十四節 王都炎上(弐)

「アルさん。話を誤魔化さないでくれ」

 ツクシの唸り声である。

「ツクシは、本当にしつこい男だなァ。女が相手でもお前はそんな感じなのか?」

 アルバトロスは苦笑いだ。

「何でアルさんだけ、半ば見捨てられた王都に留まって戦う必要があるんだ?」

 歯噛みをしてツクシは唸ったが、

「どうして、ツクシはニホンへ帰るんだ?」

 唇の端を歪めたままアルバトロスはとぼけて見せた。

「やっぱり、どうしても、ツクシさんは日本へ帰るんですか?」

 ツクシの杯が空くたびお酌をする悠里が訊いた。

「――あのな、先に俺の質問に答えろよな。あとな、悠里はちょっと黙ってろ。次に口を開いたらマジでブッ殺すからな。まあ、お前の場合、何をしても死なないだろうが、それでも首を斬り落とせばしばらくの間は喋れん筈だ。今日の俺はマジだぞ。悠里、わかったら、声を出さずに返事をしろ」

 ツクシが殺気立って悠里を刺すようにして睨みつけた。口を閉じた悠里はツクシを熱く見つめて頷いた。頬の血色を良くしてすごく嬉しそうな顔だ。

 ツクシはマゾい喜色を浮べた悠里の顔から慌てて視線を外して、

「――アルさん、今朝は、たぶん、今生の別れだぜ。モヤモヤしたままはお互いに気分が良くないだろ」

 ツクシはアルバトロスを睨んでいる。

 卓にいる彼の仲間もすべて団長へ視線を送っていた。

 周辺は冒険者の酔態で騒がしい。

 ユキとミュカレとマコトが酒場の四方八方から怒鳴り声で飛んでくる注文の対応で走り回っている――。

「俺の姓と名はアルフォート・フォン・バトロース。適当に短くしてアルバトロスと名乗っていた」

 アルバトロスが空にした杯を卓に置いた。

「――フォン? ああ、アルさんは元貴族だったか。以前、カルロさんがそういっていたのを覚えてるぜ」

 ツクシは頼りない記憶力に鞭を入れて頷いた。

「冒険者になる以前、俺は王都の貧乏貴族をやりながら見ての通りの仕事をしていた」

 アルバトロスが椅子の背もたれにあった緋色の鍔広帽子を自分の頭に乗せた。

「三ツ首鷲の騎士様な。アルさんの後輩はどいつもこいつもロクでもねェ連中だぞ。大先輩は後輩の教育をちゃんとしたのか?」

 ツクシが苦情を申し立てると、

「ご指摘の通りだ。俺は一切、後輩の指導をしていない。騎士団にいた頃、俺はバルカから――騎士団長から小言をもらう回数が一番多かったからな。そんな俺が若手のお手本じゃ困るだろう。その件なら俺を好きなだけ責めていいぞ」

 アルバトロスは緋色の鍔広帽子を手にとってニヤリと笑った。

「そんなの今さら責めるつもりはねェ。アルさんの話を続けてくれ」

 ツクシは話を促した。

「貴族をやっていた頃の俺には妻と息子が一人いた――」

 アルバトロスが卓上へ視線を置いた。

 卓の上は食い散らかされた料理や呑みしの杯で賑やかに占領されている。

 だが卓上の会話はない。

「――アルさんの妻子はどうした?」

 ツクシが訊いた。

「どっちも死んだよ」

 アルバトロスは表情を変えずにいった。

「――そうか」

 ツクシはアルバトロス同様、視線を卓上に置いた。

「息子が生きていれば悠里くらいの年齢――よりは、一回りくらい上かなあ」

 アルバトロスが悠里を見やった。

 悠里は沈黙したまま弱い笑顔を返した。

「――どうして、アルさんの息子は死んだんだ?」

 ツクシは顔を歪めた。

 自分が問い詰めた以上、ツクシは話を進める義務がある。

「当時、漆黒のジグラッド周辺で北から国境侵犯を繰り返していた不信な集団がいてな。帝歴九九四年だ。デスチェイン魔賢帝が崩御した次の年だった。崩御の前から魔帝国の政情不安が王国へ伝わっていた。あの時分、三ツ首鷲おれたちはかなり神経質になっていた。対外諜報活動もあれこれと忙しくなっていた――」

