第32話 山崎の戦い

その頃、榛名山部隊は、浅間山部隊がP国軍を壊滅させた山科付近に到着し、警備を引き継ぎ、浅間山部隊の負傷者、避難民の後送にあたっていた。この地点は京都市街に入るための要衝であり、奈良方面からP国軍が出現する可能性があり、警戒を怠ることはできない。榛名山部隊の隊員達は山科の各所に野営し、交代で仮眠を取り、奈良方面のP国軍残存部隊の情報収集にあたっていた。


翌日、宇治方面に駐屯する部隊から、東海道本線山科駅付近に駐屯している榛名山部隊の本部に連絡が入った。奈良・和歌山方面の日本人住民代表という男が、榛名山部隊の隊長に話がしたいと言っているという報告だった。面会を許可すると、その男は昼前に軽四のジープに乗って榛名山部隊の本部前に現れた。松山という名前の黒いサングラス姿の男は日の丸の旗をもって、媚びるような笑みを浮かべながら車から降りてきた。その男は榛名山部隊の女性リーダーに面会し、こう話した。

「奈良・和歌山の日本人住民は本州奪回連盟の部隊の皆さんを心から歓迎します。奈良・和歌山方面のP国軍は、昨日までに大阪・神戸方面に撤退しました。一人も残っていません。奈良・和歌山方面へは本州奪回連盟の部隊を派遣する必要はありません。それをお知らせに来ました」

榛名山部隊の女性リーダーは、この男に不審な印象を感じたものの、

「貴重な情報を伝えてくれたことに感謝する。これからも、ご協力を願いたい。」と答えた。榛名山部隊の女性リーダーは、その男に奈良・和歌山方面の状況を尋ね、P国軍の動静や、住民たちの要望は何か、必要なものはないかを聞き取り、本部に伝えると答えた。

その男は奈良・和歌山方面の日本人住民に伝える必要があると、連盟の各部隊の終結場所、今後の進行予定を聞き出そうとしていた。女性リーダーは、今後の予定については不明なところもあるので、各部隊に連絡を取ってから、後ほどお知らせすると答えた。


連絡方法を交換し、「奈良・和歌山の日本人住民代表」という男が帰った後、榛名山部隊の女性リーダーは、浅間山部隊の指揮を執る長野県本部長に連絡を取り、この件を報告した。本部長の話では、奈良・和歌山方面にはP国軍部隊が相当数いるという情報があり、その奈良・和歌山の日本人住民代表という男の「奈良・和歌山方面のP国軍は、すべて大阪から神戸方面に撤退した」という情報は虚偽だという事だった。


実はこの「松山」という男は、レキオス部隊がはじめ和歌山に上陸した際に仲間を裏切った「ナカヤマ」という男だった。榛名山部隊の女性リーダーは、その話を聞いてはいたが、まさかこの男が「ナカヤマ」だという事には思い至らなかった。


長野県本部長は、「奈良・和歌山方面のP国軍は撤退した。」という情報を信じたふりをして、ニセの情報をその男に送り、P国軍を動かして罠をかけようという指示を出した。


翌日、榛名山部隊の女性リーダーは、その「松山」という男に「榛名山部隊は京都市街に一部を残して、兵庫県北部の戦闘に加わるために出発する。P国軍の動静に何か変化があればすぐ知らせてほしい」という連絡をした。


榛名山部隊は数台の装甲車を残し、大部分の部隊を西に出発させた。榛名山部隊の女性リーダーは部隊に、「行く先は兵庫県北部」という指令を出し、山科を出て国道1号線を横断し京都市南部を横切り西に向かった。しかし、数時間後の深夜に方向転換して南下し、京都府南西部の山崎、天王山付近に部隊を移動させた。榛名山部隊は、京都府南部を見下ろす高台に潜伏待機し、、P国軍の侵攻に備えるという計画だった。浅間山部隊の隊員達が折角苦労してP国軍から解放した京都に、再び奈良方面からP国軍が来襲する事態になれば、住民の被害は計り知れない。P国軍が京都に侵入する前に、この地におびき寄せ、殲滅するというという作戦だった。


榛名山部隊が山崎に潜伏・警戒を開始して二日後の早朝、監視にあたっていた隊員が、国道1号線を日の丸の旗を立てた一台の軽四のジープが北に走行しているのを発見した。運転していたのは、あの「奈良・和歌山方面の日本人住民代表」を自称する松山という男だった。


その軽四が通過し京都方面に去っていった数時間後、P国軍に動きが出た。

奈良方面から国道1号線沿いに伏見方面を北上するP国軍の大部隊が、榛名山部隊の監視スコープで発見された。驚くほど多くの徒歩の兵が淀川の対岸の国道一号線沿いに大きく広がって京都方面に進んでいく。服装だけでは一般人としか見えないが、何らかの銃を持ち、そろって北に向かっている事からP国兵と推測ができる。そして十数分後、その後方からカーキ色軍服のP国兵を満載した数百台の軍用車輛、その後方から百両を超える戦車・ミサイル搭載車輛の大部隊が現れた。


榛名山部隊は、P国軍を充分に引き付け、最後尾までのP国軍の全容をとらえ、目標を分担した後で、天王山付近の高台から、ロケット弾30発を一斉に発射した。ロケット弾は滝のような白煙を残してP国軍へ突進していく。P国兵を満載した数百台の軍用車輛、百両を超える戦車・ミサイル搭載車輛の各所でロケット弾の強烈な爆発が起こり、炎が噴きあがる。暫くすると、P国軍の軍用車輛・戦車の大部隊が走行していた場所は、黒煙が立ち昇る鉄屑の廃墟と化していた。

その中、雑多な服装をした数えきれない程多数の徒歩の兵達がさらに北上し、京都市街地方向へ移動し始めた。その方面には、榛名山部隊が残した数台の装甲車と60台の戦闘用ロボットと千名を超える隊員が、国道一号線沿いの要所で待ち構えていた。


ロケット弾を撃ち終えた榛名山部隊の装甲車群が、全速力で天王山の坂を下り始める。30台の装甲車群は、淀川の橋を渡り、P国軍の歩兵を一網打尽に掃討しようとその後方に廻りこんでいく。雑多な服装のP国軍歩兵は、突進してくる装甲車群を迎え撃つ事もなく、ただ逃走をはじめる。国道一号線沿いの要所に防衛線を張り、待ち構えていた数台の装甲車と60台の戦闘用ロボットは、近づくP国軍の歩兵を効率良く次々となぎ倒していく。こうして、P国軍の二万人の大部隊は、多数の犠牲者を出し完全に消滅した。投降した者は五千人を超えた。その中には日本人の若者も相当数混在していた。彼らは投降した後、P国軍に参加した理由を「命令に逆らうと、拘束拷問され、見せしめに処刑されるので仕方がなかった」と釈明し、今後はP国軍と戦い、奈良方面で拘束されている仲間の女性達の救出に向かうと約束した。


日の丸を立てた軽四のジープと「松山」という男は京都市内で見つかり、榛名山部隊本部に連行された。連盟の取り調べに対し、松山は「P国軍に脅されて、奈良・和歌山方面のP国軍は撤退したと言わされただけだ。今日京都に来たのは、P国軍の来襲を本州奪回連盟の皆さんに知らせるのが目的だった。榛名山部隊を捜し回ったが見つからなかった」などの弁解をしたが、男はP国軍に通じる工作員として処罰を受ける事になった。その後、顔認証で「松山」というのが偽名で、レキオス部隊を裏切った「中山」という男だという事が判明し、収監され重い処罰が下される事になった。

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