十六節 花冠を抱く三人の姫君

 季節は農夫が土を造る頃合いである。

 時刻は居眠りしているような青空の下にある昼時前。

 両脇に地平線を埋めるほどの田畑へそれらを肥やすひとの姿があった。

 広い田畑に挟まれた細い田舎道だ。

 百姓の老人が堆肥や農具を積んだ荷車を黒牛に引かせていた。とろとろ進んでいるうち、老人の耳に馬の蹄の音が聞こえてくる。年老いて相応に遠くなった聴力である。対面から疾走してきた蹄の音が大きくなった頃、気づいた老人は足を止めて、かぶっていた編笠を引き上げた。そのときはもう馬とそれに乗った二つのひと影は老人の後ろへ駆け抜けている。

 走り去る馬に並んで疾風のように駆ける獣人の背が見えた。

「あんの青みのある毛並みの黒駒は間違いねえ、劉家の名馬『絶影』だあなあ。それに、横を走っているのは獣人だあねえ。そうするとだ。絶影に乗っていたのは、おてんばのユンファ様と黄龍の姫様だったのかな?」

 しわがれた声で呟いた老人が、しわのびっしり刻まれた顔で笑ったあと、黒い牛の背を叩いて進行を促した。牛の歩みはまさしく牛歩だが、老人がそれで苛立っている様子はない。

 後ろに黄小芯ホァン・シャオシンを乗せた劉華雨リュウ・ユンファが絶影に乗って黄龍の田舎道を全速力で駆けてゆく。

 その横をフィージャ・アナヘルズが並走していた。

 三人と一頭は北の遠くの丘を目指している。


「――どう、どう!」

 丘のてっぺんだ。

 リュウが手綱をしぼると、ぶるんぶるん、鼻を鳴らした絶影は首を振って足踏みをした。

「ううっ!」

 リュウの背にしがみつくシャオシンの呻き声だ。リュウの乗馬は男勝りで荒く、後ろに乗るシャオシンは怖かった。シャオシンは乗馬が怖いのだが、毎日手ずから餌をやって可愛がっている絶影に乗りたがる。乗りたいのだが、シャオシンには独りで馬へ乗る度胸も技術もない。

