第2話 出発
それから三か月後の五月七日、十一名のレキオス部隊は、誰も見送りに来ない沖縄東海岸の辺野古港に到着した。ここは以前日本政府が沖縄県民の反対を押し切って米軍海兵隊普天間基地を移設するという事で話題になっていたが、軟弱地盤の埋め立て工事は難航し、結局辺野古新基地建設は取りやめとなった。今は傾いたコンクリート岸壁がやたらと広い港になっている。
ワタル達はその辺野古港で、実物のレキオス号という船に初めて対面した。3Dシミュレーションでは見慣れていたが、レキオス号は重油で動く旧式エンジンから煙を出す外観、白が薄茶色に見えるほど錆びた船体、にも拘わらず内部は最新の機器をそろえた船体で、高性能レーダー、自動操縦装置、太陽光発電、水力発電とバッテリーを備えた電気動力船だ。装備として、四足歩行の貨物運搬ロボット、ロケット弾、レーザー銃などの各種武器弾薬などが用意されている。とにかく映像ではない本物を見たのは初めてなのでワタルは興奮していた。
四足歩行の貨物運搬ロボットは長さ2メートル、幅1.5メートル、千五百キロの貨物をのせ時速10キロで水陸を走行する。計8発のロケット弾はそれぞれ2メートル程の円筒形容器に入って固定されている。このロケットは着弾時に分裂し多数の車両の熱源を自動追跡し破壊する数十発の小型爆弾を搭載している。
レーザー銃はネットで見た物より細く、普通の弾丸式銃と変わらない外見、強度はレベル1(black out)レベル2(kill)レベル3(destroy)レベル4(maximum)迄となっている。レベル2迄は内蔵バッテリーで、レベル3以上は外付けのバッテリーにつなぐ。このレーザー銃は2丁あり、射撃成績の結果ワタルとオダの担当となった。
その他、小型機関銃、消音拳銃、運搬ロボットに搭載された自動追跡レーザー付きの監視装置、集音機、赤外線スコープと毒針発射装置付き多機能メガネなど。
出航の日は南風の吹く日差しの強い夏のような日で、港の近くは海面から海底のサンゴや色とりどりの小さな魚も見える静かな海だったが、サンゴ礁を抜けて外洋に出ると海はかなり荒れ気味だった。というか、太平洋の黒潮なのだから、こんなものかも知れない。波とうねりの中を、見かけはボロいが中身は最新鋭のレキオス号が強い向かい風の中、黒潮の流れに乗って快調に進んで行く。
沖縄と九州の間には、奄美大島、種子島、屋久島など幾つもの島があり、沖縄と同様、日本本土からの難民で溢れかえっている。沖縄近海では多数の漁船が出ていたが、左手に見えていた島々の影が見えなくなるにつれて漁船の姿は消え、黒潮のうねりと水平線しか見えなくなった。時折轟音を立てて国籍不明の航空機が高い上空を飛んでいる。
レキオス号の居住スペースは操舵室の前の太陽光発電シートで覆われた甲板で、最後部の座席に隊長と宮里組、中程に女子二人、最前部に残りの男四人という席順で座る事となった。レキオス号の最新の自動操縦装置のおかげであまり揺れることもない船内だが、それでも船酔いでゲロを吐く奴もいる中、携帯食を食ぺたり防水シートを敷いて寝たりして過ごす。トラブルと言えば、相変わらず黒いサングラスをしたナカヤマという男と三白眼のオダが、ガンをつけたと言い合いになったぐらいだ。それ以降ナカヤマが最後部に行き、隊長が前に来るという配置になった。
隊長は大きめのタブレットで進行方向のレーダーを監視している。この辺りからはC国の大型漁船の船団が出没している。その位置を確認し、近づかないように注意してレキオス号の針路をとる。
ワタルは隊長の指示で、太陽光発電シートの船首の隙間からレーザー銃を構えて、船の行く手を根気強く見張り続ける。
アサミに「でーじハバぐわー!(カッコいい)」と言われて、
「そんなこと、あるさーー」とワタルは嬉しそうに答える。
多機能メガネには、海中の魚やイルカやクジラなどの生体反応以外は写っていない。船は一度ならずイルカやクジラにぶつかりかけ、ワタルが強めのレーザー銃を当てて追い払った。それ以外は事もなく、黒潮に乗って荒海のなか北東へ進んでいく。
そして徐々に天候も悪くうねりも高くなった二日目、五月十日の昼近く、ようやく北の列島のかつて四国と呼ばれた島が遠くに見えてきた。
四国の沿岸付近には、C国が設置した百メートル近い高さの巨大な扇風機のような風力発電機が見渡す限り十数基、海からの侵入を防ぐように二百メートル程の一定間隔で浮かんでいる。
