八節 新たな望み(陸)

 ツクシとゴロウが座るだけになった丸テーブル席へ、

「ツクシ、ゴロウ、ちょっといい?」

 ミュカレがふわふわ寄ってきた。

「ん、ミュカレ、どうした?」

 ツクシは残り少なくなった銘酒すめらみくにの瓶を照明にかざして、残った量を確かめている。

「相席いいかな?」

 人外の美貌がツクシの不機嫌な顔の真横にきた。

「席が足らんのか。まあ、見たままか――」

 ツクシが酒場を見回した。ゴルゴダ酒場宿のホールは無理に詰め込めば百人以上の客が入る。だが見たところ限界を超えた人数がそれぞれの席で酔っ払って大騒ぎをしていた。立ち飲みしている客も多い。ホール中央では緑の妖精旅楽団が演奏を始めたので、さらに酔客の使うスペースが狭くなっている。

 まるで立食会場だ。

「そうなのよぉ、ボルドン酒店の団体様、予約より人数がずっと多いの。もう、本当に困るんだけど!」

 ミュカレがツクシの頬に吐息を吹きかけながら眉を寄せた。怒りが混じっている分、その吐息がいつもより頬に熱い。

「ゴロウ?」

 ツクシは手酌で杯に酒を注ぎつつゴロウへ視線を送った。

「俺ァ、どうでもかまわねえぜ。おい、ツクシ、俺にもニホンシュくれ」

 ゴロウが空の杯を突き出した。

「だな。ボルドン酒店の連中なら俺の知らない顔でもないし――ちょっとは遠慮をしろよ、この赤髭野郎。俺の故郷クニの酒だぞ。こっちだと、滅多に飲めないものなんだぞ――」

 渋い顔のツクシがゴロウの杯へ日本の酒を注いだ。

「ツクシ、助かるわ。仕事から上がったら、お礼に特別なサービスをしてあげる――」

 ミュカレがツクシの耳元で囁いた。皮一枚で密着しないていどの距離だった。新年なので、ミュカレも何か期するものがあるらしい。

「おう――」

 ツクシが複雑な表情で煮え切らない返事をした。ツクシはゴルゴダ酒場宿を住居にしている。そこの従業員であるミュカレとツクシがイタした場合、すぐ面倒なことになるのは目に見えていたし、ミュカレもミュカレで何を考えているのかわからない。ツクシはミュカレを警戒している。警戒しているが、ツクシは我慢がない男でもあるから誘惑され続けた場合、どうなるかわからない。

 これ、どうしたものかな――。

 ツクシが自分に肉体からだを寄せて熟れきっためすの匂いを撒き散らすミュカレを持て余していると、

「ゴロウ、ツクシ、久しぶりだな!」

 ツクシと相席になった客がやってきた。

 目尻が垂れた、茶色いモミアゲの、ツクシやゴロウから見れば若い男だ。

「おう、トニーか、久しいな」

「いよう、トニー、元気そうだなァ」

 ツクシとゴロウが挨拶を返した。現れたのは、いつぞやネストでツクシと同じ荷を運んだトニーだった。トニーは今もボルドン酒店の従業員として働いている。

「――案内もせずにごめんね。すぐこちらのテーブル席へ、お客様のお料理とお酒をお持ちしますので」

 ミュカレは艶かしく笑って誤魔化すと厨房へふわふわ駆けていった。突っ立ったままのトニーは、ツクシとゴロウの顔を交互に見やった。何かいいたそうな表情だ。ツクシとゴロウはトニーを無言で視線を返している。

 トニーも無言だ。

「――ああ、もう、わかったわかった。お前の息子の顔を俺たちに見せてみろ!」

 ツクシが先に降参した。

「うん! おーい、アナーシャ、俺たちの席はこっちだ!」

 顔を明るくしたトニーが立食をしていた短い黒髪に黒いロング・スカートの女性――アナーシャを呼んだ。アナーシャは腕に赤子を抱えている。アナーシャ周辺にいた女性たち――これらは妙齢のご婦人方だが、その彼女たちも三人一緒にやってきた。

