十七節 那由他への道(壱)
ゴロウが導式鳥を飛ばしたが返信はまだ来ない。
ツクシは苛立った様子で、大通路の北遠くから徹底してくる連合第一戦闘班を眺めていた。遠目に見える彼らは後退しながら三連装筒銃を立て続けに発砲し、追いすがってくる敵の足止めをしているようだ。
「おい、マジかよ――」
ツクシが呻いた。
大通路北に巨人の影が見える。
白い影だ――。
「しっ、白い奴が三体もだとォ!」
ゴロウのダミ声が裏返った。
言葉通りだ。
白い巨人が三体が撤退してくる北北西運輸互助会を追っている。
「ゲロ――」
超好戦的なゲッコすら絶句した。
「マ、ン、マァーァァァァァァァァァァァァァァアッ!」
白い巨人の絶叫が重なって戦場の空気が揺るがすと。脇道を閉鎖する
異形犬は増援の到着を歓迎している――。
「全面撤退だな?」
ルシア団長が横のゲバルト副団長へ視線を送った。
「異論はないぜ。あの未確認の
ゲバルド副団長が手首の導式具を使って導式鳥を作った。
「撤退は仕方ないんだろうがな。
ボゥイ副団長は大通路を南へ飛んでいった導式鳥を目で追って顔をしかめたところで、
「ヤマさん!」
ツクシが吼えた。
「あァ、ヤマたちは、北の小路を移動していたのかよォ。よりにもよって、出てきたのが最悪の位置だろォ――」
ゴロウのダミ声が震えた。
「ゲロゲロ――」
ゲッコが鳴いた。大通路の北の脇道から連合第三探索班――ヤマダたちの参加している班が姿を現した。彼らは通達された通り指定座標へ移動してきたのだ。しかし、その経路が悪すぎた。ツクシのがいる位置からヤマダは遠い。迫る白い巨人三体と異形犬の群れからヤマダはごく近い――。
「おい、駄目だ、止まるな、ヤマさん!」
「白いのを相手にするな、逃げろ、走れえ!」
ツクシとゴロウが同時に叫んだ。
力の限りだ。
絶叫である。
しかし距離が遠すぎる。
その声は届かない――。
§
連合第三探索班は連合から指定された座標の近くに到達した。
脇道を出た先の大通路を南へ五百メートル進んだ地点が、ボゥイ副団長から通達された
「――な、何だあ、ありゃあ!」
アドルフ副団長が呻いた。
「エイシェント・オーク・スパルタンよりまだ大きい――」
ヤマダは黒ぶち眼鏡のつるへ手をやって、見間違いではないかと勘ぐったが、異形犬が引きつれているその三体の白い巨人はスパルタンよりも巨大で、それよりも不気味で、地上の生き物とは比較にならない形状の――。
「あの白いのは新手の異形種か。あれだけの銃撃を受けてもまるで止まる気配が――」
リュウが掠れた声でいった。
「リュウ、大通路の南も異形犬が封鎖しています」
フィージャが大通路の南へ視線を送って唸った。
「後ろからも異形犬の鳴き声が聞こえてくるぞえ!」
シャオシンが背後へ顔を向けて悲鳴を上げた、連合第三探索班はここへきて四方八方を異形犬に囲まれた。
「愚図愚図していると死ぬだけだ。全体、大通路へ出ろ。
ゾラが声高に号令すると、「おうっ」と応じた導式術兵の団員数人が大通路へ飛び出して光球焼夷弾の投射を開始した。弧を描いて飛ぶオレンジ色の光球は着弾すると、灼熱に溺れた異形犬の悲鳴が上がる。
「アンタら、早く逃げるんだよ!」
「あの白い奴は導式陣砲も効かないんだ!」
そう叫んだのは、光球焼夷弾の下を潜り抜けて撤退してきた北北西運輸互助会の会長ガラテアと、その夫で副会長のイーゴリだ。生き残りのドワーフ戦士を五十名余つれている。
「マ、ン、マァーァアッ!」
ドワーフ夫婦の予告通りだ。炎の壁を踏み越えて白い巨人が出現した。巨人の首輪から繋がる鎖を持っていた異形犬の何匹かが、白い巨人の足元で炎に包まれ転げ回っている。
「――マンマッ!」
飼い主の悲鳴に構わない。
身を捻って巨大な拳を振り上げた白い巨人が咆哮と一緒に、ドワーフ戦士の列へ拳を突き入れた。石床が割れて粉塵が上がり屈強なドワーフ戦士が、何人もまとめて挽肉になった。挽肉になり損ねたものは悲鳴を上げて路面を転げた。
