七節 地下二五〇〇メートルの復讐(弐)

 隻眼のドワーフ族、エッポ・ヘルモーニの略歴である。

 エッポは幼い頃から腕っ節が自慢の悪餓鬼だった。我が子の粗暴な振る舞いに思い悩んだ(ドワーフ族は一般的に気が短く荒いのが普通なのでよほどの悩みである)エッポの両親は更生を期待して息子をドワーフ公国陸軍へ入隊させた。奇跡の担い手――内機動導式を扱う素質を持っていたエッポは軍で一目置かれた。実際、エッポは並ぶものがほとんどいないほど白兵戦闘が得意だった。エッポは益々図に乗って、酒、女、喧嘩に博打と、やりたい放題の軍隊生活を送り始める。すると、柄の悪い自堕落で不真面目な若いドワーフ兵士が周囲に集まって、「エッポの兄貴、エッポの兄貴」と、エッポを持ち上げるようになった。いい気分になったエッポはさらに増長した。

 そうこうしているうちに、エッポが配属されたドワーフ公国陸軍第五軍集団系統六一九騎兵中隊は公国陸軍で最も悪名高い愚連隊になった。簡単にいうと、六一九騎兵中隊は、よその兵科で持て余す乱暴な若者が集まる掃き溜めになったのだ。

 管理できない兵士の集団を問題視した公国陸軍上層部は、ドワーフ公国軍のなかで一等に強い男をエッポが所属する騎兵隊の訓練へ送り込む。目的はエッポとその取り巻きへの鉄拳制裁だ。

 騎兵隊には名物となっている伝統の訓練があった。

 名称は模擬戦闘だが、実際は重くて硬い木製斧を使った本気の殴り合いである。男自慢を競うこの訓練で大怪我をするものも多かった。エッポはこの模擬戦闘訓練を利用した。気に食わない教官や同僚を袋叩きにして隊から追い出すのだ。隊を二手に分けてこの模擬戦闘訓練は行われるが双方すべてエッポの手下だから、訓練名目で行われるリンチは実行が容易かった。エッポの計画では上層部から新たに派遣されてきたいけすかない教官も、今頃はボロ雑巾のようになって地面に寝ている筈だった。だが、今、地面に転がって呻き声や泣き声を上げているのは、エッポが組織した愚連隊の六十名余だ。最後までしぶとく戦ったエッポ本人も地面に転がって、片方だけになった目で叩きのめす予定だったその教官を見やっていた。屈辱としこたま食らった打撃でエッポの白い髭面が変形している。その右目は潰れていた。

 デ・フロゥア山脈の間へ巨大な夕陽が沈んでいった。

 赤い夕陽を背にして、その巌のごとき男は独り憮然と訓練広場に佇んでいる。大乱闘になった六一九騎兵中隊の模擬戦闘で、最後まで立っていたのはドワーフ重騎士のセイジ・ヴィンダールヴルだった。エッポが率いる六十名余のドワーフ愚連隊を、すべてセイジ一人が叩きのめした。このセイジは人柄篤実で物静かな、ドワーフ族にしては珍しい性格で有名な重騎士ではあったが、ある一点、周囲から厄介に思われていた箇所がある。セイジは筋の通らないことに我慢ができない。断じて融通の利かない頑迷極まるドワーフの戦人いくさびと、それがセイジという男である。

 セイジは外道への制裁に一切の手心を加えなかった。

 鼻っ柱を叩き折られた上、片目まで潰されたエッポは軍隊生活で知り合った悪いドワーフ仲間と一緒にドワーフ公国陸軍を脱走した。そして、ドワーフ公国の東――タラリオン王国側から見ると中央の大都市ミトラポリスの北西付近を根城に略奪者団レイダースを結成して活動を始めた。このドワーフ族のならずものエッポは隻眼になったのと同時に、本格的な悪党としての道を歩み始めたのだ。

 盗む、さらう、犯す、殺すと、エッポ率いる略奪者団は何でもやった。その悪名がグリフォニア大陸中央で聞こえるようになると、エッポと略奪者団はドワーフ公国とタラリオン王国の双方から賞金首の指定を受けた――。


