五節 告白

 ゴルゴダ酒場宿のホールの柱時計が午後十一時を報せている。

 春の闇が、王都の街路灯や、家々の軒先や、店の看板にある星の数ほどの導式光――ひとの力で作られた鋭利な光の先端へ丸く霞みをかけていた。とろとろと漂う夜闇に負けて、ゴルゴダ酒場宿の出入口から漏れ出る光も弱々しい。喧騒も小さかった。以前までは、深夜の時間帯でもホールに空き席が目立つことはなかった。しかし、料理に予約が必須となったゴルゴダ酒場宿は来客が日々少なくなっている。食材の入荷が難しくなったのだ。王都全体で日常生活品が不足し始めた。戦争の影響だ。地上の戦争はひとの生活を犠牲にして続いている。

 終わる気配がない――。


「――やれやれだ。リュウ、助かったぜ」

 ツクシが横の席で酔い潰れたフロゥラを見やった。酒に負けて寝入っているこの彼女は、こんなのでもカントレイアの生きた伝説で、世界最強クラスの生き物である。ゴルゴダ酒場宿の指定席で飲んだくれていたツクシの喉元を狙ってフロゥラが来襲した。よくあることだ。ツクシはもう慣れた。女王様は前もって料理や酒の予約までしていた。今宵の女王様は本気だったらしい。ツクシがこの執念深い女王様を適当にあしらっていたところへ、リュウも訪ねてきた。リュウはツクシに話があるという。

 リュウを目にした女王様は、「うん、西方の麗人よ、また会えたな」と、妖しい美貌へ満面の喜色を浮かべた。この女王様の愛欲の対象は無分別だ。節操がないともいう。ともあれ、女王様は女の子が相手でも大歓迎なのだ。だが、ここで美しく危険な捕食者に「どっちから堕としてやろうかな」とか、そんな迷いが生じた。吸血鬼の始祖オリジンであるフロゥラはもう二千年以上も生きている。フロゥラは長い長い時間を、そのときどきの情念に身を任せ迷い迷って失敗を延々繰り返しつつ生きてきた。当然、今もそんな性格だ。長生きしても精神的な成長をまったくしていない。

 ツクシの目配せに頷いたリュウが、フロゥラの横に座って酒を勧めた。女王様の杯が空くたび、ツクシもそこへ酒をどぼどぼ注ぐ。獲物に挟まれて上機嫌な女王様は勧められた酒の杯をすべて受けた。そうこうしているうちに酔い潰れたフロゥラは今、カウンター席でぐうすか寝入っている。

 二兎を追うもの一兎も得ずである。

「礼をいわれるほどのことではない。それより、ツクシ――」

 リュウがカウンター・テーブルに並ぶ豪華な酒瓶を物色した。女王様が予約注文したものだ。赤、白、ロゼと揃ったワインの瓶、ウィスキーにラムにジン、それにシェリー酒の瓶、日本酒の瓶まである。リュウの故郷の酒――華香酒かこうしゅの瓶だけは見当たらない。

「あぁん?」

 ツクシが不機嫌な声を上げた。

 ツクシが伸ばした手の先にあった日本酒の瓶をリュウの手がもっていったのだ。

「ツクシ、俺たちに言い分はない。ヤマのことはもちろん、アマデウス連合に参加していることも、ツクシには許してもらえんだろう。だが――」

 リュウは自分の杯へ日本酒をダバダバと注いでいる。

「リュウ、何故そこまでして、ネストにこだわる」

 ツクシはリュウの手にある残りが少なくなった日本酒の瓶を睨んでいた。

 これはひと殺しの眼光だ。

「――あっ、ああ、ツクシはこれが欲しかったのか」

 殺気を察知して顔を上げたリュウが瓶と自分の杯を持って、ツクシの右隣の席へ移動した。そうして、リュウはツクシの杯へ日本酒を注いだ。そこで日本酒の瓶は空になった。その酒の銘柄は以前、ツクシも飲んだ銘酒すめらみくにだ。

