二十節 魔転生

「あァ、ツクシよォ――」

 身を捩ったゴロウが髭面の半分をツクシへ見せた。まだ防壁が身体を覆っている。それを見てもツクシの顔が歪んだ。

 敵の刃は恐らく――。

「――ゴロウ、早く逃げろ」

 ツクシの硬い声を、

「おめェと俺とでよォ。ここまで一緒にやってきて、まァ、それなりに結講――」

 ゴロウが歯を見せる笑顔で遮った。

 結講、楽しかったよなァ――。

 ゴロウはそういおうとしたのだ。しかし、これまで死んでいった仲間の顔が死の前兆で霞む視界の先によぎったゴロウは思い留まった。思い留まった瞬間、ゴロウの胸元から血が吹いた。この男の血潮そのままの勢いだ。胸を真横に割られたゴロウは血を振り撒きながらゴトンと転がった。

 亡くした友を、生きている友を、強く想ったその大偉丈夫は、死ぬ間際の一言をいえなかった。

「ゴロウ――」

 ツクシは絶句した。

 何もいえない。

 歯を見せる笑顔が、死者の笑顔が、地面から横向きでツクシを見つめている。

 見開かれたままの瞳に生命の光はすでにない。

 熱く、太く、そして、清かった彼の魂は天へ立ち去った。

 お人好しのままでゴロウは死んだ。

「初手の横一閃で双方、必殺と見ていた。しかしツクシ、主は儂の剣の『きざし』を読みおったな。なかなかに出来ておる――」

 末法の笑みのまま剣鬼がいった。その手にある神切虫の切っ先は、ぴたり一直線、ツクシの喉元を狙っている。

「――なるほど、手前は俺と同じワザを使うってわけか」

 ツクシの声が怒りで震えた。

 その鋭い瞳が湧き上がる殺意で揺らぐ。

 薄暗がりの翼が広がって虹の殺陣が奔る。

 激情が心を沸騰させて正気と恐怖だけが蒸発した。

「――ほっ、気を戻しおったか。儂の名はとうの昔に失念した。他人のつける記号になど未練もない。だが儂の創った流派はここに在る。在るぞ、この儂は確かに在る――『胎蔵界大曼荼羅殺人剣たいぞうかいだいまんだらさつじんけん阿修羅あしゅら』、いざ、参る!」

 剣鬼が大上段に構えると、その痩身から突風のような剣気が迸った。

「――させるか!」

 ツクシが断固、咆哮した。

 咆哮した先で、ツクシの振るう斬撃が三つ、零秒間で剣鬼を襲う。

 ツクシの魔刀、ひときり包丁。

 剣鬼の魔刀、神切虫。

 二つの魔刀が抜き身を合いんで虚空に火輪かりんを三つ作った。零の間で刃を精妙に振るった剣鬼はツクシの斬撃を三つ受け流した。

 剣鬼と死神。

 この双方の放った斬撃は零秒のうちに結果がある。

 魔刀が発生させる結果の後を白い光の軌跡が追っていた。

 これはお互いの刃にのせた「殺しの兆し」を読み合う勝負だ。

 絶対と絶対。

 必殺と必殺。

 零と零の刃が激突する。

「――儂の刃と合わせるか。これは良い!」

 鍔迫り合いとなった剣鬼が末法の笑みへ明らかな歓喜を混ぜた。

「――ふざけるんじゃねェ、さっさと死ね!」

 ツクシが虹を散らして消失し、消失したその零秒後、魔刀の白刃を剣鬼へ叩き込む。

 虚空に白い軌跡が四つ残っている。

 零秒間に四つの斬撃――。

「――ほっ、四の手まで出せるかッ!」

 剣鬼が四つの斬撃を申し合わせて応えた。また鍔迫り合いとなる。零秒の間に七つの斬撃。これがツクシの手の内にある斬撃の上限だ。だが敵はいくつの手まで持つのかわからない。

 先に俺の手の内を全部見せるのは不味い――。

 ツクシの顔が押し込んだ刃を猛然と押し戻してくる剣鬼の膂力と、その喉元にこみ上げる焦燥感で大きく歪む。

「これは僥倖ぎょうこう幾年いくとせも待った末、ようやく儂を高めてくれる相手と巡り会えた。ツクシとやら、否が応でも付き合ってもらう。この儂が鬼から仏を経て神と成る為に――」