そのほとんどが致命傷――。
「ああ、アンタたち!」
「きょ、兄弟、兄弟!」
ガラテア会長とイーゴリ副会長が悲鳴を上げた。
「全員、撃て、撃て、撃て、奴を攻撃し続けろ!」
アドルフ副団長が吼えて、鉛弾と光球焼夷弾が白い巨人を襲う。飼い主を失った白い巨人は一斉放火を受けながら身を屈め足元の死体を拾い上げて食った。白い巨人は攻撃を気にしていない。これもガラテア会長とイーゴリ副会長が告げた通りだった。
まったく効果がない――。
「『コロン』、ショグジ、ヨゼ!」
「ヤメロ、ヤメロ!」
「イマ、ジョグジ、ヤメロ!」
「ギゲ、メイレイ、ギゲ!」
「モドッデゴイ!」
炎の向こう側で異形犬が声を上げている。
「あの白い巨人ってなに?」
そう呟いたのは、班に追随せず脇道に身を潜めたロレッタだ。
「ロレッタ――」
その背に影の声がかかった。
「テージョ、仕事はどうしたの?」
振り向いたロレッタが眉を寄せた。
テージョが背後に立っている。
「計算違いだ。状況が悪くなりすぎた。こっちだ、ロレッタ。ここからは連合と奴らと一緒に行動するな。白い奴の数はさほど多くない。俺たちだけなら逃げ切れる」
テージョがロレッタへ白い鮫肌の顔を寄せた。
「シャオシンもつれてく」
大通路に出ようとしたロレッタの手を、
「諦めろ」
テージョが黒い手で掴んだ。
その手は黒い皮手袋で覆われている。
「やだ、テージョ、放して!」
ロレッタはガラス玉の瞳に憤りを――感情を見せて叫んだ。
暴れるロレッタを抱えるようにしてテージョは脇道の奥へ消えていった。
§
大通路の北と南から、そして脇道の奥からも、炎の壁を越えてねじくれた槍が飛んでくる。ゾラが
「まるっきり、こっちの攻撃が効いてねえなあ――」
石床の障壁を背にしてアドルフ副団長がボヤいた。白い巨人は銃撃を受けながら、導式の炎に焼かれながら、死体を探して移動をしている。
「アドルフ、犬を止めれば、あの白いデカブツも止まるみたいだよ」
北と南の戦況に視線を走らせながらゾラがいった。そこかしこが異形犬の群れで埋まっている。しかし、北も南も光球焼夷弾の投射で火の海だ。異形犬の足止めはできている。その異形犬が鎖で繋ぐ白い巨人の足止めも一応のところ成功していた。
「あの白いのは超強力な異形種ですが、知能は低そうっすね」
ヤマダが白い巨人の口の端から千切れたひとの腕が落下したのを見て顔を歪めた。
「死体を見つけるたびに、白い巨人は足が止まっているな。我慢のない奴だ――」
リュウが背から竜頭大殺刀を下ろした。
「首輪から繋がる鎖を握っていないと異形犬は白い巨人を制御しきれないようですね――」
フィージャが戦闘爪を両手に装着した。
「うっくっ、くっ――」
異形の殺戮と狂宴に圧倒されたシャオシンはへたり込んでいる。
「光球焼夷弾の投射を続けろ!」
ゾラが声を張り上げた。
「ゾラ、機械がそろそろ限界だぜ」
アドルフ副団長が自分の両手に装着した導式陣砲収束器へ視線を落して顔を歪めた。
「連続運用で導式機関が悲鳴を上げてる!」
そのアドルフ副団長の横で、導式陣砲収束器を使用した若い団員が、悲鳴のような声を上げた。両手につけた導式陣砲収束器が甲高い異音と一緒に振動している。導式機関の稼動限界が近いのだ。
「炎壁の間から異形犬が顔を出してるよ。突撃してきそう」
眉間を冷やしたゾラの横で、パッパッパッと三連筒銃の銃口が火を噴いた。炎の壁の隙間から顔を覗かせていた異形犬は鉛弾で顔を壊されてぶっ倒れる。
「――さて、アドルフ、ゾラ、ここからどうすんだい?」
障壁に背を預けて三連筒銃に弾を込めているのはガラテア会長だ。
「南にいる異形犬は背面も警戒しているみたいだ。第二戦闘班は踏みとどまって戦えているのかな――?」
イーゴリ副会長は障壁越しに南の戦況を眺めている。
「南に白い巨人はいないけど、犬の数はやっぱり多いな――」
