第4話 八丈島

 レキオス号は、荒波の中を全速力で走り続ける。P国軍と戦闘を起こしてしまった今、この近くに再上陸する事は難しい。 もう一度計画を立て直す必要がある。

 三人の隊員を失った事はレキオス部隊にとって大きな衝撃だった。しかもその原因が、ひとりの隊員の裏切りだったという事が、みんなに精神的打撃を与えた。茫然自失の雰囲気のまま、レキオス号は、黒潮のうねりを横断し、クジラの群れを避けながら走り続けた。



 レキオス号が、本州から二百キロ南の伊豆諸島最南の地、八丈島の八重根港へとたどり着いたのは、その二日後、五月十四日の昼だった。

 八丈島は、沖縄と同様、大勢の日本人の難民が押し寄せており、C国が支配しようとしない地域となっている。八重根港の桟橋は、何百人という釣り人が連なって満員状態となっている。その釣り人たちが見守る中、レキオス号を桟橋の奥のこれも満員状態の船着き場にやっと係留して、上陸を果たした。

 レキオス部隊は、八丈島の漁協の施設で三日間休養し、水・食料等の補給と、バッテリーの充電とを行った。


 アサミは、サキがいなくなって、ただ泣いている。

「私がレキオス部隊に参加して、母が生きているかもしれない東京に行くと言ったら、サキが『一人では行かせない』って言って、一緒に来てくれた。サキが死んだのは、私のせいだ。」

 誰も、アサミを慰めることができない。

 ワタルが「サキはきっと君の事を応援してるよ!」と、浅い内容の発言をする。

 アサミは「サキが死んだのは、私のせいだ。」と繰り返し泣いている。

 隊長が「ナカヤマはA島の出身で、ああいう者だとは思わなかった。俺が判断を間違えた。謝る。」と言い、みんなに頭を下げた。沖縄戦後、人手不足の沖縄に移住して来たA島出身者には、いろいろな意見を持った者がいることは沖縄では知られている。


仲間を失った宮里ヒロシは怒っていた。

「そもそも、なんで日本がP国やC国に占領されるような国になったんだ?っていう事だ!」

「十年前、本土の大都市がP国の核ミサイルにやりたい放題やられたからだ。」

「日本人は、P国の核ミサイルが危険だって分からなかったのか?」

「本土の日本人も、P国の核ミサイルが危険だというのは分かっていたと思うよ。ミサイルが何回も日本を飛び越えてたからな。しかし、P国はアメリカが恐いからミサイルを撃てないとか、P国のミサイルの標的は米軍基地だとか、イージスがあるから大丈夫とかを信じていた。」