 剣鬼は末法の笑みを大きくした。鍔迫りをする二つの魔刀の刀身がお互い笑うような音を立てた。次の瞬間、剣鬼が全身から虹をほとばしらせて消失した。

 消失した零秒後、剣鬼は半歩後ろに出現して、

「クジョー・ツクシ、儂の剣道のにえとなれいッ!」

 咆哮と共に神切虫の刃を乱れ打った。そのいずれもが零秒で結果を発生させる究極の斬撃だ。目で追って避けよう、技術を使って刃で弾こうとすれば必ず死ぬ。しかし、殺しの兆しは結果よりも先に奔る。達人の域にいれば零の世界でも剣筋を読むことは可能。

 虹が砕け火の華が虚空へ乱れ咲く――。

 剣鬼の激烈無比な斬撃を五つ迎撃したツクシが、

「――俺にだってお前の剣筋がわかるんだぜ。俺はこのカントレイア世界を、このクソみたいな非情の世界を、この刀一本で生き抜いてきたんだ。俺の軌跡を舐めてくれるなッ!」

「ほっほっ、儂の五の手まで弾くか――」

 目を細めた剣鬼が消失し、ほんの半歩、横にずれて出現した。

「――では、そぉれ、もう一丁!」

 戯れのように振るった剣鬼の斬撃は横殴りだ。

 その兆しを読んだツクシは虎の子の一手を残して消失したが――。

「――ぐっあッ!」

 零秒後。

 背後へ出現した直後、ツクシの脇腹に激痛が走った。小細工で魔合を読み違えたツクシの脇腹を、剣鬼が振るった神切虫の切っ先が掠めて割ったのだ。ツクシの黒革鎧には傷ひとつないが、その継ぎ目から血が滲んでいた。やはり、剣鬼が振るう魔刀は敵の骨肉だけを選んで斬る。

 どれだけの血を吸えばこのような邪刀に育つのか。

 ツクシの視線の先にいた神切虫が「カカッ!」と刀身を揺るがせて白く笑った。

 体勢を崩したツクシは残しておいた必殺の一手を剣鬼へ打ち込めない――。

「主の剣には雑念がある。雑念は剣先を鈍らせる――」

 剣鬼は、泰然と、剣を正眼に構えていた。

 全方向、打ち込む隙が微塵も見当たらない。

 これは達人の構えである。

「――まだだ。こんなものは致命傷じゃねェ」

 ツクシは口角を無理に歪めた。歪んだ口の端から血が漏れ出している。これまで剣を合わせてみたところ、剣鬼もツクシ同様、七つに近い零秒斬撃を持っているのは明白だ。剣鬼がそれ以上の業前わざまえなら、ツクシは七つの斬撃を出しきったところで斬り殺される。剣鬼が繰り出す八つ目の斬撃の兆しを察しても対応はできない――。

「ううん、儂の元まで辿り着きながら、このていどの業前わざまえか。これは期待を外した。前に此処へ来た剣士も同じだった。歯ごたえもなく逃げて、消えた――」

 唐突だった。

 呻いた剣鬼が例の呆けた表情かおを見せて剣先をだらりと下に垂れた。

 突風のように放出されていた剣圧もピタリと止まる。

 好機と見たツクシが残った力を振り絞った。

「良し、そのまま死ね、クソジジイ!」

 咆哮と一緒にツクシは剣鬼へ渾身の斬撃を叩き込む。

 同時に六つ。

 敵の手がまだ全部見えない以上、ツクシは上限の七を出せない。

 ツクシの放った六つの斬撃は――。

「――うむ、六手、か?」

 剣鬼の手繰った魔刀にすべて弾き返された。この時点で剣鬼が零秒間に手繰れる斬撃は六つまで確定する。次いで、剣鬼の姿が虹をほとばしらせて消失した。この消失で七つ目の斬撃が確定。ツクシも消失していた。ツクシの背後を襲った剣鬼の斬撃は袈裟斬りで空を割った。

