第10話 南へ

 五月二十四日の深夜、宮里組とアサミ達の救出隊は、バスと冷凍車に女性芸能人達を乗せ、新潟市の中心部から南へ向かい、田んぼが広がる郊外を走行していた。

 アサミ達が、これから何処に向かうか等を説明していると、西の方角に爆発音が聞こえ、暗闇の向こうに炎が立ち昇るのが見えた。ワタル達がC国軍に向かってレーザー銃を発射したらしい。

 C国軍の攻撃ヘリが数機、爆音を立ててその方角へ飛んでいく。バスと冷凍車はスピードを上げて走り続ける。暫くして、もう一度爆発音が遠くで聞こえた。


 冷凍車とバスの救出隊は信濃川に沿って国道を南へ走り続け、ようやく東の空が白みかけてきた中、関越自動車道に入り長い上り坂を走行し始めた。「連盟」の隊員が運転するバスの中は緊張で静まりかえっている。

 そこへ後方から微かにサイレン音が聞こえ始めた。振り返ると、明け方の空の下、五百メートル程後方から、C国軍の軍用車両が近づいてくるのが見える。車内はパニックに近い状態となり、バスと冷凍車は追いつかれまいと速度を上げ、時速百キロを超える猛スピードで走行し、関越トンネルへと突入した。


 冷凍車とバスは、約十キロの長さの関越トンネルを数分で通り抜ける。

トンネルを出て青い空が見えたとたん、上空からヘリの音がする。見上げると白く輝くC国軍の攻撃ヘリが、バリバリと音を立てて近づいてくる。後方のトンネルからも、サイレンを鳴らしてC国軍の装甲車が多数迫ってくる。

近づいてきたヘリが大音響をあげる。

「停まれ!そこの車、直ちに停止しなさい!」

 停まるわけにはいかない。なおも走行を続けると、攻撃ヘリは車の周りを旋回しながら、機銃で威嚇射撃をしてきた。車の前や横に銃弾が降り注ぐ。車内に悲鳴が起こる。

「もうだめか?」と全員が諦めかけたその時、轟音がしてC国軍のヘリが爆発、炎上した。

 ヘリは破片をばら撒きながら火を噴いて、後方に落ちていく。

 後方のトンネルから飛び出してきたC国軍の装甲車の群れにも、砲弾が発射されたらしく、先頭を走る数台が破壊され、炎を上げて大破した。


 「本州奪回連盟」が決死の攻撃を始めたのだ。

 トンネルの出口の崖と東側の崖の上から、「連盟」の機銃やバズーカや迫撃弾が、C国軍の装甲車群に向かって、総攻撃を続ける。

 C国軍の車両は思わぬ攻撃を受けて、トンネルの出口から出られなくなっている。

 バスに乗った人々は、思わず崖の上にいる人々を拝み、手を振る。

 その時だった。崖の上で、あの榛名山の女性リーダーが立ち上がり、早く行けとばかりに、大きい身振りで手を南の方角へ何度も振り上げた。

 それを見て、バスと冷凍車はスピードをあげて南へ向かう。バスの中の女性達はみんな、泣いている。


 女性芸能人達の乗ったバスと冷凍車がカーブを曲がり、崖の上の女性リーダーの姿が見えなくなったころ、後方から「ドドーーーーン」という地響きのような爆音が聞こえた。バスの中の人々は何が起こったのかわからず、激烈な爆音で耳が聞こえなくなる中、呆然としている。

 この爆音は、榛名山部隊が、関越トンネルの中のC国軍の軍用車両に向けて、ロケット弾を発射した音だった。トンネル内で満員状態だったC国軍の軍用車両の燃料・爆薬への誘発が起こり、関越トンネルの入口から強烈な爆風と炎が噴き出した。粉々になった軍用車両その他の残骸が、関越トンネルの入り口を塞いだ。

