九節 瘴気満ちる異形のはらわた(弐)

 地下十一階層の階段前広場で野営を終えたスロウハンド冒険者団は、予定通り地下十二階層の襲撃アタックを開始した。

 降りる階段を三百六十五まで数えたところで、

「クソッ!」

 唸ったツクシは数えた段数を忘れてしまった。

 スロウハンド冒険者団は石造りの巨大な螺旋階段を、未探索区へ向けて下っている最中である。

「まさか、ゾロゾロついてくるとはよォ――」

 ゴロウが後ろを見やってボヤいた。

 釣られて振り返ったリュウも嫌そうな表情になった。

 シャオシンもムッと口を閉じて不満そうだ。

「下り階段前で、俺たちが先行するのを待ち構えていたのか――」

 ボゥイ副団長はツクシに負けないくらい不機嫌な顔だ。

「もう、頭にきちゃう!」

 ゾラがプンと美少女っぽくムクれたが、その声が太くて怖かった。

「それでも備品代くらいは回収して帰らないと――」

 イーゴリはうなだれたまま階段を降りている。フル武装したスロウハンド冒険者団が移動を始めると、上階の階段前広場で野営をしていた素人探査者団――未探索区へ足を踏みれることを躊躇していたひとびとがついてきたのだ。


「――だいぶ、様子が変わったな」

 ツクシが階段を降りきったところで呟いた。

「滑らかな黒い石壁と黒い床だ。おい、これは石材としての価値がなかなか高そうだぜ?」

 ゴロウは顎鬚へ手をやって石の床や壁を金額に換算している。

「柱に派手な浮き彫りがあるな。これはさながら黒い宮殿か――」

 リュウは階段の出口にあった石柱を眺めていた。

「巨大すぎるぜ。誰が造ったのかは知らんが――」

 猫耳を立てたボゥイ副団長が顔をしかめた。

「黒一色だと余計に不気味だよね」

 ゾラはいったが彼が所属する団のシンボル・カラーは黒である。ゾラも茶色いフード付きマント以外は全般的に黒ぼったい装備をつけていた。

「――わらわが照明を飛ばすぞえ」

 集団からシャオシンが抜け出した。

「ああ、照明はちょっと待て、シャオシン――おーい、どんな様子だ、フィージャ、ゲッコ!」

 アドルフ団長が怒鳴った。地下十二階層の階段前広場でフィージャとゲッコが走り回って聴覚と嗅覚を使い偵察をしている。

「アドルフ団長。この周辺にひとの匂いが残っていますよ」

「ゲロゲロ、チョトダケ匂イ残テル」

 駆け足で戻ってきた獣人二名の報告だ。ざわざわとしていたスロウハンド冒険者団の面々は一斉に「またかよ――」といいたそうな表情になった。なかにはわかりやすく溜息を吐くものもいる。その彼らの後ろに素人探索者の群れ――三百名余が押し寄せていた。

「後ろがこれだけ詰まっている上にだ。先行している連中までいるってか?」

 ツクシは周囲に聞こえるほど大きな音で歯ぎしりをしていた。

 不機嫌極まりない形相でもある。

「いや、ツクシ、地下十二階層の立体地図はまだ真っ白だぜ――」

 ゴロウは小アトラスを眺めている。

 そこから照射された立体地図を見ると、上がり階段前の広場以外はすべて空白だ。

「ヒトの匂いは残っている。地下十二階層への先行者は間違いなくいるわけだ。だが、探索データはまだ大アトラスに転送されていないのか?」

 アドルフ団長が悪人面を厳しくした。

「フィージャ、残っていた匂いはどんな奴らだ?」

 ボゥイ副団長が訊いた。

「それなりの人数――百五十名前後の集団でしょう。先行しているらしきその集団には、導式機関が焼ける匂いや火薬の匂いが交じっていました。多数の武器を携帯していると考えられます」

