第25話 犯人は…


 エメロードが王太子からの『贈り物』にビビりあがっている頃。

 ある邸宅では、女が床に額を擦り付ける様に座っていた。


「お前は本当に役に立たないな…」


 報告を聞いた男に周囲の温度が一段階下がったのが分かる。

 顔を見ずともその声だけで体が震える。

 男の機嫌を損ねれば、どうなるかなんてわかりきっている。

 だが自分はこの男から逃れられない。

 それは仕方がない…ことだが、何故自分がこの様な目に合わなければならない?

 ただ生を受け、そしてただ必死に生きて来ただけなのに…。

 なぜ、ナゼ、何故?!

 どんなに今までの境遇を考えても自分が悪いことをした等は、考えられない。

 だって自分は指示に従っただけなのだから…。

 そう思ってしまうのは、彼女…グルナの人生にあった。


 王太子宮の女官長 グルナ・レヴィジュ。

 彼女は下町の中でも貧しい家で育った。

 父は居らず、母が女手一つで育ててくれた。

 母曰く父は自分が幼い頃に死別したそうだ。

 そんな自慢の母は近所では評判の美人だった。

 手先も器用だった為に服飾の下請けや、レース作り、刺繍なので生計を立てていた。


 だがその貧しいながらのも幸せな生活は一変した。

 戦争だ。

 開戦は東の国境で行われたので、王都には被害もなかった。

 ただ被害が無いと言っても、国民が打撃を受けていないかと言うと違う。


 そもそもの話グラナート国は、ちょっと変わった地形をしている。

 上から見れば目玉焼きの地形。

 黄身の部分は王都になるのだが、その黄身は大きな湖に浮いている。

 そしてその黄身と湖を囲む白身の部分を、それぞれの貴族が統治している。

 大まかには東西南北で別れており、それぞれを各辺境伯が治めており、その間を縫うようにそれぞれ貴族によって治められている。

 そんな目玉焼きの周りには無数の川が流れている。


 グラナートは大した広さはない。

 所詮、小国ではある国なのだが、この国は別名『湖の国』と呼ばれる程に、水が豊富なのだ。

 それに伴い他国とは比べ物にならない、肥沃な大地が形成されている。

 周辺諸国からすれば、力のない小国の肥沃な大地と豊富な水は、手に入れたい…と思うものだろう。

 だがそんなグラナート国は意外にも歴史が長い国でもある。

 単に王都が水に囲まれているために、攻め落とすのが面倒なのと建国以来、節目節目の様に攻めこまれている為か意外と戦に強いとも言える。


 因みにグラナートからは戦争を吹っ掛けることはしない。

 そんな事をしている暇があるのならば、もっと違う事に力を割こうよ…と言うスタンスなのだ。

 だが、残念ながら人は歴史を繰り返す。

 王が代替わりすると何人かの内の一人位は、グラナートに攻めいろうとするのだ。何とも悲しい事だ。

 それを分かっているからこそ、グラナートは軍備にも手を抜かないようにしている。

 そんな訳で、戦争は被害はあったものの、意外と早く終戦した。


 そこまでを見るならば、良かった良かったで済んだのだが、問題はその後だ。

 戦争とは終戦後が一番厄介でもある。

 国家間での賠償問題や、捕虜となった者の今後の生活、戦争後の復興…。

 考えるだけでも気が遠くなる話だ。


 特に戦後の復興だ。

 グラナートは小国であるが、肥沃な大地もあるので殆どが自給自足でもある。

 そんなグラナートの田畑が戦争によって踏み荒らされた。

 作物は一昼夜で実ものではない。

 敵方からの賠償と言う形で入手しようにも、相手側もグラナートの肥沃な大地を狙ってきている。

 そして国民以外の一時的ではあるが、捕虜も賄っていかなければいけない。

 つまりは暫くの間、食糧難…と言うほどではないが、食糧不足には陥ったのだ。

 それは中流層では大した打撃ではなかったが、日々を何とか暮らしている者達にとっては大打撃になった。


 王都の表向きは変わらない様だったが、裏側では犯罪のオンパレードだった。

 恐喝・強盗・殺人……強者が弱者から奪い、弱者は弱者同士で牽制しあう。更には他国で有名な犯罪組織等が入り込む隙を与えてしまった為、犯罪の見本市になっていた。

 国が取り締まろうとしても、復興に人手を取られ手が回らない状態が続き、孤児が増える。

 それはグルナ達にも襲い掛かった。