「おう、ネストは女子供が来ていい場所じゃねェ――」

 深く頷いたツクシが故郷の酒が注がれた杯を手にとった。

「それは十分わかっている」

 リュウが視線を落とした。

「なら、どうして、シャオシンとまだネストへ通ってる?」

 ツクシが不機嫌に訊いた。

「それは、前にもツクシへいっただろう」

 リュウは乱暴に返して乱暴に酒の杯を呷った。

「リュウ、俺はあれで納得したわけじゃねェんだぜ」

 ツクシがいった。

「俺が情に溺れた結果だ。ユキはネストでひどい思いをした。ヤマさんは志半ばで死んじまった。チムールやヤーコフ、それに、ニーナだってリカルドさんだってグェンだってな。あいつらが死んだのは突き詰めると全部、俺の責任なんだ」

「そんな――ツクシ独りが、すべて背負い込むことはないだろう?」

 リュウは不機嫌な横顔をじっと見つめた。

「リュウ、男ってのはな、関わってきた物事の責任をすべて背負って生きるもんだ。これができねェ奴は男じゃあねェ。他の何かだぜ」

 ツクシが故郷の酒の杯を一息で空にした。

 リュウは自分の杯を両手で強く握って背を丸めた。

 その白い肩が細かく震えている。

 ああ、そうだろうな。

 女はこれだからよ――。

 苦味奔った顔になったツクシは、くふっくふっと呻くようにして笑うリュウを見やって、

「おい、リュウ。ここは笑うところじゃねェぞ?」

「――すまん。そうか、それが男か。俺も男に生まれたかったな」

 リュウが顔を上げた。その目尻に涙が溜まっている。哀しみが過ぎても笑いが過ぎても、ひとという生き物は涙が出るものだ。

「なんでだ。女のほうがずっと気楽だぜ」

 ツクシはリュウの手で囲われた杯へウィスキーを注いだ。ウィスキーの銘柄はバルドルだ。ボルドン酒店の看板商品で、ヤマダがこの世界を生きた証でもある。

「それは女に対して失礼な発言だな」

 リュウは不満気だ。

「俺は失礼な男なんだ。気にしねェさ。リュウ、ちょっと訊いていいか?」

 ツクシは自分の杯へもウィスキーを注ぎこんだ。

「俺はツクシと話をしにきたのだ。何でも訊いてくれ」

 リュウが薄桃色の唇へウィスキーの杯を寄せた。折り重なったまぶたも桜の色だ。酒が入らなくてもリュウの顔には華がある。酒が入ると華の色はさらに艶やかになる。

 それでもである。

「お前、何で男のフリをしているんだ?」

 ツクシはウィスキーの杯を片手にこう訊いた。

「――おっ、俺は男のフリなどしていないっ!」

 リュウはツクシへ顔を向けて怒鳴った。

 リュウの非難がゴルゴダ酒場宿に響いて少ない酔客の雑談が一瞬止まった。

「お、おう。そうかよ――」

 ツクシは自分を激しく睨みつけるリュウから視線を外して杯を呷った。

「――俺は劉家の長女だった」

 リュウは顔を上向けて杯を干して強い酒に焼けた息を吐いた。

「へえ、長女なのか、だった?」

 ツクシは眉根を寄せた。

「だった、になったのかも知れんな――」

 リュウは視線を落として呟いた。

「あぁん、何だって?」

 酒で耳が遠くなったツクシが不機嫌に訊き返すと、

「とにかく、俺は劉家の長女として生まれたのだ。代々武人の家柄だったからな。女が生まれて父様は随分と落胆したらしい」

 リュウがコルク抜きで赤ワインの栓を抜いた。

「それで、骨っぽく育てられたってことか」

 リュウが差し向けられたワインの瓶口へ、頷いたツクシが杯を突き出した。

「そうだ、俺は劉家の跡継ぎとして男同然に育てられた」

 リュウがツクシの杯へワインを注ぐ。

「へえ――」

 ツクシは注がれる赤い酒を眺めている。女王様が注文したそれは随分と高級なものらしいのだが、それに合わせて杯を変えるようなことを、ツクシもリュウもしなかった。両人とも乱暴な酒の飲み方だ。