「ふーん、ゴロウもいたの。こちらが、ツクシさんね? 私がトニーの相方つまよ」

 アナーシャが挨拶をした。ゴロウを見やったときのアナーシャの目つきは、それはもう冷たいものだった。

「――ああ、確かあんたはネストで犬に噛まれた」

 ツクシが酒を飲む手を止めて少し考えたあと頷いて見せた。アナーシャは以前ファングに噛まれて大怪我をした女性だ。そのときゴロウがアナーシャを治療した。ゴロウは治療費を必ず取る男だ。このゴロツキ布教師の扱う奇跡の力は慈善事業を目的にしていない。

「いよう、アナーシャ。腕の調子は問題ないか?」

 ゴロウが歯を見せる満面の笑顔で訊いた。金の絡んだ話でゴロウへ冷たい視線を浴びせかけてもかえるの面になんとやらである。

「お陰様で、傷跡も残ってないわ」

 顔を横に向けてアナーシャが応えた。トニーは苦笑いだ。「金ならいくらでも払うから、アナーシャを治してやってくれ」とゴロウに懇願したのはトニーである。大怪我を負った当人であるアナーシャは根性を見せて大金を請求するゴロウに抵抗していた。

「トニーも嫁さんも早く座れ。後ろのお嬢さん連中も遠慮するな。俺の横の赤髭は強盗みたいな面だが、ひとを取って食ったりしないぜ。ま、金は取るかも知れんがな、ククッ!」

 ツクシが口角を歪めた。見た感じどチンピラのツクシとゴロウに怯えて、アナーシャとトニーの後ろでこそこそしていた妙齢のご婦人三人組が「お嬢さん」の言葉に反応して、「ギャッギャッ!」と年季の入った黄色い歓声を上げた。聞くと、このご婦人方もボルドン酒店の従業員で、すべて既婚者だとのことだ。トニーたちが席につくと、ボルドン酒店団体客様用の料理の数々と、ワイン、ウイスキー、ラム酒にジンの瓶、大きなピッチャーに入ったエールにピルスナーやらが、ミュカレの手で卓に並べられた。

「これ、俺が手をつけていいものか――?」

 ツクシは迷った。ゴロウは迷わずロースト・チキンを手で裂いて食べている。このロースト・チキンは、そのなかにローストしたウズラが何羽も詰め込まれていて、更にそのウズラのなかに香草やきのこ、それに穀物を使った詰め物がぎっちり詰まっていた。これは、タラリオン王国のハレの席で出される定番の料理らしい。他には大きな海ザリガニを茹でたものだとか、壺入りの魚介類スープだとか、ゴルゴダ酒場宿の人気メニューの子羊の香草焼きだとか、黒いパン、白いパン、菓子パンの盛り合わせだとか、とにかく数え切れないほどのご馳走が卓に並んでいる。テーブルの端からご馳走の大皿が落っこちそうな勢いだ。

 ツクシが少し遠い位置にいるヤマダへ視線を送ると、気づいたヤマダが頷きながらツクシへ視線を返した。気にせずにどんどんやってくれの合図である。安心したツクシは手始めにピルスナーを一杯もらうことに決めた。

「ま、相席の駄賃だよな――」

 ツクシは口角を歪ませながら、冬の空気で冷やされた黄金のビール(※ピルスナー。日本で「ビール」というと、大抵が苦味が強く喉越しが良い下面発酵で造られたこのタイプが多い)に口をつけた。


「へえ、これがトニーの息子か。よく寝ているじゃあねェか」

「この騒がしいなかで眠れるモンなんだなァ――」

 酒の杯を片手に酒臭いツクシとゴロウが席を立って、アナーシャが抱いている生後三ヶ月の男子を覗き込んでいる。毛布でくるくる包まれた小さな彼は顔だけを露出したミノムシのような感じだった。

「ふふっ、チコは俺に似て、堂々とした子なんだ」

 トニーも椅子から腰を浮かせて我が子を覗き込んだ。

「へえ、この坊主の名前はチコか。おう、チコよ」

 ツクシは呼びかけてみたが、チコはすやすやと眠っていた。

「うん、チムールとヤーコフから一文字づつ取った。嫁さんが決めたんだ」

 トニーが目を細めていった。

「あの二人は私の命の恩人だから――」

 アナーシャも腕にある我が子の寝顔を見つめて微笑んだ。アナーシャはネスト・ポーターをやっていたとき、チムールとヤーコフに助けられたことがあるらしい。ゴロウはアナーシャの命の恩人から除外されているようだ。