 §


 これが彼の生涯で二度目になる。

 必死に逃走するエッポである。

「――くっそ」

 後ろを振り返ってエッポが毒づいた。

 追っ手は見えない。

「冗談じゃねえ――」

 エッポはまた走りだした。

「おっ、俺様がこんなところでくたばってたまるか――」

 エッポの怨嗟と足音が小路に響く。

 小路は南へ長く続いていた。

「――はっ、ひっ、ふっ!」

 エッポは息を荒げて走りながら、ベルトの小物入れから、小アトラスを取りだした。

「へっ、ほっ――と、とにかく連合本部だ」

 エッポはもう一度背後を見やって追っ手がないことを確認すると、歩きながら小アトラスから照射された立体地図を眺めた。この地点から見て北西の方角にシルヴァ団長が率いる連合本部が待機している筈である。

「団長の――シルヴァ団長の魔導式なら、あんな雑魚ども、まとめてぶっ殺せ――あっ?」

 エッポがニタリと笑った顔を上げて足を止めた。先にひと影の集団があった。今になってエッポは気づいた。小路には導式の照明が確保されている。

 エッポの他の誰かしらがこの周辺で活動している――。

「――さすがクソ樽野郎だ。クソの臭いがプンプンするぜ」

 石壁に背を預けていた猫人の青年がいった。

 ヴァンキッシュ冒険者団のボゥイ団長だ。

「ウチの団長は――猫人族は鼻がいい。追跡も楽だよな」

 その集団のなかにいた肌の浅黒い中年男が笑った。その周囲にいた男たちもニヤニヤと笑ってエッポを眺めている。軽武装服に銃を背負ったこの五十名余はすべてヴァンキッシュ冒険者団の団員だった。

「ボゥイ、お前も俺たちの連合レイドを裏切ったのか!」

 エッポが大戦斧を両手で握り締めた。

「――裏切っただと? 最初ハナから、ヴァンキッシュ冒険者団は、お前らクソの群れにくみした覚えがないぜ」

 ボゥイ団長が石壁に預けていた背を離して牙を見せた。

 猫人族にも牙がある。

「この泥棒猫野郎がっ!」

 エッポが大戦斧を掲げて突っ込んだ。

「あのクソ樽を撃ち殺せ!」

 ボゥイ団長が命令すると団員の銃口が一斉に火を噴いた。手慣れた冒険者の放った鉛弾は、すべてエッポを撃ち抜いたように見えたが、しかし、その突撃は止まらない。身を低くして突っ込むエッポの前面で、鉛弾が着弾するたびに、導式の光がパッパッと散っている。鉛弾はエッポが前面に作った導式の防壁に弾かれていた。

「どいつもこいつも、俺を舐めやがって!」

 エッポが大戦斧を振り回した。

「うわあっ!」

 寸でのところでエッポ大戦斧をかわした若い団員が路面を転げた。

「内機動導式だ、かなり使うぞ、この樽野郎!」

 中年の団員がサーベルを引き抜いた。

「しまった、ドワーフ戦士には鉛弾が通じねえ、打撃だ、刃物で何度も殴りつけろ!」

 噛み千切った紙薬莢を放り捨てた初老の男も腰の長剣に手を伸ばした。

「貧弱なヒト族が、ドワーフ戦士に殴り合いで勝てると思っているのか。全員、ここで、ミンチにしてや――あっ、ぐえっ!」

 エッポが仰け反った。

 しなる導式の刃がその首に絡みついている。

「――エッポ・ヘルモーニ」

 ボゥイ団長が導式ウィップを手繰りながら呼びかけた。エッポの死角――潰れた右目の方角の少し遠い位置から攻撃を仕かけている。

「ど、導式ウィップなんぞで、ドワーフ戦士の内起動導式戦闘術を破れると――おっ?」

 エッポは首に絡みついた赤い導式の刃を導式の光が巡る手で握って驚愕した。

 赤い導式のしなる刃は千切れない。

 エッポは焦った。

 その焦りは死の予感だった。

 団長なら。

 ウチの団長ならこんな雑魚どもなんぞ。

 エッポの眼前にシルヴァ団長の空白の笑みが浮かぶ――。


 §


 タラリオン王国とエンネアデス魔帝国との間で戦争が始まる一年前のことだ。

 荒野サンドオークやゴブリン族を仲間に引き入れたエッポ率いる略奪者団レイダースは総勢で二百名以上の構成員を抱える悪党の組織に成長していた。カントレイア世界最大の犯罪結社――名もなき盗賊ギルドからの接触もあって、彼らとのコネクションもできている。

