第3話 二日前

ルコンテ王は、娘エレーヌのことが心配でならなかった。将来妃として振る舞えるよう、教養と身だしなみを身に着けさせようと、家庭教師をつけ礼儀作法、語学、ピアノなどの習い事をさせてきたのだが、なかなか上達しない。どちらかというと外で乗馬をしたり、侍女と共に森を散策することが大好きだ。好奇心が人並み以上に強く、体を動かすことが好きで、いつも夢を見ているようで、一体何を考えているかわからない。そんな破天荒な姫が心配でならなかった。


「エレーヌ、お前に会わせたい男性がいるんだ。隣のボルブドール王国の第一王子ヴィクトル様だ。最近王に会う機会がありお互いの子供達の結婚の話になった。第一王子は26歳、独身だ。お前はもうすぐ、17歳になる。丁度良い年ごろではないかとあちらのジャン王と意見が一致し、婚約することにした。しかし、これと言って取り柄のないお前を第一王子が気に入っていただけるかどうか……いやいや、そんなことを考えても仕方ない。ヴィクトル様が気に入ってくだされば、お前も晴れて結婚できる」

この辺りの国では、女性は十六歳、十七歳ぐらいで、妃になるのが普通だ。理由もないのにむげに断ることはない。

「お父様、私はまだ16歳、まだまだ勉強が足りませんし、この城を出て行く自信もありません。もう少しこの家にいさせてください」

「何を甘えているんだ。ボルブドールは我が国とは友好国。お前にとってはまたとないチャンス。勉強は向こうの国へ行ってからでもできる。とてもありがたいお話なんだ。この先お前にこのような良い縁談があるかはわからない。チャンスを逃さないで欲しい」

「お父様、今の私に王子様の妃が務まるかどうか不安です。もう少し教養を身に着けてからでないと、人前で恥をかいてしまうのではないかと……」

「なに、若い頃はいつも不安なものだ。周りには侍女もいるではないか」

エレーヌには、父王が無謀なことを言っているようにしか聞こえない。礼儀作法や、語学、ピアノなど、あらゆることを覚えようと必死で勉強したのだが、なかなかすぐには身に着かない。自分には才能がないのだと悲観することが多かった。体を使うダンスや乗馬なら何とかなったのだが、勉強となると難しかった。こんな自分が、妃になるのは気が重かったし、気の利いた会話などはなかなかできそうもなかった。しかし、受け入れなければならない運命なのだと、返事をした。


「分かりました。お父様その方と婚約いたします。その前に、気晴らしに、少し侍女と散歩に行ってまいります」

「そうか、気持ちが晴れるといいしな。気を付けていきなさい」


エレーヌは侍女のリズを連れて、森へ入っていった。いつか昔話に聞いたことがあった。森に魔法の石があることを。その石を持っていれば、出会った相手も自分を好きになってしまうのだと。その石は、ミラクル・ストーンと呼ばれていた。かつてその石で、意中の人の心をつかんだ娘がいると聞いたことがある。そんなものが本当にあるのだろうか。古びた図鑑の中に、その絵があった。まだ見ぬ王子さま。その方が素晴らしい方だったら、それを使って、自分の虜(とりこ)にしよう。そっと胸の中にしまっていたエレーヌだけの秘密だ。


「リズ、いよいよ今日がその日なの。森へ行ってきのこを取ってくるわ」

「エレーヌ様、ミラクルストーンは、単なる言い伝えでございます。本当にあるかどうかはわからないのです。私は、森へ行ったことは何度もありますが、その石を見たことは一度もありません」

「図鑑には出ているし、見つけた人が一人だけでもいるんだもの。この図鑑を書いた人を信じるわ。言い伝えなんかじゃない、どこかにきっとあるはずよ。私が見つけ出してみる」

「そんな無茶はおっしゃらないでください。そんなものを使わなくてもどんな男性(かた)でも、エレーヌ様の魅力のとりこになります」


そんな空言(うそ)が信じられるはずがない。リズは侍女だ。今までもエレーヌの事を決してけなしたりはしない。侍女としては、もう少しはっきりと指摘してほしいと思うことがある。その言葉を鵜呑(うの)みにして、自分を甘やかしてしまうこともよくある。能力はあるのだから、やればできると何度言われたことか。エレーヌは鏡を見て問いかける。いつか私も、母親のように優雅に立ち回り、美貌も手に入れることができるだろうか、と。


「ねえ、リズ。私の容姿をどう思う?」

「唐突に、何をお聞きになるのですか?」

「本心を聞かせて。私が村娘だとして……私は魅力的な女性だと思う?」

「容貌ですか。それは……十分魅力的ですよ」


エレーヌが思った通りの答えしか出てこない。聞くだけ無駄だった。鏡を見れば自分でもわかる。切れ長の目に丸いふっくらとした頬。鼻は高からず低からず、あごもほっそりとしている。体は、少し痩せて、すらりとしている。しかしそれが男性の眼から見て魅力的なのかどうかは、全くわからない。客観的に見れば、悪くないのかもしれないが。


「リズ、支度はできたわ。これから出かけましょう」

「やはり行くのですね、森へ」

「覚悟はできたわ、私にはこうするしかないの」

「では、エレーヌ様。歩きやすいよう、この村娘の服に着替えていきましょう」

「流石リズ、準備がいい」

こうしてエレーヌと、リズは、村娘のような活動的な支度をして、城を抜け出し森へ向かった。

リズは、森の道には精通しているが、エレーヌは知らない道もまだまだある。馬車を下りて、ほんの少し歩いてみて、ここに来るのは初めてだとわかった。しかも、森には何が待ち受けているのか、怖くもあった。しかし怖さ以上に、ミラクルストーンを手に入れたいという欲望が先に立った。エレーヌは、それほど自分に


……自信がなかったのだ。

            

「私、意外と似合っているわ。本当に村娘の様」

「まあまあ、エレーヌ様。似合っているだなんて。でもそんなことを気軽に口になさるのが、エレーヌ様の良いところなんです。エレーヌ様は気さくな方ですね」


心優しい方なのだと、リズは思う。エレーヌはそんな自分自身の長所などには気が付くこともない。二人は馬車で森の入り口へ向かった。御者には、すぐ戻るからと言い、その場に待たせておいた。森の道とはいっても、人が分け入った跡がある小道を通るのだ。帰りは元来た道を引き返せばよい、とリズは思った。

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