「『チ』ムールとヤー『コ』フで、チコか――」

 ツクシがチコをじっと見つめた。名の断片を受け継いでいても厳つい山男二人の顔と、チコの顔はまったく別物だ。血が繋がっていないので当然の話ではある。チコは綺麗な顔だちの男の子だった。

「なあ、ツクシ。俺とそっくりだろ、こいつ――」

 トニーは自惚れた態度を見せたが、

「いや、顔は母親のほうに似たな。トニーの嫁さんの名前はナターシャだったか」

 ツクシは全面的に否定した。

「アナーシャね」

 アナーシャが間違いを柔らかい声で訂正した。

「ああ、すまん、アナーシャだな。うん、息子さん、顔がよく似てるぜ、アナーシャ」

 ツクシがアナーシャへ目を向けた。

 短めの黒髪の、細い目の、細身の女だ。

 その目元がちょっと厳しく気が強そうに見える。

「でしょう? 旦那トニーの顎が似なくて、本当によかった――」

 アナーシャはトニーへ目を向けた。トニーは目尻下がった甘い顔だが顎が大きくそれが二つに割れている。俗にいう尻顎けつあごである。

「だなァ。男の子はたいてい女親に似るんだよ」

 ゴロウが笑った。

「ええ、そうかなあ? 俺とそっくりだろ、この目元とかさあ――」

 トニーは食い下がったが周囲は気に留めていない。

「ほら、トニー、みんないうじゃない。チコは私に似たの。ね?」

 母親が息子に呼びかけると、

「お、坊主が目を開いた」

 ツクシも目を開いた。目を覚ましたチコは、自分を覗き込んでいる大人たちの顔を、「なんだ、何事だ?」といいたそうな表情で、きょとんと眺めている。

「赤ん坊の寝起きは、最高にご機嫌斜めだからなァ。泣くぞ? 絶対に泣くぞ?」

 歯を見せて笑いながらゴロウは身を引いた。助産や育児はゴロウの専門外である。

「泣かない、泣かない。チコは寝起きでも堂々としたもんだから。夜泣きだってほとんどしないんだぜ」

 笑顔のトニーがいった。どうもチコは手がかからない子であるようだ。実際、世話が大変な時期の幼子を抱くアナーシャの態度にも余裕がある。

「へえ、そうなのか。ほれ、いないいない、ばあ!」

 高級な酒と料理に囲まれて上機嫌なツクシが酔い任せの狂態を見せた。不機嫌で凶悪な面構えの中年男が、チコに「いないいない、ばあ」を執行して、その口角をぐにゃりと歪める。