「――主は七手まで持つか。だが、逃げたところを見るとそれ限り。儂は今、十二手までの剣を持つ。これはまだまだ伸びよう。いや畢竟ひっきょう、伸ばしてみせる。無手の境地、夢想の境地にまで――」

 剣鬼が遠くなったツクシの背を見やった。

 ツクシは最後の一手を使って空間を跳躍し転生石の付近に離脱している。

「――しかし、惜しい。鬼ていどになら成れる素地と見た。主は何故、むざむざ、ひとの境地で迷い続けておる?」

 剣鬼が問いかけると、

「――かはっ!」

 仰け反ったツクシが片膝をついた。

 背中に激痛だ。

 剣鬼の剣先がツクシの背を斜めに割っている。

 黒革鎧の隙間から吹いたツクシの血が赤土の地面をバタバタ濡らした。

「――ジジイ、何を余裕かましてやがる。こいつに――転生石に手を触れればな、この勝負は俺の勝ちだ。せいぜい、そこで地団駄を踏んでいろ」

 膝をつきながら伸ばしたツクシの左手はあと少しで転生石へ触れそうだった。

「――それで良かろ」

 剣鬼は白い鞘を拾い上げた。

「――何だと?」

 ツクシが顔を大きく歪めた。

 肉体の何箇所かに作られた刀傷が燃えるように痛む。

「主のような未熟者、鬼の相手すらあたわず」

 剣鬼は神切虫の長い刀身を白い鞘へバチンと納めて完全に呆けた表情になった。

「――ククッ。手前は馬鹿なのか、それとも、本当にボケ老人なのか。剣の稽古だか修行だか練習だかは知らねェけどな、そんなものは手前が一人で勝手にやってろ。俺のほうは手前の酔狂に付き合っていられねェ。俺はもう心底ウンザリなんだ。この世界で俺が出会ってきた奴らは――俺が愛した奴らは、みんな、先に死んだ。だから、俺も異世界ここには用が残ってねえ――」

 ツクシはそう毒づいている間に表情を消した。

 向けた視線の先にゴロウの亡骸――。

「――俺は帰るんだ」

 ツクシは転生石を見上げた。

 奇跡の巨塊は、今、血のように赤い。

 見るたびに違う色――。

「――俺の故郷だ。日本だ。日本へ帰る。モノクロ・カラーの下痢糞げりぐそみてェな日本の日常へ、今から俺は自分で望んで帰るわけだ」

 ツクシが呟いているうちに転生石は森羅万象の色に変化を続けた。

「――帰った俺を待っているのは、クソそのものの日常だろうな。勤務時間がなるたけ早く過ぎるのを待ち詫びながら、職場の時計を睨んで溜息を吐き、ただひたすら我慢を続けるだけの毎日だ。あれは、マジでマジのクソそのものだぜ。好きでもねェ仕事を食い扶持にして生きるのは死んでいるのと同じだからな。でもな、そんなのでも、たぶん、異世界ここの生活よりはずっとマシだろ。自分の感情を殺し切る日常で生きていれば、こんな――こんな辛い思いはしない――なあ、違うか?」