功夫クンフーを研鑽する日々だ。仏法守護者ボディサフ・ガーディアンを目指す男子どもに交じってな」

 リュウは自分の杯へ赤ワインを注いだ。

「そりゃあ、大変だったな」

 ツクシが適当な大きさに切り分けられたパストラミビーフ――牛肉の塩漬けの燻製へ手を伸ばした。おつまみが盛られた大皿の上にあったものだ。

「そうでもなかった」

 リュウは唇へ杯を寄せながらいった。

「――ん?」

 ツクシは手にとったおつまみを口に放り込みながらリュウへ視線を送った。

「修養寺での日々は悪くはなかった。同じ修行をしていた男子どもに俺は一度も負けたことがない。俺は女といっても武人の――劉家の血筋だからな」

 リュウが笑った。

「ああ、あのヤバイ蹴り技も、その少林寺とやらで覚えたのか?」

 ツクシは赤ワインの杯を呷った。

「ツクシ、修養寺だ。タラリオン王国でいうところの学会のようなものになる――連脚術は俺が最も得意とするところだった。たいていの男子は俺との組み手を嫌がった。俺の姿を見ただけで泣き出すものもいたぞ」

 幼き日の思い出を見やったリュウの目元が和んでいる。

「へえ、悪くないじゃねェか――」

 口にしたおつまみと赤ワインの相性なのか。リュウの話の内容のことなのか。

 曖昧なツクシの発言だ。

「それも、ある日、突然、終わった」

 和んでいたリュウの目元が平淡なものになった。

「そうなのか?」

 ツクシが訊いた。

「――俺の弟が生まれたのだ」

 リュウは手元の杯の赤い水面を見つめている。

「ああ、そういうことか――」

 ツクシは顔を歪めた。

「そういうことだ。劉家待望の男子誕生だった。父様も母様も若くはなかった。だから、諦めていたらしいが――」

「そこで、お家の跡継ぎを急遽変更か?」

「俺はそのとき父様から『今からお前は女として生きろ』といわれたよ」

「勝手な話だな」

「まあ、勝手な話だ。だが、黄龍は伝統的に男子が家督を継ぐ習慣であったし――タラリオン王国でも、それは変わらんだろう。ツクシの故郷――ニホンでは違うのか?」

「死んだ親の遺産がたんまりあると跡継ぎの揉めごとは起こるんだろうけどな。異世界こっちと俺の故郷クニとでは世の中の構造が全然違うからよ――」

 ツクシは眉根を寄せた。

「ほう、ツクシの故郷では――ニホンでは女でも家督を継げるのか?」

 リュウがツクシへ顔を向けた。

「ああ、いや、それはいいんだ。説明するのが面倒だしな。しかし、いきなり女になれか。それは親を恨んだだろ?」

 ツクシは空になったリュウの杯へ赤ワインを注いだ。

「――多少はな、恨んだ」

 リュウは受けた杯を一息で干して溜息を吐いた。

 ツクシは自分の杯へワインを注ぐと、杯を半分満たして、そのボトルは空になった。

「しかし、どうもリュウは女っぽくないな――」

 ツクシの口が酒で滑る。

「ツクシ、それはどういう意味だ?」

 キッ、と顔を上げたリュウが激しくツクシを睨んだ。

 その瞳から火を噴きそうである。

「ああ、いっ、いや。お、お前はシャオシンの用心棒なんだろ。フィージャだってそう見えるぜ。こう、何だ、二人ともたくましいというか――」

 目を泳がせたツクシが下手くそな言い訳をした。

「――用心棒か。女の用心棒だっているからな。うん、それは間違いないな」

 しばらくツクシを睨んでいたリュウが気を取り直していった。

「お前が守っているシャオシンは何者なんだ」

 ツクシの声が極端に低くなる。

「何だ、リュウ、いえ」

 ツクシが唸り声と一緒にリュウへ視線を送った。

「――シャオシンは黄龍の王女なのだ」

 間を置いたあと、リュウが告白した。

「王女、プリンセス様か。まあ、確かにシャオシンはそんな感じではあるな。リュウ、コルク抜きはどこだ?」

 ツクシが白ワインの瓶を手にとった。

 未開封のものである。

 リュウがツクシへコルク抜きを手渡して、

天青ティンチが――弟が生まれて、俺は家を継ぐ必要がなくなった。劉家の当主は代々黄龍王の武力として仕えてきた。それは天青の仕事になった。手の空いた俺は黄龍王の第四子――シャオシンの世話と警護を任された。あのは母親を早くに亡くしてな――」

