十四節 炎姫降臨(参)

「――撤退だ」

 アドルフ団長が声を絞り出した。

「全体は北へ全速力で退けえ!」

 次に怒鳴り声を響かせた。シャオシンへ銃口を向けていた団員たちはお互い目配せをした。正気を失ったらしいシャオシンは積極的に攻撃してこない。先制攻撃をした導式機動鎧装備の団員とドワーフ戦士は何も抵抗できないまま殺された。シャオシンの戦力は計り知れない。今はこの場から退避が最も正しい行動に思える。各々が納得して、すぐさま踵を返した。ツクシとゴロウとゲッコはその場に佇んだまま、お互いの顔を見合わせた。後ろへ下がり始めた団員たちを確認したリュウは、背後へ――シャオシンへ視線を戻した。涙に濡れた瞳にシャオシンは映らない。あっと表情を変えたリュウが奇跡の光を目で追った。シャオシンは奇跡の光を残して上空を走っている。導式機関フレームと同様の原理だ。

 天駆ける炎姫は上空の空間へ奇跡の力で足場を作っていた。

「――逃さぬよ」

 撤退を始めた団員の正面――大通路の北側へストンと着地したシャオシンが炎の美貌を傾けた。団員の足がすべて止まった。退路は二頭の炎龍に遮られている。

 両腕を広げたシャオシンの手先にある炎の双剣はその切っ先を長く伸ばしていた。

「龍玉への敵意を見せた以上、それは許可ができぬそうじゃ」

 シャオシンは両の手で炎の龍を手繰りながらいった。

「そうかあ、なら、仕方ねえなあ。全体、シャオシンを蜂の巣にしてやれ!」

 アドルフ団長が怒鳴った。

 眼前で多くの配下を虐殺された恨みが団長の顔を熱く燃やしている。

 ここでアドルフ団長も発火したのだ。

「アドルフ、やめろ、やめてくれ!」

 リュウが走ってその攻撃を止めようとしたが、ツクシが素早く彼女を抱き止めた。

 ゴロウは髭面を大きく曲げて、ツクシの胸元で暴れて泣き喚くリュウを見つめた。

 ゲッコはリュウの瞳からこぼれる涙を見つめていた。

 発砲が一斉に始まった。

 百に近い銃弾が、シャオシンへ襲いかかる。

 大通路が硝煙でけぶる――。

「――ぜ、全部、弾き返された!」

 若い団員が最初に悲鳴を上げた。

「導式の防壁だ!」

「シャオシンは導式陣を多重常時起動してるぞ!」

「で、できるのかよ、生身のひとにそんな真似!」

「やっているんだから、できるんだろ!」

「攻撃が来る!」

「撃て、撃て、次弾を装填しろ!」

 団員たちから次々と悲鳴が上がった。

 シャオシンは奇跡の防壁を展開して鉛弾をすべて弾き返した。そして、何らダメージもないまま硝煙のなかを歩いてくる。両手に炎の龍を携えたシャオシンと銃器を構えるスロウハンド冒険者団の間にある距離はおおよそで二十メートル弱――。

「――全体、慌てるな。収束器フォーカスを使え、導式術兵ウォーロックは光球焼夷弾を投射、炎壁フランマ・ウォールであの化け物を焼き殺せ!」

 アドルフ団長が自身も両腕に装着した収束器を構えて光球焼夷弾を投射した。

 一呼吸遅れて、他十名いた導式術兵も攻撃を開始。

「シャオシン!」

 リュウの絶叫が響いた。

 同時に導式の炎が大通路へ広がった。

 しかし――。

「――無駄じゃよ」

 呟炎姫は業火のなかを平然と歩んでいる。その足元から退魔の領域が展開されていた。彼女の祖国では五行・水乃陣と呼称される奇跡の陣である。この陣は執行された奇跡の力を本来あるべき自然の流れへ強引に矯正する効果を持つ。

