十二章 血刀の果てに

一節 作戦名は「行動計画・死神の刃」(壱)

 ネスト特別攻撃班が結成されてすぐ、ネスト完全制圧作戦は、その作戦名を『行動計画・死神の刃プラン・タナトス・ブレード』へ変更された。この子供が喜びそうな感じのクールな作戦名は、ネスト管理省長官である老騎士バルカが直々に命名したものだ。一晩中、考えたらしい。この威風堂々の老人はこういう感じの勇ましいネーミングを好んでいるようだった。

 ともあれ、以下が行動計画・死神の刃、現時点までの経緯になる。

 帝歴一〇一三年の碧竜月上旬にこの作戦が開始された当初、問題は何も起こらなかった。ネスト地下十三階層、地下十四階層の探索は順調に終了。この二つの階層は、十二階層と似た景観のただっ広い迷宮が広がっているのみだった。

 ここまでのネスト探索で一ヶ月の時間を要した。

 探索と同時進行でワーラット工兵隊がネスト内部の掘削を進め、導式エレベーターの設置作業を行った。その箱は牽引型の超長距離導式陣砲がふたつていどすっぽり入ってしまうほどの大きさだった。導式エベレーターの設置作業にはドワーフ機械技師であるベイゲル教授とその助手ヴョーク女史も協力した。

 問題が発生したのは黒一色の大迷宮から明るい茶色の壁や床へ景観が変わった地下十五階層、その南西区に導式エレベーターが設置された直後のことだ。ギルベルトが率いる導式剣術兵・導式術兵混成中隊が操作する導式偵察機ドローンの数機が未確認生命体を複数発見。そのあと導式偵察機は消息を断つ。この事態を重く見たギルベルトは地下十五階層の導式エレベーター前に仮建設された前哨基地へ戦力を結集させるようメルモへ要請。これを受けたメルモは配下のワーラット軍を指揮して、導式エレベータ前へトーチカを多数配置した防衛基地を構築後、ネスト特別攻撃班を厳重に援護する形で探索を再開。

 その結果、相対したのは、これまでにない強力な戦闘能力を持つ異形種の軍勢だった。

 ネストの下層で新たに発見された異形種は数個の個体が外に漏れ出しても、王都全体へ壊滅的な被害をもたらす恐れがある――三ツ首鷲の騎士団が行う定例の円卓会議で騎士ギルベルトがそう報告した記録が残っている。

 強力な異形種の形状は様々だったが、これらは一括して『超級異形種ウーバー・ヴァリアント』という識別名がつけられた――。


『鼠くせえ肉だ、くせえ肉。ワーラットのディナーは、いつもハズレ味』

『ワーラットの死骸は残念だ。舌が捻れて鼻曲がる!』

『ああ、不味い、ワーラットの肉は、すごく不味いね』

『いやいや、ワーラットの肝臓レバーは、なかなかいける』

『ヒト族の肝臓はとても酒臭い。特別、男の肝臓は』

『ほらほら文句ばかりをいわないで、ワーラットの心臓も、なかなか悪くない、血が滴り落ちているうちが食べごろだ』

 作戦用テーブル上に照射されていた立体情報ツリーに次々不可解な文字列が出現した。

「また、『人面鼠ペスト』どもの通信妨害か」

 ギルベルトがパイプ椅子から立ち上がって吐き捨てた。その横で導式通信機を操作していたイシドロ少尉はバツの悪そうな顔で憤るギルベルトを見上げている。ギルベルトを補佐するためにイシドロ少尉は王座の街から派遣されているのだが、その肝心の導信機器が敵の妨害で役に立たない。

 通信妨害を行っているのは人面鼠ペストの識別名がつけられた超級異形種だ。

 体長三十センチほどの巨大なドブねずみの身体に人面――極端に脂ぎった中年男、嫉妬深い中年女、人格がねじ曲がった老人、強欲極まる老婆など、様々な醜悪さを感じさせるひとの顔を持つ不気味なねずみが、地下十五階層に多く生息している。この異形種にひとを攻撃する能力はない。その代わりに彼らが常に交している『下品なおしゃべり』が導式を利用した通信へ混入して障害を発生させる。

