日本列島戦記

島石浩司

第1話 起

 曇天の空の下、レキオス号という名の小さな船が沖縄を出発し、西太平洋の荒れた海を黒潮の流れに乗って北北東へ向かっている。一見、錆びついたボロ船に見えるレキオス号だが、内部は最新の機器をそろえた船体で、どこまでも続く高いうねりと波の中を安定した走行で進んでいる。この船が向かっている「北の列島」は、沖縄と比べたら百数十倍の面積を持つ大陸の様な島々だ。そこは美しい自然に恵まれた豊かな島々で、かつて一億人以上の人々が住み、高度な文化を持ち、オリンピックが2回も開かれた世界有数の経済大国「日本国」だった。


 しかしその「日本国」の状況は十年ほど前に一変した。

領海に侵入してきたP国漁船との小さな争いが、あっという間に全面戦争へと拡大し、P国の二百発を超える核ミサイルが、日本本土の自衛隊基地と太平洋沿岸の都市部に向けて発射された。 自衛隊は壊滅し、都市部は数千万人の死傷者を出す惨憺たる状況になった。在日米軍基地に被害はなく、米国は「P国の核ミサイルが一発でも米国に着弾すれば、数十万のアメリカ人の犠牲がでる」として、P国との核戦争を回避し、外交的解決を図るという苦渋の選択をする事となった。


 その間、P国軍は本州の日本海沿岸に侵攻をはじめ、壊滅状態の自衛隊にそれを阻止する事は不可能だった。平和を絵に描いたような街は、P国軍の襲来で一変した。鬼のようなP国軍兵士達が、逃げ惑う民間人を一方的に暴行殺戮するという地獄のような状況が続いた。緊急開催された国連安保理も大国間で対応が一致せず、P国軍の侵攻を止める手段が見いだせない中、時間が過ぎた。


 そして二か月が経とうとした時、突如として東アジアの大国であるC国が、戦闘を停止させるという名目で、単独介入して来た。C国はP国の了解の下、大規模な停戦監視団と軍隊を日本に送り込み、本州地域の住民を保護するという大義名分で、事実上の占領統治を開始した。


 それから一年後、C国とアメリカは協定を結び、アメリカは本州にある数少ない米軍基地以外の地域について、C国の暫定統治を認めた。P国軍と日本国住民間の調停者として「住民から懇願されて」残ったC国は、新たな自治政府「東海人民共和国」を発足させ、本州四国を実効支配する事となった。


 C国の占領支配を望まない多くの国民は本州から、北海道・九州・沖縄へ、そして海外へと脱出した。北海道の人口は五百万人から千五百万人に、九州・沖縄の人口は千五百万人から三千五百万人に増加した。海外への移住者も、北米、南米を中心に五百万人に達した。その当時、沖縄にも、日本本土から数百万人の難民が流入し、数多くの仮設テントが街中に作られ、国連の難民救済機関(UNHCR)や世界中から来たボランティアとで大混乱を極めた。



 あれから九年の時が過ぎ、街中に仮設テントは無くなったが、沖縄県内は今も本土から来た多くの日本人難民で溢れている。テレビでは時折、「東海人民共和国」に残された日本人達が、C国の指導者に感謝し、喜んだり泣いたりするおぞましい光景が報道される。その度、沖縄に移住してきた日本人達は抗議デモをして、日の丸を振り、C国やP国の国旗を燃やし、暴徒化する。こんな時は警察でさえ止めようがない。まともな沖縄人は出来るだけ外出を控えている状況だ。食糧事情も悪化した。コンビニ、スーパーの食品は激減し、米、小麦、肉、野菜が品薄となり、芋、魚、養殖産品とその合成食品が大部分を占めるようになった。


 沖縄でも寒い一月下旬、ワタルは五階建てのアパートの二階のカビ臭いワンルームに引きこもって、毎日、パソコンゲームをしていた。eスポーツの大会に出場するのが目標と言えばそういえるが、ワタルの成績はそれほどでもない。

 テレビは、日本の芸能人が出演するバラエティー、歌番組などを放送しなくなり、昔の映画やアニメの放送がやたらと多くなった。

 ワタルはパソコンゲームの合間に、そのテレビに目をやった。そして、壁に貼り付けたポスター型テレビ画面に妙な書き込みを見つけた。

「離島への調査隊参加者募集、年齢経験不問給与優遇、○○会館前二月三日、・・・」という書き込みだった。

 ワタルには家族がいない。仕事も先月辞めたところだ。狭苦しいワンルームでの一人暮らしの生活は、退屈で死にそうなので、○○会館前に行ってみる事にした。


 当日ワタルは、満員状態のモノレールやバスを利用せず、寒い風の中、自転車に乗って、日頃の運動不足と空腹とでフラフラしながら目的地に到着した。

 ○○会館前には、子供から老人まで数十人が集まっていた。8:2の割合で男が多い。

 まず顔認証で参加希望者全員の名前を確認した後、係員に携帯・カメラ等を没収され、「ビスケットランチ」と書かれた携帯食が配られた。一応日当という事らしい。

 定刻には早かったので、ワタルは少し離れたベンチに座ってその携帯食を食べ始める。珍しく原材料小麦と書いてあるビスケットを半分食べ、水筒の水を飲み、残りをカバンにしまった