ゾラが眉間を歪めた。
「連合第二戦闘班は大丈夫だったのかねえ――」
ガラテア会長が障壁の間からまた発砲をした。突撃の機会を窺っていた異形犬が、ガラテア会長の放った鉛弾で倒れた。他のドワーフ戦士やスロウハンド冒険者団の団員も、障壁を利用して発砲を続けている。
「異形犬全体の動きを見ると、どうも南にいる第二戦闘班は全滅してないみたいだよ。どうにか、南を突破して合流しないと――」
南を見やるイーゴリ副会長の手には長柄の大戦斧が握られている。女房の尻に敷かれがちの気弱なドワーフ男であるが、この彼は白兵戦が得意なようだ。
「危険でも南の集団と合流する必要があるよね。ここにいたら全滅するだけだろうし――」
ゾラがアドルフ副団長へ視線を送った。
頷いたアドルフ副団長が、
「それで決まりだなあ。全体、北を警戒しつつ南へ突貫するぞお。銃班はケツ持ちを担当しろ。導式鎧組とドワーフ野郎どもは南でクソ犬どもを蹴散らすんだ」
アドルフ副団長の指示で、北の障壁に銃を持つスロウハンド冒険者団の団員とドワーフ銃士が、南の障壁には導式機動鎧姿の団員とドワーフ戦士が分かれて配置についた。退路がないゆえに男たちの表情にもまた迷いはない。
あとは突撃の合図を待つのみである。
「指示が聞こえた? 立って、シャオシンちゃん!」
ヤマダが声をかけた。
「シャオシン、立て、気を強く持て!」
片膝についてリュウがいった。
「ご主人さま、今から南へ走りますよ。私たちから離れないで!」
身を屈めてフィージャも声をかけた。
「うっ、くふっ! ロ、ロレッタはどこじゃ、ロレッタも一緒に逃げるのじゃ――」
怯えながら、すすり泣きながら、震えながら。
シャオシンは硝煙と黒煙でけぶる戦場を見回した。ロレッタがいつの間にか消えている。探してもロレッタの姿は見当たらない。
シャオシンは諦めてうなだれた。
「ヤマも一緒に行くぞ。接近戦なら俺とフィージャの出番だ。守ってやる。ついてこい」
リュウが顔をヤマダへ向けた。
その美貌に殺気が漂っている。
「いえ、リュウさん、自分の得物は飛び道具っす。近寄らなくても異形犬に攻撃できる。留まって撤退の支援に回るっすよ」
北の障壁に取りついた銃班の列に加わったヤマダの背を、
「ヤマ――」
「ヤマさん――」
リュウとフィージャが見つめた。
「リュウさんとフィージャさんは、シャオシンちゃんをつれて、南への退路を開いてください。早く!」
ヤマダの背中が怒鳴った。大通路の北を遮断していた炎壁の効果が薄くなって異形犬が突撃する気配を見せている。白い巨人の巨大な目玉が六つ、異形犬に囲まれて孤立無援となったひとびとをじっと見つめていた。
「わかった、ヤマ、無理はするなよ――立て、シャオシン、行くぞ!」
「ご主人さま、立って!」
リュウとフィージャがシャオシンを促した。
「ふっ! うっ、うっ、くっ――」
リュウとフィージャに腕を掴まれたシャオシンが、ぐすんぐすんと泣きながら腰を上げた。
「北から来るぞ!」
銃班から鋭い声が飛んだ。
「北班は発砲を開始だ。もう道具も弾もケチケチするな、全部叩き込め!」
アドルフ副団長が導式陣砲収束器を構えた。
「よし、南は炎壁の効果が切れたぞ。南班は突撃だ、クソ犬どもをすべて蹴散らせ!」
身を低くして走るゾラが先陣を切った。
その歩幅が極端に大きい。
ゾラが蹴った石床が割れていた。
「ニンゲン、ゴロズ――ギャン!」
ねじれた槍の穂先と一緒に、身体ごと突っ込んできた異形犬を、ゾラの右拳が吹き飛ばした。一瞬、ゾラの拳が何倍にも大きく見えた。強烈な打撃の勢いで異形犬は路面を二転三転した。起き上がってこない。その頸椎がヘシ折れている。ゾラは土精の
戦場の光景に足が竦み、おっかなびっくり歩くシャオシンの左右を、竜頭大殺刀を振るうリュウと