 大まかな位置はグリフォニア大陸の北西部になる。

 デ・フロゥア山脈の山間にあった廃村を利用して作ったエッポのアジトには高い酒の樽だの、金銀財宝だの、そこらの村から拉致してきた女だのが多くあって羽振りが良かった。しかし、悪名が売れるとエッポたちの首にかかった賞金の額もハネ上がって、それを目的とした冒険者団の襲撃を受けるようになってもいた。犠牲者を出しつつも、エッポとその略奪者団はそこまで賞金稼ぎにきた冒険者たちを撃退していた。それでエッポの略奪者団の悪名は益々高まる。ある日、国境を越えて魔帝国から滅紫色のローブで全身をすっぽり覆った使者までエッポのもとへやってきた。

「エンネアデス魔帝国の傭兵として働くつもりはないか?」

 要約するとそんな勧誘だった。

 エッポは目の前に積まれたエンネアデス大金貨を前に悩んだが、結局、返事は保留した。

 最近になって、派手に活躍しすぎたエッポの略奪者団は首が回らなくなりつつある。

首領ボス、タラリオン王国軍とドワーフ公国軍が合同して大規模な山狩りを予定しているらしいですぜ」

 そんな報告も部下から受けた。むろん、山狩りの目的は、この界隈を根城にする略奪者団――エッポの略奪者団の壊滅であろう。エッポの略奪者団は成功しているとはいっても、それは所詮、無法者の世界での話だ。安定した生活というものからは程遠い。

 ドワーフ公国陸軍を逃げ出してから、早三十余年、俺もいい年齢になった。

 そろそろ略奪者団の運営も潮時と見える。

 この際、堅気になるのも考えたほうがいいのか――?

 エッポの頭の片隅にそんな考えが浮かび始めた頃合だった。アマデウス冒険者団がエッポのアジトを襲撃した。当時、アマデウス冒険者団は人数にして三十前後の小さな団だった。ゴブリン族の団員がやった事前の偵察では導式機動鎧装備の団員が一名いるていどで他は大した戦力と思えない面々だ。エッポの手勢は三十以上のドワーフ戦士に加えて、蛮勇と怪力を誇る荒野オーク族、それに器用で小回りが利くゴブリン族を主体に、ヒト族とヒト族の社会へ危害を加える専門家スペシャリストが合わせて二百名以上もいる。エッポはアマデウス冒険者団の襲撃を軽く見た。

 だが、アマデウス冒険者団には魔導の力を自在に手繰る魔人が一人いたのだ。

 一般的に荒野オークやゴブリン族は導式の扱いが苦手で魔導の力への耐性はほとんどない。シルヴァが扱う強力な魔導の力に討たれ、エッポの手勢のうち荒野オーク族とゴブリン族は全滅した。エッポは例によって他種族へ危険な仕事を丸投げしたのだ。それが仇となった。ドワーフ戦士なら魔導式に対応できたのだが――。

