第22話 墓を造る

 ワタルとアサミと屋宜は、引き上げて行く浅間山部隊から「下山して合流」の連絡を受けたが、「もう少し、この峠からC国軍の様子を見張る事にする」と返答した。

 峠から見下ろす浅間山の麓には、まだ煙を上げる軍用車両の残骸が広がり、C国軍と浅間山部隊合わせて一万人近い犠牲者が残されている。その中にレキオス部隊の喜屋武隊長、宮里組、オダの亡骸もある。会話にもならない状態が、三人の間で続いていた。

「うーーーん」と屋宜が心苦しそうに唸る。この状態を沖縄では「チムグリサン」と言う。

 アサミは無言でうつむいている。

 ワタルは、例の浅い内容の発言もなく、ただ歩き回っていたが、暫くしてこう言いだした。「墓を造ろう!レキオス部隊の墓をこの峠のこの場所に造ろう!」

 アサミはポカンとした顔をしていたが、「賛成!ワタル、ハバぐわー!」と言う。

 屋宜も「俺も賛成だ。浅間山部隊に連絡して、犠牲者の墓をどうするのか聞いてみよう。」と言う。



 屋宜が浅間山部隊に連絡し、二人の本部長の賛同を得て、翌日の朝からC国軍と浅間山部隊とレキオス部隊の犠牲者の墓造りが始まった。

 C国人の墓は二千人の捕虜が担当する。そして、浅間山部隊の犠牲者の墓は浅間山部隊が、レキオス部隊四人の墓は、ワタルとアサミと屋宜が担当する。

 ワタル達は装甲車の残骸から四人の亡骸を見つけ出し、運搬ロボットで運び上げ、浅間隠山の峠近くに葬り、そこに大きな石を立てた。夕刻、雨の降りだす中、ワタルとアサミと屋宜は、迎えのトラックに乗り込み、浅間隠山の峠から下りて、浅間山部隊のいる湯の平高原に到着した。


 湯の平高原では、出迎えた二人の本部長と藤野隊長等が、レキオス部隊四人の死について、丁重に悔みを述べた。そして、三人に今後の方針について、伝え始めた。

「我々がC国軍に突入した時、君達が後方からロケット弾を撃って掩護してくれた。お陰で我々はC国軍に勝利する事が出来た。しかし、その中でレキオス部隊の乗っていた12号を含む2台の装甲車を失った事は残念だった。」と藤野隊長が言う。


「これで我々の装甲車は7台になってしまったが、昨日、B隊の6台の装甲車が到着した。B隊の半数の装甲車は中央自動車道の笹子トンネルで残念な事になったが、幸いに、もう半数の装甲車が甲州街道の悪路を通って一日遅れで到着してくれた。それで、現在浅間山部隊は、計13台の装甲車と18発のロケット弾を所有している。」


「しかし、C国軍との戦いに備えるために、もっと多くの武器を補充する必要がある。早急に、横須賀基地の米軍に更なる武器供給を依頼するつもりだ。」

「C国軍とは捕虜交換などの交渉を開始し、休戦協定に持ち込む事を考えている。そのためにも、C国兵の墓を造る事は、C国の感情を和らるのに役立つ。この点からもレキオス部隊からの「墓を造る」という提案は、「連盟」としても大賛成だ。」


 ワタルとアサミと屋宜も、納得の心もちで、それらの内容に賛同した。


 部隊はすでに動いていた。横須賀基地の米軍とは、今後の武器供与についての了解を取り付けた。米国本土・ハワイからの補給船が、武器弾薬を満載して一週間後に到着するという。C国軍には、二千人の捕虜の状況について通告し、捕虜交換などの協議を提案した。C国軍の担当者からは「幹部に報告する」という返答があった。


 レキオス部隊の三人は、浅間山の湯の平でしばらく休養する事になった。湯の平高原は川と温泉が流れるリゾート地で、東に浅間山、北に蛇骨岳、西に黒斑岳、南に牙山、剣が峰という二千メートルを超える山々に囲まれた盆地にある。その山々の向こうの、東方向にはA隊が27発のロケット弾を発射した浅間隠山、北方向にはワタル達が最初に来たレストランのある嬬恋村、西方向には高峰高原、南方向には天狗温泉、小諸市となっている。