 アルバトロスが顎に手をやった。

 いつもそこにある無精髭が今朝はない。

「北から国境侵犯を繰り返していた集団――地理的に魔帝国が派遣した集団だよな。息子さんは魔帝国の兵隊に殺されたのか?」

 ツクシが訊くと、

「――そうだ。俺の息子は、当時、極秘裏に発足した幕僚運用支援班――厄病神カラミティの一員だった。ミトラポリスの治安維持警備隊に偽装して北の国境とその周辺の街を警戒していたんだ。一人ってわけじゃない。厄病神の工作班の一員としてだった。工作班の目的は北の国境線から侵入と離脱を繰り返していた魔帝国破壊工作員の拿捕だ。その作戦中に息子はられた。俺が駆けつけたときには、冷たくなった息子の身体が真っ二つに分かれていた――」

 アルバトロスの横顔から表情が完全に消えて、語る言葉が止まった。

「――それで、アルさんはどうしたんだ?」

 口を開いたのはツクシである。

「俺は魔帝国に喧嘩を売った。死んだ息子の仇討ちだな。単身ってわけじゃなかった。騎士団はもちろん、元老院議会やタラリオン王国軍の協力者は何人もいた。国境侵犯の件で魔帝国に対して、どいつもこいつも頭に血が上っていたんだ。そのうち『漆黒のジグラッド防衛作戦』は収集できないほど大規模になった。死人もたくさん出てな――最終的にこの問題が拗れて、タラリオン王国とエネアデス魔帝国の国交断絶へ繋がった。今から十五年以上前の話だ――」

 アルバトロスが苦く笑った。

「――それで、どうなった?」

 酒を呷る手を完全に止めたツクシである。

「表から裏から手を回してな。俺は憎い仇を国境線上まで誘い出して、一対一サシの決闘に持ち込んでやったよ」

 アルバトロスの唇の端を歪めると、

「へえ、さすがはアルさんだ。やるじゃねェか」

 ツクシの口角も歪んだ。

「それがな、ツクシ。俺は仇をれなかったんだ。俺は息子の仇に右の目を取られた。今はそこが導式義眼これになってる」

 アルバトロスが自分の右眼――エメラルド・グリーンの導式義眼を指差して、

「相手が悪かった。俺の息子を殺したのは魔帝の近衛騎士団の騎士だ。聖なる嵐の騎士団エリスヴォロチの副団長グラージ・イド・ウルミって野郎だった。そいつがまた目を見張るような凄腕の魔剣士でな。蛇腹剣じゃばらけんの使い手だった。俺は目を見張っているうちに、その目を奴の剣先で抉られたってことになる。どうだ、これはかなり間抜けな話だろう?」

「アルさんが返り討ちかよ――」

 ツクシは呻いた。三ツ首鷲の騎士の戦闘能力をツクシも何度かネストで見ているから知っている。

 タラリオン王国軍最強の局地戦闘力。

 以前、ヤマダが騎士の戦力をこう表現していた――。

「――いや、一応、いっておこう。俺のほうはその凄腕を片方切り落としてやった。最終的な結果は痛み分けだ。お互い刺し違える寸前で剣を引いた」

 アルバトロスが空の杯を手にとった。

「アルさんは何故そこで退いたんだ。相手は息子さんの仇だろ。八つ裂きにしてもまだ足りないくらいだと思うがな?」

 ツクシがアルバトロスの杯へ赤ワインを注いだ。

「グラージは任務のために俺の息子を殺し、俺は復讐のためにグラージを殺そうとした」

 ツクシから受けた杯を口に寄せたアルバトロスである。

「筋は通っているじゃあねェか」

 ツクシが自分の杯へ赤ワインを注いだ。

「筋は通っていたわけだがな。その復讐を果たして俺の息子が生き返るわけでもない。グラージも俺の息子を殺したくて殺したわけでもない。決闘前、俺たちはお互いの名を名乗っただけで、あとは一言も言葉を交わさなかった。だが、切り結ぶうちに俺はわかった。グラージの奴は少なくとも正気の目をしていた。俺のほうは、どうだったのか、自分ではわからん――」

 アルバトロスは目を細くした。様々な感情が交錯したその表情は、どんなものかをはっきり表現するのが難しい、ツクシにはそう思えた。

「それで、アルさんは復讐から身を退いたのか。まあ、それはいさぎよい話ではあるのかも知れんがな――」

 ツクシは顔を歪めて煮え切らない表情だ。

 アルバトロスは手にもった杯の赤い水面を見つめて、

「とにかく、俺はそれで納得した。だが俺の妻は納得できなかった。元よりライナが――これが俺の息子の名前なんだが――そのライナが三ツ首鷲の仕事に関わるのを妻は反対していた。可愛い一人息子だ。俺は息子のわがままを聞き入れ、俺の妻は息子のわがままにずっと眉をひそめていたってわけさ。息子が死んでから俺の妻は日々衰弱していった。病の原因は一人息子に先立たれた心労だ。他に理由はない。手の施しようもなかった」