 悪鬼羅刹の形相だった。

 澄んだまなこをくわっ見開いたチコは、その表情を完全に固めて、

「アンギャァァァァアーッ!」

 チコは火がついたように泣きだした。ツクシは、「いないいない、ばあ」のうち、「ばあ」の動作のまま表情と身体を固めている

「ツクシ、おめェって野郎はよォ、本当によォ――」

 ゴロウは心底の呆れ顔だ。

「おう、何だよ、トニー、話が違うじゃねェか。坊主が大泣きをしてるぞ」

 ツクシはトニーを睨んだ。

「ツクシは顔が怖すぎるんじゃないかな。『いないいない、ばあ』、チコはいつも大喜びするぜ――」

 トニーは苦い顔で視線を落とした。

「あっはっはっは! よーし、よーしよし、チコ、怖かった、怖かったね!」

 アナーシャはチコをあやしながら大笑いだ。

 同じ卓にいるご婦人方もその様子を見てゲラゲラ笑っている。

 チコはいい迷惑である。

 ツクシが気まずそうに泣き止まないチコを眺めていると、

「ツクシ、ゴロウ!」

「善い年明けだな」

「みなさん、新年、おめでとうございます」

 ツクシの背へ女の子三人の声がかかった。振り向くと、シャオシン、リュウ、フィージャが並んで立っている。三人とも山吹色の防寒外套を着込んでいた。

「おう、三人娘。お前らも聖教会に顔を出してきたのか?」

 ツクシが腰を椅子に落ち着けた。

「俺たちにエリファウス聖教への信心はないが、シャオシンの社会勉強ついでにな。しかし、今日のゴルゴダ酒場宿は格別に賑やかだ。席の予約が必要だったか?」

 リュウが長い白髪を揺らしながら周囲を見渡した。ネスト探索中のリュウは白髪を上でまとめ上げるチョンマゲのようなヘアスタイルだが、普段のリュウは白髪を束ねずに肩や背中へ流している。骨っぽい態度や言動が多いリュウも、この髪型だとひとの目を引く美女だ。

「予約席で全部埋まっているらしいが、まあ、いい加減なもんさ。お前ら、黙ってここに座っちまえ。追い返されはしないだろうぜ」

 ツクシが口角を歪めた。しかし、このような考えの客が多いから、ゴルゴダ酒場宿は座る席に困るほどの大混雑をしているのである。

「ああよォ、おめェら、座れ座れ。トニー、ちょっと席を詰めてやってくれやい」

 ゴロウは手元で大きな海ザリガニを手際よく解体している。

 大男のゴツイ手による作業だが器用である。

「ゴロウ、す、すごく綺麗なひとだな、白髪の――」

 トニーはリュウを凝視していた。

「トニー!」

 鼻の下を伸ばした夫を見て横にいた妻の目つきが鋭くなった。トニーは浮気癖がある男のようだ。はっ、と表情を硬くして我に返ったトニーが尻と一緒に椅子を動かした。

「い、犬かい?」

「お、狼じゃないか?」

「獣人のあんたは猫人族じゃないよねえ?」

 フィージャを見て目を丸くしているのはご婦人三人組だ。

「初めまして、ご婦人方。私はフィージャ・アナヘルズ。種族はフェンリル族です」

 突き出した舌を引っ込めて、フィージャがていねいに挨拶をした。

「へ、へえ、ドラゴニア大陸の雪原地帯にいるっていう、あのフェンリル族!」

「私、フェンリル族を初めて見たよ――」

「本当に狼の顔なんだねえ。綺麗な毛並みだ」

 ご婦人方はそれぞれ感心した様子だった。フィージャの顔は狼なのでちょっと怖いが、口を開けば穏やかで、たいていのひとから好感を持たれる。宝石のようなオッド・アイ――左と右にそれぞれ青と金色の瞳を持ち、全身を覆う獣毛もツヤツヤもふもふと見栄えだってとても良い。