 だから、リュウがその手綱を握っている。

「――しかし、フィージャには毎度驚く」

 リュウが横のフィージャを見やった。

「――はい?」

 フィージャはてふてふ舌を突き出している。

「フェンリル族の脚力は絶影とまったく変わらんのか?」

 リュウが絶影の首筋を軽く叩いた。

 首を捩った絶影は飼い主に甘えようとまた足踏みした。

「フィージャは凄いのじゃ!」

 シャオシンは嬉しそうである。

「私はまだまだ駆けることができますよ」

 フィージャが白い牙を見せて笑った。

「呆れたな、絶影が持たん。シャオシンもフィージャのように足腰を鍛えねばならんな」

 リュウは馬の背からひらりと降りて、絶影の上に取り残したシャオシンを見やった。

「うっ――」

 シャオシンは視線を惑わせている。

「次からシャオシンも自分の脚で走らせるか――?」

 リュウが眉を寄せた。

「うっうっ――」

 シャオシンは身体を震わせてうつむいた。

「――冗談だ。ヒト族がフィージャのように走れるわけがない。シャオシン、絶影から降りるのだろう。ほら、俺の手を取れ」

 笑ったリュウが手を差し出した。

「リュウは、いつもいつも意地悪なのじゃ!」

 キャンと吠えたあと、シャオシンはリュウの手を借りた。

 飛び降りたその足音すら不鮮明にするほど若葉に萌えた大地は柔らかい。

「しかし、ご主人さまが武芸の稽古を嫌うのは、感心できません」

 フィージャが背負ってきたゴザを若草の上へ広げた。

「武芸の稽古中、姫様のお遊びに付き合ってしまう俺たちも甘いよな――」

 リュウは絶影の鞍に下げてあった包みを手にとった。

「よいではないか、よいではないか!」

 シャオシンは顔を左右に振ってリュウをフィージャを交互に見やっている。

「まあ、たまにはよいか――まずはお昼にしよう。そのために、ここへ来たのだからな」

 リュウが苦笑いでゴザの上に曲げわっぱを並べた。今日のお弁当である。特大のものがフィージャ、ひと並みのサイズがリュウ、ちょっと小さめなのが、シャオシンのものだ。

「――うん!」

 シャオシンがゴザに腰を下ろして最初にお弁当の蓋を開けた。リュウとフィージャがあとに続く。王宮の厨房長がこさえてくれたお弁当は、白いめしの上に軍鶏しゃもの甘い照り焼きとたまごそぼろ、それにいんげんの炒めものを乗せた三色丼だった。リュウの乗馬が荒かった所為で大いに揺れてここまで来たその三色丼は、もはや混ぜご飯の見た目になっていたが、まあ、それでも旨そうである。

 見た目が汚くなったそのお弁当から視線を外して、

「春の黄龍は本当に美しい。王宮の外へ毎日でも出かけたくなりますね」

 フィージャは風景へ目を向けた。丘の上からは遠くに霞む青鯉山脈と、それを背景にする黄龍宮殿、さらにその下を埋める広大な田畑が一望できる。

「春夏秋冬、フィージャはそういって感動しているな。よく飽きないものだ」

 リュウが瓢箪から三つの杯へ茶を注ぎ入れた。

「リュウ。私はもうよく覚えていないのですが――」

 フィージャが一生懸命お弁当を食べるシャオシンを見やった。頬を膨らませたシャオシンはフィージャへ視線を返しただけだった。

 何かいいたくても、口は食べ物でいっぱいである。

「うん?」

 リュウがお弁当に箸をつけながら促した。

「記憶にもおぼろげな私の母国――フェンリル国は一年中が凍てつく嵐に閉ざされた世界でした。色彩がひどく少ない光景だったと思います。大地を覆う雪。空から垂れ込める灰色の雲。墨汁のような夜――目に入ってくる色はそればかりでした」

 フィージャは特大の曲げわっぱへ手にもったレンゲと一緒に黒い鼻先を突っ込んだ。

 ふがふがやっているこれは犬食いと形容するのが適切だろう。

「そうか。だから、フィージャは黄龍が格別に美しいと感じるのか。俺は黄龍の外へ一度も出たことがないから外の景色をまったく知らん。比較する対象がない俺には、フィージャのいう美しさが、よくわからん――」

 リュウは白いめしを箸で口へ運びながら眼前に広がる黄龍を見つめた。

 風穏やかで、静かで、気温は季節から考えると少々高め。

 俺は外の世界を知らぬまま、このままぬくぬくと生きていて本当に良いのだろうか――。

 若いリュウの胸に燻ぶるものすら湧いてくる。

 そんな平穏すぎる春の昼下がりだ。

「――フィージャの祖国も、それもそれで、美しいものではなかったのか?」

 リュウ視線を落とした。

 丘の斜面は一面に咲いた白い野の花が風に揺れている。

「――いえ、今考えても、そうではなかった気がします」

 フィージャは尻尾をパタパタ振りながら軍鶏の骨を噛み砕いた。

 フィージャのお弁当に入った軍鶏肉だけは骨付きなのだ。

「黄龍に来て、フィージャは何年目になる?」

 リュウが箸の先で軍鶏肉を一切れ摘んだ。武家に生まれて厳しく育てられたリュウは、箸の使い方も所作も胡座をかいて座る姿勢ですらもピシッと流麗だった。

「フィージャは、わらわとずっと一緒におるよな?」

 不格好に箸を使うシャオシンがモグモグする顔を向けた。

「はい、私がご主人さまにお仕えするようになってから、十年近くになりました」

 フィージャがご主人様の鼻先についた米粒を見やって笑った。

「シャオシンはもう少し綺麗に箸を使えんのか。お前は王の子だろうに――」

 王女の鼻先についた米粒は、リュウの手でリュウの口へ運ばれた。苦笑いのリュウの前で、シャオシンはへらへら笑っている。このへらへら笑いのお姫様の教育係がリュウである。