「ああ――」

 ツクシが呻いた。

「そのうち、俺が話しかけても妻は返事をしなくなった。ある日の朝だ。俺は騎士団の仕事が長引いて明け方に自分の屋敷へ戻った。バスタブのなかで俺の妻は――レイチェルは手首を切って血の湯に浸っていた。家政婦メイドが彼女を発見したときには手遅れだったらしい――」

 赤いワインの水面にアルバトロスの顔が映り込み揺らいでいる。

「――アルさんの奥さんは自殺か」

 ツクシが沈黙した卓に向かっていった。

 丸テーブル席の面々は沈黙し、アルバトロスの話に聞き入っている。

「――その一件以降、国家も貴族も騎士団の仕事も心底嫌気が差した俺は、そこまで積み上げてきたものすべてを放り捨てた。簡単にいえば逃げたんだ。屋敷と財産を処分した俺は、女衒街の安宿をねぐらに決めて堕落した。毎日毎日、女を買って、博打を打って、正体を失うまで酒を浴びたよ。そんな生活をしている最中だ。俺はホークス冒険者団の団長、ホークス・ジオ・ウパカと出会って、誘われるまま冒険者になった。『呑む、打つ、買う』も毎日やると飽きがくる。だから、俺が冒険者になったのは興味半分だ。まあ、俺のほうがホークスの無頼な生き方に年甲斐もなく憧れたのも少しだけあった――これは、恥ずかしい話だ」

 アルバトロスが赤ワインの杯を一息に干して、

「――これは俺の語るに恥ずかしい過去だ。無頼な冒険の日々が捨て鉢になっていた俺を癒やしてくれた。騒がしくて荒い仲間に囲まれた危険な旅の最中は過去の亡霊と向き合う暇もない。冒険の旅が、語るに恥ずかしい過去の呪いから、俺を徐々に解き放った。すべてが死に体だった元貴族、三ツ首鷲の騎士団の元副団長、アルフォート・フォン・バトロースは阿呆鳥アルバトロスになって生き返ったわけだ。俺は自由を――翼を得た。俺にとって冒険は人生を取り戻すための翼だった――良し、俺のつまらない昔話はこれで終わり。お前ら、これ以上をしつこく訊いて、俺に恥をかかせるなよ?」

 笑顔のアルバトロスが卓の面々を見回した。

 彼の団の団員はそれぞれ弱い笑みを団長へ返している。

「――冒険者になって生き返ったか。それなのにアルさんは今になって魔帝国へ、つまらない復讐を企てるのか?」

 大の男にここまでも語らせてまだもしつこい男が一人いる。

 目つきを鋭くしたツクシである。

 ツクシはアルバトロスへその尖った視線をぶっ刺していた。

「男は過去を呑み込んで生きる。本物の男は過去を――それまで生きてきた自分の軌跡を、例えそれがどんな恥辱であっても捨てるものじゃない。俺は冒険者であると同時に、三ツ首鷲の追放者アウト・キャストでもあった。だから、この戦争から逃げたら俺の男が廃るってわけだ。ツクシ、違うか?」

