十二節 白い巨人(肆)

 場所はネスト地下九階層の北東区の大通路にあるネストダイバー連合の野営地。

 朝の喧騒である。探索班の班長が人員の点呼に忙しい。怒鳴り声がそこかしこで反響する。補給班のリヤカーに群がった連合傘下の探索者たちが弾薬やら携帯食や飲料を求めている。まだ床で朝飯を食っているものも少なからずいた。連合はあくまで小集団の集合体だ。統率が取れているとはいい難い。これから探索班が西方面にある探索データの収集を行う。それらの班を、北、中央、南と三つにわかれた戦闘班が後方に控えて援護する。ツクシ、ゴロウ、ゲッコは中央の戦闘班――連合第二戦闘班に組み入れらた。北方に当たる連合第一戦闘班は北北東運輸互助会が受け持ち、南方に当たる連合第三戦闘班はスロウハンド冒険者団が主体となっている。

「――では、行って来る」

 リュウが口元に引き締まった笑みを作った。

「ツクシさん、ご主人さまをよろしくお願いします」

 フィージャが頭を下げた。

「ツクシさん、行って来るっす」

 ヤマダがフラットな表情で告げた。

 見送るシャオシンは何もいわずに顔を背けている。

「おう、気をつけてな。ゾラ、お前もさっさと行けよ、シッシッ!」

 ツクシは不貞腐れた態度のシャオシンを横目で見やりながら、左腕にがっちり取りついているゾラへいった。

「ボクはツクシと一緒の戦闘班にいたかったのに――」

 指で唇をつまむような仕草を見せながら上目遣いのゾラである。

 ツクシは彼女のようなこの彼と絶対に目を合わせないようにしている。

「おーい、ゾラ、リュウたちも、そろそろ行くぜ」

 声をかけたのは、アドルフ副団長である。リュウ、フィージャ、ヤマダの三人はアドルフ副団長が率いる連合第三探索班に参加することになった。この班はスロウハンド冒険者団の団員で構成されていて非常に戦力が高い。どうも、他の探索者団のお守り役も兼ねているようだ。

「シャオシンはツクシから離れるなよ」

 リュウがまた同じことをいった。今日の朝から数えると三回目だ。

 何も応えずにシャオシンは東の脇道へ歩いていった。

「ご主人さま、どこへ行くつもりですか?」

 フィージャが無い眉を寄せて呼びかけた。

「用を足してくる」

 シャオシンは振り返らずにいった。脇道には例の流動体粘菌を木箱に入れた構造の簡易便器が何個か設置されている。参加者が多くなった連合へ、つい先日、ネスト管理省から行政指導があった。過去、地下水の汚染が原因で疫病が流行し廃都寸前にまで追い込まれた歴史がある王都の行政は衛生面に関してだけ異常に神経質だ。ツクシはリュウたちを寝ぼけ眼で見送った。少し遠いところでは、ゴロウが連合第二戦闘班を指揮を任されたメンヒルグリン・ガーディアンズのルシア団長と打ち合わせをしている。

「ゲロゲロ」

 口半開きでツクシの横に突っ立っていたゲッコが鳴いた。

 この鳴き声に特別な意味はないようだ。


 §


 簡易便器が並べて置かれた向かいの壁から、苔むした小さなグリフォンの石像が突き出していて、その口から水が流れ落ちている。用を済ませたシャオシンは手を洗って、そのついでに顔もばしゃばしゃ洗った。顔を水に濡らしたまま、シャオシンは石床へ視線を落とした。水は溝を通って壁際の排水口へ流れ落ちてゆく。

「この水場、一体、誰が造ったのじゃろうな――」

 長いまつげの先に水滴を作ったままシャオシンが呟いた。応えるひとはいない。早朝は混雑していた水場も探索開始時刻が近くなるとひとはいなくなった。もっとも、シャオシンは探索者の男たちで込み合う時間を避けて足を運んだのだから、ひとがいないのも当然だ。大通路の方面から大勢のひとの動く気配が伝わってくる。ツクシたちの班が連合に参加する前なら、シャオシンにも照明を作る役割があった。しかし、今のシャオシンは何もやることがない。役割がない。仕事がない。シャオシンは武装ハーフ・コートの内ポケットから手ぬぐいをとりだして顔を拭いた。

