第10話 手紙

 ルコンテ王国のアルバート王は、ボルブドール王国のハロルド王子からの手紙を受け取り、何の用かと丁寧に封を開けた。


『娘のエレーヌは病に臥せっていて、婚約者ヴィクトル様とお会いできない』


と手紙を出したのが一週間ほど前のことだ。


 その返事だろうかと思い書面に目を通したが、見る見る間に彼の表情は変わった。始めはこの手紙は本物なのかと疑いの気持ちで読み始めたのだが、エレーヌの消息が分かったことで歓びへと変わった。それから、怪我の具合がどうなのかという心配へと変わった。


―――なんと、エレーヌは、ボルブドール王国にいたのか!


 エレーヌがいなくなってから、部屋にずっと引きこもっていた王妃も、とにかく生きていることが分かったことでほっとした。ようやく生きた心地がして、ハンカチーフを手に皆の前に姿を見せた。


―――エレーヌが生きていた! 大怪我はしているが……


 一緒に山へ行った侍女も、自分を責め続け心神喪失の状態に陥り、毎日を虚ろな気持ちで過ごしていた。手紙の内容が知らされると、体が震え涙が止まらなくなった。


―――エレーヌ様は、隣国でご無事でいたのですね。良かった……


 書状を持ってきた使いの者にも訊いてみた。様子は、彼からもわかった。

使いの者をねぎらい、皆感謝の気持ちを伝えた。


 王はすぐに二通返信を書いた。一通はジャン王宛て、もう一通は手紙をくれたハロルド王子宛てのものだ。


 王も王妃もエレーヌの無事な顔を見に行きたかったのだが、他国の重鎮との約束があり、ひとまず側近のオズワルドを行かせることにした。


「オズワルド、伴の者を連れて、お前がまず様子を見に行ってくるのだ。皆が心配していたと伝えてくれ。エレーヌの大好物の果物を見舞いとして持っていくのを忘れずにな。くれぐれもあちらの皆様には、丁重に、治療して頂くようにお願いしてほしい」


「分かりました。果物を見繕って、それから大好物の焼き菓子なども持っていきます。大喜びなさるでしょうね」


 オズワルドは信頼のおける男。きっと役目を果たしてくれるだろう。


                     *


 ルコンテ王国はボルブドール王国の南側に位置している。山が多く、流れの速い川も多い。平坦な道は少なく、上り下りの繰り返しだ。そんな山坂を通り越して、ボルブドール王国へと向かう。ボルブドール王国は、低地やなだらかな丘が多い。山がちの道を通りすぎると、広い丘が望めるようになった。


 そろそろボルブドール王国に入るころだ。国境付近には、詰所がありお互いの兵が待機していた。


 詰所と言っても、今は両国が友好関係にあるため、のどかなものだ。オズワルドは兵たちに挨拶をし、国境を超えた。


                     *


 ボルブドール城の前には、広々とした緑地が広がり、色とりどりの花が咲き乱れていた。視界が開け、空が大きく広がっている。建物も、全体的に横に広がるように立っていて、おおらかな雰囲気が漂っていた。


 一方、山の多い地形に建てられたルコンテ城は、頑丈な塀に囲まれ、上の方へ伸びた要塞のようだ。建物の色も、濃い茶色をしているが、この辺とは採掘される石の色が違うからなのだろう。この城は薄いクリーム色をしていた。


 門番が現れたので、オズワルドは王からの書状を見せ塀の中へ入った。まず美しい花々の咲く庭園が目に入った。ボルブドール城の衛兵に案内されて城の中に入る。以前に王と共に来城しことがあったが、美しい装飾品や絵画は目を見張るものがある。


 暫くすると、王と第一王子のヴィクトルと第二王子のハロルドが階段を下りてきた。ヴィクトルは筋肉が張ってたくましく、彫りの深い野性的な面立ちをしている。一方ハロルド王子は長身で、剣術で鍛えられた引き締まった体つきをしていた。目鼻立ちは整い、瞳はキリリとしている。男の自分でもほれぼれしてしまうような外見だ。


