第23話 伊香保温泉

 六月十日に本部長二人と榛名山部隊の女性リーダーがC国との交渉に出かけてから、何の連絡もない日々が続いていた。

 浅間山部隊の隊員達は、そのうち、交渉の成功と捕虜交換の連絡があるだろうと期待していた。しかし、ひょっとして交渉は失敗して、三人はC国に拘束されたのではないか、殺されたのではないかという心配の声も上がっていた。その合、「連盟」としてどういう対応をするか、全軍をあげて、新潟のC国軍を攻撃し、日本から追い出す迄だという議論も起きていた。


 そして「連盟」のみんなが期待と不安で待ちわびる中、一週間後の六月十七日、やっとC国のテレビ放送で、C国の幹部と「連盟」の代表との会談のニュースが放送された。

 放送内容は、C国の太った幹部三人と、「連盟」側の本部長二人と榛名山の女性リーダーが笑顔で並び、何度も握手をして、友好をアピールするというものだった。そのニュースは朝・昼・夕方と、繰り返し飽きるほど放送された。

「東海人民共和国民政局は、中国人民と日本人民との友好を深めるため、長野、群馬地域の日本人民のリーダーと今後も友好発展的な協力関係を築いて行く事に同意した。」

 捕虜交換には触れていない。これはC国の立場に配慮した演出なのだろう。

 久しぶりに見た「連盟」の代表三人は戦闘服ではなく、ネクタイスーツ、ワンピース姿だった。女性リーダーのワンピース姿は見た事がないと、浅間山部隊にどよめきが起こった。


 次の日の昼前に、浅間山に本部長二人と榛名山の女性リーダーが帰ってきた。あの放送は数日前の録画だったらしい。

 浅間山の最大洞窟に集合した浅間山部隊の隊員達が、大きな拍手で三人を迎える。隊員達は、女性リーダーのワンピース姿が見れるかと期待していたが、残念な事に女性リーダーは、いつもの戦闘服姿だった。

 本部長二人が、C国とは休戦する事を約束してきた事。そして、C国軍二千人の捕虜と引き換えに、C国に囚われている芸能人、著名人、一般人を二千人以上解放させる約束をしてきた事を報告する。

 会場は、隊員達の歓声と拍手で包まれた。六月三日の浅間山決戦から半月を経て、やっとC国軍との停戦を勝ち取り、捕虜交換という成果を上げる事が出来た。隊員達の犠牲は無駄にはならなかった。


 翌日六月十九日、群馬県本部長、榛名山の女性リーダーと、榛名山部隊となった一千人の隊員に率いられて、C国軍二千人の捕虜達が出発していく。

 先頭は六台の装甲車、次にC国軍の捕虜、榛名山部隊の隊員、六台の装甲車、最後尾に、ワタルとアサミと屋宜と運搬ロボットも、トラックに乗ってついて行く。C国軍の傷病者は約二十台のバスに分乗し、他は四列になって行進して行く。

 途中、それぞれの隊が停止して、浅間山の東の麓に広がるC国、日本国合わせて一万人の墓に黙とうした。

 一行は、C国軍と捕虜を交換する予定地点の伊香保温泉へ向かう。


 一行は浅間隠山の北を回って、オダとワタルがレーザー銃を撃ちまくった榛名湖の北、苗場山部隊が奮闘した榛名山の北を通って、夕刻に伊香保温泉に到着した。

 先着したバスが二度戻って、徒歩で遅れた部隊、捕虜を乗せてピストン輸送し、全員が伊香保温泉に到着したのは深夜になった。

 捕虜達はホテルや旅館の部屋が割り当てられ、食事を与えられるなどの丁重な扱いを受けた。ワタル達三人にも、ホテルのシングルルームがそれぞれ用意された。


 その六日後の六月二十五日、いよいよ、関越トンネルからC国からの捕虜交換人員として、日本の芸能人・著名人達約二千人を乗せた五十台のバスがやって来た。監視役としてC国軍の役人や兵隊を乗せたトラックも前後して到着する。

 一行は伊香保温泉の駐車場で続々と下車し、入れ替わりにそのバスにC国軍二千人の捕虜たちが乗車し出発して行く。


 駐車場から出てきた日本の芸能人著名人達は、みんな以前、テレビで見た事がある人々だった。九年の歳月は、多少の外見を変えたが、さすがにオーラがあるとワタル達は、感心していた。しかし、評論家や芸人はオーラと言うよりも、ただ年を取ったとしか表現の仕様がない。