 アルバトロスが皮肉な形に唇を歪めた。

 いつか、誰かもいったような台詞――。

「――年寄りの意見には賛成できねェな」

 ツクシは歪めた顔を背けた。

「若造に賛同してもらうつもりは最初ハナからないぜ」

 アルバトロスは胸を反らして笑った。

 同じ卓にいた団員たちは口に出して何もいわない。

 しかし、おそらくは、これがアルバトロス曲馬団の解散の挨拶だった。

 ツクシがうつむいていると、

「――いよう、ツクシ。おっ、アルさん、悠里、それにお前ら全員、よくも、生きて戻ってきたなァ!」

 ダミ声である。

 ゴロウがゴルゴダ酒場宿へやってきた。

「おっ、ゴロウか。ああ、生きてたぜ。これから派手に死んでやる予定だがな」

 最初に挨拶を返したのは笑顔のアルバトロスだ。

「ゴロウさん、元気そうですね!」

 顔を上げた悠里も笑顔だった。

 他の面々もゴロウへ挨拶をした。

「俺ァ、しぶといのだけが自慢でなァ。アルさんたちも無事で何よりだぜ」

 歯を見せる笑顔のゴロウの後ろから、

「ツクシ、今朝に連絡があったぞ。いよいよネスト完全制圧作戦の大詰めだ」

 ギュンターが浅黒い顔をゴロウの後ろから覗かせた。

 小柄なギュンターは巨漢のゴロウの後ろにいると姿が完全に隠れてしまう。

「では、ツクシ、ゴロウ、俺は自分の仕事へ戻るからな。ああ、宴会かあ、これは目の毒だ――」

 ギュンターはそんなことをボヤきながらすぐ姿を消した。

「ああよォ、ツクシ、最後の仕事だぜ」

 ゴロウが強く頷いて見せた。

「わかった。じゃあ、みんな、俺たちはそろそろネストへ――」

 ツクシが椅子の背もたれにあった外套を手に席を立つと、

 ゴゥゥゥゥゥゥン――!

 爆音と一緒に宿がぐらぐら揺れた。

 一瞬、酒場の喧騒が消えたが、すぐに前より大きい喧騒が復活した。

 爆撃に負けじと意識的に張り上げた冒険者たちの気炎である。

「――今のは着弾が近かったな」

 ツクシが呟いた。西から迫る魔帝軍の陸戦部隊が放った魔導の砲弾だ。今朝方から超長距離を飛ぶ魔導の光球弾が王都へ何個も着弾している。

「――アル、俺たちも行こう。ここも限界だ」

 カルロが椅子の脇にあった導式弓――狙撃手の長弓スナイパー・ロングボウを手にとって席を立った。

「そうだな、行くか――」

 アルバトロスが緋色の王国陸軍外套を羽織って頭に緋色の帽子を置いた。

 腰の剣帯からは導式サーベルが一本吊られている。

 導式義眼の冒険者はここで三ツ首鷲の騎士に帰った。

「ええ、行きましょうか」

 悠里が頷いて席を立った。赤茶色の革鎧を着込んでいた悠里はその上から防塵マントを羽織って頭に鍔広帽子をのせた。その陽に焼けて色褪せた革の帽子はアルバトロスが以前まで愛用していた品である。

「うん、そろそろ動こうか――」

 席を立ったロランドが壁際に立て掛けてあった魔導式大剣――刻の虐殺者ダーインスレイフを背負った。

 これは魔帝国に古来より伝わる宝剣である。

「そうね」

 フェデルマが脇にあった銀色の長杖を手にした。

「うん」

 フレイアが頷くと顔の前についた護符が散る。

 魔帝国の守護神二人も席を立つ。

「ええ――名残惜しいけれど、わたくしたちも出立の準備をしましょう」

 弱い微笑みを浮かべたマリーも席を立つと、

「ああ、もう、面倒ね――」

 アヤカが紅茶のカップを卓上に置いて最後に席を立った。アヤカは何も荷物を持たず黒いワンピース姿だった。その黒い生地が突然、悲鳴を上げて揺れ始めた。

 ツクシは目を見開いた。

 見ているうちに、アヤカの身体全体へまとわりついた黒いものは荒海のようにうねり、留め具がたくさんついた黒い戦闘服になり、丈の長い黒い外套になり、黒い長ブーツになった。最後、深遠の闇はアヤカの頭へ這うようにして辿りつき、黒い大きな鍔広帽子になって活動を止めた。

 とにかく、黒一色だ。

 よく見ると、アヤカの全身を覆う黒い戦闘服の表面は、蕃神ばんしんがもだえる表情の数々が密集している。それらがぐねぐねと蠢き、ひとの耳に届けば、その精神へ確実な危害を加えるであろう外世界の呪詛を延々と吐き散らしていた。目にしているだけでも魂が腐食されそうな勢いのおぞましさだ。