 手勢のほとんどを失って恐怖したエッポは廃村の中央にあった豪華な館(とはいっても、元々そこにあった廃館を改造したもの)のなかに立てこもった。

 黒いマントをひるがえし、遊びにきたような態度の魔人の青年――シルヴァ団長は正面玄関から堂々と入ってきた。

 大戦斧を握ったドワーフ戦士三十名がエッポの周囲に集まって、各々の髭面を緊張させている。

「――珍しい。本当にドワーフ戦士が略奪者団の首領をやっていたのか?」

 そう呟いたのは、シルヴァ団長に遅れて部屋に入ってきた白い武装ロング・コート姿の若い女だった。

 レオナ副団長である。

「――そうですわね、お姉さま」

 レオナ副団長の横でエレミアが小さく頷いた。

 エレミアは当時、導式機関仕様重甲冑――α型の導式機動鎧を着込んでいた。

「ゲッヘヘッ。ねえ、レオナ副団長、俺のいった通りでさ?」

 レオナ副団長へ揉み手ですり寄っているのはダンカンだ。

「ダンカン、お前、俺たちを売りやがったな!」

 エッポが喚いた。

 このダンカンはエッポの配下にあったゴブリン族の集団で活動していたのだ。

「ひぇえ、いやだなあ、エッポの旦那。俺は元々これが本業でしてね。グゲッヘヘヘ!」

 シルヴァ団長の背後へ隠れたダンカンがゲス笑いを聞かせた。

「ああ、このダンカンはアマデウス冒険者団専属の情報屋になったんだ」

 シルヴァ団長が頷いて空白の笑みを見せた。

「ヒト族の冒険者団にゴブリン族が入団だと――?」

 エッポが怪訝な顔になった。

「しかし、これはすごいな。ドワーフ戦士が三十以上いる」

 シルヴァ団長は笑顔のまま感心をしている。

「だから何だ、このヒト族野郎!」

 エッポが怒鳴った。

「え、俺がヒト族に見えるのか?」

 シルヴァ団長が眉を寄せた。

「どう見てもヒト族だろう。他の何だっていうんだ」

 白い髭面を歪めてエッポは凄んだが、

「違うよ、俺は聖魔だぞ。聖魔の騎士。選ばれしもの。俺はこの世界に来たるべくして来た英雄――」

 シルヴァ団長は誇らし気だ。

「――お前は何をいってるんだ、馬鹿なのか?」

 エッポは気の抜けた声を上げた。

「なあ、レオナ――?」

 泣きそうな顔で視線を落としたシルヴァ団長が暗い声で呼びかけた。

「何、シルヴァ?」

 レオナ副団長が顔を傾けた。

 殺気立ったドワーフ戦士三十余名の前だが、レオナ副団長も余裕の態度だ。

「俺たちの団にドワーフ戦士がいたら、ちょっと格好よくね?」

 シルヴァ団長がスネたようにいった。

「格好いいかどうかは知らないけど。ドワーフ戦士がウチの団員になったら心強いわよね」

 レオナ副団長は苦笑いだ。

「――そうだよな。俺はシルヴァ・ファン・アマデウスだ。アマデウス冒険者団の団長をやっている」

 頷いて、シルヴァ団長が名乗った。

「――エッポ・ヘルモーニ。しがねえ盗賊頭だ」

 警戒しながら、エッポが名乗った。

「エッポ、エッポ・ヘルモーニか。お前、俺の団で働くつもりはないか?」

 シルヴァ団長は横柄な態度である。

「俺たちを雇うだと? 俺は賞金首だぞ。殺さないのか?」

 エッポが唸った。

 エッポにも意地がある。

 シルヴァ団長は十代の若造にしか見えない。

「おい、選択肢があると勘違いをするなよ。お前らていどの雑魚、俺はいつでも殺せるんだぞ――」

 顔を赤らめたシルヴァ団長の声が震えた。周囲にあった空間がぐにゃぐにゃ揺らぐ。その背にある黒マントが風ではない力で浮いていた。何らかの魔導式の準備機動だ。エッポと配下のドワーフ戦士の表情が凍りついた。ドワーフ戦士の扱う内機動導式は使用者の腕力を増大させる。さらに高度な担い手になると防壁の展開や魔導の力を退けることも可能だ。ドワーフ戦士は魔導の力を相手にして戦えないわけではないのだ。だが、シルヴァ団長の見せている魔導の力は抵抗する手段をもったものすら圧倒する強大さだった。

 魔人のひずみで空間が渦巻いている。

 黄金の導式を身体に巡らせたレオナ副団長が、憤るシルヴァ団長の耳元へ唇を寄せて、

「シルヴァ、落ち着いて――」

 超級精神描写ウーバ・サイコ・スクライヴを使用するレオナ副団長の頬に汗が流れていた。

 ダンカンはもう部屋の外まで退避している。

「わっ、わかってる、わかってるよ、レオナ――エッポ、ここで死ぬか俺の下で働くか、お前に選ばせてやる。ウッフーッ!」

 シルヴァ団長が前髪を揺らす大袈裟な溜息と一緒に告げた。

「それはいい考えかも知れないわ。ヒト族の団員よりドワーフ戦士のほうが断然使える。高額な導式鎧を揃える必要もないから安上がりだし――」

 レオナ副団長は感心した表情だった。

 死を覚悟していたエッポとドワーフ戦士たちはお互いの髭面を見合わせた。

 迷いがなかったわけではない。

 だが結局、エッポと彼が率いていたドワーフ戦士はアマデウス冒険者団へ入団した。レオナ副団長はエッポたちの首にかかっていた賞金と同額の袖の下を冒険者管理協会の上級行政員へ手渡した。これでエッポたちは死亡したものとして処理された。エッポはその時点でドワーフ族の冒険者となったのだ。