 その場に佇んだまま、シャオシンは唇を噛む――。

「――シャ・オ・シ・ン」

 囁き声と一緒に、シャオシンのうなじへ熱い吐息がかかった。

「ひゃん! ロ、ロ、ロレッタかえ!」

 シャオシンが振り向くとロレッタがそこにいた。

「何してるの?」

 ロレッタは薄く笑った。

「何もしとらん」

 シャオシンは視線を斜めに落とした。

「シャオシン、戦闘班なんだ?」

 腰を折ったロレッタがその頬へ唇を寄せると、

「う、うん――」

 目を泳がせたシャオシンの上半身が斜めに逃げた。

「探索班に参加しないの?」

 手を後ろに組んだロレッタの囁く声はシャオシンの耳元だ。

「わ、わらわは探索をやりたいのじゃが――」

 後ずさりしたシャオシンの背に石壁が当たった。

「なら、やればいいのに――」

 囁きながらロレッタが壁に両手をついてシャオシンを追い詰める。

 また壁ドンである。

「リュ、リュウが、探索は駄目だっていうのじゃ――」

 視線を斜めに落としたシャオシンが小声でいった。

「ふーん――テージョ、シャオシンを私たちの探索班に入れていい?」

 視線をうろうろさせているシャオシンを、至近距離で見つめていたロレッタが視線を後ろへ向けた。

 昨日見た影の男――テージョがロレッタの背後に佇んでいる。

「――シャオシン」

 テージョが白い鮫肌の顔をシャオシンへ寄せた。

「ひっ!」

 驚いたシャオシンが壁に背を擦りつけた。

「何ができる?」

 極端に黒目勝ちのテージョの瞳が瞬きもせずにシャオシンの強張った顔をじっと映している。

「わ、わ、わらわは照明をたくさん作れるぞえ――」

 肩を竦ませながら、シャオシンが声を絞り出した。

「やってみせろ」

 声を発してもテージョの血色が悪い唇はほとんど動かない。

「こ、こ、こうじゃ!」

 壁から背を離したシャオシンが照明用の光球をひとつ出現させた。

 その光球をシャオシンは身体を軸に回転させて見せる。

「――なるほど、常時機動」

 テージョが小アトラスを懐から取り出して、それをシャオシンの眼前に突きつけた。緑色の秘石から照射された導式の光がシャオシンの強張った顔をなぞる。小アトラスが動作終了を知らせる音を「ピッ!」と鳴らした。