「へえ、黄龍でシャオシンは未来の女王様なのか?」

 ツクシはぐうすかしているフロゥラを横目で見やりながらコルク抜きを回した。

「いや、さっきいっただろう。シャオシンは第四子の上に王の側室の子だ。上に兄もいた。その上で女子だから王にはなれんよ」

 リュウが少し笑った。

「それでもシャオシンは王族だぜ。大層な身分なんだろ。それがどうして、タラリオン王国なんかにいるんだ。リュウの故郷は随分と遠い国だって話じゃねェか――」

 ツクシが白ワインの栓を抜いて顔を歪めた。

 抜いたコルクが割れている。

「ああ、ウェスタリア大陸の戦争だな?」

 顔を歪めたままツクシはいった。

「――そうだ」

 視線を落としたリュウの横顔が暗い。

「王都新聞の国際面にそんな記事あったぜ。そうなると、お前らはこの国――タラリオンへ亡命してきたのか?」

 ツクシは自分の杯へダバダバ白ワインを注いだ。

 杯を満たした淡い黄緑色の液体のなかでコルクのクズが踊っている。

「――その通りだ。最初、俺たちはウェスタリア大陸の東隣にある島国――倭国へ亡命したのだ。だが、あの国の『大名ダイミョー』どもは――政治指導者どもは総じて風見鶏でな。ウェスタリア大陸を席巻し始めた彩の国に迎合する気運が高まっていた。身の危険を感じた俺たちは倭国から出航する商船に便乗して、グリフォニア大陸へ渡った。そうして、辿りついたのがここ――タラリオンの王都だ」

 語っている間、リュウは自分の杯へずっと視線を落としていた。そのリュウの杯を満たしたのはツクシの手で注がれた白いワインだ。

 コルクのクズは入っていない。

「リュウ、お前の故郷は今どうなってるんだ?」

 ツクシが杯を呷った。

 爽やかな白い飲み味が喉を通り抜けると、ツクシの舌の上にはコルクのクズが残る。

「――どうも、黄龍の首都が落ちたようだ。侵攻してきたのはその彩の国だった。ウェスタリア大陸は黄龍を含めた七つの王族――七龍族の手でずっと分割統治されていた。長い歴史だったからな。多少の面倒事はいつもあった。それでも、おおむねは平和だったのだ。しかし、大陸中央の新興国――彩の国はそれが気に食わなかったらしい。奴らはウェスタリア大陸の覇を唱えた。始まったのは一方的な侵略だ。黄家の血が途絶えることを恐れた黄龍王は、シャオシンをウェスタリア大陸の外へ脱出させた。その世話役として俺とフィージャも一緒にだ。黄龍は――黄龍王や俺の父様や俺の弟は彩の国とまだ戦っている。その筈だが――」