 ワーラット兵や吸血鬼と連動して探索に出たツクシの特攻班と導式エレベーター前にあるネスト地下十五階層探索作戦司令部は、連絡がまったくとれない状態になった。

 今回で襲撃アタックは三回目だ。

 探索は難航している――。

 エレベーター前防衛基地内を苛々チュウチュウ歩き回っていたメルモが、総司令部天幕へ戻ってきて、

「チュ、騎士ギルベルト。また人面鼠どもの導信妨害なのか。チュチュ?」

「メルモ大将、見ての通りだ」

 ギルベルトは親指の爪を噛んでいる。

「ツクシは無事なのか?」

 その横でフロゥラは卓上の立体地図を睨んでいた。背もたれつきの椅子に座って数名の吸血鬼と家政婦を侍らせイヴニング・ドレス姿のフロゥラは赤ワインの杯を片手に優雅な感じだ。しかし牙を見せたその表情は非常に厳しい。女王様は苛々しておられるご様子である。

「また特攻班と司令部の連絡が途絶えたようですな。魔導鳥・凶報を運ぶ黒鳥マルム・ヴァルチャーなら異形の領域のなかでも飛べますが――」

 そう呟いたのはフロゥラの背後に立っていたゴードンだ。その言葉に即反応した女王様が周辺に魔導鳥の大群を形成した。これらは導式鳥同様の連絡用の擬似生命体である。それぞれ紫炎に揺らぐ羽を散らせ不吉な鳴き声で「ツクシ! ツクシ!」と鳴き喚くので、うるさいことこの上ない。

「ご主人様、落ち着いてください。魔導鳥を飛ばしても超級異形種に落とされるのがオチです。何回やれば気が済むのですか?」

 銀色のティー・ワゴンと一緒に控えていたカレラが苛々するフロゥラをたしなめた。

「これが落ち着いていられるか。今から私がツクシを探しに行く!」

 フロゥラは椅子から――無駄にふかふかとしていて、立派な背もたれのついた豪華な椅子から立ち上がろうとしたが、

「女王陛下はこの防衛基地の切り札ですから動けませんよ」

 右の肩をゴードンに、

「そういう約束でご主人様は、作戦への参加を許可されていますから」

 左の肩をカレラにぐいぐい押さえつけられた。

「ええい、おぬしら生意気な――この私に逆らうか!」

 フロゥラは身を捩って駄々をこねたが、自分が持ち込んだ(下僕に命令して持ってこさせた――)豪華なふかふかの椅子から立ち上がれない。片や吸血鬼、片や不死者ノスフェラトゥであるゴードンとカレラは結構な力持ちのようだ。

「イシドロ少尉。以前と同様、『異形の領域』が広がっているのか?」

 ギルベルトが統合導式通信機を操作するイシドロ少尉を見やった。

「あっ、はい、見ての通り間違いないです。南西区の北部へ設置した導式生体感応器の応答がありません。導式偵察機ドローンのデータも届かないので、人面鼠に破壊された立体地図の復旧もできません。これではお手上げですよ――」

 イシドロ少尉は統合導式通信機の操作パネルを必死で叩いていた。これが、立体情報ツリーと連結されている。立体地図の侵食されている部分が話に出てきた異形の領域だ。この領域内でしか超級異形種は活動できない。そのあまりにも異な存在は異形の領域外で活動すると、圧倒的な異能力の自重で自身が押しつぶされてしまうのだ。今、問題になっている異形の領域は予測不可能な形と機会で広がる。領域の端にいる超級異形種を全滅させれば波が引くように異形の領域は小さくなるのだが、すぐにまた拡大を始めるのだ。

 これまで行われた探索は一進一退を繰り返している。

「――デル=レイ大尉、導式偵察機ドローンはどんな様子だ」

 ギルベルトが近くにいた導式術兵の一団へ顔を向けた。振り向いた導式術兵の一人が高機能型防毒兜――導式偵察機を遠隔操作する防毒兜の面当てを引き上げた。

 その下から若い顔が出てくる。

 本当に若い顔だ。

 年齢は二十歳の手前だろう。

 この若者――デル=レイ大尉が、

「騎士殿、駄目です。通信不能になった導式偵察機は警告音すらありません。破壊されているかどうかも不明――他は?」

「同様でした」

「同様です、突然、視界が消えました」

「自分のは今、落ちました」

 その周辺から次々と似たような返事があった。

「デル=レイ大尉。自分のはまだ生きています――」

 そのなかで、中年の導式術兵が呟くような返事をした。

 神経を尖らせているので、まともな声が出ないようだ。

「立体地図と同期して、異形の領域に巻き込まれない遠方から偵察を続行。ツクシたちの位置を捉えろ」

 ギルベルトは命令したが、

「騎士殿、やってはみますが――異形の領域はどうも奴らの――超級異形種の群れより先行して広がっているようで――こちら側に――防毒兜内部の視界に表示される立体地図は同期が遅いのです――立体地図が正確ではないから――それさえ、何とかなれば――」