 殺戮の炎姫の歩む先にある奇跡の炎は自ら率先して炎の女王へ平服している。

「――ほら、ぬかったな、シャオシン。それこそ、俺の読み通りだぜえ」

 アドルフ団長は笑っていた。このアドルフ・タールクヴィストは、かつて王国陸軍きっての精鋭であり、そのあとは実戦のなかで生ぬいてきた冒険者だ。

 悪人面は笑い、その笑顔は戦意でギラついている。

「銃持ちはシャオシンを撃ち殺せ。これ以上、敵が同時に導式陣を起動することは絶対に無理だあ!」

 アドルフ団長が絶叫した。シャオシンが常時起動しているのは、炎の双剣を作る導式陣に加えて、足元から展開し炎を退けている退魔の導式陣。導式陣の同時機動は本来ならばできない芸当だ。三つ目の導式陣――銃弾を弾く防壁の形成は絶対に不可能な筈。

 これがアドルフ団長の読みだ。

 その意図を理解して、悲鳴を呑み込んだ団員たちは微笑み続ける殺戮の炎姫へ鉛弾を浴びせかけた。ツクシの腕のなかにでリュウが叫んだが、それは銃声に掻き消されて聞えなかった。ゴロウとゲッコはシャオシンを攻撃する団員の背をただ呆然と見つめている。

 賭けの結果を見たアドルフ団長が悪人面をへし曲げた。

 炎の双剣を携えたシャオシンは、その身を焼き尽くさんとする敵の炎を退けた上で、さらに飛来した鉛弾を防壁で弾き返している。

 同時に三つの導式陣を常時機動。

 人外の技術、

 人外の能力、

 まさしく、これは奇跡の担い手――。

「――我、黄小芯ホァンシャオシンは絶対無二の王なり

 シャオシンは他人の不可能を自身は可能とする理由を簡潔に述べた。

「わらわは黄龍王なのじゃ。虫けらどもとは何もかもが違うのじゃ!」

 シャオシンは炎の双剣を踊らせる。

 半数の団員は留まって戦おうとした。半数の団員は武器を放り出して散り散りに逃げた。この場に限って臆病者が正解だった。二頭の炎龍が虚空を焼く咆哮と共に暴れ狂う。その牙と爪にかかって戦意を見せていた団員の半分は焼き切られた。

 すべて一瞬で死んだ。

「――虫けらだってひとを刺すんだぜ、シャオシンよお!」

 咆哮したのは恐怖に屈服しなかったアドルフ団長だ。

 その両腕に装着している導式陣砲収束器カノン・フォーカス――一二年式クアドラ・バースト・エヴォーカーが甲高い声で唸っている。むろん、その照準が向く先はシャオシンだ。青く輝いて震える収束器は最大出力でその破壊力を溜め込んでいた。使用者の軽級精神変換ナロウ・サイコ・コンヴァージョンで出力を調整するこの兵器は使い捨てる気になれば、最大の一撃を標的へ叩き込むことができるのだ。アドルフ団長が選択した攻撃は一撃にすべてを注ぎ込んだ光級炸裂弾の投射だった。巨大な異形種の胸へ風穴を空けることができる破裂の光球である。この至近距離で炸裂弾を投射するのは、当然、自分の身にも危険が及ぶ。

 だがもう、そんなの構わねえ。

 どうせ死ぬなら、敵もろともだよなあ――。

 アドルフ団長は悪魔の笑顔だ。これが、タラリオン王国陸軍に数ある導式術兵隊のなかで最も荒々しく、そして最も命知らずだと評判だった、タラリオン王国陸軍の西方防衛軍集団系統第二一六導式術兵小隊、その隊長であった彼が見せる笑みだ。

「――シャオシン。こいつで俺と一緒に死んでくれや!」

 アドルフ団長の怒鳴り声と一緒に投射された奇跡の砲弾がシャオシンに直撃した。

 爆風が大通路に広がっていた炎を散らした。

 路面の死体が高く舞い上がるほど強烈な爆風だった。

 砕け散った石床の欠片が高速で飛んでアドルフ団長の身体を刺し貫く。

 アドルフ団長は自身の攻撃で致命傷を負った。

「て、敵が倒れるのを見届けるまではなあ、お、俺は、絶対に、倒れねえぜ――!」

 血塗れのアドルフ団長が足を開いて仁王立つ。導熱の無理な加圧で収束器の側面から緊急的に排出された導式機関筒が飛んで路面へ落ち、それがカラカラ音を鳴らした。導式光射出用バレルの冷却水が過剰な熱量で水蒸気と化している。