 ツクシは語り終えると、

「――ま、そういうわけだ。あばよ、クソったれの異世界カントレイア」

 転生石に手を触れた。

 虹彩に包まれたツクシは光そのものになって消えた。

 ツクシを見送ったのは剣の鬼――転生石に侵食されたある剣豪の呆けた末路だった。

 転生石はその色を漆黒に変える――。


 §


 ネスト管理省の正面大正門の鉄扉は固く閉じられていた。

 雨を避けているのだろうか。

 ネスト前大通りを行き交うものは誰もいない。

 南にある酒場宿も表の戸を閉じて暗く沈黙している。

 その二階にある窓からは灯が漏れていたが動くひと影はない。

 真夜中だ。

 石畳の路面を叩く雨音だけが大きい。

 ざ、ざ、ざ、ざあざあ――。


「――ここは?」

 ツクシは背を丸めて咳き込んだ。口元を抑えていた手を離すと、手のひらが血で濡れている。

「――吐血。肉じゃあねェ、内蔵が痛え。傷が肺にまで達しているかも知れん。胸も脇腹も背中も燃えてるみてェだ」

 ツクシが呻いた。手のひらにあった血は雨水に滲み、すぐ若い赤ワインのような色水になって流れていった。これは右の手である。そこにあった筈の魔刀がない。

「俺のひときり包丁は――!」

 ツクシは急いで腰に視線を送って安堵した。

 最後の相棒は――魔刀ひときり包丁は腰の黒い柄に帰っている。

 いつ刃をそこへ帰したのかツクシの記憶になかったが――。

「ところでここは日本じゃねェぞ。どう見てもネスト管理省前大通りだ――」

 ツクシは背を丸めたまま視線だけ上げた。その動作だけでも激痛で顔が歪む。顔面を歪ませるだけでも肉体も鋭く痛む。ツクシは呻き声を喉を鳴らして呑み込んだ。悲鳴を上げた瞬間、身体がバラバラになってしまう気がする。

「何てこった。それに何故だ、季節は夏だった筈だ。雨がやけに冷てェ――」

 この寒さはツクシの体温が低下している寒さだった。その肉体からは生きるのに必要な熱が消えかかってる。

「俺は死ぬのか?」

 表情が消したツクシが、

「いや、死体安置所モルグにある診療所だ――」

 その視線が向いた先は大通りの西だ。

 街路灯の照明は道の先まで並んであるが豪雨で視界は霞んでいる。

「死体安置所にある診療所で治療してもらえば助かるかも知れねェ。荷物は最下層したに置いてきちまったが剣帯のポーチに金はいくらかあった筈――」

 頭の片隅に浮かんだ可能性が、ツクシの魂を支えて傷んだ身体を突き動かした。

「治療費は、まあ、たぶん、払えるぜ――」

 ツクシは呻きながらネスト管理省前大通りを西へ歩きだした。進む道は豪雨で垂れ幕ができていた。ツクシはよろめきながらその幕を割って進む。歩みは遅い。荒く呼吸をするツクシの口元から白い呼気が立ち上った。叩きつけるように降る雨が重い身体を濡らしてさらに重くする。

 ツクシは右手にあった高い白壁が――ネスト管理省の敷地を囲む城壁が途切れるところまで何とか歩いた。もう少しでゴルゴダ墓場の出入口だ。そのちょっと距離が満身創痍のツクシにとっては遠かった。豪雨を避けているのだろうか、時間が遅すぎるのか。大通りを行き来するひとは皆無だ。助けも呼べない。視線を上げることも難しいツクシは雨水がだくだく流れる石畳の路面を眺めながら、ゆらゆらのろのろと弱った足を前へ進めた。そのうちに、脇の側溝へ向かって流れる雨水が淡い色合いの花びらを、一枚、二枚と運んできた。

 それが多くなった。

 ツクシは視線だけを上げた。

 桜、桜、桜。

 桜の花びらが舞い散っている――。

「ああ、ゴルゴダ墓場の外周に生えていた木は大半が桜だったんだな――」

 ツクシが呟いた。

 豪雨が桜を散らしていた。

 それは桜色の雨のようで――。

「――なるほど、ここだけは日本ってわけか?」

 ツクシの足が止まった。顔を真上に向けると雨粒が顔を叩く。墓場を覆う桜はまだ散りきっていない。ひとひらの花びらが、ツクシの頬へ落ちて貼りついた。

 ツクシの顔から生気が消えかかっている――。

「――だ、大丈夫か?」

 ツクシは呼びかけられた。

「――誰だ?」

 ツクシが声の出た先を見やった。

「――おい、オッサン、大丈夫か?」

 若者が一人ツクシの前に佇んでいる。ドレッド・ヘアの、縦縞の開襟シャツにジーンズ姿の若者だ。額にある赤いバンダナを見たツクシは一瞬「グェンか?」と怪訝な顔になったがそれは違う。この若者は二十歳前後の年齢に見える。褐色の肌で東南アジア系の人種のようだ。