「マスコミもP国の核ミサイルの危険性をあまり報道しなかったからな!」

「日本政府に忖度してたんだろ!」

「あるいは本当の事を言って、核シェルターも無い国民を混乱させるのはマズい!と考えたんだろうな。」


「米軍基地のない本土がP国の核ミサイルに狙われるのはみんなわかってたんだろ?それなのになんで米軍基地を、沖縄ばかりに押し付けたんだよ!」

「日本本土には米軍基地を造らせたくなかったって事さ」

「本土から遠く離れた沖縄に米軍基地をまとめて置けば、本土は安全だと思ったのさ!」

 結局、日本政府は沖縄に米軍基地を集中させ、米軍基地のない本土にP国の核ミサイルを呼び込む事になった。


「県民投票で辺野古移設反対派が勝った時も、日本政府は、辺野古移設の必要性を沖縄県の皆さんに丁寧に分かりやすく説明する、とか言ってたからな!」

「沖縄県民は馬鹿だと思ってたんだろ!」

「辺野古移設は唯一の解決策。法治国家として粛々と進める事に変わりはないとかぬかしてたからな!」

「裁判所もグルになって、何が法治国家だよ!何がしゅくしゅくだよ!」

「世界一危険な普天間の危険除去が最優先とか言ってたぜ!日本本土の方がP国の核ミサイルに狙われて世界一危険なのには気づかなかったのか?」

「辺野古にオスプレイを置かないとC国軍が攻めてくる!尖閣も沖縄もC国軍に占領されて、虐殺されるとか言ってたな!」

「2万5千人もの米軍で溢れている沖縄に、C国が攻めてくるのか?」


「沖縄の人は、C国が攻めてくる危険性を考えてないとか、C国の手先だとか言ってたタレントもいたな!」

 普段あまり話す事のないオダがこう言った。

「辺野古移設問題があったとき、俺はネットに『沖縄はカネめあてだ、反日だ、C国に占領されてしまえ』等と書き込んだ。しかし結局、C国やP国に占領されたのは本土の方だった。オレ達ネトウヨが間違っていた。昔のオレを殴りたい。」

「ネトウヨは酷かったな。『沖縄土人は沖縄から出ていけ!』という書き込みもあった。」

「オレみたいなバカな奴が書いたんだろう。謝るよ。」とオダはうなだれている。

「誰でも、自分が信じている事を変えるのは難しい事だよ」と隊長が言う。

「ネトウヨにも二種類あった。ひとつは、日本政府の言う事を信じ沖縄に基地を集中する事で日本が守れると考えていたネトウヨ、もうひとつは、日本政府のいう事を聞いた方が何かにつけて得だろうし、弱い方の沖縄をたたいた方が愉快だ、と考えていたネトウヨだ。A島出身のナカヤマなどは、そういう考えの人間だったのだろう。だから今度は、弱くなった日本を見限って、P国に寝返ったほうが得だと考えた。人間として最低の奴だ!」


 宮里ヒロシが、

「隊長! おれ達は損だとか得だとか、そんなこと考えてません。沖縄を出る時に、元TKBのメンバーだった女性から『東京に行ってTKBのメンバーを捜してほしい』と頼まれた。死んだ二人の仲間のためにも、東京に行って、TKBのメンバーがつかまっているなら、助け出したい。」と真剣な顔で話した。

 アサミも

「東京に行って、お母さんがどんなところで死んだのか確かめたい。私の我儘に付き合ってくれたサキに感謝する意味でも、」と言う。

 オダが

「オレの家は、神奈川県にあった。高校の修学旅行で沖縄に行ったとき、あのミサイルが本土に落ちた。横須賀に米軍基地があったので神奈川県は被災しなかったが、オレの家族は本土から出て来れなくなった。親はオレに『帰ってくるな。沖縄にいなさい。近いうちに家族みんなで沖縄に行くから』と言っていた。それから全く連絡が取れなくなった。オレはどうしても自分の家まで行ってみたい。」と言う。

 ワタルは、「このまま帰る気はない。本土に行ってP国C国相手にレーザー銃を撃ちまくりたい。ロケット弾もあと7発もあるし、もったいない!」とかなり浅い内容の発言をする。

 それを聞いたみんなが笑って「賛成!」「異議なし!」と言う。


 七人になってしまったが、結束を固めたレキオス部隊は、まず神奈川県の米軍横須賀基地周辺の状況を調査し、それから可能ならば東京方面の調査に向かう事になった。

 P国の核ミサイル襲来から十年経ったとはいえ、今でも東京周辺は放射能汚染が予想される。むろんC国政府に見つかればただでは済まない。和歌山で起こったよりも大きな戦闘に巻き込まれる可能性がある。しかし、日本の本州・四国がP国軍、C国軍に占領され、その中で苦しい思いをしている多くの日本人がいる。このまま帰って良いわけがない。

 レキオス部隊に出来る事は何か?考えられるひとつは、宮里組が言うようにC国に捕まっている日本人、できればTKBを含む芸能人達を救出する事だ。芸能人達を救出できれば、C国の強権的支配の理不尽さを全世界に発信する効果があり、C国政府の占領政策への牽制となる可能性もある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る