第6話 ボルブドール城へ
目の前にいる若い女は、身なりは貧しく傷だらけだ。ハロルド王子は、この手につかまればひょっとすると立てるかもしれないと、そっと手を差し出した。エレーヌはその手をしっかりと掴んだ。
「立てるかもしれないぞ。この手につかまって! さあ!」
エレーヌは腕に力を入れて、ハロルドの手を引っ張った。
「……ああっ、痛い! 足が……この通り……」
「ひどい怪我をしているな。まあ、動かなくていい。そのまま横になって待っていろ」
「見つけてくださらなかったら、私はこのままここで野垂れ死にしていたかもしれません。いいえ、死んでしまったでしょう」
「そうだな。ここは、それほど人の通る道ではないからな。獣に食われてしまったかもしれない。運がよかった」
「ほんとうに、運が……よかったです」
二日ぶりに見る人間を目の前にして、ほっとした。エレーヌは安堵のあまりこぼれる涙を泥だらけの手でぬぐい、ハロルドの顔を見上げていた。
「さあ、担架が来たぞ。これに乗って馬車の待っているところまで移動する」
「担架に乗るんですか……乗れるでしょうか?」
「心配するな。乗せてやるから。ただ横になっていればいい」
「あのう――お聞きにならないのですね」
「何をだ。……ああ、なぜこんなところにいるか、か? おおかた、森にきのこでも採りに来て、道に迷ったのだろう」
「――まあ、そんなところでございます」
こんな服装では、王女と信じてもらえない以上、そういうことにしておいたほうがいいだろう。
「痛むだろう。あまり話さなくてもいいぞ」
エレーヌは、自分の身分を明かしても信じてもらえないのならと、暫く黙っていることにした。
担架に乗せられ、エレーヌは屈強な男たちに両端を持たれ、馬車の待つ街道まで運ばれた。担架の乗り心地は、決してよいものではなかったが、森から出て、日の光の当たる道に出ただけでほっとした。
馬車の中では体を横たえ、揺れに身を任せた。いつの間にか、馬車はボルブドール王国の城へ入っていた。
父王のジャンがエレーヌの姿を見て訊いた。
「どうしたんだ、その少女は?」
「森を通ったら倒れていたので、このままでは命の危険があると思いまして、連れてまいりました」
「わが領地で倒れていた娘だ。怪我が治るまで、介抱してあげるがよい」
エレーヌはジャン王の思いやりにあふれた言葉に感激し、必死に起き上がり礼を言った。
「ありがとうございます。実はわたくし、隣国ルコンテ王国から参りました……エレーヌと申しまして…」
「ルコンテ王国とは、深い山と谷で隔てられておる。山伝いに来られるはずがない」
「本当でございます。そこの国王の娘のエレーヌで……」
「その身なりはどう見ても村娘。何を夢のようなことを言っておるのだ。しかもエレーヌ王女は、病で臥せっているそうじゃないか」
「信じてください! 王様。わたくしが悪かったのです、山になど入ってしまったばかりに……」
「もうよい! 静かにするのだ。傷に触るぞ」
「……はあ、説明してもダメなのですね……」
エレーヌは父王にも、信じてもらえず、村娘としてこの城にいるしかなくなってしまった。
―――これでは、ルコンテ王国に自分が無事だったと連絡してもらうこともできない。
まずは傷を治してから連絡する方法を考えるしかないだろう。
専属の医師、ヘクター先生がやってきた。ヘクター医師は城内で、エレーヌを見るなり驚いた。
「どうしてこんなに体中擦り傷だらけなんだ」
「谷を転げ落ちたのでございます。どれ程転がったのか、皆目見当がつかないほど」
「はてさて、若いお嬢さんが、何をされていたのですか?」
「病に効くというキノコを取りに斜面を下りていましたところ、滑ってしまい……」
「そうか、そうか、大変だったな。キノコを手にしていないところを見ると失敗に終わってしまったのかな。気を付けるんだぞ」
「ありがとうございました。治療して頂けて助かりました。キノコは採れませんでしたが……」
「膝と額の傷がひどかったので、縫っておいた。傷跡が残ってしまうけれど仕方あるまい」
「額の傷が残ってしまいますか……」
「ああ、目立たないようにはしますが、縫わなければ傷口が開いて化膿してしまうかもしれないから、傷の直りを考えると縫った方がいい」
エレーヌは落胆した。自分の様に何のとりえもない娘が、足と、額にまで醜い傷跡を作ってしまった。助かったのはありがたいが、そのあとのことを想うと気持ちは暗くなった。
「さて治療が終わったら、娘に何か食べるものを与えなさい。さぞかしお腹が減っているだろう。食事が済んだら、使用人の部屋を使わせてあげなさい。まさか、客間へ通すわけにはいくまい」
ジャン王が、ハロルドに目配せした。
「はい、そのつもりでした。村の娘ですから。」
ハロルド王子は侍女のマーガレットに、 食事の用意をして、使用人の部屋で休ませるよう案内させた。
「どこの娘とも知れないのだ。身元がわかるまでは部屋にはしっかり錠をかけておくように」
王は、侍女にそっと耳打ちした。
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