 ツクシと若者はお互いを見つめた。

 雨はいよいよ強く路面を叩き二人の足元が水煙で白くけぶっている。

「――こんばんわってか? お前は何者だ?」

 ツクシが訊いた。

「――コンバンワ? オッサンはもしかして日本人か!」

 疲労していた若者の顔にパッと生気が戻った。

「俺の言葉が通じねェのか? でも、お前の言葉は俺にわかるぜ。おい、ふざけてるのかよ?」

 ツクシの顔は土気色だ。街路灯の頼りない照明の下でもそれがはっきりとわかった。これは死人の形相である。しかし、その眼光だけはまだ鋭く尖っていた。

 死んだ顔のなかで生きているのはその瞳のみ。

 ツクシは不思議な顔になっている。

「ああ、俺がつけている虎魂のペンダントの翻訳か――」

 ツクシが呟いた声と一緒にぐらりとよろけた。血相を変えた若者が駆け寄ってきたが、若者の手がかかる前に、右にあった鉄柵へツクシの肩がつく。

 そのままツクシは崩れ落ちた。

「もう身体の感覚がねェ、目の前も暗くなってきた――」

 路面に腰を落としたツクシの歯がガチガチと鳴っている。

「あっ、まだ死ぬな。頼む、俺に教えてくれ。ここはどこなんだ。突然、俺はこの場所に迷い込んで――ああ、俺の言葉は通じないのか――コンニチワ、オハヨウゴザイマス、フジヤマ、ゲイジャ、ハラキリ、えっと――アキハバラ!」

 若者はツクシの肩を掴んだ。

「ククッ、なるほどな、そういうことか――」

 ツクシは笑い声と一緒に目を瞑った。

「頼むからまだ死んでくれるな、日本人のオッサン、俺の質問に答えろ!」

 若者はツクシを揺さぶった。

「――坊主、お前には悪いがな、もう時間がねェ」

 カッと目を開いたツクシである。

 雨中に燃え盛る眼光に怯んだ若者が「うっ!」と息を呑む。

「いっ、嫌でも、こいつを受け取ってもらおうか――」

 ツクシが震える手で腰の剣帯を外した。

 そのあまりの必死さに若者は言葉を失った。

 決死――。

「――サムライ・ソード?」

 若者はツクシの腰から離れた魔刀を見つめた。

 黒い鞘、草色の柄に、銀色の柄頭、鍔に竜の文様、刃の渡りは二尺と四寸――。

「ああと、外国語で何ていえばいい? 『Take It』あたりか?」

 ツクシは若者へ魔刀ひときり包丁を突きつけた。

 全身と同様、その手も震えている。

「――英語? オッサンは英語も話せるのか?」

 若者が怪訝な顔で呟いた。

「いいから、もっていけ」

 弱々しく口角を歪めたツクシは顔を寄せてきた若者の鼻先に魔刀をくっつけた。

「――何故、これを俺に?」

 若者は魔刀を受け取って訊いた。

 ツクシは目を閉じて、

「その刃を、次のサムライ・ナイト――流離さすらいの剣士へ渡すために、俺はここへ飛ばされたってわけだ――寒い。これから死ぬ奴は、どうやっても生命の熱を――体温を失う。身体が震えて、耐えられねェ――死に際に意識が残ってると、こんなに悲惨な思いをするんだな。死ぬ直前までこの感覚だけは誰にもわからねェだろ――俺は死ぬ――俺のクソみたいな人生は此処で終わりだよな――」

 ツクシは迫り来る死に凍えている。

「――だが、なあ」

 ツクシは低く唸った。

 どの道、犬死する宿命さだめだったならだ。

 あの剣鬼の爺さんを刺し違えてでもブッ殺しておくべきだった。

 この世界で俺の愛した奴らが死んだのはだ。

 強いていえば、全部、ネストを造った、あの呆け老人の所為じゃねェのか。

 殺すべきだ。

 絶対に、殺しておくべきだった。

 俺の手であのクソジジイを殺してやる。

 この俺が――転生石の剣鬼を、この手で――。

「――俺が!」

 目を見開き、渾身の怨嗟を発した直後、ツクシの呼吸が止まった。

 若者は仁王のような形相で死んだその男をしばらく見つめていた。

 やがて、うなだれた若者は受け継いだ刃を片手に大通りを東へ歩いていった。

 死んだツクシが街路灯の下で雨に打たれている。

 独り、それは青白く――。

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