 定刻の午後一時になり、雑多な百人を超える参加者を前に、係員の中の背の高い白人の男が、流暢な日本語で説明を始めた。

「現在、沖縄は日本からの難民で溢れています。この人達を救済するために、旧日本国周辺の現在の状況を調査する必要があります。今回私たちはその依頼を受け、その調査に参加・協力していただける人員を募集しています。従って、今回の調査対象の離島というのは北の列島方面を含んでいるので、安全を確保するための訓練が必要となります。訓練の期間中は一定の給与が支払われます。三か月の訓練の後、合格者を選抜し、北の列島方面に出発します。無論その時点で参加を辞退する事も可能です。かなり厳しい訓練を予定しているので、体力的に何らかのご懸念のある人は、どうかご遠慮なくお帰り下さい。」

「北の列島方面」と聞いて、集まった者たちがざわつき、半数以上の者が帰っていく。なかには不満をいう者もいて、係員が頭を下げ、ようやく去る者は去るという形になった。


 しばらく時間を置き、残った者たちの前で、白人の男はこう言った。

「スケジュール、調査の概要、訓練の詳細に関しては、今回この調査隊の隊長を務める者から、説明いたします。」

と紹介され出て来たのは、いかにも沖縄人らしい風貌の中年のひげ面の男だった。

「今回の調査隊の隊長を務める、喜屋武(きゃん)といいます。今回の調査は危険を伴うので、参加者全員に、早速明日から三か月間の合同訓練を予定しています。体力に自信のある者は、ぜひ参加してもらいたい。」

「北の列島へ行って何をするの?」と、参加者のひとりの派手めの女が、強めの口調で隊長に聞いた。

「北の列島周辺に上陸し、人々に接触して現在の状況を調べる。船と装備はある筋から入手済みなので問題ない。当然、北の列島の各国の政府によって、入国拒否をされたり拘束されたりする危険はある。できる限り問題が起きないように調査方法を検討し、その為に訓練する。ただし万一、事が起これば、これは沖縄の民間のグループの自己責任という事になる。日本政府、米軍には全く関係ないという事だ。危険を覚悟で参加を希望する者は、誓約書を書いてもらい、これから訓練に入ることになる。」 

 これはヤバいと思ったのか、ほとんどの者が帰っていく。

 それでも残った十数人が納得した様子で、隊長の後について、会館の中に入っていく。ワタルもついて行く事にした。


 それからワタル達は三か月間、雨の日も行われる毎日五キロのランニングの後、○○会館の地下の地下の青いスクリーンに囲まれた広い部屋で、一日六時間、乗船予定の船の操船知識、多様な車の運転、武器使用、射撃、格闘技、コミュニケーション、サバイバル術、関連する地域の地理、歴史等を、3Dシミュレーターを使った仮想現実空間で詳細に学習した。参加者達は、予想される様々なシチュエーションで、敵ドローン、敵機、敵兵、敵戦闘車両、敵ロボット、住民達へどのような対応をするかをゲーム形式で繰り返し訓練し、問題点を意見交換した。


 厳しい訓練について行けなくなったり、或いは調査対象が「北の列島周辺」ではなく「北の列島」であることが分かった時点で不参加を決めた者もいて、最終的に三か月の訓練を完了したのはワタルを含めて十名だった。その合格者と、隊長の喜屋武を含めた計十一名で「レキオス部隊」を結成する事となった。服装は自由で、一見するとパート従業員の集まりに見える。


 隊長の喜屋武は、最初から冒険の説明に苦労していた人物だが、メタボの中年で、駄洒落を連発し、ほとんど不発に終わっている。根は真面目なオッサンの様で、的確な指示を出し、いろいろな問題を解決している。


 強めの口調で隊長に質問していた派手めの女はアサミという。アサミはとにかく元気で、大きな目をキョロキョロさせて、いつも誰かに突っ込みを入れている。アサミの母親は、仕事で東京に行っていた時にあの災難にあったらしい。以降全く音信不通で、探す事は無理でも、母の死んだ土地で手を合わせたいと言う。

 サキはアサミの従妹だという女で、顔はアサミに似ているが少しおとなしめだ。アサミの容赦ない突っ込みを、たしなめる役割をしているらしい。


 宮里ヒロシたち四人は、以前有名だった女性アイドルグループTKBのファンで、東京でTKBがどうなっているのかを知りたいという理由で参加したそうだ。(宮里ヒロシ以外の三人は途中参加)四人の名前や特徴を詳しく語る気もしないので、まとめて宮里組と呼ぶことにする。この四人は自分たちしかわからない話で盛り上がり、時々「オタ芸」とやらで大騒ぎしているが、隊長の喜屋武も「良い運動になる」と止めはしない。


 残りの四人のうち一番背が高いのが、神奈川県から沖縄に来たというオダという三白眼の眼つきの悪い男で、ほとんど寝たふりをしている。

 屋宜(やぎ)という痩せた中年男は、数年前に妻を亡くして絶望のあまり参加したらしい。ランニングで一番へばっていたが驚異的な粘りで完走し続けた。

 それから、ナカヤマという、黒サングラスをかけている身元不詳の人物。これは正直、よく分からない。

 そしてワタルはゲームオタクで、これで本物の銃が撃てると喜んでいる、少々単純で、考えの浅いタイプだ。

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