 ホァン・シャオシン――連合第二探索班に登録完了。

「出発は十分後だ」

 テージョは大通路へ戻っていった。

 肩を竦ませたままのシャオシンは、テージョの黒い背を見つめている。

「シャオシン、そんなに探索が怖い?」

 ロレッタがシャオシンに身を寄せた。

「そ、そんなことはないわ!」

 強がったシャオシンのほっそりとした腰へ、

「大丈夫――」

 ロレッタが耳元で囁きながら細い腕を回した。

「いひっ!」

 シャオシンは背筋をピンと反らせた。

「私がシャオシンを必ず守るから――」

 ロレッタが薄く笑った。

「うっくっ、うっくっ!」

 頬を真っ赤にして、シャオシンはぎこちなく二度頷いた。

「それとも、シャオシンはテージョが怖いの?」

 ロレッタが若草色の瞳をうんと細めた。

「あの黒尽くめの男はテージョというのかえ? た、確かに少し不気味というかの――」

 シャオシンが控えめな笑顔をロレッタへ返した。

「シャオシン、テージョなら気にしなくていい。あのひと、女の子に全然興味ないの――いや、それはどうでもいいよね――」

 ロレッタが視線を上へ向けた。

「ほえ?」

 間抜けた返事でシャオシンが話を促した。

「シャオシンが信じていいのは私とテージョだけだから。組合の奴らは全然頼りにならないの」

 ロレッタは手に持っていた深緑色のハンチング・ハットをかぶった。

 帽子の鍔が影を作ってロレッタの顔を隠している。

「そうなのかえ?」

 シャオシンは怪訝な顔だった。

「覚えておいて。それじゃ、一緒に行こ?」

 瞳を細めたロレッタが手を差し伸べた。

「う、うむ――」

 シャオシンがその手を握った。

 冷水に冷やされたシャオシンの手にロレッタの体温が暖い。


 §


 ネストダイバー連合の各探索班がネスト九階層の北西区東から西へ塗り潰すような形で探索を開始した。第一戦闘班は野営地から北へ移動し、第三戦闘班は南へ移動を開始する。ツクシが編入された連合第二戦闘班は連合輸送班の荷物の警護と、南北に展開した連合第一戦闘、連合第三戦闘班が緊急事態に陥った場合の応援も兼ねているので移動がない。この戦闘班に紛れてボケっと突っ立っていたツクシは、そのうちにかったるくなってきた。大あくびをしながら集団から離れたツクシは壁際を背に腰を下ろした。黙ってあとをついてきたゲッコも横で正座だ。連合の野営跡地に残った探索者は百四十名余。それぞれの顔を見るとツクシと同様、緊張感はない。戦闘班はその配置変更が決定されるまで仕事がないのも実情であるし、実際、連合がエイシェント・オークに遭遇する機会も探索を重ねるごとに減っている。

 連合の全体の動きを連絡用の導式生命体――四つ葉の白鳩クロウベル・ヴァルチャーで指示するのは第四探索班を率いるアレス団長とボゥイ副団長の仕事だ。

「おい、ツクシ。シャオシンはどこへ行った?」

 ゴロウが駆け寄ってきて訊いた。

「さっき、便所に行っただろ」

 寝ぼけ眼のツクシが面倒そうに返事をした。

「ゲッコ、シャオシンを見たか?」

 困り顔のゴロウが訊いた。

「ゲロゲロ」

 口半開きのゲッコが鳴き声で返事をした。

 ツクシもゲッコも退屈そうで眠そうだ。

 何のやる気も感じられない。

「いや、さっきからマジでシャオシンがいねえぞ?」

 ゴロウが強張った髭面で周辺を見回した。

「ゴロウ、お前、子供をちゃんと見てろよな――」

 ツクシは顔を歪めた。リュウが探索に出発する直前、「シャオシンを頼む」と念を押したのはツクシである。

「あのよォ、おめェが、シャオシンから目を離してたんだろ。俺の所為にすんじゃねえよ」

 ゴロウが歯を剥いて唸った。

「――チッ! ゲッコ、シャオシンの匂いを探せ」

 舌打ちをしたツクシが視線を送ると、

「ゲッゲッ、任セロ、師匠」

 立ち上がったゲッコが前傾姿勢でトカゲっぽく走り回りながら、口を開けたり閉じたりした。

 こんな動作でゲッコは獲物の匂いを嗅ぎ取るようだ。

「ああよォ、犬みてえだな――」

 ゴロウは呆れ顔である。

「まあ、トカゲだって鼻が利くぜ。犬ほどじゃあないがな――」

 ツクシが立ち上がった。

「西ノ脇道、シャオシン、匂イ続イテル」

 戻ってきたゲッコが報告した。

「西だとォ? 結局、リュウたちはシャオシンをつれていったのかァ?」

 呟いたゴロウが脇道を見やった。

 導式灯が設置されていないので先は暗い。

「俺たちに黙ってか?」

 ツクシが呟いた。

「ゲッゲッ、師匠。ソコノ通路、リュウノ匂イ、交ジテ無カタ」

 ゲッコがゲコゲコいった。

「何だと?」

「ゲッコ、どういうことだ?」

 ツクシとゴロウが同時にゲッコのトカゲ面を睨んだ。

「他ノ探索班、シャオシン、交ジテル」

 ゲッコの表情は変わらない。このリザードマン戦士の表情がはっきり変わるのは好敵手と遭遇したときのみだ。

「――クソッ、あの子供ガキめ! ゴロウ、すぐチチンプイプイでリュウたちと連絡をつけろ。ゲッコの鼻だけじゃあ頼りねェ。フィージャが必要だ」

 ツクシはゴロウを睨んで促した。

「ああよォ、まったく困った子供ガキだよなァ。精神変換サイコ・コンヴァージョンを開始。四つ葉の白鳩クロウベル・ヴァルチャーを形成する――」

 髭面を強張らせたゴロウが右の手甲――白い秘石ラピィスが嵌め込まれた導式の補助機具に口を寄せ口述鍵を詠唱した。

 連合の各班には必ず一人、導式の担い手を割り振ってある。

「師匠。ゲッコ、シャオシン、追ッテ捕マエルカ?」

 口半開きで緊張感ない様子のゲッコが訊いた。

「――いや、俺とお前がこの戦闘班を離れるわけにもいかん。今回は探索班が多めで戦闘班の人数は最低限だ。俺たちが勝手な真似をして後方の援護がおろそかになったら連合レイドは崩壊だろ」