 そんな中でもグルナ達は、その日その日を何とか生き延びて居た。だが次第に食事が満足に取れない為、無理をした母は倒れた。

 医者に掛かろうとしても、門前払い…幼子であるグルナがどうにかしようにも、術がなく日に日に衰えていく母を見ることしか出来なかった。

 そして母が亡くなり、更にグルナは境地に立たされる。

 家を追い出されたのだ。

 母が倒れた事によって家賃の支払いは滞り、母が亡くなった事でついに追い出されたのだ。

 今でも忘れられない。

 大家の「悪いね、うちも裕福じゃないんだよ。子供一人放り出すのは心苦しいけど…頑張んな」そう言いつつも、家財道具は家賃のかたに取られた。

 手元に残ったのは、母が毎日身に着けていた指輪が付いたネックレスのみ。

 これだけは…と大家から隠し通した物だ。

 その日からグルナは着の身着のまま、八歳で孤児へとなった。



 その後の生活は苦しいなんてもんでは無かった。

 最初は母と取引があった所から食事にありつけたが、それも長くは持たず最終的には物乞いにやる物等ない、と物を投げられたりもした。

 だが唯一の救いは、孤児のグループに入れた事だ。

 いくら大人に裏切られようと、最初に食事にありつけた物で孤児のグループへと入る事が出来たのだ。

 そこでグルナの生存率は多少は上がった。

 彼らは独自の情報網を持ち、何が危険でどこまでなら生きていけるのか、何処なら少ないながらも食料を得られるのかを知っていたのだ。

 それは何よりも硬い絆を生む。



 そんな生活を三年も送って暫く経つと、裏通りにも衛兵が通り掛かるようになり、何度か犯罪組織の取り締まりが行われる様になって来た。

 目ぼしい組織や犯罪者を捕まえると、今度は孤児達に近寄って来る様になった。

 だが何度も大人の裏切りにあい大人への信用など、地の底…いやそれよりも下へと落ちていた孤児達は逃げ惑った。

 しかし時が経つにつれ一目で貴族だと分かるような身なりの男が、衛兵も連れずに食料を持って配る様になった。

 一見すれば『優しい貴族』となるだろうが、今までもそんな恰好をして衣食住を保証する…と甘い蜜を垂らし幼い子を拐かす奴隷売人も居た。

 この人間の出現は、孤児達に更なる緊張を強いる事となった。


 孤児のグループ内では、毎回話し合いも行われる様になったが答えは平行線。

 その中、グルナは考えた。

 情報が必要だと。しかしその情報とは、この薄暗い場所のではなく、煌びやかな外の世界の。

 幸いにも孤児のグルーブに入った時には、どちらかと言えば年齢が上だった為にリーダーを務める少年達と対等に話せる立場にあった。

 グルナの提案は思ったよりもスムーズに許可された。


 手分けして調べ回った所、フラフラとやって来る貴族は孤児を一箇所に集めていたのだ。

 ただ集められて何をさせられているのかが分からない。

 かと言って、こちらからの接触は危険が高い。

 集められている…と言うだけで、子供達がどうなっているのかは分からずじまいだったからだ。

 皆で悩んで悩んで………結局は答えが出ないで時は過ぎていく。

 それでもその貴族は、裏通りに出入りをする。

 それと相対して緊張が続く孤児。

 先に音を上げたのは、孤児達だった。

 貴族が出入りした事で、それまで少なくとも確保出来ていた食料が確保出来なくなったのだ。

 必然的に弱い者達から飢え、死んでいく。

 そんな現状に耐えられず、グルナが囮になることをこの時に決めた。


 結果、グルナ達孤児は国が設立した孤児院へと行くことになった。

 今迄、平和で孤児の数も多くなかった為、孤児院と言う物がこのグラナートにはなかった。

 運営をしていても、各領主が個人的に出資して身寄りのない子供の世話をしていた位なのだ。ただこれも各領主に任せる…と言った暗黙の了解なのだが。

 そしてそんな王都には勿論、王都には孤児院などなかった為、グルナ達はそんな施設があるのか………と思った位だ。

 だが今回の戦争で、溢れた孤児を保護することになり、貴族がウロウロと裏通りを出入りすることになったのだ。

 何故、貴族?と疑問に思えば「衛兵では怖がらせるだろうし、身なりの良い服着てご飯を持って行けば寄って来てくれるかな?と思って…」と、頬をかきながら今回孤児院を任された貴族は言った。

