第3話 和歌山
翌五月十二日の朝、アサミとワタルと宮里組二人の偵察隊は、イノシシ山から下山し、国道を東方向へ向かい、小さな川に架かった橋を渡って集落の方に近づいていつた。道路は舗装がところどころ剥がれ、穴が開いている。相変わらず、車も人も見当たらない。
一時間ほど経ってやっと、一台の軽トラックとすれ違う。爺さんが運転している。
「すいません!ちょっとお聞きします!」
と宮里ヒロシが声をかけたが、爺さんは止まらず、仏頂面で通り過ぎた。
集落まで一キロの地点で集音機を操作し、その集落で日本語の会話をしている事を確認する。アサミが多機能メガネをかけて一人で集落の方へ歩いていく。両側の家々には人の姿がほとんどない。暫く歩いて、話しやすそうなおばさんを見つけ、
「おはようございます!」と関西弁のイントネーションで声をかけた。
「おまはん、見かけん顔だの、何処からきたんけ!」
アサミは、大阪から来たと適当な事を言い、話を聞きだした。
「大変じゃったろ――、大阪は、ミサイルは落ちるわ、P国兵が入ってくるわで・・・」
「ワタシは生駒の山の方だったから生きてるけど、大阪や堺の方はは全滅の様やね。」
「P国兵は来なかったのけ、生駒の方には、」
「来たよ、元気な男やきれいな女は大勢連れて行かれた。私は連行されなかった。ブスだから・・・。で、ここら辺はどうだったん?」
化粧もしていない薄汚れたアサミのブス顔を納得したように見ていたおばさんは、
「ここも、だいぶ連れていかれたなあ、若いもんは一人もいなくなった。」
「おまはんも、ここへ来るより、九州へ渡る算段でもした方が良いよ。」
「何かあるんですか方法が」
「漁師に頼むしかないわな、それでも四国へ渡って、山超えて、海渡らんといかん、大変だわな」
開戦時にP国の軍隊は日本海側の島根、京都、富山、新潟に侵入し、市街地を取り囲んで、悪虐の限りを尽くした。軍隊だけでなく、P国人の入植者が大量に侵入し、日本人を暴行殺害し、奴隷化した。
その後P国軍はC国軍の配下に組み込まれたものの、五百万人のP国の軍隊と入植者は近畿地方以西に集中し、残された日本人住民を完全に支配している。
太平洋岸のここ和歌山にもP国兵が侵入してきたようで、金品・食料を強奪され、抵抗した者達はすべて銃殺・撲殺された。多くの若者・子供が「労働奉仕」という名目で連れて行かれ、そのまま帰ってこない。そして今も、この集落の公民館にはP国の兵隊が十数人いて村人を支配しているという。
集落の中にある小中学校は無人なのか静まり返っている。子供の姿は全く見えない。アサミがかけている多機能メガネのスコープで、公民館らしき場所に、カーキ色の軍服のP国兵が数人いるのが見える。アサミ達四人はP国兵に気付かれないようにそこで引き返し、東方向へ向かった偵察隊は昼過ぎにイノシシ山へ帰還した。
部隊は、山頂付近の窪地でアサミ達の報告を聞き、今後の方針を決めようと話し合いを始めた。
「ここは相当ひどいことになっている。若い者や小中学生は連行され、残ったのは年寄りばかりだ。小さな子供もほとんどいない。」
「P国軍に連れていかれた人たちはどんな生活をしているのだろう?そもそも生きているのか?」
「どんな風になってるかは想像がつくな、P国の強制収容所がどんな所かを考えると。」
「日本がこんな風になってしまうとはなあ・・・。」と宮里ヒロシが顔をしかめる。
「日本政府は、国連に提訴って言っているだけで、何もしないんだからな、国民がP国に酷い目にあっているのに、日本は何もできないのかよ!」
「そういえば、テレビに出なくなった芸能人も多いよね。みんなつかまってるのかなー」
「くっそーー、タックルス!」
「せっかくここまで来たんだから、俺たちが何とかしないとなあーー」とワタルが、浅い内容の発言をする。
「なんくるないさーー」と宮里ヒロシが、もっと浅い内容の発言をする。
「何、なんくるないさーーって!なんくるならないから、日本がこうなってるのに!」
とアサミが怒る。怒るのももっともだと皆が納得する。
イノシシ山から西方向に偵察に行ったサキたち四人が帰還していない。昼頃から連絡が取れなくなっている。隊長によると、四人がP国軍に見つかって拘束された可能性が高い。心配した隊員たちは、サキたち四人を救出する相談を始め、日が落ちたら全員が捜索隊として出発、闇に紛れてP国軍の支配地に潜入し、救出する作戦を実施する事になった。
そんな準備をしていた中、日が傾き夕刻に近づいた頃、運搬ロボットに設置した自動監視装置が警報を鳴らした。
西の夕焼け空から、多数の赤いドローンが近づいて来るのが見える。
隊員達が銃を構えるより早く、自動追跡レーザーが作動しはじめ、次々とドローンを打ち落としていく。監視装置のモニターが、イノシシ山の麓に敵の数十台の軍用車両と数百人の大部隊が集結しているのを映し出した。
敵のドローンから大音量が響く。
「そこにいるのは沖縄から来たテロリストだな。お前たちの仲間のナカヤマという者から聞いた。武器を捨てて、白旗を上げて投降すれば危害は与えない。手を挙げて出てこい!」
「オレはナカヤマだ。偵察隊の三人は無駄な抵抗をして死んだ。お前らのすべてを報告した。いまさらP国と戦うのは意味がない。遊びはやめて投降しろ!オレがP国側にとりなしてやる。」
隊長が力強く胆の据わった返答をした。
「投降はしない。俺たちは沖縄から来た義勇軍レキオス部隊だ。かかってこい奴隷人間ども!」
ワタルは嬉しくなって、ドローンに向けてレーザー銃を撃ちはじめる。
山の麓のP国軍部隊が動き出し、前進を始める。P国軍の数台の戦車が砲身を上げ、こちらに向けて一発二発と発砲を始めた。
レキオス部隊は喜屋武隊長の指示で、すぐさまロケット弾の使用を決定した。
運搬ロボットを使って、ロケット弾をレールに沿ってスライドさせて地面に降ろす。円筒状の容器から三脚のように発射台が開き、地面に固定され、発射準備が完了する。
そして隊長が、合言葉「しかます!」を叫んだ。隊員達が物陰に伏せると同時に、発射ボタンが押され、高性能爆薬を搭載したロケット弾が轟音と共に発射される。
ロケット弾は白煙を残して突進し、やがて敵部隊の集結した地点で「ドドーン」と地響きをあげてさく裂し、数十台の軍用車両を破壊し、敵兵の大部分をなぎ倒した。
着弾の様子を確認することなく、隊長の「ヒンギー!」という合言葉とともに、イノシシ山を脱出する。すぐに敵のミサイルが飛んでくる事が予想される。一秒の猶予も命取りとなる。機材を運搬ロボットに託し、隊員達は山の斜面を飛ぶように駆け下りる。
隊員達が山の中腹まで降りた時、山頂付近に敵ミサイルが数発着弾した。轟音が響き、あたりに石や土砂がバラバラと落下した。
一行は運搬ロボットとともに走り続け、上陸した砂浜に到着し、屋宜が用意していたゴムボートから、レキオス号に飛び乗った。
レキオス号は防波堤をすばやく抜け、全速力で沖合の海へと走り出した。
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