 エッポは入団当初、「いつ団を裏切ってやろうかな」などと考えていた。しかし、アマデウス冒険者団での生活は、エッポが考えていたほど悪くなかった。レオナ副団長はキレもので団の運営は順調だったし、シルヴァ団長は金に無頓着で気前が良かった。上等で派手な宿を好むシルヴァ団長は、そこで得られる酒も料理も商売女も団員へ惜しみなく分け与えた。シルヴァ団長は不安定な――子供のような性格で、ときに残酷な態度を見せることはあるものの人種で差別はしない。シルヴァ団長は相手がどんな種族でも常に平等な態度で接するのだ。

「ヒト族ならば、ヒト族を贔屓しそうなものだがなあ――?」

 エッポは戸惑ったが、そのうち考えることをやめた。シルヴァ団長とレオナ副団長は、エッポとドワーフ戦士を高く評価して厚遇した。エッポは満足して仕事に熱を入れた。アマデウス冒険者団が請け負うのは荒仕事が多かった。アマデウス冒険者団での生活は、好きなだけ仕事で暴れて、仕事が終われば酒をたらふく飲んだあと、清潔なベッドの上で女が抱ける生活だった。冒険者は一応のところ堅気だから、エッポは追っ手に怯える必要もなくなった。

 これはエッポが望んでいた生活だ。

 奇異な経緯を辿って冒険者となったエッポ・ヘルモーニは、アマデウス冒険者団のなかで、それなりの立場と平穏と幸せを得たのである――。


 §


 エッポの白い髭面が路面へゴロンと落ちた。そのあとで、首を失った胴体が、血を撒きながら崩れ落ちた。

「あばよ、クソ樽野郎――」

 ボゥイ団長が導式ウィップのしなる刃でエッポの首を捻じ切って別れを告げた。

「青でなくて赤い導式の刃? 団長、それって新しい道具なのかい?」

 歩み寄ってきた中年の団員が訊いた。

「ああ、この前、王座の街の軍の倉庫からチョロまかしてきた。最新型みたいだな。よく切れる」

 ボゥイ団長が導式ウィップを腰のベルトにぶら下げた。

「ああ、盗品かあ――それはそうと、団長、これから何人死ぬかねえ?」

 中年の団員は首を失ったエッポの死体を眺めている。

「アマデウス連合の半分は死ぬかもな。もっとかも知れん。かまわんさ。いくら死のうがな」

 ボゥイ団長は顔を真横に向けて吐き捨てた。

「しかし、異形犬の群れをぶつけるだけで、シルヴァを仕留めきれるかな。あいつはあのロジャー団長を殺った男だろ。魔導式を使うし、あのよくわからん剣術でグレンデルも倒せるよね。逃げ延びる可能性は十分あると思うんだよ」

 小太りの若い団員がおっとり口調でいった。

「ツクシの気分次第だろうな――」

 そういいながら、ボゥイ団長が歩きだした。

「気分次第って――団長、ツクシさんは俺たちの依頼を受けてくれたんだろ?」

 若い団員が目を丸くしてボゥイの背に訊いた。

「ツクシなら、必ずやってくれるさ」

 ボゥイ団長は背中で応えた。

「おいおい、ボゥイ団長、本当に大丈夫なのか?」

 中年の団員がボゥイ団長を小走りに追った。

「ゴロウへ導式鳥で連絡を送った。エッポが独りで逃げてきたってことは、計画通り、アマデウス連合の第一戦闘班はゾラが掌握したんだろ。俺たちはこのままベリーニ三兄弟の班を探すぜ」

 ボゥイ団長は歩きながら鼻先を動かしていた。

 仲間の匂いを探している――。

「――奴ら、生きているといいがねえ」

 初老の団員が視線を落とした。

「ベリーニ三兄弟の自慢は逃げ足だ。必ず生きてるさ」

 ボゥイ団長が灰色の猫耳を動かしながらいった。ネスト地下十階層中央区へ先行潜入し、このフロアにいる異形犬の軍勢をすべてを揺さぶり起こしたベリーニ三兄弟と、それに追随したスロウハンド冒険者団の団員二十名の集団は、事前の計画で指定されていた合流地点にまだ姿を見せない――。

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