第5話 横須賀

 二日後の五月十六日、降り続く雨の中、珍しそうに見送る数十人の見物人に見送られ、レキオス号は八丈島八重根港の桟橋から、再び太平洋の荒波へと走り出した。

 御蔵島、三宅島などの島々を目印に一日かけて北上する。雨で煙っている三原山のある大島が見えてくる。大島はC国の管理下にあり、安心して上陸できる場所ではない。遠くに伊豆半島や富士山が見えてくる筈だが、その方角には重い雨雲がたちこめている。


 レキオス号はさらに北へ向かい、房総半島を右手に見て、三浦半島を回り込んだ所にある横須賀基地に近づいていく。横須賀基地は、訓練中に見た外観そのままだったが、T字型桟橋に米軍の艦船はなく、代わりに、五星紅旗らしき赤い旗を揚げたC国軍艦船が二隻停泊している。船の上や岸壁付近には、緑色軍服のC国兵が動いている。その近くを避けて、レキオス号はゆっくりした速度で右方向の海岸へと、漁船っぽく漁網を引きずりつつ近づいていく。C国軍のドローンは近づいて来ない。まさかこんな所まで敵が侵入して来るとは、おそらく予想していないのだろう。


 レキオス号は1時間近くヨタヨタと走りつづけ、公園らしき場所にある小さな港に到着した。草のび放題のコンクリート岸壁の桟橋に横付けし、とも綱・もやい綱をつなぐ。夕刻の港は気味が悪いほど人の気配がない。近くの市場だったらしい大きな平屋にも辺りの建物にも、灯りはついていない。

 一行は、雨の中静まりかえった街中を歩き回り、辺りに人がいないのを確認した後、公園近くにある高級ホテルだったらしい高層ビルに近づいていく。

 ビル内にも人の気配は全くない。 一行は△△HOTELと書かれた全面ガラス扉のカギを、万能キーで一瞬で開錠し、中に入っていく。


 入り口近くのカウンターやロビーのテーブル、椅子などにはホコリがたまり、何年も使われた形跡がない。カウンター後ろに運搬ロボットを残し、監視装置を作動させた後、暗いビル内をライトをつけずに、多用途メガネの赤外線スコープをつけて調べていく。二階以降も手分けして各部屋のカギを開けて点検していくが、各部屋とも無人で、ベッドや家具などの備品には、一様にホコリがついている。

 一行は各階の点検を続け、最上階の十五階にある食堂へたどり着いた。食堂はテーブル、椅子などそのままの状態だった。しかし、食料などはすっかり持ち出されたらしく、一切見当たらない。

 窓の外は、横須賀港方向に白い光が見える以外は暗闇と化している。その窓の外に向けて監視装置を設置する。放射線の値はほぼ正常値の0.041マイクロシーベルト/時。しかし、ここ横須賀を離れた東京方面の地域は放射能の値が高く、人の住めない地域になっている筈だ。

 僅かな光が差し込む暗闇の中で、一行は携行食の芋パスタ、芋カレーを食べながら、今後の予定について話し合った。


 オダがこう言った。

「オレの家はこの近くの街にあった。迷惑をかけるが、オレはどうしてもひとりで自分の家まで行ってみたい。頼みます」と頭を下げる。

 隊長は「オレが一緒に行くよ、キミたちを連れてきたのはオレに責任がある。監督するのもオレの仕事だ。」と言う。

 ワタルが「隊長はメタボだから走るのは無理だ、オレがオダと一緒に行くよ!」と、浅い発言をする。

「ワタル、でーじハバぐわー!」とアサミがほめる。

「そんなこと、あるさーー」とワタルは嬉しそうに答える。


 オダは「有難いが、ここは、自分一人で行かせてもらいたい。皆さんには迷惑をかけないようにする。明日の夕方六時までに戻らなければ、オレ抜きで出発してほしい。」と言う。

 みんなは了承し、オダはランニングをするようなジャージ姿で、銃を持たず、多機能メガネをかけて、夜の闇の中に出発する。


 九年前、東京を含む太平洋沿岸地域は、P国の核ミサイルの標的となり、ほぼ壊滅した。在日米軍の横須賀海軍基地などがある神奈川地域は被害を免れたが、C国軍の進駐とともに、支配の効率化を図るため、つまり住民と米兵の接触を避けるため、米軍基地近くの住民はすべて日本海地域へ移住させられたという情報もある。


 その夜は、各自がホテルの一室を使い、風呂はないが、豪華なベッドで贅沢に就寝した。ワタルは、アサミが部屋に来てくれないかという妄想をしていたが、全くそんなことは起こらなかった。


 翌朝、ワタルが部屋から出ると、アサミが部屋から出てきた。

 ワタルは「オハヨウ!」と声をかける。

 アサミも「オハヨウ!ワタルハバぐわー!」と笑って答えた。

「ホテルのベッド、最高だったね!」

「これで、シャワーとトイレの水が出たら最高だね!」

「あとルームサービスもやってほしいね!」

 無論そんなものはなく、朝食も昼食も芋パスタ芋サンドの携帯食だった。することがなく、ワタルは窓に近寄らないようにして、ソファーに寝転がりスマホでゲームをはじめる。他の者もしゃがんだり、寝転がったりしてダラダラと過ごす。隊長の喜屋武だけは、監視スコープで外の様子を見張り続けている。


 昼過ぎに、オダはしょんぼりした様子で帰ってきた。

「家はあったが、誰もいなかった。周りの街中もゴーストタウンだ。」と落ち込んでいる。

「ご家族は日本海側に移住させられたのかも知れないな。」と隊長が言う。

「大丈夫、きっとみんな生きてるさー。」

「政府や官僚どもがみんな生きているんだから、国民だけが死んでいいわけがない」

「そうだよ、オレ達みんなで捜しに行けば良い。」とワタルが浅い内容の発言をする。さすがにアサミも「ワタル、ハバぐわー!」とは言わない。

「まずは東京に行って、TKBや他の芸能人を助け出して、それから日本海側だ!」

と宮里組の二人が言う。

「わたしも、宮里組について行く。東京がどうなっているのか知りたい。」アサミが言う。

「オレはC国の奴らに一発かましたい! 日本人としての死に様を見せてやる!」とオダが言う。

「このまま、沖縄に戻る気はない!」とワタルも浅い内容の発言をする。


 相談の結果、宮里組二人とアサミとワタルとオダの五人が芸能人を助け出すため東京に向かう。喜屋武隊長と屋宜はレキオス号を東京のレインボーブリッジ西の芝浦ふ頭まで移動させ、芸能人救出に向かった五名の帰還を待って合流し、東京から脱出し八丈島へ向かうという計画となった。

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