「はい、フェンリル族の国は永久雪原地帯アイオーン・ネーヴェ・フィールズにあります。でも、私の育ちは幼い頃からウェスタリア大陸なんですよ」

 フィージャが穏やかな口調で伝えた。

「へえ、ウェスタリア大陸から王都まで来たのかい!」

「それはまた、遠いところから来たねえ――」

「フィージャは女の子? 年齢はいくつなの?」

 物珍しさに興奮したご婦人達の質問攻めだ。

「ええ、はい。十七歳です」

 フィージャは十七歳らしい。

 横から話を聞いていたツクシも驚いている。

「あら、それじゃ、まだ乙女だねえ! まあ、突っ立っていないでここに座りなさいよ。ほら、そっちのお嬢ちゃんも、お姉さんも!」

 ご婦人のうちのひとりが着席を勧めると、

「うむ、くるしゅうないぞ」

「ご主人さま、家臣でないものに、そういう態度は良くありません」

 外套を脱いだシャオシンとフィージャが、それを椅子の背もたれにかけて、ツクシたちと同じ丸テーブル席についた。

「では、俺も失礼するか。ほう、ツクシ、珍しい酒が卓の上にあるな」

 山吹色の外套を脱いで肉体に密着する真紅のロング・ドレス姿になったリュウは腰を下ろすと、卓にあった銘酒すめらみくにの瓶をじっと見つめた。

 一升瓶を貫きそうな熱視線だ。

「おう、酒呑みは目聡めざといな。ま、赤髭野郎にくれてやるよりマシか――おーい、ユキ。三人分、食器とコップを早く持ってこい、客だぞ!」

 ツクシは厨房とホールをマラソン状態で行き来しているユキへ怒鳴った。

 喧騒が大きくて怒鳴らないと聞こえない。

「わたし、今、超忙しいんだけど! ツクシのばか!」

 ユキは怒鳴って返した。

 妙齢のご婦人三人組は深夜二時を回る前に帰宅した。赤子同伴のアナーシャも同じ時間に席を立った。トニーはまだ酒席に未練を残していたものの、「嫁さんと子供だけで夜道を歩かせるわけにもいかないし」そういい残して帰っていった。夜が更けると客が減るのかな、とツクシは思っていたが、そうでもなかった。帰路につく酔客と入れ替わるようにして派手な色合いの服を着た女たちがゴルゴダ酒場宿を訪れた。この彼女たちはどうやら娼婦のようだ。普段のゴルゴダ酒場宿は娼婦の入場をエイダが断っている(大抵の酒場宿の経営者は前もって女衒街の住人と「けじめ」をつけておく)のだが、今日に限っては特赦らしい。もっとも、ゴルゴダ酒場宿の表で客引きをしている流しの娼婦は普段から大勢いる。

「――ツクシ、あたしと姫初めする?」

 薄く笑う顔を傾けて、栗毛色の髪を揺らしてみせたのは、ツクシの右隣に座るクラウンだ。今日のクラウンは道化ではない。タートル・ネックのセーターに、白い足を見せるキュロット・スカート姿である。面倒臭がりなツクシは座ったきり酒を飲んだくれているが、王都で行われる新年の宴会では席が空くと誰かしら新しい顔がそこに座って、新年の挨拶と一緒に酒を酌み交わすのが慣習となっているらしい。つい先ほど、ツクシのいる丸テーブル席へ挨拶をしに来たのが、この愛らしい顔の暗殺者クラウンである。

「おう、クラウン、いつでもこい。今すぐにでも二階へ行くか?」

 酒が回ってだいたんになったツクシは男初めを決意して口角を激しく歪めたが、

「反省しない男は死ねばいい!」

 猫の咆哮と一緒に硬いお盆が石頭へ落下してきて、ツクシの顔面も歪んだ。背後で硬いお盆を武器に、しっぽの毛を逆立てているのは、むろん、ユキである。

「ああ、俺の杯を受けている最中に、まったく礼儀知らずな男だ。いいぞ、ユキ、そのままツクシを殺してしまえ」

 ツクシの左隣にいるリュウが、セーターの上からでもわかるクラウンの豊満な胸を冷ややかに見やりながら、ツクシ殺害の許可をユキに与えた。

 眉を寄せて目を細めたリュウはすごく不機嫌そうだ。

「あのな、リュウ、殺してしまえってな、気軽にいうんじゃねェよ。おい、ユキ、そうやってお盆でひとを殴るのはやめ――」

 ツクシが振り返ると、今一度、「死ね、このどすけべ!」と吼えたユキが、お盆を縦に振り下ろした。

 ゴッカと眉間に食い込む問答無用の制裁である。

「ツクシ、おめェは本当に懲りねえ野郎だよなァ――」

 ゴロウは魚介類のスープを口に運びながら呆れ顔だ。額を両手で押さえて悶絶するツクシの横で、クラウンがうつむいて肩を震わせている。今日のクラウンはツクシをからかって遊んでいるだけのようだ。眉間に血を滲ませたツクシを見て、シャオシンはへらへらと、フィージャは白い牙を見せて笑っている。その後ろで、妖しい美貌もやはり牙を見せて笑っていた。

 フロゥラもゴルゴダ酒場宿を訪れた。

 ツクシとその周辺の視線を一身に集めたフロゥラが、見せつけるようにして襟周りや袖周りへ玉虫色に輝く長い羽毛がいっぱいついた超豪華な毛皮の外套を脱ぐと、その下は例によって、肌の露出が非常に多いロング・ドレスだった。ツヤのある上等な赤紫色の生地を使ったものだ。その表面積はほとんど女王様の素肌で占められているので、ドレスというよりも布きれみたいなものである。

 ツクシの顔がまた歪んだ。

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