「黄龍へ来たのは、フィージャが三歳のときだったらしいな。フィージャは祖国を懐かしいと思うことはないのか?」

 リュウは苦笑いのままフィージャへ視線を送った。

「いえ、とんでもない」

 フィージャはお弁当を食べ終えて立ち上がったシャオシンを見上げている。

 シャオシンは眩い微笑みを残して踵を返した。

「私は黄龍に来て良き主と良き友、それに美しい故郷を得ました。私は今、とても幸せです」

 フィージャは野の花を摘むシャオシンを見つめていた。

 獣の瞳が細くなっている。

「――そんなにまっすぐいわれると、こちらが気恥ずかしくなるぞ」

 うつむいたリュウは顔を赤くしている。

「いえ、これ以上の何を求めれば良いのか、私は本当にわかりません――」

 フィージャが今度は遠くにある黄龍王宮へ視線を送った。多かれ少なかれ政争はあっても、まあまあ平穏無事な彼らの家だ。黄龍は大国ではない。しかし、四季のある気候は一年通して穏やかで、肥沃な平地では農作物がよく実り、支配者も国民も腹を満たすのだけは不自由なかった。

 台風ですら黄龍を避けて通る。

 隣国からそう羨まれるような豊かな土地に黄龍という国はあった――。

「――うん、そうだな」

 リュウは武家に女の身で生まれた自身のわだかまりを腹の底へ押し戻した。家督などどうでもよいことだった。弟が生まれて主家を継ぐことができなくなった当時、悔しさのあまり泣きに泣いたリュウも今はそう思っている。

「――強いていえば、この幸せを失うことが怖いですね」

 フィージャは空になった特大の弁当箱を見つめていた。

「なるほどな、それがフェンリル族の生き方というわけか?」

 リュウがフィージャを見やった。

「ええ。それがフィージャ・アナヘルズの生き方でもあります――リュウは今、幸せでないのですか?」

 フィージャがお茶の杯を注意深く手にとって訊いた。問いかける声が少し硬い。実母を亡くした黄龍王の第四子――シャオシンの警護と教育係をリュウが任せられたのは今から三年ほど前だ。リュウが家督の相続権を失ったがために、シャオシンの警護役を担当することになった経緯を、フィージャは本人から聞いている。しかし、リュウはシャオシンにそれを話していない。それを話す必要がないと思えたし、話すべきではないとも、リュウは思っていた。いずれはこの話をすることもあるのだろうな、とも考えている。