 生命を賭した渾身の一撃だった。

 だったのだが――。

「――また、導式の防壁かよお」

 アドルフ団長が呻いた。アドルフ団長が決死で作った爆心地にいたシャオシンは、そのまま、何事もなかったように佇んでいる。

「最大出力の光球炸裂弾を至近距離で食らって傷ひとつなし、かあ――」

 アドルフ団長は苦笑いを浮かべて、

「こ、こ、この、化け物め――」

 人生最後の言葉と一緒に血反吐を吐いた。

 シャオシンは炎の双剣のを無造作な態度で横振るった。

 アドルフ団長の上半身と下半身が別れて崩れ落ちる。

 スロウハンド冒険者団の団長、アドルフ・タールクヴィストは死んだ。

 大通路に散って辛くも生き残った団員が地へ落ちた団長を見つめている。

「――ツクシ。ささ、よ、わらわのもとへ

 シャオシンが眩く笑った。

「あァ、何てこったァ――」

 ゴロウが呟いた。

 もうその表情がまったく変わらない。

「ゲロゲロ――」

 偃月刀の柄に手をかけたゲッコが、ツクシの胸で表情を失ったリュウを見やった。

「――俺が」

 呟いたツクシが、腰にある魔刀の柄へ、右手を滑らした瞬間だった。

 リュウが強く身を捩り、

「シャオシン!」

 ツクシの腕を振り切って走った。

 零秒必殺へ移行しようとしていた動作を止めて、

「おい、リュウ、駄目だ、よせ!」

 ツクシが怒鳴った。

「シャオシン。聞いてくれ――」

 殺戮の炎姫の前へ立ったリュウが涙に濡れた声で呼びかけた。

「リュウ、お前は呼んでおらんぞえ?」

 シャオシンは炎の美貌を傾ける。

「リュウ、駄目だ、やめろォ!」

「ゲロ、リュウ、戻レ!」

 怒鳴ったのはゴロウとゲッコである。

「リュウ、帰って来い、駄目だ――」

 前へ進むツクシの足を、

「――来るな、ツクシ」

 顔だけ後ろへ向けてリュウが止めた。

「頼む、ツクシ。俺にもう一度、もう一度だけ、シャオシンと話をさせてくれ」

 リュウは無理に笑う。

「駄目だ、リュウ――」

 ツクシはもう一歩、前に進んで呻いた。

「――お願い」

 リュウは女の表情かおで追いすがろうとするツクシを止めた。

 ツクシは歯を食いしばる。

 その足が止まってしまった――。

「――リュウ、そんなに血相を変えてどうしたのじゃ?」

 シャオシンが小首を傾げた。

 炎姫の眩い微笑みはその両手から下がる炎と同様に消える気配がない。

「シャオシン。お前は一体どうしたのだ。何があったのだ。俺にちゃんと教えてくれ。俺はお前を攻撃しない。逃げるつもりもない。俺はお前と話をしたいんだ。いつだって俺たちは何でも話し合ってきただろう。だから、いつものように俺と話をしよう――」

 リュウが両腕を開いて敵意がないことを示した。

 彼女はその胸にシャオシンへの敵意を抱きようがないのだ。

 抱こうとしてもそれは無理だ――。

「――シャオシンとフィージャと俺はいつも三人で話をしてきた。お互い、隠しごとなんてひとつもなかった。俺たちは血は繋がっていなくとも家族なのだ。それがどうして、どうして、こんな――」

 リュウの青ざめた美貌にまた涙がつたう。

「――どうしてとな? わらわは龍玉を手に入れて王になったのじゃ。わらわは黄龍の王なのじゃよ。リュウはわらわの家来じゃ。家来はわらわが黄龍の王になることを望んでいた筈じゃが――リュウは喜んではくれんのかえ?」