 中年の導式術兵の途切れ途切れの返答だ。

「――何とかしろ。イシドロ少尉」

 ギルベルトが横目でイシドロ少尉を睨んだ。

「え、ええと、そこらはどうなんですかね。チーロ特務少尉?」

 操作パネルを叩いては立体情報ツリーを睨んでいたイシドロ少尉が、小アトラスに似た計器を片手に作戦テーブル周辺をカサコソ動き回っていた、チリチリパーマで眼鏡の兵士へ声をかけた。この彼がチーロ特務少尉である。

「ええっと、そこら辺はですねえ、イシドロ氏。通信機内部のプログラムよりも導式回路そのものや導熱源を改良する必要がありますよねえ。これ以上の演算速度を求めて導熱の供給を上げると導式回路が焼き切れたり導式機関が割れちゃいますよお――ああ、ほらほら、イシドロ氏、もう人工秘石の運命収束率が限界値。ほら、立体ツリーのほうにも警告も出てるし、やばいよお、これは!」

 チーロ特務少佐が警告で真っ赤になった立体情報ツリーを指差した。

「――あっ、やばいこれはやばい! 一番、熱量取ってる立体地図への導熱を遮断しないとデータが全部オシャカだ。最悪、上階うえの大アトラスにも被害が及んでしまう!」

 イシドロ少尉が慌てて操作パネルを叩きだした。

「君の神速タッチで僕たちの大事なデータを救出してくれ、イシドロ氏ィーッ!」

 チーロ特務少尉が両拳を握ってイシドロ少尉の作業を応援した。わあわあやっているイシドロ少尉とチーロ特務少尉を横目で睨むギルベルトは見るからにイラついた表情だ。近年発展が目覚ましい導式通信機器の管理のため造兵廠の開発室から出向してきたままネストの任務に引っ張りだこになってしまったこのチーロ特務少尉は、マニアックでオタクっぽくて全然兵士らしくない性格だ。もっとも元々この彼は技術屋であって兵士ではないのでそうだとしても責められない。それでも同じく機械いじりが大好きなイシドロ少尉とは息がピッタリ合う。ギルベルトはイシドロ少尉とチーロ特務少尉コンビを苦手にしている。

 正直、大嫌いだった。

「造兵廠の開発局へまた通信機器の改良を頼むだと? そんな悠長なことができる状況に見えるのか。まったくもって使えん技術屋どもだな。この作戦が無事終了したら階級を降格させてやるか――」

 ギルベルトが低く呟いた。しかし、最新の導式回路を使った通信機器類の取り扱いはギルベルトの専門外なので自分では手の打ちようがないのだ。悔し紛れである。

「――騎士殿、これは撤退準備かしら?」

 ツンツンした女性の声だ。ギルベルトが作戦テーブルの向こう側へ視線を送ると、そこに防毒兜を小脇に抱えてΕ型導式機動鎧を着込み、長い金髪をツイン・テールにした碧眼の美人がツンツンとした態度で突っ立っていた。この彼女はエーリカ・カーミラ・ド・カルティエ少佐である。立場はこの作戦の総司令官ギルベルトの補佐役だ。背後に彼女の部下の導式機動兵と導式術兵が並んで控えている。デル=レイ大尉もこの彼女の部下だ。

「エーリカ少佐は偵察に出た部下を全員残したまま司令官へ撤退を進言するのか?」

 眉間を冷やしたギルベルトの冷たい声だが、エーリカ少佐はツンツンした態度を崩さない。末端貴族の長女に生まれながら戦場で武勲を立てることで佐官まで出世したこの女性もまた一流の戦士だ。