残った撤退支援組の構成はアドルフ副団長とその団員に加えて、北北西運輸互助会の会長ガラテア・クズルーンと三連筒銃を持ったドワーフ銃士たち。それに、導式陣砲収束器持ちの男が数人を加えて総勢八十名余。銃班は大通路の北から迫る異形犬の大群を相手に、適当な距離を取りながら射撃と光球焼夷弾の投射を続け、背面からの襲撃を阻止している
フェ、エ、エ、ン――。
ここで情けない機動音だ。
「クソッ、とうとう導式機関が割れた!」
若い団員が機能を停止した
「俺のもだ!」
その横で導式陣砲収束器を使っていた中年の団員が顔を歪めた。出力超過で撤退支援組の主戦力が沈黙し始めた。横幅五十メートル以上の大通路に十分な炎壁を展開するには導式陣砲収束器の数が足りない。
「畜生、野郎どもが根性を見せても、道具が耐え切れんか――」
アドルフ副団長が両腕の導式陣砲収束器を外した。
「アドルフ、
ガラテア会長が吼えた。
異形犬の群れが炎の切れ間からこちらの様子を窺っていた。その手には鎖が握られている。何本もの鎖は彼らの決戦生体兵器――白い巨人の首輪に繋がっている。炎の壁の向こうで異形犬が走り回っていた。向こう側で隊列を作っているようだ。
「伏せろ、障壁から顔を出すな!」
アドルフ副団長が怒鳴った直後、
「ぎゃあっ!」
飛んできた槍に胸を貫かれて団員の若い男が倒れた。炎の壁の向こうから異形犬が槍を一斉に投擲したのだ。
「いっ、犬はどれだけの数がいるんだい――」
ガラテア会長の声が震えた。ゾラが石床を返して作った緊急の陣地に、ねじくれた槍が大量に突き立っている。槍に受けて悲鳴を上げるものも多い。この攻撃で、アドルフ副団長が指揮する撤退支援班の三分の一が被害を受けた。聞くに堪えない悪態をつきながら、アドルフ副団長が南へ視線を送った。ゾラが指揮する突撃班は乱戦模様だ。
南への退路はまだ開けていない――。
「――くそ、弾幕が薄いよ、何やってんの!」
若い団員が込め矢を銃口へ突き入れながら怒鳴った。
「この調子だと北の犬どもが、すぐここへ突っ込んできそうだ!」
紙薬莢を噛み千切りながら、ドワーフ銃士の中年男が髭面を赤くした。
「動ける奴は手を止め――げっ!」
障壁の間から銃口を突き出した金髪の団員の首に、ねじくれた槍が突き刺さった。
倒れた金髪の団員は動かない。
「負傷者の手当てをしろ、まだ助かる奴も多いぞ!」
仲間を助け起こしながら中年の団員が怒鳴った。
「救護と攻撃、どっちを優先すりゃあいいんだ――?」
背嚢から医薬品類を取り出しながら導式術兵の団員が呟いた。
「おい、アドルフ副団長、どうする、指示をくれ!」
「ガラテア会長、どうしますか!」
発砲音と発砲音の間に苛立った怒号が飛び交う。
アドルフ副団長とガラテア会長は歯噛みした。犠牲者が出て撤退支援班の足並みが乱れている。功を焦ったのか。そのような概念がこの奇形の犬人間にあるのかどうかはよくわからない。異形犬の小集団が炎の間を抜けて撤退支援班の陣地へ突撃してきた。むろん、迎撃の鉛弾が一斉に陣地から飛ぶ。だが、すべては倒しきれない。
「くそっ、これまでかあ、全体、白兵戦の準――」
アドルフ副団長の怒鳴り声を、
「当てたぞ!」
障壁の間に立ったヤマダの咆哮が止めた。
「当てれるぞ!」
ヤマダは導式機関弓を番えて、また、吼えた。喉に、胸に、眉間に異形殺しの矢を受けた異形犬が路面に転がって悲鳴を上げた。
炎の壁の隙間から突出する異形犬へヤマダの矢が次々飛ぶ。
「自分だって、自分だって――」
顔を真っ赤にしたヤマダ唸って異形殺しの矢もまた唸る。
「戦えるんだ!」
ヤマダは吼え、そして休みなく矢を番える。
「自分だって、できるところを、お前らに――」
異形殺しの矢が飛ぶ。
「これから見せてやる!」
ヤマダが焼けた路面に転がる異形犬へ吼える。
「お前らに今から見せてやるっ!」
その小柄な、黒ぶち眼鏡をかけた中年男は戦うことを宣言した。
「こっちだ、畜生ども!」
ヤマダは怒鳴る。
「おれはもう二度と逃げない!」
ヤマダは決意する。
「ほら、かかって来い!」
ヤマダは挑発する。