 シャオシンは眉を寄せて見せた。

「王なんて、そんなもの、俺はどうでもよかったのだ!」

 リュウが叫んだ。

「お、お前らと――シャオシンとフィージャと一緒にいるのが、俺は楽しくて嬉しくて――ずっと、俺には女兄弟も女友達もいなかったから――俺は男のように育てられたから、だから、ずっとお前らと一緒に、俺はいたくて――」

 炎姫の微笑みが絶えることがないのと同様だ

 シャオシンに語りかけるリュウの涙も途絶えることがない。

「フィージャだって、それは同じだった筈だ。フィージャはお前を何よりも愛していたし信じていた。フィージャはお前を本当の主として崇めていた。心の底からだ。お前もそれはよく知っていた筈だろう!」

 リュウの慟哭が響く。

「それなのに、シャオシン、どうして、お前はフィージャを殺してしまったのだ――」

 リュウはフィージャの亡骸へ目を向けた。

「それに団の仲間を、こんなにもたくさん――」

 次にリュウは周囲に散らばった亡骸を見やった。

「こんなこと、シャオシンが、本当のシャオシンが、できるわけがないのだ!」

 殺戮の事実を改めて確認したあとも、リュウの声は疑念で揺ぐことがない。

「お前は昔から優しい子で、他人の痛みを見るのも耐えられないような、優しい子だった――それだからだ。お前のお父様は――黄龍王は、お前を国の外へ脱出させた。優しいお前では戦いに――戦争に耐えられないだろうから――ねえ、シャオシン。お願い。私に応えて、シャオシン」

 リュウは弱々しく微笑んだ。

「わらわの良きひとに色目を使うような家臣は――」

 シャオシンは炎の笑顔を返しつつ炎の双剣を振り下ろした。

 リュウが、「あっ――」と声を上げた。

 彼女の肉体からだにある古傷をなぞるように一閃した炎の刃は血を飛ばさない。

 背まで貫いてその胴を半ば斜めに焼き切ったその一撃は誰の目から見ても致命傷だった。

「――主君の期待を裏切るような家臣は要らぬ。それがわらわの応えじゃよ、リュウ」

 シャオシンが呟いた。

 リュウからの返事はない。

 シャオシンはもう笑っていない。

 劉華雨リュウ・ユンファもここで死んだ。


「リュウ――」

 ツクシの顔から表情が消えた。

「リュウがァ――」

 ゴロウが呟いた。

「ゲロゲロ――」

 ゲッコは小さく鳴いた。

 三人とも大きな声は出なかった。

「ツクシよォ。どうやらシャオシンは、もうおめェにしか止められないみたいだぜ。さっきから、あのお姫様はツクシを何回も指名しているしなァ――」

 ゴロウは感情が欠損した声でいった。

「デキルカ、師匠?」

 ゲッコがツクシへ視線を送った。

「――ああ。俺がシャオシンを殺るしかねェんだろ。いや、俺に任せてくれ。俺が甘かったんだ。俺の責任だ。ビビって怯えて阿呆な子供ガキみてェに事の成り行きを眺めているだけでな。まったく情けねェ話だぜ。俺は今日この日ほど自分自身が嫌になったことはねェ――」

 ツクシは一度は離した魔刀の柄へ右手を戻す。

「いつもだ。いつもここ一番で俺の判断が甘い。その結果がこのザマだ。これは俺の判断の甘さが招いた結果だ」

 唸りながら黒い鞘の鯉口を左の手で引く。

「俺が甘いから、みんな死ぬ。元から重々承知だった筈だ。このひときり包丁はずっと前に教えてくれていた。あの言葉だ。『迷えば死ぬ』だ。俺が中途半端をカマして死ぬのは、何も俺自身に限った話じゃねェってことだったんだな――」

 鯉口を切るとギンッと魔刀が小さく笑う。

「今さらだが理解したぜ。その言葉の意味、俺が持つ刃の宿命さだめ。だが、もう遅い。もう、手遅れだ。いつだってそうだった。俺にすべての非がある。俺が全部悪いんだ――」

