Epilogue Blue Sky, White Cloud, Little Black Star
「お前自宅謹慎中じゃなかったっけ」
「あれ、ケンタローじゃん」
ある休日の昼下がり、散歩がてらすみれ通りを抜けた先の坂にある、あの小さな公園に立ち寄った。すると以前ここに来た時と同じように、柵の向こうの町を見渡す金色の長い髪が風にたなびいていた。
「今日学校休みだし大丈夫でしょ。まあ平日もフラフラしてるんだけどさ」
「そうか」
泉が教室に殴り込みをかけてから数日が経った。日向を倒した泉はその後何人かの男子生徒を蹴り倒したところで騒ぎを聞いてやってきた教師に拘束された。生徒指導室に連れていかれた泉はそこで二週間の休学を言い渡されたらしい。あれから泉には会っていなかった。
「っていうかヒマ~~~。暇すぎて死んじゃうよぉ」
「天国に行けるように祈ってる」
「ひどっ!ケンタローかまってよー」
自然とその横に立って柵に寄りかかると、泉が開いた距離を縮めてくる。そして悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の顔を見上げた。
「ねえ、こないだのやつビックリした?」
「お前を怒らせたら死ぬということが分かった」
「あはは!あたしもあんなにやれるとは思ってなかったよ~。ちょっとネットで喧嘩のやり方とか検索したけど、いざとなったら体が勝手に動いてた!」
「そんなもん検索してたのか、お前…」
怖っ。やっぱり怒らせないようにしないとな…。
「あの後先生にめちゃくちゃ怒られてさあ。もっと穏便に解決できなかったのかって。いや、あたしも暴力はあんまり良くないとは思うよ?でも今回に関してはああやって喧嘩ができて良かったと思ってる」
「そうなのか?」
「体と心って繋がってるからさ、ああやってぶつかり合って日向の本音が聞けたのは良かったかな。やっぱり今までの繋がりをぶっ壊すのって怖かったりするんだけど、あれを聞いてなんか納得できた」
喧嘩という道具を使って、泉が聞きたいことを聞けて、そこに何かを感じ取り納得できたのなら泉にとっては最良だったのかもな。日向以下ボコボコにされた連中には気の毒な話だが。
「ていうか休学中暇すぎてさー。だから今回あたしに力をくれた向日葵についていろいろネットで調べてたんだよ。そしたらこんな詩を見つけたんだ」
目を閉じて何かを感じ取るように、泉はその詩を諳んじ始めた。
「おてんとさまの車の輪、
「青い空をゆくときは、黄金のひびきをたてました」
「白い雲をゆくときに、見たは小さな黒い星。天でも地でも誰知らぬ、黒い星を轢くまいと、急に曲った車の輪」
「おてんとさまはほり出され、真赤になってお腹立ち、黄金のきれいな車の輪、はるか下界へすてられた、むかし、むかしにすてられた」
「いまも、黄金の車の輪、お日を慕うてまわります」
おそらくそれは向日葵を車輪に見立てた物語。栄華と凋落、それでも回り続ける車輪の情景。その感性と表現力は、ある意味常軌を逸していると言わざるをえない世界を見出していた。
「ずいぶんユニークな詩だな」
「そうなのかな。これ金子みすゞなんだよ、みんな違ってみんないいって言ってる人」
流石にその名前は知っていた。しかし詩なんて普段読まないだけに、その情景が頭の中にありありと描き出されたことには驚いた。俺にはよく分からないが、言葉にも芸術は宿り、美の世界が広がっているのだろう。
そんなことを思っていると、泉が詩についてこんなことを問いかけてきた。
「ケンタローは、どうして車輪はおてんとさまを放り出してまで、黒い星を轢かないようにしたんだと思う?」
どうしてと聞かれても、その答えはあまりに明白すぎる。
「そんなの、その瞬間は車輪にとって、おてんとさまよりも黒い星の方が大切だったからに決まってる」
「ふふっ、ケンタローなら絶対そう言うと思った」
泉は予想が的中したことで愉快そうに笑った。俺そんなに分かりやすいか。
「じゃあさ、小さな、黒い星って何なんだろうねー」
あまりに抽象的な問いを投げかける泉の姿は、なんだか不思議な魅力を放っているように見えた。
「それは天も地も知らないんだって。でも車輪にだけは確かに見えていた」
そしていくつかの疑問と事実を重ねた泉は、泉なりの見解を述べた。
「あたしはそれが、信念ってやつなんじゃないかって思った。多分それを轢いてしまったら車輪は死んじゃうんだよ」
俺には詩のことがよく分からない。もしかしたら絵画の世界と同じように、詩の世界にも評論家なる者がいて、全く別の事を言っているのかもしれない。それでも、俺は泉の導き出した結論に妙に納得していた。
「あたしたちにもきっと車輪と同じように黒い星が見えてるんだと思う。ケンタローのそれはやっぱり、美しいものを描くこと、とか?なんかあんまり小さくなさそうだけど」
泉が笑うのにつられて、俺も笑ってしまう。
「そうだな」
「あたしの黒い星はそれこそ小さくて見えるかどうかギリギリで。でもやっぱりそれは確かにそこにあるんだって思える。言葉にするには漠然としすぎてるけど、なんていうか前に進み続けていたい気持ち、みたいな」
多分、それこそが俺が泉に感じた強さの源なのだろう。
「時には太陽を放り出して、光がどこに差すのかすら分からなくなることがあるかもしれない」
淡々と、しかして力強く語る泉の言葉には決意が満ち溢れていた。
「それでもあたしは、この弱くて頼りないあたしだけの星を道標にして、何度でもあの太陽を目指すんだ」
高台の公園。
眼前に広がるのは澄み切った青い空。
風に吹かれるままに流されゆく白い雲の群れ。
俺と泉が見ている空は同じだが違う。
そしてそれぞれの空の向こうには自分だけに見える黒い星が燦然と輝いている。
だからこそ、その輝きを胸に、俺たちは同じ太陽を見上げるのだった。
ぼっち美術部員の俺が金髪ギャルと仲良くなる話 ナヒロ @nahiro23
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