「来いよ、どうした、かかって来いよ、オラァ!」
ヤマダはまた挑発した。
「どうした、どうした、どうしたあッ!」
ヤマダは吼えながら導式機関弓を番える。
「ふざけんなよ、舐めるなよ、お前らの敵は此処にいる、此処にまだ立っているんだぞ、こっちを見ろ、目を逸らすんじゃねえーッ!」
ヤマダは絶叫した。
「やれるもんならやってみろ、かかって来い、ほら、来いよ、おれを殺してみろ!」
ヤマダが異形殺しの矢を乱れ撃つ。
突撃してきた異形犬の小集団は撤退支援班の陣地へ辿りつく前にヤマダの矢に射抜かれる。
「くっそ、ヤマ一人に格好をつけさせるかよ――導式鎧組を少しこっちに回せ、後ろの堤防にひと手が足りねえぞ、ゾラ!」
アドルフ副団長が南の戦場へ向けて怒鳴った。
「アドルフの大馬鹿野郎。まだ南への退路を確保できてないんだ――あっ、ああ!」
四方八方飛び回って異形犬を相手に格闘をしていたゾラが振り向いて、汗の流れるその美貌を凍らせた。ゾラが臨時に作った陣地――ヤマダがいる撤退支援班のすぐ北だ。
炎の壁を突き破って巨大な白い顔面が出現している。
「ヤバイ、犬どもが痺れを切らして鎖を放したあ!」
「全体は南へ退きな、もういい、もういいよ!」
アドルフ副団長とガラテア会長が叫んだ。
「このおれを舐めるな。此処を通れると思うなよっ!」
ヤマダが方向して導式機関弓を連射した。眼球に異形殺しの矢が突き立つと、白い巨人は「オッ、オッ!」と泣きながらを首を左右に振った。
痛覚は一応あるらしい――。
「お前ら、撤退だ、早く撤退をしろ、ヤマダもだあ!」
「もう無理だ、早く
アドルフ副団長とガラテア会長は撤退支援班を急かしたが、
「副団、まだ負傷者の手当てが終わってない!」
「会長、傷ついた兄弟を残していけねえ!」
「見ろ、ヤマの矢は効いてるぞ!」
「このまま白い奴の顔面へ集中砲火だ!」
「この調子なら白い奴を止めれるぜ!」
「撃て、撃ちまくれ!」
勝手な判断で発砲を始めた団員とドワーフ戦士から怒鳴り声が返ってきた。撤退を促そうと陣地の南の障壁へとりついたアドルフ副団長とガラテア会長は同時に顔を歪めた。一斉砲火を受けた白い巨人の顔面を覆う皮膚は破け、眼球が弾け飛び、血がびゅうびゅうと流れ出ている。
「オッ、オッ、オォオォォォォォォォォォォォォォォォォオッ!」
白い巨人は背を丸め両手で顔を覆って嗚咽を漏らした。しかし、血塗れの顔面を覆った白い指と指の間だ。
潰れていないほうの巨大な眼玉がそこから覗いている。
それははっきりと自分へ攻撃を続ける撤退支援班を映していた。
撤退支援班は表情を凍らせて尚、白い巨人へ発砲を続けたが――。
「――マ、ン、マ、アァァァァァァァアッァァァァアァァァァァァァァアーッ!」
弾かれたように仰け反った白い巨人は両拳で大気を掴み絶叫した。
顔を真っ赤にしたヤマダも何かを絶叫した。
凍てつく恐怖が銃口を塞いだなかだ。
異形殺しの矢だけがびょうと飛ぶ。
白い巨人の無事だった眼球にも怒りの矢が突き立った。
その痛みに絶叫しながら、泣き喚きながら、白い巨人は身体を捻って、その巨体ごと突っ込むように右拳を敵の陣地へ突き入れた。
障壁の石床が砕け散った。
土煙がモッと広がる。
白い巨人の拳の先で爆発が起こった。
続いて、白い巨人は左の拳を突き入れた。
続いて右の拳。また左の拳――滅多打ち。
ドォォォォン、ドォォォォン、ドォォォォン――。
撤退支援班にいたひとは瓦礫と一緒に吹き飛ばされた。
消えかかっていた
破壊された陣地の南だ。
異形犬の群れ相手に奮闘していたリュウとフィージャ、それに彼女たちが守っていたシャオシンが振り返って、
「ヤマ!」
「ヤマさん!」
「ヤマ、ヤマ!」
同時に悲鳴を上げた。
白い巨人の拳に弾き飛ばされたヤマダが宙を舞っている。
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