 ツクシはゴロウの手元から飛び立った白い導式鳥を目で追った。

 輝く羽根を散らしながら導式鳥は脇道のひとつへ消えた。


 §


「――たいへんだ。他の探索班と一緒にシャオシンが消えちまった。おめェら、すぐ探して連れ戻せえっ!」

 リュウの右肩に着地した導式鳥がダミ声で爆発した。耳元である。導式鳥を経由しても、ゴロウの声はとても大きかった。前を歩いていた連合第三探索班の全員が振り返ってリュウを見つめた。そのなかにアドルフ副団長とゾラの顔も交じっている。

「シャオシン、あの、ばか――」

 耳鳴りで顔をしかめたままリュウが呟いた。

「ご主人さま――」

 フィージャがくふぅんと情けない声で鳴いた。

「これは参ったっすね――」

 ヤマダは苦笑いだ。

 リュウの肩の上で役割を終えた導式鳥が光を散らして消失した。

「フィージャ、シャオシンの匂いを探せ!」

 リュウが命令するまでもなく、

「近くにひとが多すぎます。匂いと足音がごちゃごちゃしていて――少し移動しないと!」

 そういい残して、フィージャが前へ走っていった。

「まだ、シャオシンちゃんは近くにいる筈っすよね?」

 ヤマダがリュウを見やった。

「その筈だ。そうあってほしい。シャオシン、あいつ!」

 真下へ吼えたリュウの顔が赤い。

「どうしたあ、お前ら、誰かが迷子なのか?」

 アドルフ副団長が歩み寄ってきた。

「シャオシンって、あの金髪お団子の可愛い女の子のこと?」

 赤茶色の自分の髪に手をやってゾラが訊いた。ヘア・バンドで後ろへ追いやられたゾラの髪はちょっと癖があって波打っている。

「ああ、ゾラ、そうだ。どこへ行ったのか――」

 リュウは歯噛みした。周囲を見渡しても道幅十メートルの小路の左右は分枝がない限り石の壁が視線を遮っている。頼れるのはフィージャの耳と鼻だけだ。

「ねえ、リュウ?」

 ゾラが眉を寄せて呼びかけた。

「うん?」

 リュウがゾラへ目を向けた。

「あの女の子――シャオシンってツクシの愛人なの? ツクシって小さい女の子が専門だったりするわけ? いくらボクが言い寄っても、ツクシはぜんぜん堕ちないし、ちょっとそれは納得できないし、おかしいかなって――」