 彼女の主が女児から女性になった頃には――。

「今の俺は、もちろん、お前らと一緒にいるのが――」

 微笑んだリュウがいったところで、

「リュウ、フィージャ、できた!」

 シャオシンが花輪を二つ手に持って戻ってきた。

「ほう。これは花冠だな」

 瞳を開いたリュウの頭へ、シャオシンの手で花冠がかぶせられた。

「さすがはご主人さまです、ありがとうございます」

 フィージャの頭にもシャオシンの手で花冠が置かれた。

「だが、女王が家臣へ王冠とはどこかおかしな話だぞ」

 リュウは笑いながらいった。

「それもそうです。ご主人さまにこそ王冠が必要ですよ」

 フィージャが主を見やって瞳を細くした。

 シャオシンは何もいわずに、ただ、そこで眩く笑っているだけだ。

「うーん、フィージャ、俺たちもひとつ花冠こさえるか?」

 リュウがいうと、

「えっと、はい――でも、私の手先はこの通り器用でないので――」

 フィージャが自分の手を見つめてモゴモゴいった。

「そうか、フィージャも花冠を作れんのか――」

 リュウが視線を落とした。

「えっ、私はリュウが編めるものだと――」

 目を丸くしたフィージャがうなだれたリュウを見つめた。

「二人とも花冠を作れないのかえ?」

 シャオシンは不思議そうな顔だ。

「作り方を知らないのだ。やればできるぞ、たぶん――」

「ええと、私は作り方を知っていても、ちょっと無理かも――」

 リュウもフィージャも目を泳がせている。

「女子なのに?」

 シャオシンは幼い美貌を傾けた。

「くっ、そういう言い方をするのか――」

「ちょっとだけ、傷つきました――」

 リュウとフィージャは同時にうなだれた。

「ならば、わらわがリュウとフィージャへ花冠の作り方を教えるのじゃ!」

 シャオシンの強い声だ。

「ほう、珍しい。シャオシンが俺たちへご教授か?」

「大丈夫なのですか?」

 リュウとフィージャは心配そうだ。実際、他人に迷惑をかけたり、しょうもないわがままを吠えたり、武芸の稽古をすっぽかしたり、座学の最中に居眠りをしたりするのは大得意だが、他人の役に立つのはてんで不得意な黄龍のお姫様から、リュウとフィージャが何かを教えてもらうのは生涯初の体験である。

「わっ、わらわだって、やればできるもん!」

 シャオシンがキャインと吠えた。

「ふむ。では、頼むか」

「私たちに花冠の作り方を教えてください。ご主人さま」

 リュウとフィージャが笑顔でシャオシンへ身を寄せた。

「うん! ではまず、シロツメクサの茎を長めに摘んで――」

 シャオシンが花冠の作り方をリュウとフィージャへ教えた。麗人と獣人の手で造られた花冠は、かなり不格好なものであったのだが、二つの冠を二人の手でかぶせられたシャオシンは輝くような笑顔になった。花で造られた冠を頭に抱く三人の姫君はそれぞれの笑顔を見せている。

 彼女たちを照らす陽差しも、彼女たちを囲む風も柔らかい――。


 以上は今から五年前の話だ。

 ウェスタリア大陸で戦乱が始まる以前になる。

 帝歴で一〇〇八年。

 ウェスタリア大陸で使われる暦だと七龍歴四〇一五年。

 この当時、黄小芯は十歳。劉華雨は十九歳。フィージャ・アナヘルズは十三歳だった。ここまで記載したかつての彼女たちの日々は特別な意味がない。カントレイア世界地図で西方に位置する大陸の小国に生まれた、王位継承権がない王女と彼女の家臣二人が母国で過ごした日々は、筆先を熱くして語るほどの出来事が、ほとんどの時間帯で起こらなかった。


 §


 場所は地下十二階層の中央区。

 ツクシは極軽い食事を終えると仮眠をとった。短い眠りのなかに夢はなかった。だが、ウェスタリア大陸からタラリオンの王都へ流れ着き異形の巣で死んだ三人の娘は、その死の直前、奇跡的にもまったく同じ夢を見ていた。夢なき眠りの世界にいるツクシはそれを知らない。

 知りようもない。

 死者へは尋ねようもない――。

 ツクシは疲れきっていた筈だが早朝に目が覚めた。死闘の疲労と緊張感が残って、その気持ちはまだ暗く重く沸き立っている。ゴロウやゲッコ、それにスロウハンド冒険者団の生存者たちも明け方に目を覚ました。

 地下十二階層で発見された死者は大広間の一箇所に並べられてあった。ざっと見ただけでも八百体以上。その亡骸の列を大広間の壁面に刻まれた異形神の列がせせら笑いながら死者の列を見下ろしている。

「――騎士殿。私どもの団の団長であったアドルフ・タールクヴィスト、同副団長であったボゥイ・ホールデン、それに団の役職付きであったゾラ・メルセス=ノーミード、同イーゴリ・クズルーンの亡骸を、私ども団員の手で地上へ運搬したいのですが、許可していただけるでしょうか?」

 コウイチ団員が亡骸の検分をしていたオリガに申し出た。コウイチ団員の後ろで生きのこりの団員が整列しているところを見ると、これはスロウハンド冒険者団の総意のようだ。

「うん、死体検分が終わったあとなら好きにしていいぞ」

 オリガは許可した。

「騎士オリガ。お心遣いを感謝致します!」

 コウイチ団員が敬礼した。後ろに控えていたスロウハンド冒険者団の生き残りも同様の王国陸軍式敬礼だ。生き残ったのはそのほとんどが陸軍崩れ――スロウハンド冒険者団のオリジナル・メンバーだった。彼らは貴族階級出身者で固められた佐官階級(無能者も数多い――)へ反感があっても、過剰なまでに実力至上主義の集団であり、国防の核である三ツ首鷲の騎士団へは敬意を保っている様子である。

