第29話 保護施設にて

長野県は南に愛知・静岡、東に山梨・埼玉・群馬、北に新潟・富山、西に岐阜と接しており、長野県の中央部にある諏訪湖の見える下諏訪町の保護施設には、各県から多くの傷病者や、精神的苦痛を受けた人々が集められていた。飛騨川の戦闘で収容された元「日本忠誠軍」の青少年達も、この保護施設に送られ、あたり前の生活を送る中で、P国軍の洗脳を解くべく、普通教育と精神的ケアを受けていた。長野県本部長や榛名山の女性リーダー等の幹部や連盟の隊員たちがその教育係として、心に傷を受けた青少年達と向き合っていた。


「僕たちは、日本がすべて悪いと教えられ、日本を正しい姿にするためにP国軍に忠誠を誓う事を強制されました。そして『日本忠誠軍』に入隊し、P国軍の命令に従い、日本人を殺害してしまいました。」


「こういう状況に君たちを追い詰めたのは、我々日本人の大人たちが愚かだったからだ。日本がP国軍に占領される事になるとは想像できなかった。そのための対策も取らなかった。米軍基地の大半を日本本土から沖縄に移転し、それでも日米同盟の核の傘で、日本本土はP国軍の核ミサイルから守れると思っていた。君たちはP国軍に占領されるという過酷な状況で、P国軍の命令に従順になる他はなかったのだ。」


「僕たちは、P国軍に連れ去られる人たちが酷い目にあわされ、殺されるだろう事を知っていました。でも、P国軍に逆らうことができませんでした。」


「君たちは、P国軍に利用されたのだ。洗脳という手段で支配された人々が、同じ国の人々を殺害してしまうのは、歴史上幾つもの例がある。例えば、ドイツのナチス、ソ連のスターリン、C国の狂信革命と民主派弾圧、カンボジアのポルポト、P国の強制収容所や公開処刑、これらは独裁的支配者に強制された人々が引き起こしたものだ。」


「でも僕たちは、P国軍の命令に抵抗する人をP国軍に通報し、その人たちが強制収容所や公開処刑で殺されるのを、ただ見ているだけでした。僕たちは、その人達にどうやって謝ればいいのですか?」


「被害者も加害者もない。あるのは恐怖政治に従わされる人間の愚かさだ。その愚かさを学ぶことで、人は変わることができる。亡くなった人達も、君たちが変わってくれることを望んでいる筈だ。」


青少年達の矯正と心のケアには、かなりの時間がかかった。考え方が百八十度変わる事への彼らの困惑と、亡くなった人たちへの罪悪感を解消するには、穏やかな日常と、ふつうの日本人達との交流が必要だった。数カ月たってようやく、彼らに屈託のない笑顔が戻るようになっていった。


榛名山の女性リーダーは、彼らと共に生活し、打ち解けた会話をするようになった。

「みずきさん、イノシシがみずきさんの顔を見て逃げていきました。C国軍もみずきさんの顔を見ると逃げていくんですよね。」

「そうよ、イノシシもC国軍も似たようなものよ!」

「ミズキさんこえーーーーっ」

「なによその言い方、私はあなた達には優しいでしょ!」


榛名山の女性リーダーは、彼らにレキオス部隊と榛名山部隊のこれまでの戦いを話すことにした。

「三年前、ある日、レキオス部隊7人が食品会社のトラックに乗って群馬県の国道に現れた。それを榛名山部隊の二人が強盗に行った。そして榛名山に連れてきた。レキオス部隊は大きなロケット弾を4発持っていて、そのうち3発を連盟に提供してくれた。それからレキオス部隊7人は新潟のテレビ局に行って、TKBなどの50人近い女性芸能人達を助け出した。C国軍が追いかけてきたが、榛名山部隊が関越トンネルの出口で待ち受けて、トンネルの中にレキオス部隊から頂いたロケット弾一発、C国軍はトンネルの中で全滅・・・」


この話を聞くうちに、青少年達は笑顔を見せるようになった。


「なんですか、そのレキオス部隊というのは?」

「沖縄で米軍が訓練した、即席の義勇軍みたいなものよ。オダっていう神奈川出身の子、後は沖縄出身の6人、女子もひとりいた。」

「よくここに来る気になりましたね、C国軍に見つかったら殺されるのに。」

「そこなのよ、おかしいでしょ、わざわざ来るなんてね。でもその勇気は普通じゃなかった。オダとワタルっていう二人は、助け出した女性芸能人を横須賀基地に逃すために、C国軍の注意をひきつけようと日本海岸の国道をトラック一台で走り続けたんだからね、『出て来いC国軍ども!』って大声を出してね」

「すげーな、いかれてますね、っていうか尊敬します!」

「そうよ、誰もができる事ではないでしょ!」


「それからどうなったんです?」

「それからオダとワタルは信濃坂の上から追いかけてくるC国軍にロケット弾一発、C国軍を全滅させた。そして苗場山部隊と一緒に、C国軍に囲まれた榛名山の救援に来てくれた。そのおかげで榛名山部隊は脱出することができた」

「そのなかにミズキがいたんですね」

「そうよ、だから苗場山部隊とオダとワタルには感謝してる」

「それから横須賀の米軍基地に行ったんですよね?」

「そうよ、浅間山の連盟本部で、武器をC国軍から奪おうという話になって、横須賀に行ったらC国軍はいなくて、米軍が迎えてくれた。そして24台の装甲車と大量のロケット弾を提供してくれた。そのおかげで、浅間山に来た一万人のC国軍をやっつける事が出来たのよ!」

「すごいですね!でもそのレキオス部隊というのが来なかったら、こんなことは起きてませんよね!」

「ホントその通り、その戦いでレキオス部隊の4人が亡くなってしまい、申し訳ないので生き残った屋宜とワタルとアサミの3人にお願いして、沖縄に帰ってもらったってわけ!」

「沖縄に行って、その3人に会ってみたいな!」


「でね、沖縄の歌、これはもともと連盟のみんなが歌う定番の歌なんだけど、」

と言って、榛名山の女性リーダーは、喜納昌吉の「花」を教え始めた。


花 ~すべての人の心に花を~  作詞作曲 喜納昌吉


川は流れて どこどこ行くの  人も流れて どこどこ行くの


そんな流れが つくころには  花として 花として 咲かせてあげたい


泣きなさい 笑いなさい  いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ


涙流れて どこどこ行くの  愛も流れて どこどこ行くの


そんな流れを このうちに  花として 花として むかえてあげたい


泣きなさい 笑いなさい  いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ


「その歌、聞いたことあります!」

「ダサイけど、沖縄らしくて良い歌ですね!」

いつか、青少年たちの歌声が大きくなっていった。

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