 フィージャの鼻は頼りになる。

「ゲロロ!」

 横のゲッコも(たぶん)したり顔で頷いたが、リザードマン族の嗅覚はフェンリル族ほど鋭くないらしい。

「武装した人員が中隊規模だあ?」

 アドルフ団長が周辺の団員へ視線を送った。

「どうも先行しているのは、それなりの冒険者団のようだな――」

 ボゥイ団長が顔を歪めた。

「装備と人数から考えると素人探索者団じゃなさそうだよね」

 美少女っぽい演出でムクれるのもやめたゾラは無表情だ。

「競合相手は本格的なご同業かあ、これは最悪だね――」

 イーゴリは先ほどからずっと視線が下を向いていた。いつも軽々と肩に担いでいるその大戦斧が今日は重そうだ。

「さて、アドルフ団長さんよ。俺たちはどの進路を取ればいいと思う?」

 ボゥイ副団長が見るからに不貞腐れた態度で団長を促した。

「先行している集団の匂いを追うかあ――?」

 アドルフ団長がいうと、

「おい、アドルフ。先行している奴らが探索データを回収している可能性があるのに、その後ろを追うのかよ。金にならんぞ。馬鹿なのか、お前は?」

 ツクシが豪快に不機嫌を撒き散らした。

 自分を睨みつける考え浅い中年男を無視して、

「探索データはまだ大アトラスへ送られてねえんだろ?」

 アドルフ団長はゴロウへ視線を送った。

「ああよォ、アドルフ。今のところはその気配がねえな。まァ、地下十二階層の奥のほうは導信が途切れてる可能性もある、が――」

 太い眉尻を寄せたゴロウの返事だ。小アトラスの通信機能が使えるのは、あくまで導式灯が設置された周辺である。

「先行している集団に何か事故があったのかも知れんよなあ?」

 アドルフ団長が鼻下から垂れた黒い髭を撫ぜた。

「この階層を先行していた集団が、異形種ヴァリアントと遭遇したかも知れんって話なのか?」

 ボゥイ副団長が訊いた。

「いえ、ボゥイ副団長、この周辺にはヒト族の匂いしか残っていませんよ。それだけは間違いないです」

「ゲロゲロ、ボゥイ、ソレ間違イナイ」

 フィージャとゲッコの野生がボゥイ副団長の推測を否定したが、

「フィージャ、ゲッコ。それはまだわからんぜ。だから先に地下十二階層の大まかな状況を確認しようと思う」

 アドルフ団長は慎重論だ。アマデウス冒険者団の一件以降、大人数を指導する立場になったアドルフ団長は粗野で短気な兵隊崩れから一皮剥けて長の貫禄が出てきた。その横で、むっつり不機嫌に自分の不満を表明し続ける成長のないツクシとは対照的だ。

「――そうだね。状況を把握する前に敵から攻撃されるのが一番危険だし」

 ゾラがひとつ頷いて微笑んだ。

「仕事を急いで事故を起こしては元も子もないよ」

 イーゴリも頷いた。

「ツクシと一緒に行動すれば安全だろう?」

 リュウがツクシの不機嫌な横顔を見やった。

 頬ゆるめたリュウは甘えた態度だ。

 ツクシの不機嫌も「うっ、この女めが!」と怯んで減退した。

「異形種らしき匂いは嗅ぎ取れませんが、それでも周辺の安全を確認してから探索データを収集したほうが良いでしょうね。安全に見えても、ここは異形の巣ですから」

 フィージャも頷いた。

「ゲロゲロ」

 ゲッコの鳴き声に意見はない様子だ。

「これまでも迂闊な行動で何人も何人も、ひとが死んでいるからなァ。ましてや、この階層はまだ全体が未探索区だしよォ――」

 ゴロウが視線を落として呟いた。

「――まあ、手始めは偵察が手堅いのか?」

 最後の最後に不承不承の態度で頷いたのはツクシである。

 団全体からも反対の声は上がらない。

「おーし、これで決まりだ。フィージャ、先行している集団の匂いはどの方角へ続いてるんだ?」

 全員の同意を取り付けたアドルフ団長がフィージャへ顔を向けた。

「この場所を移動したのは数日前ですよ。匂いがかなり薄いので漠然とですが――この階段前広場から南西の方面ですね」

 フォージャがふんかふんか動く黒い鼻先を南西へ向けた。

 そちらに続く大通路には照明が確保されていない。

「南か、わかった――全体、聞け! 散開せずに南へ移動しつつ『先行しているらしい集団』を追って状況を把握するぞ。探索データの収集は後回しだ。念のため、各自は武器の準備をしておけ。隊列の先導はフィージャとゲッコに担当してもらうぜ。それでいいか?」

 指示を出したアドルフ団長がフィージャとゲッコへ視線を送った。

「はい、アドルフ団長。まかせてください」

「ゲロ、アドルフ団長。ゲッコ了解」

 頷いた獣人二名とも快諾である。

「おーし、全体、移動準備を急げ。十五分後に出発だ!」

 アドルフ団長の怒鳴り声だ。大階段を往復して組み立て式のリヤカーへ備品の積み込みを行っていた補給班の団員たちから不満全開の返答があったが、アドルフ団長は無視している。リヤカーに乗せて運んできた備品を一旦上階で下ろして、それをまた積み込む作業である。階段の移動はたいへんなのだ。