 その言葉に、グルナ達は「猫じゃないんだから…」と気持ちが一つになったのは言うまでもない。


 そんな彼はダルジュ男爵と言った。

 彼は変わった人で、子供が大好きだから自分からこの孤児院の院長に、立候補した!と言って笑いながら一緒の建物で生活した。

 孤児院の生活は、豊ではなかったが飢えることもなく、それまでの生活から一変した。

 更には、将来の為にその子供にあった技術を習得する機会も与えられた。

 読み書きは勿論のこと、簡単な計算に生きて行く上でダルジュ男爵が必要だと思うこと全てを教えて貰えた。



 そんな満ち足りた生活が又もや変わることになった。

 ある日、ダルジュ男爵にグルナが持つ指輪を見られてしまったのだ。

 ダルジュはとても驚いたが、何も言わなかった。

 だがそれからダルジュが何かに悩む姿が多くみられる様になり、頻繁に外出する事が多くなった。

 そんなある日、ダルジュがグルナの元へとやって来た。

 一言、伝える事がある…と。


 その話はグルナにも想像出来ない事だった。

 死んだと思っていた自分の父親がシュタール・ルヴィダ大公の可能性がある…と。

 この時点では、ダルジュが大公へとは連絡をするか悩んでいた。

 だからこそダルジュはここ最近、頻繁に出かけて自分の信頼出来る友人へ相談しに行っていたそうだ。

 シュタールは、大層モテる。

 社交デビューした女の子は誰しもがシュタールへ初恋心を抱く…なんて噂があるくらいだし、公然の暗黙ではあるが、女性関係は派手だ。

 これはダルジュが爵位を貰う前から有名な話だ。

 つまり『うっかり』があるだろう。

 でもルヴィダ大公は王族だ。

 今でこそ王族を離れて大公となっているが、グルナの年齢からするとシュタールが立太子するかしないかの大事な時期だったと思われる。

 そんな大事な時期にうっかりなんてるすか?

 …と言う悩みには答えが出ない。

 なんせ立場的に平民の子であれば『うっかり』を『なかった』ことへとする貴族など後を立たない。

 つまりグルナはその無かったことへと入るのではないのだろうか?

 だが逆に、グルナはシュタールの指輪を持っている。

 つまりシュタールは落ち着いたらグルナの母を、第二夫人なり愛人なりにする予定ではなかったのか?とも考えられる。

 何故、正妻ではないのか…と言うとグルナの母親の年齢の高位貴族はこの時点で既に、婚約者なり結婚等をしていたからだ。

 だからこそ指輪はシュタールからグルナの母への身分証ではないのか?と…。

 そもそもの話、王宮に勤める者は下女から侍女まで身分がしっかりした者になる。

 グルナの母がお手付きになるならば、裏方仕事ではなく少なくとも侍女だろう。

 そうなってくると、爵位持ちの家柄の女性になる。

 …が、グルナ達は下町で生活していた。

 貴族女性であれば、シュタールのお手付き…しかも妊娠していたら実家に帰って公でなくてもそれとなく噂を流せば、シュタール本人ではなくても王族の庇護下に入る可能性が高いし、そうでなくても優遇される場合が多いだろう。

 だが男爵や子爵位の者は?秘密裏に…なんてこともあり得る。

 だからこそ実家には帰らずに、身分を隠して生活していたのではないだろうか?もしそうであれば、シュタールに話して然るべき場所で生きて行く必要があるのでは?

 …そうダルジュと友人は話したが、どちらにしろ自分達の手に負えない…と結論が出た。


 しかしダルジュはちょっと違った。

 確かにグルナの父親はシュタール・ルヴィダ大公かもしれない。

 だがこれはグルナがどうしたいのかが一番大事なのではないだろうか?と思ったのだ。

 グルナの人生でこの選択はグルナの人生を覆す。

 そんな選択を周りの人間が勝手にしても良いとは思えなかったのだ。

 グルナは賢い子だ。

 だからこそダルジュは全てをグルナに話して、グルナに選択させることにした。


 そう思ってグルナに話したダルジュは次の日に選択を誤ったことを知った。

 朝一番にシュタールの使いが孤児院へ来たのだ。

 そう彼が自分の中で一番信頼して話た友人は、褒賞目当てにグルナの話をシュタールへとしてしまっていたのだ。

 グルナは自分の人生を選択出来るはずだったのに、それは大人の身勝手な行動で選択する事が出来ずに、シュタールへと会う事になった。

 そしてそれがグルナの人生の最大の不幸となった。

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王太子の教育係に、任命されました。 月城 紅 @tukisirokou

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