 芸能人・著名人達は、C国の拘束から救出され、ようやく安堵した様子で

「ありがとう!」

「やっと解放された!」

「この日を待っていた!」と口々に

言いながら、涙を流し、出迎えた榛名山部隊の隊員達に握手を求めた。


 ワタルは、その中にテレビで見覚えのある評論家を見つけた。その評論家は以前「沖縄を甘やかすな!」「沖縄の辺野古基地反対派はC国から金をもらっている。」などと公言していた。その評論家がワタルやアサミ達にも握手を求めてきた。どこか自分達と違う顔をしているので不審に思ったのか、狡猾な目つきでこう聞いてきた。

「君たちは、どこから来たの?」

「沖縄です」とワタルが答えると

「沖縄?どうして?」

「C国に捕まっている日本の人達を助けるために、船に乗ってきました。」

「本当かい?沖縄は反日土人ばかりだと思うが」

「・・・」ワタルはすぐに答える事が出来なかった。


 そのとき、ワタル達の横にいた榛名山の女性リーダーがこう言った。

「この人達は、沖縄から私達を助けるためにやって来て、最初に新潟で女性芸能人達を助け出し、私達に3発のロケット弾を譲ってくれた。そのお陰で私達はC国軍をやっつける事が出来た。そして、私達と一緒に戦って、七人いた中で四人が命を落とし、残っているのがこの三人の人達。いまこうやって、皆が出て来られたのは、すべてこのレキオス部隊の人達のお陰、命の恩人だよ!お前はその命の恩人に向かって何か言う事はないのか!」


 評論家は、「本当か?それがもし本当なら、さっきの言葉を訂正する。沖縄にも反日でない人がいたという事だ。」そう言うと、こそこそと去って行った。


「あいつだけ、新潟に送り返しましょうか?」と榛名山部隊の隊員が言う。

 女性リーダーは、その隊員に小声で何かを指示した。

 それから、ワタル達に向かって、

「ごめんよ!同じ日本人として恥ずかしいわ!あいつは何とか処理するから怒らないでね!後で話があるから、夕食後、三人で来てくれる?」と言った。


 芸能人・著名人達は、バスの手配がつき次第、まとまって米軍横須賀基地に向かう事になり、その日は伊香保温泉の旅館・ホテルに宿泊する事になった。

 ワタル達三人のいるホテルからは、伊香保温泉の前を流れる川が見える。芸能人・著名人達が連れ立って散策するのが見える。どういうグループになっているかを見ていると、興味深いものがあった。


 夕食後、ワタル達三人は榛名山の女性リーダーに呼ばれ、川向こうの旅館に出かけて行った。

 旅館の座敷に酒席が設けられ、女性リーダーと群馬県本部長とが待っていた。

 席に座ったワタル達に、本部長がまず一杯と、ビールを注いで回る。ワタル達が恐縮極まって、飲めずにいると、女性リーダーがこう言い出した。

「レキオス部隊には心から感謝してる。あなた達が来てくれなかったら、芸能人達を助け出すことも、C国軍をやっつける事も出来なかった。亡くなったオダや喜屋武隊長や宮里や具志(宮里組のもう一人の名前)の事を、私達は決して忘れない。レキオス部隊は「連盟」の恩人である事をいつまでも伝えていく。」

そして、言いづらそうにこう言った。

「それでね、あなた方三人は、たぶん明日出るバスで、芸能人達と一緒に横須賀に行って、そこから沖縄に帰ってほしいのよ!」

群馬県本部長もこう言った。

「我々はこれからもC国軍やP国軍と戦う事になる。君達は我々のために十分働いてくれた。言葉に表せない程の働きをしてくれた。その君達に、これからもここで我々と一緒に戦ってもらいたいとは言えない。君達は沖縄に帰って、幸せに暮らす権利がある。是非そうしてもらいたい。」


 ワタル達に言葉はなかった。アサミも屋宜も、そして珍しくワタルの目にも涙が浮かんでいる。ふだんは酒を飲まないワタルは、ビールを一気に飲んだ。そして、すぐに倒れた。ワタルはアルコールに極端に弱い体質だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る