「――アドルフ団長。わらわが照明を上げるぞえ」

 シャオシンが進み出た。

「ああ、シャオシンは続けて照明役を頼む」

 笑顔のアドルフ団長が頷くと光球の一斉投射された。

「本当に助かるぜ。クアドラ型の収束器フォーカスで照明用光球弾を気軽に投射していると肝心なときに導式機関が割れちま――」

 アドルフ団長の表情が固まった。

 ざわざわしながら移動の準備をしていた団全体も作業をする手を止めて静まった。

「これは――?」

 ツクシが呟いた。

「なんだァ、ありゃあ――?」

 ゴロウが呻いた。

「ゲロロ――」

 ゲッコは身体の重心を落として警戒心を露わにしている。

「い、石壁全体に浮き彫りレリーフがあるのか?」

 リュウがツクシへ身を寄せた。

「おっ、大きい。あんな高い壁の上にまで――」

 フィージャが目を丸くした。

「見渡す限りびっしりだ。しかし、どうやってこんな巨大なものを?」

 ボゥイ副団長が顔をしかめた。

「これは不気味だね――」

 ゾラは眉を寄せた。

「壁にあるのは見たことのない造形ばかりだな――」

 イーゴリがいうと背後にいたドワーフ戦士五十名余が一斉に頷いて同意した。

「異形の大回廊ってか、ロクでもねェ――」

 ツクシが吐き捨てた。


 §


「――ここまで何もなしか」

 ツクシが呟いた。

「事故がないのに越したことはねえがなァ――」

 声をひそめて応じたゴロウはまだ警戒している様子だ。

「そ、そうだな――」

 リュウはツクシへぐいぐい身を寄せている。

「静かすぎて逆に不気味だぜ」

 ボゥイ副団長が顔をしかめた。

「どうもこれは見かけ倒しだったのかもね?」

 ゾラが黒い壁面に埋め込まれた異形神の数々を、退屈しのぎに眺めながら明るく笑った。

「ゾラ、まだ油断は禁物だよ」

 そういったが、イーゴリも少し笑みを見せている。地下十二階層に侵入したスロウハンド連合はここまで半日以上の時間を移動したが問題は起こらなかった。しかし、その後方からは素人探索者がゾロゾロついてきている。観光旅行にきた団体様をスロウハンド冒険者団が引きつれているような形だ。

