第2話 森でハロルド王子に拾われる

規則正しい馬のひずめの音が近づいてくる。馬は次第にエレーヌのそばまでやってきた。

こんなところに人間が、しかも若い娘が横たわっている。気付いた二人の騎士たちは彼女のそばまで来ると馬を制止して止まった。

二人の騎士たちは彼女を見下ろす。ここで人間と出会ったのは初めてだ。


「おいおい! 誰だこんなところで寝てるのは!」

「若い娘だな。どこから来たんだ、しょうがない奴だ」

「おい、ちょっと、死んでるんじゃないか」

「何だ、何だ、死体か……気味が悪いな……」


二人は、馬を降りエレーヌの顔を覗き込む。離れたところから見ていたが、そのうちの一人が大声で娘に呼び掛ける。


「おーい! 生きてるのか、死んでるのか。返事をしろー!」

「何を馬鹿なことを言っているんだ。死んでいたら返事はしない」

もう一人が答える。


「生きてるなら、何とか言ったらどうだ!」

一人の騎士が、エレーヌの頬にそっと手を触れた。日の光を浴びて、次第に赤みが差してきている。


「おーい、姉ちゃーん。生きてるんだろー。起きろー!」


二人の騎士の後ろから事態を見守っていた一人の若者が、馬に乗ったままじっとエレーヌの姿を見ている。

村娘の身なりをしている。横顔は泥や枯葉で汚れていて、その顔ははっきりとはわからない。カモシカの様にほっそりとした体をしているが、足は泥で汚れてしまっている。それだけではない。怪我をしているようだ。血が固まったような跡も見える。若者は、二人の騎士たちの会話を聞き、考え込んだ。


「この女どこから来たんだろう。一番近い村からもかなり離れているから、歩いては来られないだろう。馬も近くには見当たらない。相当な怪我をしているようだが、意識はあるのか?」

「はあ、ハロルド様、目はつぶったままですが、息はしているようです。どうしましょうか?」

「このまま見殺しにするわけにはいくまい。よし! とりあえず城へ連れて行こう。身なりからすると、村の娘のようだ。意識が戻ったら話を聞いて……住んでいた村へ戻すか、身寄りがなかったら召使にするか……考える」

「では、私が、馬車の用意をしに、城へいったん戻り、支度をしてきます」

「うむ、早くしろよ! こんなところに長居したくないからな」

「かしこまりました」


騎士の一人が元来た道へ引き返した。一人はハロルド王子の元にとどまり、娘の体を詳しく診ている。

ボルブドール王国の第一王子ハロルドは、再びエレーヌのそばへ寄り、怪我をした体の様子と泥だらけの顔をじっと見て、体をそっとゆすってみた。


今まで微動だにしなかった娘は、静かに目を開けてハロルドの顔を不思議そうに見つめた。


「おお、意識が戻ったか。若い娘が、こんなところで何をしていたのだ」

「う~ん、う~ん」

「おっ、私がわかるか、目が覚めたようだが」

「あなたは――誰ですか?」

「お前、記憶喪失か? 俺を知らないとは……俺はこの国の王子ハロルドじゃないか。この国の者ならだれでも知っているが? まして若い娘ならなおさら……」

「ハロルド……様? この国の王子? というと、ここは……」

「ボルブドール王国に決まっている」

「ボルブドール王国ですって、私は、隣のルコンテ王国から来たのです」

「そんなはずはあるまい、あの山のむこうがルコンテ王国だぞ。お前ひとりで越えられるはずがない」

「本当に私はルコンテ王国の者です。国境を超えて隣国へ来てしまったなんて……私ってなんてことを――早く帰らなければ!」

「無理をするな。動けるはずがないだろう」


ボルブドール王国は、エレーヌの住んでいるルコンテ王国の北側に位置している。ルコンテ王国の国境沿いには高い山があり、その山裾にボルブドール王国がある。いわば山が自然の国境のような働きをしている。両国の行き来には、遠回りをしてでも、なだらかな道を選ぶのが通常のルートだ。山を越えてきたなどというエレーヌの言葉が信じられるはずがない。


エレーヌは、起き上がろうと必死に足に力を入れたが、全く体は動かなかった。それもそのはず、体中傷だらけ、生きていたのが不思議なくらいの大怪我を負っていたのだから。両手両足、額にも怪我をしていた。しかし、お稽古事や勉強よりは、体を動かすことが得意で日ごろから体を動かしているエレーヌだからこそ、奇跡的に助かったのだともいえる。


「無理をするな! 傷はひどいぞ……私に見つけられて、そして拾われて運がよかったな」

「拾われて……運がよかった? どういうことですか」

「我々が発見しなければ、君はこのままここで行き倒れて、死んでしまったかもしれない。人がほとんど通らない道だ。木こりが数日に一変通るか通らないか、そんな場所だ。俺に会って命拾いをしたんだ。いわば俺は命の恩人。村の娘よ、私の言うことを聞けば悪いようにはしない」

「あのう、あのう、私、村の娘じゃなくて、実は隣の国の姫でエレーヌと申しまして……」

「何を冗談を言っている。隣の国の姫は病気で寝込んでいるそうじゃないか。そんな嘘は通用しない。おとなしくしていなさい」


私は、ここにいるというのに、病気で寝込んでしまったことになっているなんて。エレーヌは絶望した。

せっかくの縁談話に舞い上がり、自分に自信がないばかりに、その石を持っていると相手の心をつかむことができるという言い伝えのある、ミラクルストーンなどという幻の石を採りに森に入っていき、崖から転落したなど、口が裂けても言えない。しかも、よりによって見つけてくれたのはその縁談相手のいる国の王子ではないか。

怪我を負ったエレーヌは、否が応でもハロルド王子に従うしかないということに気が付いた。

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