「おっ、お言葉ですが、騎士殿!」

 睨み合う司令官と自分の上官の間で顔を強張らせたデル=レイ大尉が直立不動の体勢で裏返った声を上げた。

「かしこまらなくてもいい。貴様の意見をいってみろ、デル=レイ大尉」

 ギルベルトはエーリカ少佐を睨んだまま唸った。

「えっと、特攻班からの連絡が丸二日間ありません。異形の領域内へは何度やっても導信が届きませんし、導式偵察機の運用も不可能です。ですが、立体地図の状況から想定すると地下十五階層で発生している超級異形種が、この地下十五階層エレベーター前防衛基地へ迫ってる可能性は非常に高いと思われます。この場に留まっていると騎士殿の身にどのような危険が及ぶか――」

 しどろもどろのデル=レイ大尉の言葉を、

「ええ、そうですわよね。最悪の事態に備えるべきですわ。騎士殿だけでも一時撤退の準備をしてくださる? 幸い、今なら導式エレベーターで上階へ移動するだけですし?」

 微笑んだエーリカ少佐が繋いだ。

「そ、そうですよね、エーリカ少佐!」

 デル=レイ大尉は薔薇の大輪のように微笑む視線を浴びて嬉しそうに頬を赤らめた。王国陸軍美人コンテストで十年連続の首位を維持している女性少佐の笑顔だ。空軍と海軍を含めると四位になるらしい。それに十年も連続であるから年齢は結構いっている。しかし、よしんば婚期を微妙に逃している女性だとしても、エーリカ少佐が王国軍で有名な美人であることは間違いない。

「デル=レイ大尉」

 ギルベルトが唸った。

「――あっ、はい。出過ぎた真似をして申し訳ありません、騎士殿!」

 姿勢を正したデル=レイ大尉は必死だ。

 カチコチとしたデル=レイ大尉を、ちょっと間、眺めたあと、

「エーリカ少佐」

 ギルベルトが呼びかけた。

「何かしら騎士殿?」

 エーリカ少佐がツンツン応答した。

「この作戦には退路が設定されていない」

 ギルベルトは消滅した立体地図があった空間を睨んだ。

 地下十五階層全体が異形の領域に呑まれている可能性も高い。

「しかし、自分たちは上官から騎士殿の安全を最優先で守れときつくいわれて――」

「困りましたわね――」

 デル=レイ大尉は困り顔で、エーリカ少佐は眉を寄せて、虚空を睨むギルベルトを見つめた。

「貴様らの上官がどうした。この作戦は全権がこの俺へ委任されている。それにだ――王座の街に駐屯中だった王都防衛軍集団は近日中に地上へ召喚される。もうじきに俺たちの一時的な退避場所もなくなるのだ。少佐、大尉、この意味はわかるな?」

 ギルベルトが硬く冷めた声で伝えた。二週間前、東外海上に展開していたコテラ・ティモトゥレ首長国連邦の連合艦隊が魔帝軍の急襲を受けて壊滅した。魔帝軍は海軍力のほとんどを東外海に送ったらしいと見てとった王国海軍はグリフォニア大陸と南にあるドラゴニア大陸を分かつ海蛇サーペント海峡へ全海軍戦力の半数以上に当たる艦隊を派遣し、魔帝軍の艦隊を迎え討つ方針を取る。しかしである。実際の魔帝軍の艦隊はコテラ・ティモトゥレの連合艦隊が何者かに攻撃されている最中、外海を北大回りに進軍中だった。コテラ・ティモトゥレの連合艦隊を壊滅させたのは魔帝軍の海上艦隊ではなかったのだ。タラリオン王国軍が正確に戦況を把握できないでいるうちに、魔帝軍が派遣した艦隊は西外海を南下中であると、空軍の偵察から報告が入ってきた。海軍の主力を南へ向かわせていたタラリオン王国は艦隊を大急ぎで呼び戻しているが西海岸の防衛戦に間に合う確証はない。エネアデス魔帝軍は数日でタラリオン王国の首都を陸海双方から包囲できる。