 これだけは問題といえば問題である――。

「――フィージャ、ゲッコ、変わらず異常はないかあ!」

 アドルフ団長が怒鳴った。

「今のところは、何もありませんね」

「ゲロゲロ、異常無シ」

 全体の隊列の少し先を行くフィージャとゲッコの返答だ。

「――ないのう」

 そう呟いたのは隊列の先頭集団に交じったシャオシンである。

「シャオシンはさっきから壁画ばかり見てるな。何を探しているんだ?」

 ツクシが訊いた。

「龍の浮き彫りでもあるかと思うてな――」

 シャオシンは壁面に並ぶ奇妙な造形を熱心に眺めながら歩いている。

「ああ、リュウなら俺の横にくっついて――」

 ツクシが視線を横へ向けると、そのリュウは離れて歩いて、視線も明後日のほうへ逃がしていた。

 しばらくリュウの面倒くさい態度を眺めたあと、

「ああ、リュウってドラゴンの龍のことかよ。鳥頭ならあそこにいるぜ、ホレ、形が珍しい。下半身が蛸みたいだな」

 ツクシが壁面にあった造形の一つを指差した。

 鳥面蛸足の大怪獣が古代都市を破壊する様の壁画だ。

「えっ、どこじゃ、どこじゃ――いや、わらわは龍を探しているのじゃ。ツクシは龍を知らんのかえ?」

 シャオシンはツクシを睨んだ。

「龍なら知ってるぜ。神獣ってやつだろ――シャオシン、そろそろ前が暗いぜ」

 進行方向へ顎をしゃくった。促されたシャオシンはムッと眉を寄せたまま、多数の光球を作って進行方向へ投射した。

 進行中の大通路の三百メートル近くにまで視界が確保される。

「――例のドラグーン・ボール。シャオシンはまだ諦めてねェんだな」

 ツクシは黒い路面へ視線を送った。

「――うん」

 シャオシンが小さく頷いた。

「――ああ、あれは珍しい」

 顔を上げたツクシは壁画を指さした。

「あったかえ!」

 シャオシンも顔を上げた。

「あれは人間の形じゃないか。女の子だよな」

 ツクシが指差した先には、黒い告死鎌デス・サイズを手にした黒衣黒髪の少女が平伏したひとびとを棘々しい笑顔で睥睨する巨大な浮き彫りがある。

「――ツクシ。わらわはさっきから龍だといっておるじゃろ」

 眉を寄せて目を細めたシャオシンがツクシをぎゅっと睨んだ。

 ツクシは口角を歪めている。

「――一七四四ひとななよんよん時か」

 アドルフ団長が手の金色の懐中時計へ視線を送って呟いた。

「今日はここらで野営にするか?」

 横のボゥイ副団長が訊いた。

「ああ、そうだな。この階層も面積がかなり広そうだ。初日から無理をする必要もねえ――フィージャ、ゲッコ。野営地はこの周辺でも問題はなさそうか?」

 頷いたアドルフ団長が隊列を先導する獣人二名へ呼びかけた。

「はい。問題はなさそう――いえ、大通路の脇道の先で何か動く気配があります」

 振り返ったフィージャが足を止めて「グルッ!」と唸り声を上げた。

「ゲッ、ゲロゲロ?」

 顔を左右にブンブン振ったゲッコには認知できない音と匂いのようだ。

「全体、停止だ!」

「物音を立てるなよ、戦闘準備、敵を警戒しろ!」

 アドルフ団長とボゥイ副団長が指示を出すと、ざわめきながら移動していた団の隊列が停止した。次いで沈黙したまま全員が各自の武器を構えた。しかし、隊列の後方を追随してくる素人探索者の群れは「何だ、何が起こったんだよ、早く進め」などと大騒ぎしている。

 隊列に沈黙するよう命じてもこれでは無意味だ。

「フィージャ、周辺にいるのは何者だあ!」

「フィージャ、敵はやはり異形種ヴァリアントか!」

 苛立った表情のアドルフ団長とボゥイ副団長が同時に怒鳴った。

「いえ。ヒト族のようですね。大通路の左右の脇道に恐らく二十名前後づつ。距離はまだ遠い――」

 フィージャが大通路の脇道の一本へ視線を送った。

「――ヒト族、人間なのか?」

 ツクシは魔刀の柄から右手を外した。

「まァ、異形種より遥かにマシだよなァ――」

 表情をゆるめたゴロウが周辺を見回した。

「例の先行していた集団に追いついたのか?」

 リュウがシャオシンを見やった。

 シャオシンはリュウへ視線を返しただけで何もいわない。

 リュウは泣きそうな顔になっている。

「フィージャ、確かにヒト族なのか?」

「フィージャ、異形種ではないんだな?」

 アドルフ団長とボゥイ副団長が脇道の出入口へ走っていったフィージャへ大声で訊いた。

 その場に残ったゲッコは口半開きでポカンとしている。

「――ええ、この匂いは間違いなくヒト族ですよ。ただ動きが異常に早いようですね。全力疾走をしているのでしょうか?」

 フィージャが応えた。

「先行している奴らが脇道の奥で探索データを収集しているのか?」

 ツクシが呟くと、

「でも、ツクシ、立体地図はまだ白紙だぜ。まだここは大アトラスとの通信が繋がる。探索データが送られているなら、地図は書き換えられる筈だがよォ――?」

 ゴロウは小アトラスから照射された立体地図を見つめている。

「そうなるとだ。先行していたのは『探索データの収集が目的でない集団』だぜ。先行している集団はネストを進むのに『別の目的』があるってことだ――おい、アドルフ。先行しているのはルシアたちかも知れんぞ?」

 ツクシはアドルフ団長へ目を向けた。

「あァ、そういえばメンヒルグリン・ガーディアンズの奴らは突然、消えちまったけどよォ。あいつらは、どうなっているんだァ?」

 ゴロウが首を捻った。以前まで合同してネスト探索を行っていたメンヒルグリン・ガーディアンズは王座の街から姿を消した。

 今から一ヶ月ほど前の話になる。

「先行しているのは、ルシアとゲバルドかあ。ツクシ、それなら、あり得る話だなあ」

 アドルフ団長は長い口髭をしきりにしごいている。

「奴らは冒険者義勇軍に参加するだとかいったがな――」

 ボゥイ副団長が顔を歪めた。

「あれは絶対に嘘だよ」

 ゾラは苦笑いだ。

「ルシア・トルエバとゲバルド・ナルチーゾは冒険者ではないよ。あの匂いは軍人だろうね」

 イーゴリも苦笑している。

 苦く口角を歪めたツクシが、

「何だよ、お前らも奴らを臭いと睨んでいたのか。メンヒルグリン・ガーディアンズの連中は――」

「――王国陸軍の関係者だろうなあ。あの手慣れた様子だと三ツ首鷲が使役する幕僚運用支援班かも知れねえ。王国軍のなかでも一番に厄介な連中だ。それで通称が厄病神カラミティ――」