レキオス号は怪しまれないようにスピードを落とし、ボロ船の外観にふさわしいヨロヨロ状態の走りとなる。船が風力発電機の間を抜けようと近づいていくと、C国の赤い三角の監視ドローンが飛んできた。中国語、英語、日本語で、
「どこの国の船か!」と、けたたましい大音量で聞いてくる。
「この船は、沖縄の漁船だ!」と隊長が負けずに大声で答えた。
「この海域はC国の監視下にある。ただちに退去せよ!」とドローンが警告する。
喜屋武隊長は「わかった。イエスサー!」と大声で答え、船は進路を反転させて南へと向かう。隊長は、追跡してくるC国のドローンが完全に見えなくなった後もレキオス号を約半日かけてヨタヨタと南へ数十キロ走らせ、その日は暮れていった。
ナカヤマが「C国の周りはあんな風に警戒が厳重だ。もう諦めて戻った方が良い!」と言う。
アサミが「何?四国の海見ただけで帰ろうと言ってるの?何しに来たの?」と怒る。
ナカヤマは気圧されたように「いや、私はとにかく安全な調査が良いと思うね。危険な事はしない方が良い」と言う。
宮里ヒロシが「折角ここまで来たんだ。東京まで行くべきだ!」と言う。
「東京なんて行けるわけがない!C国軍がいっぱいいるに決まっている!」とナカヤマは否定的な意見を引っ込めようとしない。
喜屋武隊長が「諦めるのは早い!四国方面は日本国政府のある九州と近いのでC国は厳重に警戒しているが、本州方面はそうでもないという情報がある。今度は和歌山の沿岸に行ってみよう!」と答えて、その場を収拾した。
レキオス号は深夜になって、もう一度反転し快速モードで北北東へ進行を始め、翌日の朝本州のかつて和歌山といわれた地域の沖合に到達した。この近辺にはレキオス号に似た外見の地元の漁船が数隻出ている。レキオス号も地元の漁船に倣って舷側から漁網を垂らし、屋宜とナカヤマに漁師のふりをさせ網を上げ下げさせる。
この海域にはやたらとイルカが多い。以前はイルカ漁に反対する外国の団体が来て騒動になっていた地域だ。いまはイルカ天国になっているらしい。イルカが船べりに寄ってきて愛想を振りまくので、アサミやサキが喜んでいる。銃を構えているワタルに「イルカ撃たんでよーー、撃ったらチンダミするよ!」と怒る。
喜屋武隊長はC国の監視船やドローンが巡回していないのを確認し、昼過ぎになって付近の漁船が漁港に帰る動きに合わせて、レキオス号を慎重に海岸へと近づけていった。レキオス号は海岸の崩れかけた防波堤の途切れた部分から、波の静かな防波堤内に入った。レキオス号を防波堤の壁沿いにアンカーを下ろしボロ船の難破船のように傾けて停留させる。屋宜を見張り役として船に残し、10人の隊員が2回に分けてゴムボートに乗り込み、テトラポットの間の砂浜に上陸する。多くの機材を積み込んだ貨物運搬ロボットは、ゴム製の浮袋を膨らませて海に浮かび自力で砂浜に上陸した。
上陸した浜辺に人の気配はない。しかし道路からすぐに見つかる見通しの良い砂浜で立ち止まっているわけにはいかない。一行は安全な場所を確保するため運搬ロボットとともに急いで道路を横断し山へ向かい、登山道らしき山道を登り始める。運搬ロボットも機材やロケット弾を積み込んだまま器用に山道を登り始める。伸びた枝や雑草を鉈で切り払いながら、山の斜面を上って行く。鹿・猪が多い。ワタルが道を塞いでいる猪に向けてレーザー銃を構えたが、隊長に「やめろ!山火事になるぞ!」と制止される。
急な斜面を登りつづけ、やっと標高四百五十メートルの山頂近くの岩場に囲まれた窪地に到着した。ここから見ると、南側には、沖縄より青色が濃い黒潮の海が広がっており、北側には、紀伊山地の緑の濃い急峻な山々が迫っている。草の生えた窪地で、運搬ロボットに設置した自動監視装置の首を伸ばして、辺りの状況を探りつつ、一行は食事休憩に入った。
隊長は、この山の名前を呼びやすいように「イノシシ山」と名付けた。監視装置の赤外線サーチによると、イノシシ山の近辺には、鹿・猪らしき動物以外の大きな生体反応はない。しかし東の数キロ離れた道路沿いの地域に集落があり、数十から数百人程度の人が居住している事が判明した。レキオス部隊は「イノシシ山」頂上付近の窪地で一晩野営し、翌日東西両方向に偵察隊を出して辺りの様子を探る事になった。偵察隊は東方向へはアサミと宮里組二人とワタル、西方向へはサキと宮里組二人とナカヤマという構成になった。
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