 カントレイア世界で最古の歴史を持つこの都が戦場になる日は近い――。

 デル=レイ大尉とエーリカ少佐は硬くなった息を呑み込んで、

「ええ、はい、騎士殿」

「わかりますわ」

「もう他に選択肢がないことを理解できたか。全部隊は防衛基地に展開、戦闘準備だ。導式機動兵は突撃してくる敵へ対応。導式術兵は収束器で戦場の視界を確保してワーラット兵の砲撃を支援してやれ。俺たちの頼れるねずみどもは目があまり良くないからな」

 ギルベルトの命令に、

「了解であります、騎士殿!」

 直立不動のデル=レイ大尉は大声で応じて、

「仕方ないわね。みんな、鎧の準備機動を始めて」

 視線を落としたエーリカ少佐は溜息で応えた。

 導式機関の起動音が彼女の命令に応じる。

「チュチュチュ! 最初から退路はなしか。騎士ギルベルトよ、それこそ戦士の心がけだ。我らのワーラット兵もその態度と行動を模範にすべきだな、チュ!」

 メルモは感心しながら機動歩兵・導式術兵混成中隊百名余が、一応は司令部と名のついた簡易天幕(天井だけで囲いはない)から四方へ散っていくのを眺めている。

 直属の部下が消えたあと、

「――いや、メルモ大将、少し違う」

 ギルベルトがいった。

「司令官、どうしたのだ、チュ?」

 メルモがねずみの顔をカクッと傾けた。

「俺としては面白くないのだが――以前、騎士オリガが主張した通りだ。王国軍の全兵力を差し向けてでもネストの制圧を最優先するべきだった。この状況では遅かれ早かれ地上の王都は、あの男のいう通りに――」

 ギルベルトは脳裏に浮かんだ、ジークリット・ウェルザーの顔を睨んでいた。横紙破りで迷惑かつ神出鬼没であるが、抜群に有能で天才的な三ツ首鷲の騎士の顔だ。またの名を戦争の申し子。すべての戦局は以前から彼が主張していた通りに進んでいる。

 最悪の結末に向けてである――。

「――チュチュ」

 言葉に詰まったメルモが視線を落としたところで、

「――ギルベルト司令官、メルモ大将。大通路北方から特攻班が撤退チュウ!」

 司令部へ駆け込んできたねずみが告げた。灰色の体毛に海賊帽子のような軍帽をかぶって、灰色の生活圏防衛軍服をビッシと着こなし、胸に勲章をいっぱい並べた、偉そうなねずみの兵隊である。

「チュ、特攻班が帰還したのか、ニーニ中将!」

 メルモが叫んだ。声が嬉しそうなので嬉しいらしい。「特攻班帰還す」の報告をしたのはメルモの補佐役をしている人鼠中将バイス・ジェネラル・ラットニーニ・ブロッコリー・ペペローネ(♂)である。

「――間違いなく、クジョー・ツクシ特務中佐だ。生きてるぞ!」

 防毒兜についた装置で視界を拡大した若い導式術兵が叫んだ。

 驚くことなかれだ。

 今のツクシはタラリオン王国陸軍の特別任務中佐なのである。

 むろん、

「肩の凝る肩書はいらん」

 螺子者ねじもののツクシは寄越された肩書を突っぱねた。

 しかし、

「軍と共同作戦をするなら、偉そうな肩書があるほうが便利だ。まともな兵隊は、自分より偉い階級章を見たら、必ず尻尾を振るよう厳しく躾けられているものだからな。それに、階級がないと貴様の給料を経理部へ請求するのも面倒だ。こちらの都合もたまには考えろ、この馬鹿めが!」

 派手に唸ったギルベルトの勝手な判断で、ツクシは兵隊の階級を無理やり押し付けられた。ゴロウとゲッコは特務大尉扱いになっている。

「――特攻班は帰還チュウ。しかし、超級異形種とおぼしき敵影が大軍でもって味方を追撃チュウであります、チューッ!」

 ニーニの少し遅れた報告である。

「チュ、さすが、ネストの死神!」

「油断するな、敵を警戒しろ、チュー!」

「チュチュ、敵襲、敵襲!」

「戦闘配置、戦闘配置、チュー!」

「砲の準備機動開始だ、チュー!」

「ストーム・エンカウンター持ちは基地最北端のトーチカへ優先して入れ、チュチュ!」

 ねずみの兵隊がチュウチュウ大騒ぎしながら、牽引型導式陣砲の長い砲身が突き出したトーチカのなかへ駆け込んでいった。

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