 言葉を繋げたのはアドルフ団長である。

「そういわれると、確かにメンヒルグリン・ガーディアンズの連中は何があっても妙に落ち着いてたし。最新の導式兵器を使っていたもんなァ。あれは軍人の集団だといわれても、まァ、不思議じゃねえかァ――」

 ゴロウが困り顔でボヤいた。

「ゴロウ、厄病神とは何だ?」

 周囲の会話に耳を傾けていたリュウである。

「あァ、簡単にいうとタラリオン王国軍が飼っている破壊工作員スパイだぜ」

 ゴロウが発言通り簡単に説明した。

「破壊工作――ああ、間諜のことか――」

 リュウが顎先に右拳を押し当てて頷いた。

 脇道から戻ってきたフィージャが、

「ネストにある力を考えると王国軍が間諜を侵入させて諜報活動を行うのも、当然かも知れませんね」

「ゲロゲロ」

 その横でゲッコも頷いたが、たぶん、話の流れをわかっていない。

「これまで俺たちの団が厄病神に迷惑をかけられたわけでもねえけどよお――」

 アドルフ団長は状況を判断しかねている様子だ。

「だが、厄病神やつらがまだ俺の目的――『扉』を探しているとなると、俺にとっては傍迷惑な話になるぜ。ネスト管理省はあのヘンテコな繭の機械(※『造物主構造デミウルゴス・システム』のこと)を手に入れて満足したものだと思っていたがな――」

 ツクシは明らかに殺気立っている。

「ツクシは厄病神を相手にやり合うつもりなのかあ?」

 アドルフ団長が声を低くした。

「必要ならな。しかし、アドルフ。それを知っていて、どうして以前までルシアたちと合同していたんだ?」

 ツクシも声を低くして訊いた。

 まさかとは思うが。

 アドルフたちも王国軍の関係者か――。

 ツクシは多少の懸念がある。

「ネストで仕事をするようになった俺たちの団は、ルシアから武器を融通してもらったんだよ。どうにも臭い連中だとは十分わかっていたがなあ。別々に行動して衝突するよりも、合同したほうがむしろ安全だと俺は――いや、ロジャー前団長が判断した。しかし、ここでいよいよ、ぶつかるかも知れねえなあ。ただなあ?」

 アドルフ団長は最後のほうでゴニョゴニョいって視線を上へ送った。

 そのまま何やら考え込んでいる様子だ。

「おや、おかしいですね――」

 フィージャが獣耳を動かしながら呟いた。

「フィージャ、どうした?」

 ツクシが訊くと、

「動いてる匂いはずっと同じ数ですが、その足音が増えたり減ったりしています。足音の聞こえる間隔がまばらなんです。それぞれの歩幅が長すぎるような?」

 フィージャが首を捻りながら応えた。

 それを聞いてツクシも首を捻った。

 フィージャの嗅覚と聴覚は鋭敏すぎる。

「厄病神どもは、一体何を考えてるんだろうなァ?」

 面倒事の予感で胸の詰まったゴロウは大きな溜息を吐いた。

「――地下十二階層を先行していた集団が厄病神だと仮定すると、こっちから手を出さない限り攻撃をしてこないとは思うがなあ」

 そういったのはアドルフ団長である。

「断言できるのか?」

 ツクシが唸った。

「ツクシ、その足りない頭でよく考えろ。ネストから民間人を排除したいなら出入口を閉鎖するだけで済む話だ。わざわざ軍隊を派遣して民間人を殺しにくる必要はないぜ」

 呆れ顔のボゥイ副団長である。

「ネストは王国軍の――ネスト管理省の管理下にあるからね」

 ゾラが小さく笑った。

「諜報員の仕事はあくまで国防だからね。無駄な戦闘はしないよ」

 頷いたイーゴリも周囲と同意見のようだった。

「まあ、そう考えると安全なのか。俺もできる限りひとは斬りたくねェ」

 ツクシは頷いたがその眼光は険しいままだ。

 どういう理由からか。胸の中心から全身へ広がる感覚が、周囲の言葉に納得したあとも消える気配がない。それは冷たい刃物のような自覚だった。

 ツクシがこの世界に来て得た、体得をしてしまった、殺し屋の直感――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る