 ツクシとゴロウとゲッコは、リュウとフィージャとシャオシンの亡骸の近くに佇んでいる。シャオシンの亡骸は綺麗なものだ。フィージャの死骸は二つに分かれていた。リュウの亡骸もほぼ同様で無残なものだ。

 ツクシたちは暗い顔で何も言わずに、リヤカーへ三人娘の亡骸を乗せた。

 それでも、他の亡骸に比べると三人娘の死に顔はずっとマシだった。腐食瓦斯に当たって死んだ亡骸は――多くは素人探索者の亡骸は目も当てられないほど酷い。肉が内側から破け、死に顔は苦悶にひしゃげ、手足は足掻いたそのまま捻れている。乾いた血がこびりついた唇の間から、まだ呻き声が漏れ聞こえてきそうな有様だ。悶え足掻き続ける死体の群れには、ツクシの見知った顔が交じっていた。酒場宿ヤマサンで顔を合わせたあの学生六人組だ。

 リヤカーを引くツクシたちの足が自然とそこで止まった。

 着ているもので、それが彼らであると判別できた。彼らは揃いの武装服(濃い茶色で最新のもの――)を着込んでいる。身体つきから、その亡骸は一番体格の良かった銀髪の若者らしい。腐食瓦斯を浴びてぐずぐずに溶けた顔は、まるで火山の噴火口のような状態で誰が誰なのか判別が付き辛い――。

「そいつらもツクシたちが運ぶのか? ああ、この死人は軍学会の学生だな。これはまた面倒な――」

 声をかけたのは付近にいたオリガだ。

「いや、運ばないぜ。こいつらとはちょっと顔を合わせたくらいだ。オリガ、面倒ってのは何だ?」

 ツクシは何だと尋ねたところで大して興味もなさそうな態度だ。

「こいつらって、お偉い貴族様の子供ってところだよなァ――」

 ゴロウが呟いた。

「ほーら、間違いなく回転弾倉式拳銃だ。この金属薬莢を使用する拳銃は軍で配備が始まったばかりの最新式サイド・アームだから、一般人は入手できないものだぞ。あーあ、この死人はすごく面倒な予感がするな――」

 腰を落としたオリガが亡骸の腰から銀色の拳銃を引き抜いてぶつくさいった。

「ゲロ、小アトラス」

 ゲッコが呟いた。オリガが外套の胸ポケットから取り出したのは、小アトラスとよく似た導式具だ。だがその形状は長方形で、ツクシたちが持っているものと多少機能が違うようである。

「最近はこれがメモ帳やファイルの代わりだよ。導式回路の発展は日進月歩だ。新しい道具が出るたび操作をいちいち覚えるのがちょっと面倒だが――胸躍る新兵器ならともかく、事務用品の分厚い操作マニュアルなんぞ読んでも、全然つまんないし――ええと、六人で探索者登録だな――ああ、ツクシ。この学生どもは確かに六人で行動をしていたんだな?」

 オリガは慣れない手つきで導式通信機から照射された立体情報をいじっている。

「ああ、六人だったぜ」

 不機嫌で暗い顔のツクシが頷いた。

「助かる。六人で探索者登録。王国市民登録は――貴族階級。探索計画表は地下十一階層から地下十二地階層と――おっ、出た出た。ええと、この学生の名はヴァーディ・フォン・イオネッサだ。ふむふむ、王都四番区の区役所長イオネッサ侯爵のご子息ときたか。ああ、これは元老院議会で大問題になるぞ。よ、よりによってイオネッサ侯爵か――事後処理が最悪に面倒だ――」

 オリガはガックリうなだれた。

 オリガの部隊から死体を運ぶ人員がリヤカーを引いて上層へ移動を開始した。

 ツクシとスロウハンド冒険者団の生き残りもそれに交った。

 兵士と冒険者が作る葬列が異形神の大回廊を静々と進んでいった。

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