 ゾラは真剣な顔つきだ。

「ちっ、違うぞ。シャオシンはうちの大事な姫様だ!」

 リュウは「この野郎は何を色々と勘違いしているのだ」と強く思った。

 ゾラは美少女っぽい野郎なので言葉としてはこれで正しい。

「ああ、リュウがそういう趣味なんだ。良かった――」

 ゾラは美少女っぽく微笑んだ。

「良くない。ゾラは何をいっているのだ?」

 リュウはゾラをキッと睨んでいる。

「どうするよ、アドルフ副団長?」

 黒い導式機動鎧装備の団員が訊いた。

 肩に担いだその得物は長柄の大戦斧だ。

「まあついでだ、俺たちも迷子探しに付き合ってやるかあ?」

 アドルフ副団長が顔を強張らせたリュウを見やった。

「すまん、アドルフ――」

 視線を落としたリュウの声が小さい。

「すんません、ほんと、ご迷惑をかけて――」

 ヤマダが頭をぺこぺこと下げた。

「ああ、いいんだいいんだ。融通の利かないのが気に食わねえから、俺は軍隊を辞めたんだぜえ」

 アドルフ副団長は後ろへ乱暴になでしつけてある髪を掻き毟った。

「副団長は軍から追い出されたクチだろ」

 そういい合って後ろの団員が笑った。

「手前らだって俺と似たような兵隊崩れだろうが――?」

 アドルフ副団長が団員たちを睨んだが本気で怒っている様子でもない。

「――リュウ、ご主人さまは北です。南ではありません」

 走って戻ってきたフィージャが報告した。

「シャオシンは、北にいる探索班のどれかに紛れ込んでいるのか?」

 今にも走り出しそうな気配のリュウを、

「待てよお、リュウ。この北は探索班の一斑か二斑が担当している筈だよなあ。ゾラ、小アトラスでちょっと確認をしてみろ」

 アドルフ副団長が制した。

「シャオシン、シャオシンと――あった。ホァン・シャオシンは連合第二探索班に登録されてる。テージョ・リヒャルデスの班だね」

 小アトラスを手にしたゾラがシャオシンの居場所を特定した。

「テージョ? 天幕街探索者組合の副組合長か?」

 アドルフ副団長が怪訝な顔になった。まったく得体の知れない男。これがアドルフ副団長のテージョに対する印象だ。もっとも、天幕街探索者組合は戦争難民を中心に結成された有象無象の集団なので、色々とおかしな連中も多いのだが、そのなかでも異彩を放っていたのがテージョという男――。

「テージョか。あの堅気でない雰囲気の――!」

 リュウは胃が縮まる感覚を覚えて顔をしかめた。

「ご主人さま、無理矢理つれていかれたのでしょうか?」

 フィージャは唸り声だ。

「いやいや、リュウさん、フィージャさん、誘拐とかなら小アトラスへ登録しないっすよね?」

 ヤマダがいった。

「――そういわれると、それはそうだな」

 リュウが小さく息を吐いた。

「ご主人さまは自分の意思で探索班に帯同しているのでしょうか?」

 フィージャが無い眉根を強く寄せた。

「シャオシンちゃん、最近、様子がおかしかったから、たぶん――」

 ヤマダが視線を落とした。日本にいた時分、無職で実家に引き篭もっている時間も多かったヤマダは周辺から役に立たないと思われる辛さがよくわかる。

「おっしゃ、第三探索班は進路を北に変更だ。フィージャの鼻を使えば、あの金髪のお嬢ちゃんは――シャオシンか? まあ、すぐに見つかるだろ」

 アドルフ副団長が指示を出して十字路を北に折れた。連合第三探索班五十三名は、特別な不満を見せる様子もなくアドルフ副団長に続いた。全員がスロウハンド冒険者団の団員だ。

「迷惑をかけて申し訳ありません」

 アドルフ副団長に駆け寄ったフィージャが獣耳を折って深々と頭を下げた。

「そんなに揃って何度も謝るなや。元々、俺たち第三探索班は一斑と二班のケツ持ちも兼ねてるわけだしな」

 度量の大きいところを見せるアドルフ副団長に、

「グルッ!」

 突然、フィージャが唸った。

「うおっ! どうした、フィージャ、な、何か気に触ったかあ?」

 アドルフ副団長の強面が固まった。

 牙を剥いたフィージャの獣面の迫力はアドルフ副団長の比ではない。

「――いえ。北西方面から六十人前後の足音。足音は南へ移動中です」

 フィージャは左右の獣耳を動かしながら硬い声で告げた。

「他の探索班か?」

 アドルフ副団長が進行中の小路の奥へ視線を送った。先は暗く何も見えない。リュウ光球を作ってそれを奥へ蹴とばした。視界は確保されたが、しばらく直線が続くその通路の先にはやはり何も見えない。音を吸い込むように静かな石造りの通路があるだけだ。

「――足音から察するとヒトの集団。それと定期的な爆発音。まとまった硝煙の匂い。爆薬を使っています。この集団は何かに追われているようですよ?」

 フィージャは鼻先と獣耳を忙しなく動かしている。

「エイシェント・オークに追われてるんすか?」

 ヤマダが訊くと、

「――いえ」

 フィージャが首を振った。

「では、なんだ?」

 今度はリュウが訊いた。

「この匂いはネストの野良犬に近い――信じられないほど汚れた獣臭――」

 フィージャが呟くように伝えた。

「ファングの群れに追われてるんすかね?」

 ヤマダは怪訝な顔だ。どこから侵入してくるのかわからないのだが、ネストのなかでは獰猛な野犬が群れを作っている。

「いえ、二足歩行です。身体はヒト族よりひと回り大きい。西方面から数え切れないほど向かってきます。まだ距離は遠いですが――」

 フィージャが歩く足を速めた。

「急ごう」

 リュウが班の進行を硬い声で促した。

「この様子だと迷子探しだけで済みそうにねえな。おい、手前てめえら、戦闘準備をしておけよ」

 アドルフ副団長が指示を出すと、団員たちが思い思いの返事をしながら頷いた。

「野良犬? ネストに犬の異形種なんていたっけ?」

 ゾラが首を捻った。

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