 感情の一切が失われたその顔へ死神が乗り移る。

「ああ、そんなのは、もう慣れっこだがな!」

 咆哮した死神は魔刀の白刃を引き抜いて、

「シャオシン!」

 その切っ先を殺戮の炎姫へ向けた。

「そんなに怖い顔をして、どうしたのじゃ、ツクシ?」

 炎姫は微笑んだ。

「――此処ここで死んでもらうぜ」

 必殺を告げた死神が薄暗がりの翼を広げた。

「何じゃ何じゃ。ツクシまでわらわへ剣を向けるのかえ? わらわは黄龍の王になったし、わらわたちの王宮もそこにあるのに――」

 眉を寄せたシャオシンはツクシの背後へ視線を送った。

 大通路の南方である。

 その先は相変わらず異形の闇が広がっているだけであるのだが――。

「――ふむ、龍玉よ。焦って良人おっとを探す必要は、もうないというのじゃな?」

 炎姫はここにいない何かと会話してひとつ頷くと、

「そうか、ならば、ツクシ。お前もここで死ぬがよい!」

 炎の微笑みを消して叫んだ。

 そして、炎の双剣を交差させるように振り上げた。

 殺戮の炎がまた舞うか。

 ゴロウとゲッコが息を呑んだ零秒後。

 その悲惨な戦場は虹のきらめきに満たされる――。


「――あっ!」

 シャオシンは目の前まできた死神の相貌を見つめた。

「――あれ?」

 シャオシンは呟いて怪訝な顔になったあと、

「――ツクシ?」

 泣きそうな顔になった。

 記憶は曖昧だ。

 しかし、シャオシンはおぼろげに、ツクシから怒られるようなことを自分がまたやってしまったような気がしていた。

 それだから、ツクシは怖い顔で自分に身を寄せているのじゃろうな。

 シャオシンはそう考えた。

「――シャオシン」

 炎から蒼穹へ。

 ツクシはひたすら高い青空を想わせる色合いに戻った、戻ってしまったシャオシンの瞳を見つめて弱い声で呼びかけた。どんな表情かおをすればいいのかわからない。魔刀の白刃は目の前の少女の胸を刺し貫いている。その細い首を落とすことも、その華奢な身体を両断することもできた。だが、ツクシは最も相手への損傷が少ない方法を選んだ。シャオシンの両手の先では炎の双剣がまだ燃えている。その気になれば、シャオシンがツクシを焼き切ることは可能だった。しかし、蒼穹の心を取り戻した王女はそうする気配がない。ツクシはシャオシンと刺し違える覚悟だった。ここで俺も死ぬ。ツクシはそれを望んでいた。

 運命はその期待を嘲笑う。

 シャオシン。

 俺は今、お前を殺した。

 でも、お前は俺を殺してくれねェのか――。

 心底まで弱り切ったツクシは微笑んで見せた。

 何年か振りになるのだろう。

 その男は笑ったのだ。

 それは絶望の底から湧いた自虐の笑みだったのだが、

「あっ、ツクシ――!」

 シャオシンは眩い笑顔をツクシに返した。

 少女の心は想いびとが見せた珍しい表情に高く浮く。

 悠久の大空へ届いて貫けといわんばかりに――。

 次の瞬間、シャオシンが持つ双剣の炎が消えた。

 一対の胡蝶刀が路面へ落ちる。

 うなだれたツクシは少女の心臓から魔刀を引き抜いた。

 シャオシンはふわりと崩れ落ちた。

 その少女にはまだ大人ほどの体重がなく――。

「――シャオシン」

 ツクシは呟いた。

 黄小芯ホァン・シャオシンもここで死んだ――。


「お、終わったァ。何もかも、終わっちまったァ――」

 ゴロウは呻き声と一緒によろよろツクシへ歩み寄った。

「ゲロロ、師匠、シャオシン、ミンナ――」

 ゲッコもうなだれてツクシに歩み寄る。

「――ゴロウ、ゲッコ、俺に近寄るな!」

 ツクシが怒鳴った。

 大通路に響いたその声は危機的な響きだった。

 ゴロウとゲッコの足が止まった。

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