第33話 夢幻

榛名山部隊が京都南部でP国軍と戦っていたその頃、浅間山部隊は京都市街から北西50kmの福知山方面に進出していた。一方、北アルプス部隊は日本海沿岸の舞鶴市から天橋立のある宮津市方面に進出していた。両部隊は連携し、兵庫県北部から、P国駐留軍政府中枢のある鳥取・島根に向けて進撃する予定だった。


浅間山部隊が国道9号線沿いに進出した兵庫県北部には、「天空の城」とも呼ばれる竹田城をはじめとして、九斗山、白菅山、蘓武岳、妙見山等の急峻な山々が聳えており、その山々の各所にP国軍が大規模な洞窟陣地を構築していた。周到に張り巡らされた洞窟陣地相手では、連盟のロケット弾だけでは、洞窟の奥までの制圧は困難だった。連盟の部隊は急峻な山をひとつひとつ登り、洞窟に到達し戦闘用ロボットを先頭に隊員を突入させる必要があった。あの運搬ロボット「ライデン」も、戦闘用ロボットを複数台乗せて、P国軍の洞窟陣地近くに運ぶという仕事をしていた。そのライデンも幾つかの山を登り降りし駆け回っているうちにP国軍のミサイルの標的になり、破壊されてしまったのは残念だった。運搬ロボット「ライデン」は白菅山の見晴らしの良い中腹に眠っている。この作戦に時間が懸るのは致し方のない事だった。


天橋立のある宮津市方面に進出していた北アルプス部隊も、日本海沿いの国道を通行不能になるまで破壊され、高尾山・磯砂山に洞窟陣地を構築するP国軍の攻撃にさらされ、行く手を阻まれていた。こうして、浅間山部隊と北アルプス部隊の鳥取・島根方面への侵攻は、停滞を余儀なくされていた。


榛名山部隊は、山崎の戦いの翌日、雨の降り続く中、五条通りから京都の市街地に入った。京都の街並みはほとんど無傷で、昔ながらの平和な佇まいを残していた。ただ、観光客で賑わっていた街並みに今は人気がない。榛名山部隊の隊員達は、まるで十数年前にタイムスリップしたような感覚にとらわれた。鴨川、祇園四条、三条大橋、御所、出町柳、趣のある街並みとは場違いな装甲車に乗って進んでゆくにつれて、隊員たちは、平和を絵に描いたようなあの時代を思い出していた。

「俺、高校のとき、ここへ修学旅行で来たんだよな。あのころと一緒だ。」

「俺もこの辺よく知っている、毎晩遊び歩いていた。」

「俺は京都の大学に入学したから、この辺に4年間下宿してた。懐かしいなあ」

「ここに、よく行っていた喫茶店があったんだが、ないなあ」


「こんな街がP国軍に占領されるって誰も想像できなかったよな」

「あのころ、何故、P国から日本を守る事の大切さに気付かなかったんだろうな」

「みんな、P国が核ミサイルを日本に撃てる筈はないと思っていたからな」

「少し考えたら、P国軍が米軍基地のない日本の都市を狙っているのに気付いたはずだ」

「なんで米軍基地を沖縄に押しつけて、のうのうと暮らしていたんだろう」

「世界一危険な普天間は辺野古に移設したら良い、本土に米軍基地は必要ないと思ってたからな」

「結局、世界一危険だったのは日本本土だったというわけだ」

「ネットは、尖閣や沖縄に中国軍が攻めてくるばかり言ってたからな」

「辺野古に反対してる奴らは中国の手先で、沖縄から米軍を追い出し、中国の一部になろうとしている、などというバカな小説もあったからな」

「沖縄は米軍基地が多すぎるから、普天間基地の辺野古移設に反対してただけだろ?」

「なんであの時、普天間とかの米軍基地を日本本土に移設しなかったんだろう、米軍基地が本土の都市部にもあったら、P国の核ミサイルが落ちてくることもなかった」

「バカやってたな俺たち、沖縄の人達に謝りたいよ」

「戻りたいなあ、あの頃に」


京都の街中にP国軍の姿はない。雨の降り続く中、生き残った日本人住民達が通りに出てきて、連盟の装甲車部隊に手を振り頭を下げる。ほとんどが老人で、涙を流して喜んでいる様子の人もいる。その中に珍しく小さな子供たちがいて、笑顔で手を振っている。その子供たちを見て、榛名山の女性リーダーも装甲車から身体を乗り出し、笑顔で手を振り返した。


その時だった。出迎える日本人住民達の後方から突然銃撃が起こり、榛名山部隊の女性リーダーの体を撃ちぬいた。装甲車の外に投げ出され倒れた女性リーダーに、隊員たちが駆け寄る。銃声に驚いた日本人住民達が逃げ去って行き、通りは無人となる。その中を榛名山部隊の隊員達が、銃撃した犯人を追って走り出す。犯人達の待ち伏せで数人の隊員が倒されたが、最後には犯人達三人を追い詰めハチの巣にして銃殺した。


榛名山部隊の女性リーダーは胸を撃ち抜かれていた。それでも「大丈夫!」と声を振り絞って、タンカに乗せられ、救護車両で移送されていく女性リーダーを、隊員達は言葉もなく見送った。雨が降り続く中、隊員達は暫くの間、時が止まったかのように呆然と立ち尽くしていた。


 そのとき、空から何か耳に障る「キィーーーーン」という高音が聞こえてきた。


 次の瞬間、あたりは白い光に溢れていた。すべての物が白く光り、人も、街並みも、装甲車も、空気もその姿を変えていく。

 そして、爆風がすべてを吹き飛ばし、辺りは炎がすべてのものを覆いつくす火炎地獄となった。すべてが炎の炉の中で燃えている。

 その炎は永遠と思われる程長い時間燃え続け、それが燃え尽きた後には、黒い瓦礫の荒野となった地表に黒い雨が降り続いていた。まるで、今まで存在した京都の街と人々、すべてが夢幻だったかのように、見渡す限り黒い廃墟が広がっていた。

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