 C国軍の二千人の捕虜たちは、湯の平高原で、負傷者は治療を受け、食事を与えられ、温泉にも入り、不満げな様子はない。C国軍と交渉するための大切な捕虜なので、相応の配慮がなされているらしい。アサミを見て、笑って手を振るC国軍の捕虜もいる。


 湯の平高原での生活は、しばらく何事もなく過ぎた。


 その間「連盟」には動きがあった。まず、横須賀に到着した米軍輸送船からの武器供与で、「連盟」は新たに36台の装甲車、各々2丁のレーザー銃、半数の装甲車に各々6発のロケット弾という大量の武器を所有する事になった。そして、その三分の一を榛名山部隊、三分の一を北アルプス方面の部隊に供与し、それぞれに一千人の隊員を補充した。これで、富山西部から長野北部の北アルプス部隊、長野県の浅間山部隊、長野東部から群馬西部の榛名山部隊という、充分にC国軍を牽制できる部隊配置が完成した。


 米軍からは、米国内の銃規制で民間から回収した大量の銃弾薬の連盟側への供与が開始され、それは数年にわたり続けられることになった。「連盟」の隊員達は、各地域の日本人住民に銃弾薬を配布する活動を開始し、その射撃訓練は本州東部の各県で行われている


C国との交渉については六月八日、新潟にあるC国○○地区担当者から連絡があり、C国軍の捕虜と日本の著名人・芸能人との捕虜(C国は捕虜ではないと主張した)交換の交渉をするため、「連盟」代表として、本部長二人が代表して新潟県に出かけて行く事になった。本部長二人は、自分達だけでは心もとないという事で、一週間前に避難民を引率するため山梨方面に派遣された榛名山の女性リーダーを呼び戻し、C国との協議に同席してもらう事になった。


 その二日後、本部長達が待受ける中、榛名山の女性リーダーが苗場山部隊の平井隊員が運転する中型トラックで山梨から戻ってきた。

榛名山の女性リーダーは、運搬ロボット「ライデン」の前にいるワタルたちを見つけて、トラックを止めさせ降りてきた。

「レキオス部隊ハバぐわー!あんたたちが来てくれなかったら、私達は、ずっとあのままだったよ!」

「ハバぐわー」を何処で聞いたのか不思議だったが、榛名山の女性リーダーは珍しく目に涙を浮かべてそう言った。浅間山の戦いでレキオス部隊の四人が亡くなったのを誰かから伝え聞いたらしい。

「みんなしっかり役割を果たしてくれました」と屋宜が言う。

「オダが一番ハバぐわーだったですよ!」とワタルは答えた。

アサミが「関越トンネルで私達を助けてくれたリーダーのミズキさんが一番ハバぐわーです!バスに乗った私達に、早く南に行け!と合図してくれましたよね!大きくこんな風に手を振って!芸能人の皆さんみんな号泣してましたよ!」と答えた。

「あらそう!でも良かったね!芸能人達を助け出す事が出来て!今度は一般人も含めてC国軍につかまってる人、みんな助け出すからね!」

「亡くなった者達のためにも、我々が日本を取り戻しましょう!」と平井隊員が力強く言った。

榛名山の女性リーダーは、レキオス部隊の四人の墓の場所を聞き出し、

「ごめんね、今度ゆっくりとお墓参りするからね」と言って、墓のある浅間山隠山の方を向いて、しばらく手を合わせた。


 その日のうちに、C国と捕虜交換の交渉をする為、榛名山の女性リーダーは連盟の代表として、本部長二人を従えて、ワゴン車に乗って新潟方面に出発して行った。浅間山部隊の隊員達はそのワゴン車が見えなくなるまで手を振って見送った。浅間山部隊の人々は、C国との交渉が成功する事への期待と、交渉が決裂した場合の結果への不安を感じていた。

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