 ツクシは邪神の力の片鱗を見せたアヤカから慌てて目を逸らした。目を逸らしても身体の芯へ悪寒が残っている。

 そのアヤカのほうは何事もなかったように、移動を始めたアルバトロス曲馬団の一番後ろをトコトコついていった。

 その場で凍りついたツクシとゴロウが気を取り直して、宿の出入口へ足を向けたところで、

「さあ、アンタら、酒も料理も時間も尽きた。宴会はここでお開きだ。ゴルゴダ酒場宿は今日で閉店だよ!」

 厨房から出てきたエイダが声を上げた。

 喧騒を突き破る大砲のような咆哮だ。

 酒場の席を埋めていた冒険者たちがバラバラと立ち上がる。

 出入口でゴルゴダ酒場宿の従業員が並んで退店する客へ挨拶をした。

「皆さん、長い間、お世話になりました」

 セイジは退出する客一人一人へ丁寧に頭を下げた。

「長年のご愛顧、感謝致しまあす!」

 ミュカレは笑顔と一緒に連呼する。

「みなさん、またのご来店を――」

 マコトは深く頭を下げたまま言葉を詰まらせた。

「戦争が終わったら、このお店にまたきてね!」

 涙声で叫ぶのはユキである。

 閉店の挨拶をする従業員たちへ、声をかけたり、笑いかけたり、手を振ったりしながら、酒精と各々の武器を帯びて冒険者たちは出ていった。彼らはすべて冒険者義勇軍に所属している。ゴルゴダ酒場宿の正面出入口の内側にある鉄製の鎧扉が閉まった。

 ツクシはその鉄扉が閉められたのを初めて見た。


 遠く近くで、爆音が響く。

 ゴルゴダ酒場宿の表に出ると所々から黒煙が上がっていた。上ではワイバーン航空騎兵の編隊が東へ絶え間なく飛んでゆく。地上では家財道具を積んだ荷車を引いて、迫る魔帝軍の砲火から逃れようとする王都の住人が西へ西へ移動していた。その流れに逆らうように王都防衛軍の消火隊だの衛生防衛隊だのが集団で馬を飛ばしてゆく。

 転んだ子供の泣き声がある。

 苛立つ男の怒鳴り声がある。

 不満を叫ぶ女の金切り声がある。

 諦めた老人の呻き声がある。

 王都で最も騒がしい交差点には日常とは別の喧騒で溢れている。

「まず、マリーと一緒に彼女の家族と向かえにいく」

 ロランドとフェデルマとフレイアは三人でひとつの赤毛の馬の上に跨った。

 ロランドは前にフェデルマ後ろにフレイアを乗せた形になっている。

「それではワルキューレが持たん。俺が一人、面倒を見てやる」

 そういったのは月毛の馬クーサリオンに乗ってきたカルロだ。ロランドが乗る赤毛の馬はワルキューレという名前らしい。頷いたフレイアがカルロの後ろへ移動した。Ε型導式機動鎧を着込んだマリーが葦毛の馬ディアナに乗ってきてロランドたちに合流する。

 彼らの一団が一番先にゴルゴダ酒場宿前から去っていった。

 ツクシとゴロウがロランドたちを見送っていると、黒駒ココアに跨ったアルバトロスが酒場にいた冒険者義勇軍の面々を引きつれてきた。アルバトロスの後ろには栗毛の馬シューターに跨った悠里と骨馬レィディに跨ったアヤカもいる。

「ツクシ、ゴロウ、お別れだ」

 馬上で唇の端を歪めたアルバトロスだ。

「ああ、またな、アルさん」

 ツクシが頷いた。

「アルさん――」

 ゴロウはうなだれた。

 アルバトロスが率いる冒険者義勇軍はペクトクラシュ河南大橋を渡っていった。

 橋を渡った先は死地である。

「――ツクシさん、ゴロウさん、お元気で!」

 悠里が馬上で何度も振り返って手を振った。

「悠里もな、元気でやれよ!」

 そのたび、ツクシが吠えて返した。

「ああよォ、悠里、おめェも元気でなァ!」

 ゴロウも叫んだ。

 骨馬レィディに乗った邪神アヤカは振り返らない。

 別れの挨拶すらしなかった。

 ただ、その下にいる骨馬レィディは、

「ツクシ、それに、ゴロウ。きっとまた会いましょう」

 去り際にていねいな別れの挨拶をしてくれた。

 冒険者義勇軍が橋の向こうへ消えたあと、

「行っちまったな――」

 ツクシが呟いた。

「悠里はおめェと違って、こっちに骨を埋めるつもりなんだなァ――」

 ゴロウが東を見やったままいった。

「まあ、悠里は色々あって日本へ帰れねェ。それに、あいつは異世界こっちの暮らしが肌に合ってるみたいだしな。あれでいいんだ」

 少なくとも悠里が死ぬことは絶対にない。

 そこだけは納得できる別れだ。

 ツクシが顔を上げると戦火の黒煙たなびく王都の空は皮肉なまでに青かった。

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