺たちが生まれる前の話だ。和解したはずだが、なかなか人々の心の中には、憎しみが消えない」
ルコンテ王国の国境は、ほとんどが山で囲まれているため、人々の往来は、峠のほんのわずかな平地のある場所でしかできないが、ボルブドール王国とレザール王国はなだらかな丘陵地帯が多いため、比較的人々は自由に往来することができる。皮肉なことにそんな地形も、いさかいの多い原因になっている。
大きなもめごとに発展しなければよいが……
普段目にする途中の小川は日に照らされてキラキラと輝いているが、今日は水かさを増し濁っていた。なだらかな丘でも、いつもは羊たちが草を食む姿が見られるのだが、あたりが暗くなり、彼らも落ち着かない様子だ。畑の作物は恵みの雨とばかり、水分を吸収してい嬉々としていた。畑仕事をしていた人々は、急いで家へ戻る支度をしていた。しかし、二人の姿に気づくと、遠くの方からでも手を振って挨拶してくれた。二人の人望は厚かった。
案内の兵士のスピードが落ちた。問題の起きた村がすぐそばだということを知らせたのだ。
「この村の市場です。もうすぐそこですので……」
ヴィクトルは緊張してきた。まだ、どこかにラザール王国のものがいて、いさかいを起こすのではないかと気になった。
「このあたりです」
小さな集落の一階や家の前の軒先では、様々なものが売られていた。屋台もあれば、地面に露店を出している者もいる。近隣の農家からも品物が運ばれたのか、野菜や果物、家で作った品々などもそこここで広げられ売られている。
「なんだか雑然としているなあ」
兄のヴィクトルが呟(つぶや)いた。
「もともとこの辺は自由市場ですので、好きな場所で自分の持ってきたものを広げて売ることができます」
騎士の一人が説明した。
「元々は豪商が権利を独占し、場所代を取っていたのですが、それでは町の活気が失われてしまうと、王が独占権を辞めさせたのでございます。街の人々には大変寛大な措置と喜ばれました。しかし、それに乗じて他国から来たものまで商売をする有様……取り締まらねばなりません」
「そうだな。他国のものが、こちらで商売をするなどやめさせねばならない。街の警備を強化しなければな。この町の警備の兵を増やすことにする。明日から、この町へ派遣し巡回させよう」
「はっ、かしこまりました、ヴィクトル様」
ヴィクトルは、日頃から訓練をしている兵の数を増員することにした。市場にいて彼らの姿を目にした人々は、二人に礼をした。これで安心して暮らせる、とほっとしている様子だ。
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