 リュウの美貌に煩悶が浮いている。

「詳しくわからないのか?」

 ツクシは自分の杯へ白ワインを注ぎながら訊いた。

「少し前まで生活費の入金と一緒に黄龍から連絡もあった」

 リュウが弱い声で応えた。

「少し前までか――」

 ツクシが白ワインの瓶口をリュウへ差し向けて顎をしゃくった。

 さっさと自分の杯を空けやがれ、そんな仕草だ。

「三ヶ月くらい前だったか――故郷からの入金と連絡がぷつりと途絶えた。途端に、俺たちの生活も苦しくなった」

 苦く笑ったリュウが手の杯を一息に干した。

「だからといって、ネストで金を稼ぐ必要はないだろ。あそこは危険すぎるぜ」

 ツクシがリュウの杯へ白ワインを注いだ。

 両人とも底なしである。

「そうなんだが――」

 うつむいて、リュウが口篭った。

「ああ、ひょっとするとお前ら、ネストの最下層にあるらしい、その、何だったか――ああ、ドラグーン・ボールを狙っているのか?」

 ツクシが杯に口をつけながら訊いた。

「――ドラグーンの玉。龍玉。ツクシも知っていたのか!」

 リュウがツクシへ目を丸くした顔を向けた。

「前にジークリットから聞いた。タラリオンではそれ賢者の石っていうらしいな――」

 ツクシはあまり興味もないような態度である。

「龍玉を手にしたものは絶対の王になれるという」

 声を低くしながら、リュウが唇へ白ワインの杯を寄せた。

「へえ、リュウはそれを手に入れてどうするつもりだ?」

 気のない態度で話を促しながら、ツクシは自分の杯へ酒を注いだ。

「――俺たちは龍玉を手に入れて故郷クニを救いたいのだ。シャオシンもフィージャも俺も同じ考えだ」

 杯を干して、リュウがいった。

 断固とした決意を秘めた深刻な声だった。

「ああ、そうか、そうくるか――」

 ツクシは視線を落とした。

「黄龍は美しい国なのだ。平和で、豊かで、静かで――」

 リュウがツクシを見やった。

「――そうか」

 ツクシはそれだけいった。

「ツクシにも俺の故郷を見せてやりたい。本当に良いところだぞ。白いめしも朝昼晩と食べられる」

 リュウが笑った。

「白いめしは羨ましいな。やはり毎日パンだと飽きがくる。不思議だよな。米のめしは、毎日食っても飽きないんだが――」

 ツクシは卓にあったパン籠を睨んで、

「ああ、しかしな、リュウ。ネストのドラグーン・ボールは、どうもお伽話の類らしいぜ。ジークリットとゴロウはそんな話を――」

「――いや」

 否定したリュウが白ワインの瓶を手にとった。

「ん?」

 首を捻ったツクシはリュウの手で自分の杯へ注がれる白い酒を見つめた。

「彩の国の王――彩虹帝サイファーと名乗っている今の皇帝は『堕落した麒麟の寝床』で、その龍玉を手に入れたという噂だ」

 リュウが自分の杯を白ワインで満たすと、そこで白ワインの瓶も空になった。

「――堕落した? リュウ、なんだよそれ」

 ツクシは杯を片手に眉根を寄せた。

異形の巣ネストだ」

 リュウがいった。

「――ネストだと?」

 ツクシは目を見開いた。

「ウェスタリア大陸の中央にもネストがあったのだ」

 リュウが頷いた。

「あったのか――」

 ツクシが呟いた。

「彩の国がネストを制圧した。奴らはネストで『異形の力』を手に入れた。その噂話が持ち上がった直後だ。彩の国はウェスタリア大陸全土へ侵略を始めた。奴らの主戦力の兵どもは『鬼人兵』といってな。彩の国の兵隊は鬼の力を使うのだ。あれは本来、ヒト族に扱えんものだ。だから、彩の国はネストで『異質で強力な力』を手に入れたとしか思えん」

 語ったリュウは目の前に親の仇がいるような表情だ。

「鬼の力?」

 ツクシが訊いた。

「ああ、タラリオンでは魔導式と呼ばれている」

 リュウが酒の杯を手にとった。

「魔導式――この女王様が気軽にぶっ放してる、あの超おっかねえチチンプイプイのことかよ。その彩の国の兵隊はみんな女王様みたいな感じなのか。そりゃあ、かなり強烈だろうな――」

 ツクシが横の席で寝入っているフロゥラへまた目を向けた。

「うぅん――」

 身じろぎしたフロゥラが唇の間から呻き声を漏らした。

 ツクシの身体がビクッと反応する。

 この女王様はたいへん危険なのである。

「彩の国の軍勢はウェスタリア大陸各地を地獄に変えた。俺の故郷も大半がその戦火で――」

 リュウが呻くようにいった。

「――だろうな」

 ツクシが頷いた。

 ツクシへ顔を向けたリュウが、

「ツクシ。シルヴァも鬼の力を使う。奴は信用ならない。奴の性格は――いうのが難しいな。とにかく恐ろしく不安定だ。シルヴァは無邪気が過ぎる。無邪気な上に残虐で強欲だ。あれではまるで手加減を知らない子供。俺たちはもう一度、ツクシと一緒にネストの最下層を目指した――」

「――リュウ」

 ツクシが話を遮った。

「やはり駄目か。わかっている。ヤマのことは俺たちに非が――」

 視線を落として、リュウがいった。

「いや、違うぜ、リュウ。まあ、俺の話を聞けよ――」

 低い声が聞こえて、

「ん?」

 リュウが顔を上げた。

 そして、呆気にとられて言葉を失った。

「クククッ! ボゥイとアドルフがな――」

 そこにあるのはひと斬りの表情かおだ。

 杯の縁を噛んだツクシが口角を邪悪に歪めている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る