 救出隊のバスと冷凍車は南へ走り続けた。バスの中は「あの部隊と、あの女性は何者か、そしてあの爆発音は何か」と言う話題が続いていた。


 救出隊の車は関越自動車道から国道に降り、朝九時を過ぎた頃、数日前に立ち寄った群馬県と埼玉県の県境近くの例のガソリンスタンドで給油する。あの気の良い口の軽い青年がいて、バスから次々と降りてくる芸能人達を見て、口をパクパクして驚いている。

「あれ、女優の○○っすよね。女子アナも、あっTKBもいる。」

「明日、神奈川で、C国主催のコンサートがあるんだ。警備上の問題で重大機密扱いになっている。しゃべるなよ!」と宮里ヒロシが答える。

「分かったっす、誰にも言いません!・・・あのーーー、サイン貰えないっすかね?」

と青年に言われたが、スケジュールが押しているので無理だと断る。

 なぜ食品会社の社員がバスで芸能人達を送迎しているのか、不思議に思ったはずだが、そういう質問はなかった。説明している時間もないので、宮里ヒロシは「シーー」のゼスチャーを送っただけで、トイレ休憩のあと冷凍車に乗って、すぐに出発する。


 冷凍車とバスは国道を南下し、埼玉から東京の市街地に入り、瓦礫だらけの廃墟の中を、東京湾を目指して急行する。女性芸能人達は、廃墟になった東京の惨状を見て、あらためて大きなショックを受けている様だった。


 冷凍車とバスは昼十二時前に東京湾レインボーブリッジ西側の芝浦ふ頭に到着した。

 レキオス号は喜屋武隊長と屋宜によってしっかりと、芝浦ふ頭に横付けされていた。即刻、レキオス号から三発のロケット弾等の武器弾薬をバス、冷凍車に積み込み、入れ替わりに、女性芸能人達をレキオス号に乗船させる。

 榛名山部隊の二人が運転するバス、冷凍車が出発するのと、レキオス号が芝浦ふ頭の岸壁から出航するのは、ほぼ同時だった。

 レキオス号は満員の芸能人達を乗せて、車の走っていないレインボーブリッジの下をくぐり抜け、東京湾へと走り出す。東京湾の周りは、とても現実とは思えない灰色にくすんだ巨大な廃墟の街が広がっている。対照的に、意外にも東京湾の海は透明度も高く、青く輝いていた。


 レキオス号は東京湾の、今は使われなくなった羽田空港を通り、川崎・横浜の廃墟の街を横に見ながら航行を続け、横須賀に近づいた。喜屋武隊長と屋宜は、数日前に横須賀基地で見たC国軍の艦船が、このタイミングで出てきたら万事休すだと、心配していた。


 その時だった。横須賀基地から灰色の巨大な軍艦が出てきて、レキオス号の前方へ近づいてきた。

 レキオス号に乗り込んでいるみんなが

「これは終わりだ。C国軍に捕まって一生奴隷か・・・。」と絶望の声を上げた。

 しかし、さらに近づいてきた圧倒的に巨大な軍艦の甲板には、なんと星条旗を持った水兵達が出て来ていた。水兵達はいかにもヤンキーらしい陽気さで、踊ったり何かを叫んでいる。

「米軍の船だ!これで助かった!」

 レキオス号に乗り込んだ大勢の女性芸能人達は躍り上がって喜び、米海軍イージス艦の水兵達に向かって懸命に手を振りはじめた。

「サンキュー!」

「ハロー!」

「ヘルプミー!」

 芸能人達の英語レベルが相当低い事が分かったが、人間焦ったときはこの程度の英語しか出て来ないものだ。


 米軍の巨大なイージス艦に見守られながら、レキオス号は三浦半島と房総半島の間の浦賀水道を抜け、太平洋の黒潮のうねりと波の中を南へと向かう。途中でイージス艦から水や食料を補給してもらい、さらに友好を深めながら、レキオス号は伊豆諸島の大島から八丈島迄を半日かけて走行し、さらに半日かけて小笠原諸島の父島へと到着した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る