「お久しぶりにお会いできて光栄です」 


「早速いらしてくれたのですね。私は、お嬢様の言うことが信じられず、村娘だとばかり思い込んでいました。ハロルドがエレーヌ様の言葉を信じて、手紙を出したのですよ」


 ハロルドは、自分の出した手紙が功を奏したことが嬉しかった。


「エレーヌ様があまり真剣に言うもので……彼女の言葉を信じて書簡を送ってよかった。そうじゃないと、ずっとここで村娘だと思われてましたから」


 オズワルドは恭しく持参した手紙を渡した。自分宛ての手紙を読んでいたジャン王は目を丸くした。


「これはこれは面白いことが書いてある。結婚相手がそちらにいるのですから、娘の面倒をよろしく頼む。治ってからもそちらで預かってくださいと書かれている。娘が病気だというのは体面を保つためについた嘘。居場所が分かった以上そのままお預けするということらしい。お前の手紙には何と書いてある、ハロルド」


「読んでみますね。なな、何と。この手紙にも、このまま怪我が治り次第嫁入りさせますので、引き続き面倒を見てくださいと書かれています。ヴィクトル兄さんとの縁談の事ですね。せっかちですね」


「アルバート王は気の早い男だな。こちらは何の返事もしていないのに。おい、ヴィクトル。結婚相手がすでにこの家に来ていたということだ。これからはお前のいいなずけとして接するように。わかったな」


 突然エレーヌが結婚相手だと言われ、ヴィクトルは慌てふためいていた。


「えーーーーっ、ハロルドが森で拾ってきた村娘が……俺の結婚相手だったんですか!」


 ヴィクトルは動揺を隠せない。


「うーむ。そうだったようだ。これからそのつもりで接してあげなさい」


 全く青天の霹靂とはこういうことを言うのか、とまるで呆けたような表情だ。


「ちょ、ちょっと、これから落ち着いて考えてみます。人生の一大事ですから。たった今エレーヌ姫だとわかったばかりですからね。考えてはみますけど……」


 全くヴィクトルの態度は煮え切らない。


「いいお話ではないか。つべこべ言わずにーーもう決まったことだから」


「決まったことって……はあ……」


 ヴィクトルは気の抜けた返事をした。


 ハロルドは、エレーヌの部屋をノックした。返事があったので鍵を鍵穴に入れまわした。もうこの鍵は必要ないだろう。


「エレーヌ……様。あなたの身元がやっと証明されました。お父様の側近のオズワルド様が、僕と父あての手紙を持ってきてくださいました。あなたの好きな果物やお菓子もたくさん持ってきてくれています。後で食べてください」


「オズワルドが……私も会いたいです」


「ここへお呼びしましょう。あなたは自由に歩けないから。ベッドにいていいですよ」


「助かりました。やっと私のことがわかってもらえました」


 オズワルドが部屋へ入ってきて、傍へ寄った。


「エレーヌ様、さぞかし心細かったことでしょう。山を捜索しましたが、何の痕跡もなくいなくなっておしまいになり、お城の中は大騒動で、皆悲嘆にくれておりました。まさかこちらにいらしたとは、誰も思いもよりませんでした」


「御免なさい。みんなに心配をかけて……」


 それを聞いたハロルドが、オズワルドに行った。


「まずはお体が治るまで、こちらで療養させてあげてください。こちらは構いませんので。お父様にもそのようにお伝えください。ご心配なさらずに」


「有難いお言葉、王様もお喜びになるでしょう。確かにお伝えいたします」


 エレーヌは、久しぶりに会うオズワルドに向かって笑顔を見せた。


「ハロルド様が私の言葉を信じてくださったおかげで、お父様に連絡することが出来ました。あなたからもお礼を言ってね」


「ハロルド様、本当にありがとうございました。では、私は、そろそろお暇致します」


 エレーヌは、久しぶりにオズワルドに会い、表情は格段に明るくなった。何より自分の身元が証明されたことが嬉しかった。

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